切り裂かれる腹、切り裂かれた耳
流血表現・暴力表現があります
パチパチと焚き火の爆ぜる音がする。
ウォマがゆっくり目を開けると、彼女は洞窟の中にいることがわかった。
事前の調査でこの洞窟は過去に何度も使われていたことがわかっている。
「き、き、気が付いた、か」
低い声だ。
声の主を見ると、背の高い中年の男だった。髭は整えられているがどこかくたびれた様子が伺える。
「私……」
体を動かそうとするが上手く動かせない。
彼女は自分を見下ろす。
後ろ手に縛られ、腰の辺りも大きな岩と一緒に縛られていた。
「なんの、つもり」
「おおお前が、悪いんだ。俺たちのじゃ邪魔するから」
男は吃音だった。
落ち着かない様子でウォマを眺め、辺りをウロつく。
「俺たち……?なら、仲間がいるんだな。」
「あ、ああ。ああ。
おーい!女が起き、き、き、」
「女が起きたか。パレアス」
奥から出てきたのは細身の男だった。
身綺麗にしており、冒険者のようには見えない。
先ほどウォマを捕らえたのは吃音の男……パレアスのようだ。
「なんのつもり。
あんたらがあの鹿を?
……まさか、幻覚魔法……?」
「頭を殴った割には冴えてるじゃねえか」
細身の男はニヤリと笑う。
まさか幻覚魔法に惑わされるとは。
ヒバカリが気配を感じない訳だ。
「あんたらは何がしたい。
人を随分殺してるみたいだけど」
「殺してるのはほんの一握りさ。
てめえを含めたら7人ってとこかな」
男は剣を取り出しウォマの首に突きつける。
「まさか、冒険者がこんなに来ちまうとはなあ。店仕舞いだ」
「でも、まだか、か、か、数、が、揃ってない」
「仕方ねえだろ。そろそろ潮時だったんだ。
こいつ殺したら移動するぞ」
どうやらウォマ殺害は確定事項らしい。
説得して逃げ出せそうにない。
彼女は隠していた小さな刃をポケットからなんとか取り出す。
時間を稼いで抜け出すしかない。
「何人で来た?あの優男以外に仲間がいるのか?」
ウォマを生け捕りにしていたのは仲間の有無を調べるためらしい。
彼女は悩んだが、正直に伝えることにした。嘘をつこうとなんだろうとこの縄からは抜け出せない。
「私入れて5人……」
「つまり残り4人か。
ったく、なんでそんな大勢で鹿狙うかな……」
そりゃあんだけ光ってたら狙うでしょ。と思ったが口には出さなかった。
「あんた達の目的はなに?
殺したのは今までに6人なら、殺してないのは何人いる」
「死人に話してもしょうがねえだろ」
「……何故私を殺そうとする。
そんなにあの鹿の仕掛けは大事?
つまり、鹿に釣られて来る奴らを餌食にしていた?」
「こ、こ、こ、こい、つ!」
「あたり?
鹿に釣られて来るのは狩人……でも殺されていたのはそうじゃない。若い女もいた。
いや、鹿だけじゃない。鹿以外にも幻覚魔法を使ったんじゃない?
兎とか。そこは、分かんないけどさ。
皆私のように迂闊に近づいて閃光で目くらましをして気絶させてここまで連れて来ていた?」
ウォマは洞窟を見渡す。
ここなら誰にも見られることなく人を殺せる。
「殺してない人間はなんで……」
「ペラペラうるせえな。そんなに知りてえなら教えてやるよ」
細身の男がウォマの腹を蹴る。
どうやら彼女のお喋りが気に障ったらしい。
「でも喋ったら」
「どうせ死ぬんだ。教えてやっていいだろう。
俺たちはここで人間捕まえて内臓を抜き取って売ってたんだよ。もう何年もな」
「内臓……?」
「そう。こうやって人間捕まえて、内臓を抜き取って元に戻して街に返す。でこっちが要り用になったらまたそいつから抜き取るんだよ。
そいつには内臓か、金か、選ばせる。……大体内臓を差し出すがな。
そうすりゃ俺たちは金か内臓必ずどちらか手に入れらる。
色んな臓器が必要だからな。全く、悪趣味な奴らもいるもんだぜ。」
「なんで今までの被害者は……」
「誰にも言わなかったって?
誰かに言ったらお前の大事な者を殺す、そう言ってるんだよ。
俺たちはこう見えてもちゃんとしてるからな。捕まえる人間のことは事前に調べてんだ。今回はその限りじゃねえが。
そいつの家族構成やら何やらをな。で、ちゃんと弱みを握ってから実行に移す。
ここに近づけさせて動物の姿で油断させて攫うってわけだ」
ウォマは思わず縄を切る手を止めてしまった。なんて酷い。
……にしても、あんな光る動物の姿で油断をさせられるのだろうか?彼女は眉を顰めた。何かおかしい。
「殺している人がいるのはなんで?」
「弱みが使えなくなったり、俺たちを殺そうとして来たり、色々だな。
さて、そんな訳だからお前も死んでもらうぞ」
「待って、こ、こ、こいつにはな、なか、仲間が」
「あーあー。仲間が4人な。だからとっとと始末すんじゃねえか。4人じゃ勝ち目はねえ。
ったく、なんで急に吃るようになったかな」
細身の男はパレアスの背中を叩く。
急に吃る。
その言葉にウォマはピンと来た。
「あんた……あんたが魔術師だね?」
ウォマはパレアスを見た。彼はその眼光の鋭さに思わずたじろぐ。
「だ、だ、だか、だからなんだよ!」
「そうやって吃ってたらさ、呪文ちゃんと唱えられないんじゃない?
