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救いの女神…のはず

突然、優しげな声が響いた。

言っていることも優しい。さてはメシアか。

声の主はたおやかな女性だった。薄い茶髪に穏やかな若葉色の瞳、優しげな表情……。


「ああ……女神が迎えに来たのですね……」


「あらあら、可哀想に。追い詰められているわ」


「いや、悪いけどこっちだって商売があるんですよ、」


「勿論あなたの気持ちもわかります。けれどこの騒ぎは彼女が起こしたのではなくてそこに間抜け面で眠っている男が起こしたんです。

あまり、その子を怒らないであげてくださらない?」


女性は白魚のような指でデュメリルを指した。


「でも仲間なんだろ?連帯責任でしょう」


「そうね……それなら私も責任を取りましょう」


「え?」


「私は彼等と同じギルドに所属していますから。

弁償、でしたね。ヤハズ」


女性が誰かを呼ぶ。

すると後ろから男が歩いて来た。

屈強な男だ。浅黒い肌に金の髪。顔は厳つい。

いかにも冒険者然とした出で立ちだ。


「いかがなさいました?」


「先ほどのクエストのお金をこの方に」


「何故……」


「弁償の肩代わりよ」


男はウォマを見下ろした。その眼光に彼女は縮こまる。


「も、申し訳ないです」


「あらあら、謝らなくていいのよ。

さ、ご主人?これでいいかしら?」


「いやこんなには……でも貰えるなら貰っておきます。

あんた、掃除はもういいがこの件はチャラとはいかない。もう二度と来ないでくれよ。後生だからさ。さっさと出てってくれ」


「魂に刻んでおきます」


酒は飲んでも飲まれるなと。

店の主人は納得したのか、鼻を鳴らしながら去っていく。


「すみません……!」


ウォマは続けてたおやかな女性に土下座をした。

ギルドが同じというだけでこんなことをさせるだなんて。


「いいのよ。気になさらないで。

さあ、立って、ね?」


「う……優しさが五臓六腑に染み渡る……」


「可哀想に。普段どんな扱いを受けているのかしら」


女性はフフフフと笑いウォマの手を取った。なんて優しくて美しくて上品な人なんだろう。ウォマはメロメロだった。


「あの、でも本当にどうして?」


「私はねそこのデュメリルと仲がとーっても良いのよ」


「そうなんですか!わあ、美男美女ですね!少なくとも外見だけは!」


中身は大違いだが。

そう言うと女性は楽しげに笑った。


「そうそう。外見だけはね!

