私の大事な天使
ウォマとハララカがなんかちょっと良い感じになっている一方で、ヒバカリとユウダはモソモソベーグルを食べていた。
「……これ買いすぎじゃありません?」
ヒバカリはユウダの手荷物をそっと見た。
両手いっぱいの袋にベーグルが詰め込まれている。
「デュメリルもハララカも育ち盛りだからきっとたくさん食べるよ!」
「そ、そうでしょうか?」
ヒバカリは少し不安そうな顔をしたが、ユウダは確信していた。
2人ははとにかくよく食べる。我がパーティの経費の3分の1が食費だ。
ちなみにパーティ・ナジャシュではクエストクリアで得た報酬を一旦デュメリルが預かりそれを6等分にしている。各メンバーの報酬と、それ以外にかかる経費を分けているのだ。
宿代食事代などは経費から出ている。
「ヒバカリもたくさん食べないと大きくならないからね。たくさんベーグル食べて」
「ベーグルじゃ栄養になりませんわ……」
「ん、それもそっか……。
じゃあ一度荷物を置いてどこかに食べに行こうか。それとも休みたい?」
どこかに食べに行く。
その言葉にヒバカリはハッとなった。
これは!つまり!デェトではないか!?
「いえ!お腹空きましたし、食べに参りましょう!」
「うんうん」
ユウダはニコッと笑う。
彼は、やはり彼女も育ち盛りだからお腹が空いたのだろうとほのぼのしていた。
山のようなベーグルを一度部屋に置いて2人は再び街に繰り出した。
一軒美味しそうな店を見つけたので2人はそこに入る。
中は混雑していた。
どうやら皆も食事時のようだ。
店中に笑い声が響く。酒も出る店のようだった。
ユウダは内心焦る。ヒバカリには合っていない店だろう。
「混んでるし他の店にする?」
「ですけど、今の時間帯だとどこも混んでいると思います。
こちらで頂きませんか?」
「でも……ほら、ここ酔っ払いがいるから」
ユウダの言葉にヒバカリはあからさまにムッとする。
彼はいつまで経ってもヒバカリを子供扱いするのだ。
そりゃ体は未発達だが、ユウダが彼女の家に来ていた頃よりは出来ることも増えた。
「また子供扱いですの?やめてください!
わたくしはもう16です!」
彼女はフイと顔を逸らし店の中に入ってしまった。
うっかりしていた。彼女は子供扱いを嫌うのに……そうユウダは焦る。
「こ、子供扱いじゃなくて……そう!若い女性がこんなところ、危ないだろ?」
「へ?」
ヒバカリはキョトンとした。
それからみるみるうちに笑顔になる。
若い女性!ユウダは彼女を女の子、ではなく女性として見てくれているというのだろうか?
「若い女性……」
「そうそう。ほら、向かいの通りに別の食事処がある。
そっちに行こう」
ユウダは半ば無理やりヒバカリの手を引いて店から連れ出す。
あの向かいの落ち着いた店なら酔っ払いはいないだろう。
「あのー、すみません……」
不意に声をかけられた。
見ると若い男だった。知り合いだっただろうか。
「はい?なんでしょう?」
「その……魔術師でいらっしゃいますよね?」
「そうですが……どうかされました?」
ユウダのいかにも魔術師然とした姿に、こうして街中で声を掛けられることは少なくない。街中でくらいゴテゴテと装飾なされたローブを脱げばいいのだが何があるか分からないので念のために着ている。
大抵失せ物探しや修理だったりするのだが、これに応えればお返しが貰えたりするので無下には出来ないのだ。
「いえ、大したことじゃなくて……ちょっと聞きたいことがあって。
世の中には呪文を唱えなくても魔法が使える人間がいると聞きました。そんなことが本当に可能なのかどうか……。
あ、俺も実は魔術師の勉強中なんです」
どうやらこの男はユウダに魔法の勉強を教えて貰いたいようだ。こういう人も珍しくはない。
ユウダは教えるのは嫌いではない。むしろ好きだ。
その為つい話しに乗ってしまう。
「私の知ってる中では1人だけいます。
ですけどそれは彼だけの特殊技能と言いますか……。きっと努力や頑張りだけでは到達できない、生まれついての何かのお陰でしょう」
「身体改造魔法を使っているんじゃって聞いたことがありますけど……」
身体改造魔法とは、そのまま、身体改造の魔法だ。
これはなんでもアリの魔法で、筋肉強化をしたり人外並みのムキムキにしたりするドーピングコンソメスープのような効能は朝飯前。要は人間としての在り方を変えてしまう魔法。
そしてデメリットが大きい魔法だ。寿命を減らしたり魔法を行使するたび血反吐を吐く羽目になったりもする。
そんな訳なので普通のまっとうな魔術師なら使わない。
「そのような悍ましい類のモノじゃありませんよ。
彼以外、そんな芸当が出来る人間が居ないので説明しようがありませんが……」
「魔族との混血でしょうか?」
魔族は呪文を唱えなくても魔法が使える。混血児にもそういった力があると言われているのだ。
「純人間です。
あなたは呪文を唱えなくても魔法が使えるようになりたいですか?」
「ええ!魔術師の欠点は詠唱時間です。
もし自分が呪文を唱えず魔法が使えたならさぞ名のある魔術師になれるだろうと何度も夢見ています」
「気持ちはわかります。
ですけど、詠唱時間が無いからと言って名のある魔術師になれるとは思いません。
大事なのはいかに人のために魔法を使えるか……そういうことだと思いますよ」
男は黙った。
ユウダの言葉に納得したようには見えない。
彼はもしかしたら、呪文を唱えずとも魔法が使える男の親類であるユウダのことを知っていたのかもしれない。
残念ながらユウダにその能力は授からなかったが……その能力を分けて欲しかったのだろう。
ユウダは黙る男に一礼してヒバカリに向き直った。
時間がかかったことを謝ろうとして……それは出来なかった。
ヒバカリがいないのだ。
「ヒバカリ……!?