そう、そうでしょ!だからあの鹿はあんなに光ってたんだ!まるでこっちを見ろと言わんばかりだった!おかしいと思ったんだよね、あんな光る鹿、普通近寄らないよ」
何年もこの恐ろしい犯罪をやっているというのに殺された人間が出ているのはここ数日の出来事だ。
このパレアスがなんらかの原因で吃るようになり、それにより魔法は失敗し幻覚の動物は光るようになった。だから、ターゲットは何かを察知して殺されてしまったんじゃないだろうか。
もしくは内臓を抜き取ったあと再生する魔法に失敗しそれを誤魔化すために鹿の角で刺し殺したか。どちらにせよ、彼の吃音がこの事件の綻びだ。
「パレアス?お前、魔法は完璧だって……」
「そうだ!か、か、か、完璧だ!こ、こ、こ、こいつ、こいつが、変なこと!」
パレアスがウォマの頬を殴る。
その衝撃で体が動いてしまった。縄が切れていることがバレた。
煽るべきでなかった。
ウォマは素早く立ち上がりパレアスの体を蹴飛ばした。続いて細身の男。
「クソッタレが!!」
だが、まだ本調子でなかったウォマの蹴りではパレアスの体を突き飛ばす程度しか効果はなく、彼は起き上がるとウォマに突進して来た。
ウォマは大きな体の下敷きになる。
「うぐっ……」
「よし、捕まえてろよパレアス。俺たちのコンビネーションだ。お前は人間を捕まえてくる、俺はそいつを解体する。そうだろ?
ったく、こいつ、人を虚仮にしやがって」
パレアスはウォマを羽交い締めにして立たせる。
男がナイフを取り出した。
それをウォマの耳に当てる。
「そうだな、お前には今までやって来たこと全部やってやるよ。
まず、俺たちは捕まえた奴らの耳を切り落とす。これが目印になるんだ」
そう言うと男はウォマの耳にナイフを滑らせた。
耳が熱くなりそれが痛みに変わる。
「ウアああ!!!」
「ほうら、綺麗に削げただろ?慣れてるからな」
男はウォマの顔に削いだ耳を投げつけると、今度はナイフを腹に当てた。
「お次は解体といこうか。
いつもなら気絶させてからやるが……お前はそんなことはしてやらん」
「アア!痛い!!痛い!!」
「うるせえな、痛くしてんだろうが!」
男は怒鳴り声をあげ、ナイフをウォマの腹に突き立てた。そのままナイフを横に引く。
あまりの痛みにウォマは再び絶叫した。
「ギャア!!ア、アア!!痛い!!ヤダ!!死にたくない!!」
「お前はここで死ぬんだよ!!内臓全部抜き」
男の言葉が不意に途切れた。
「え?」
パレアスは我が目を疑った。
相棒のこめかみに矢が刺さっている。
何事かと矢の飛んで来た方を見ると男が笑顔でこちらを見ていた。
「次はお前だが、どうする?」
彼は事態を瞬時に把握した。この男の無慈悲な矢が相棒を殺して、そして今度は自分を殺そうとしているのだと。
「う、あ、こ、こ、こ、殺さな、な、いでくれ」
「ハ?はっきり喋れよ、わからねえだろ。なあ?」
彼は笑いながら矢をつがえ、パレアスに向けて放った。
矢は、眉間に刺さった。
✳︎
パレアスと一緒にウォマは倒れこむ。
もう起き上がることは出来そうにない。
彼女の腹からは内臓が溢れているし、血もたくさん出ている。
目の前が白く霞む。
「やだ、死にたくない、死にたくない、死にたくないっ、」
「大丈夫。死にませんよ」
ハララカがウォマの肩を撫でる。
彼女は酷い有様だった。頬は殴られたのか赤く、右耳は削ぎ落とされそれが床に転がっているし、腹は掻っ捌かれている。
彼は内臓を拾って腹に詰めた。ウォマの口から悲鳴が溢れたが今は構っていられない。
ハララカは耳も拾って元の位置に合わせると、早口で呪文を唱えて彼女の額にキスを落とす。
みるみるうちに傷は塞がっていった。
が、ウォマはまだ痛みの中にいるらしく涙を流して助けを求めていた。
「やだ!やだよ、死にたくないよ、」
「大丈夫ですよ。もう傷は塞がりましたから」
「ふ、あ、痛い、痛い、もうやだあ!死にたくない! 痛いよ! 助けて……助けてっ! 」
ハララカはパニックに陥っているウォマの体を抱き締めた。
背中をゆっくり撫でる。
「落ち着いて。ほら、痛みはもう無いでしょう?」
「痛いよ、お腹が痛いの、耳も切られて、痛いのっ、お願い、」
ウォマは泣き叫びながらハララカに縋り付く。
「もう傷はありませんよ。」
「お願い、お願い!!なんでもするからっ、痛いのやなの、キスして、治して、」