フフフフ!良い気分ねえ!ヤハズ、他のパーティの方を外にお連れする手伝いをしましょう」


「かしこまりました」


ヤハズと呼ばれた男はデュメリルを退かしハララカ、ユウダを軽々と持ち上げる。


「そこの女性はあなたにお願いするわ。

残りのコイツは……後にしましょうか」


「えっ」


「さ、行きましょう」


「あの、私が彼をおぶるので、あなたに彼女をお願い出来ませんか?」


「構わないけれど……持てる?ソレ?」


女性はデュメリルを嫌そうな顔で見た。果たして本当に仲が良いのだろうか。


「……頑張ります」


ここで置いて行ったら店側に迷惑がかかる。

彼女はデュメリルをおぶる……が、背丈が足りない。仕方がないので引きずるように歩き出した。


「ンフフ。いい気味ねえ」


「……今更ですけどあなた方は……?」


「失礼しました。私はテルシオペロ。

パーティ・ハブの一員で魔術師。そこのヤハズも同じく魔術師よ」


ヤハズが魔術師なことにも驚いたが、パーティ・ハブ。その名前はウォマでも知っていた。

たった2人きりのパーティでありながら、ランキング5位にまで上り詰めた実力者。


「は、初めまして!私、最近こちらのパーティに所属することになったウォマと言います!」


「よろしくね。

ほら、ヤハズも」


「はい、よろしくお願いします」


ヤハズはこちらをチラリとだけ見て挨拶をした。

この人も魔術師か……とウォマは思わず羨望の眼差しで見てしまう。


「それであなたたちはどこの宿かしら」


「あそこの、向かいの通りの宿です」


「あら、一緒ね。

良かったわ」


テルシオペロはニコニコ笑って歩き出す。

どうやら運んでくれるらしい。ヤハズが。


「何から何までありがとうございます」


「いいのよ。デュメリルに嫌がらせするのに手間とお金は惜しまないわ」


「え?」


「ンフフフ」


もしかしてこの人……ちょっとやばい人かも……。

ウォマは遠い目でテルシオペロの背中を見つめていた。


✳︎


朝。

デュメリル、ハララカ、ユウダ、ヒバカリの4人は気がつくとベッドにいたことに驚いた。

慌てて支度をして食堂に下りる。果たしてウォマはそこにいた。

ヒバカリは昨夜のことを彼女に謝罪をした。


「ごめんなさい。わたくし……あれがお酒だって全く気が付かなくて」


「あれ、あんまりお酒の味しないもんね。気にしないで。ヒバカリさんは、全然全く気にしないで。ヒバカリさんは」


「そ、そう、ごめんなさいね……」


ウォマはニコニコしているが、その目に光はない。

ユウダはそれに気がついた。どうやら我々の中に彼女の機嫌を損ねた者がいるらしい。


「ウォマさん。すみませんでした」


「はは、全然。むしろ先生の魔法が炸裂しなくて良かった」


「……ほら!2人も謝って」


「え?僕?」


「頭が痛い」


「ほーら!早く!」


ユウダは大声で(本人は小声のつもり)2人を急かす。

デュメリルは納得がいかないというようだったが、渋々彼女に謝ることにした。


「えーっと、ごめん、なさい?」


「本当に!!あなたのせいで!!私!!」


突然にウォマはデュメリルの胸ぐらを掴んだ。

何が悪いのかわかっていない態度に向っ腹が立ったのだ。


「顔は血まみれになるしご飯はメチャクチャになるしお店の人には怒られるし最悪でしたよ!!酒禁止!!いいね!?」


「そういえばそうだったか。悪かった」


デュメリルは飲み屋に来たサラリーマンのおっちゃんのごとく片手を挙げて軽く謝る。


「そんなんじゃ済まされないから!!

後で一緒に謝りに行って!!」


「おう、任せな。僕の美貌で落ちない奴はいない」


「そういう所がダメなんだよ!」


ウォマは更に詰め寄る。が、この男にいくら言っても無駄だと察し手を離した。


「昨日何があったんですか?」


ハララカはわからなかった。

何故こんなにウォマが怒っているのか。ヒバカリとユウダは申し訳なさそうにしているが、一体。


そう。彼は酒を飲むと記憶が飛ぶのだ。


「あなた、覚えてないの?」


「ええ。何も。

それで何が?」


ウォマを見つめる。彼女は口を開いて……顔を真っ赤にした。

そして顔を手の甲で隠しながら「デュメリルさんが暴れたんです」と言った。


「ああ、例の。酒癖悪いですもんねえ」


「あなた人のこと言えないからね!?」


「どうしてですか?」


「それは……」


ヒバカリは黙る。

なんだというのだ、とハララカは僅かに緊張した。


「もしかして誰か殺しちゃいました?

1、2、3、4、全員居ますね」


「誰か死んでたら今頃こんな穏やかな朝迎えられてないわよ」


ヒバカリは呆れたように溜息をついた。本当に一体なんだというのだ。ハララカにはわからない。

彼はウォマに聞こうと彼女を見ると……顔を凄い勢いで逸らされた。

これはどうやら、自分が一番彼女を怒らせたようだ。


「っ、デュメリルさん!