もう治っているのだが……。
泣き噦るウォマにハララカはキスをした。額に、こめかみに、耳に、頬に、何度も。
「ほら、もう治りました。ね?」
彼が耳元で囁くと、やっと落ち着きを取り戻したのか泣き叫ばなくなった。
ハララカは鼻をすする彼女の背中を摩る。
「もう痛いところは無いですね?」
「う、ん……」
「見つけるの遅くなってすみません。怖かったですよね」
「大丈夫……」
「大丈夫な人間はあんなにパニックにならないですよ」
ウォマの体は未だ震えている。
ハララカはそっと溜息をついた。
あの時。
ウォマが捕まった時何事かと一行は驚いていた。
閃光が走ったかと思ったら次はウォマがいない。
慌てて川を見るが死体は無い。
ヒバカリが「魔物じゃない」と言い出したので事態がようやく掴めてきたのだ。
これは魔物を装った人間が犯人だと。
4人は手分けをして探すことにした。
その時ハララカは目星をつけていた洞窟に来たのだ。
当たってよかった。
「助けてくれてありがとう」
「助けられてませんよ」
「なんで。私こうして生きてます」
「蘇生魔術使ってでも生き返らせますよお」
彼の冗談にウォマは少しだけ笑った。蘇生魔術は禁忌中の禁忌。使えば国が滅ぶという。
彼女はハララカに縋り付いたまま、男2人の死体を見た。
脳天に矢が刺さっている。即死だろう。
「本当は生け捕りにするべきだったんでしょうけど、1人目は見た瞬間弓を放っていました。2人目は会話はなんとか出来たんですが、やっぱり殺していました」
「生け捕りになんかしなくてよかったです。殺せるなら私が殺してました」
殺せなかったどころかむしろ殺されかけたけれど。
ウォマは内臓の溢れる感覚を思い出し背中を震わせた。
「……魔物じゃなかっただなんて……」
「本当に。連続でおかしなクエストばかり受けてますね。
デュメリルさんにはクエストを受ける時よく説明を聞くように言わないと」
ハララカは立ち上がり、ウォマに手を出す。彼女はその手を握るが立ち上がろうとしない。
未だに内臓が溢れていく感覚がするのだ。立ち上がったら中身が漏れ出てしまいそうだ。
「まだどこか悪いですか?」
「なんか、まだお腹が切られてるみたいな感じがする……」
「体は治っていても脳が未だそれを認識出来ないのでしょう。時間が経てばその感覚は消えますよ」
ウォマはお腹をさすった。何もなかったかのように肌は滑らかだ。
彼女はゆっくり立ち上がり差し出されたハララカの腕に縋り付く。何かに捕まっていないと膝から崩れ落ちそうだった。
「それで、何があったんですか?」
「この男たちは臓器売買してたみたいで……」
「臓器売買?」
なんのためにそんなことを。
ハララカは眉を寄せた。そんな物を欲しがるのは厄介な輩だろう。
「そう。ターゲットをちゃんと決めて弱みがある人を見つけたら魔法でここまで誘き寄せて内臓を抜いて再生させる。
耳を切って目印にしたら、またこいつらが内臓が必要になった時その人を呼び戻して内臓を抜いてたみたい。
もしくは、金を払わせて内臓を抜き取らないか。
犠牲者は殺された人たちじゃなくて、生きてる人の中にもいる」
「再生魔法が使えるってことですか」
「内臓抜き取って再生させてって効率悪い気もするけど」
「最初の数回なら良いでしょうけど複雑な再生魔法を短期間にかけすぎると体が変異します。だから複数人をターゲットにしていたのでしょう」
ウォマは切られた耳を触った。
目印を付けておくことで他の犠牲者を脅していたのかもしれない。
こいつも俺たちのターゲットだ。逆らったらこいつも殺す、と。
2人は男たちの荷物を漁った。
こいつらの売買の相手の情報を探したのだ。
だが見つかったのは複数の武器と大きなトランクだけだった。
ウォマはトランクを開ける。
トランクの中には切り落とされた耳が釘で打ち付けられていた。魔法がかかっているのかどれも切り取られたばかりのようだ。
耳の数はウォマが思っているよりも多かった。
50はあるだろうか。
「こんなに……」
ハララカは黙ってトランクを閉じた。
こんなものを見ていてもしょうがない。
「これは証拠として提出しましょう」
「うん……」
ウォマは閉じられるトランクの隙間から切り落とされた耳を見ていた。
小さな小さな耳もあった。犠牲にあったのはきっと大人だけではない。