あなたに土下座して頂きたい方がいます」


「なんだ不穏な」


「彼女です!」


ウォマは向かいの席の二人組を指差した。

薄茶色の髪の女と屈強な男。

テルシオペロとヤハズだ。


「おはよう、ウォマさん」


「おはようございます。早速昨日のお金をお返ししますね」


「ギャーッ!!!」


突如、デュメリルが悲鳴を上げた。

何事かとウォマは腰の剣に手をかける。


「おはよう、デュメリル」


「ウワアア!!何でお前がここにいるんだ!!悪霊退散!!悪霊退散!!オンキリキリ!オンキリキリ!!リンピントウシャ!!ドーマン!セーマン!」


「落ち着いて。彼女は私たちを助けてくれた方ですよ?」


「そんなのありえない!!君は騙されている!!」


デュメリルは強くウォマの肩を掴んだ。


「いいか、あの女はな、ロクデモナイ奴なんだ。君を助けたんじゃない。僕への嫌がらせをしてるんだ」


「ンフフフ。よくわかってるじゃない」


テルシオペロは立ち上がった。

ついでにヤハズも立ち上がる。


「喜びなさい。あなた、私に貸しが出来たのよ」


「その言葉の破壊力はなんと凄まじいものか」


「あなたが破壊した食器やら何やら私が立て替えといたの」


「今すぐ払おう。幾らだ」


「やあね。お金じゃ返せないわよ。

返したいならお金じゃなくて、そうね、靴でも舐めてもらおうかしら」


「ウォマの馬鹿!おたんこなす!なんでこいつを頼ったりした!」


デュメリルは半泣きになってウォマに泣きついた。

彼女は良かれと思ってやったのだが判断を誤ったようだ。


「う、近寄らないで泣くな気持ち悪い。

テルシオペロさん、私が借りたんですから私が返します。靴を舐めればいいんですか?」


「ウォマさんはそんなことしなくていいの!単なるコイツへの嫌がらせだから!」


「でも、どっちにしてもお金は返さないと……」


「いらないわ。

この男に貸しを作った……それだけで胸のすく思いよ。」


「わあ、仲悪しさんですね!

何したのデュメリルさん」


「僕は僕以外の美形は堪らなく嫌いだし、その女も自分以外の美形が嫌い。蛇蝎の如く嫌ってるんだ!」


「似た者同士って奴です」


ヤハズが少し遠い目をして呟いた。

成る程……テルシオペロも相当なナルシストのようだ。


「もう!ヤハズってば!アレと一緒にしないで。決して」


「失礼しました」


テルシオペロの低い声にヤハズは静かに謝った。


「……デュメリルに代わってお詫びします。

昨夜は随分ご迷惑おかけしたようで」


ユウダがデュメリルを押しのけ、困った顔でテルシオペロを見つめた。

彼女はニッコリ笑う。先程のデュメリルを見つめる冷たい目とは大違いだ。


「いいんですよ。困ったときはお互い様じゃないですか」


「いやあ、恥ずかしい話ですね。

酒の醜態を見られるとは……」


「あそこのお酒強いですから。仕方ないですよ」


「わたくしもお詫び申し上げますわ。

この、こいつが、失礼してしまって」


ヒバカリは、「いい子ぶるなよ」と喚くデュメリルを黙らせてテルシオペロに謝る。


こういう時貴族の常識人達は頼りになる。

ウォマはこっそり息を吐いた。


「いえいえ。お久しぶりですね、お元気そうで何よりです」


「テルシオペロさんもお変わりないようで」


「ええ。

あら、あなたも。お元気そうで」


テルシオペロの目がハララカの方を向いた。

ハララカは彼女に軽くお辞儀をする。どうやら迷惑をかけていたらしい。記憶に無いが。


「初めまして。ご迷惑おかけしました」


「お久しぶり。ハララカさん。

あなたが私に初めましてと言うのはこれで5回目よ」


「初めましてじゃありませんでしたか。以後気をつけます」


「いつになったら覚えてくれるのかしら」


「すみません、興味の無いものは覚えられなくて」


テルシオペロはハララカの言い方にカチンときたが、グッと堪える。

この男に何か言っても仕方がないというのは、今までの会話でわかったことだ。


「みなさんの顔が見られて良かったです。

私たちは暫くここに居ますので、何かあったら遠慮なく」


「すぐにクエストを終わらせて出てってやるさ」


「あなたとは話してないのよね。

ヤハズ、行きましょう」


「はい」


「では失礼します」


テルシオペロは優雅にお辞儀をすると食堂を後にした。

5人はホッと息を吐いて椅子に座り込む。

なんだかどっと疲れてしまった。


「知り合いだったんだ」


「たまたま会うことが多いだけだ!知り合い以下だ!あんなの!」


「あの2人は、というよりもテルシオペロさんはデュメリル以外には優しいし悪い人じゃ無いよ」


「……そりゃよかったです」


5人はその後冷めた食事を取った。

これから魔物退治。この漂う倦怠感の中そんなものができるのか。

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