あの、私の連れは!?」
未だ不満げにおし黙る男の肩を掴む。
話に夢中で側から離れたことに気がつかなかった。
「え?ああ、その人ならあそこに」
男は何故か反対の通りを指差した。
そこに彼女の茶色いポニーテールが見えた。横には見知らぬ軽薄そうな男もいる。
「ああどうも!失敬!」
ユウダは慌てて走り出す。
変な男に絡まれているんじゃないだろうな!?
残念ながら変な男に絡まれていた。
「君可愛いね~。どこ住み?ってかLINEやってる?」
「あなた、何を言っているの?
どこかへ行って頂戴」
わざとらしく溜息をつく。
ヒバカリはただ、ユウダの言っていたお店に先に入って予約しようと思ったらそこはまだ開店前で、仕方なく他のお店を探していただけだというのに。
「声もめちゃカワじゃ~~ん!
ね、カレシいんの?いないなら俺立候補しまーす!」
「悪いけれど他者推薦後適正審査を受けなければ合格しないわよ。
ということだから付き纏わないで」
「えー!絶対合格の自信ある~~!
俺キスめっちゃ上手いよ。キスだけで腰抜けちゃうと思うな~~!」
「いえ、審査はキスの上手い下手ではなく家柄などで審査するわ。
ではそういうことで、迷惑だからどこかへ行って」
「家柄……はちょっと自信ないな。
でもほら、君のこと満足させられるよ?」
めげない男の手がヒバカリの肩を抱こうとする。
しかし、その手が彼女に触れる前でユウダがヒバカリを抱き寄せた。
「私の連れに何か」
ユウダは茶色の瞳で鋭く軽薄な男を睨んだ。
「先生!お話はもうよろしいんですか?」
「ああ、うん。いいんだ」
彼はヒバカリの方を見ず、ただナンパ男を睨み続ける。
その迫力に男はたじろいだ。
「や、やだな。俺悪いことしてなくない?ちょっと話してただけじゃん?」
「彼女に触ろうとしたな?」
「な、なによー……そんな誤解を呼ぶ言い方やめてちょ……」
「どこに連れて行く気だった」
「飲み屋だよ!なーんか俺、強姦魔扱いされてね!?不当だよ!」
「……今後は相手をよく見たほうがいい。もし彼女に触れていたらお前の体はそこから腐り落ちてたよ」
なんの冗談かと男は苦笑いするが、ユウダが一切の笑みもない表情だったので頬が引き攣る。
危ないところだったようだ。
彼は2人から逃げるようにその場を走り去った。
「……大丈夫だった?」
ユウダはヒバカリの頭を撫で、細い顎を軽く摘んで持ち上げた。
「ひゃい……。」
実際はヒバカリからしたら大事件の連続で、全然大丈夫ではなかった。
まず今もだが……ユウダは彼女を抱きしめた。彼はスキンシップはいつも激しいのだが今回はいつもと違う……まるで恋人にするかのようだった。とヒバカリには感じられた。もしデュメリルがいたらいつものことだと欠伸をしていただろうが。
それから「私の連れ」という単語。ここでポイントなのは「私の」というところだ。
別になんらおかしくないのだが、恋する乙女にしてみれば「俺の女」と同義なのだ。
その後もあの優しいユウダの「彼女に触れていればそこから腐り落ちていた」という発言。
これを言ったのがハララカならば今頃ヒバカリは恐怖で震えが止まらなかっただろうが、ユウダから言われると嫉妬してそんな怖いこと言ったのでは?と彼女の脳が都合よく解釈し喜びで体が震えた。
こんなコンボを決められ、乙女脳はバターのように蕩けだすしか無かったのだ。
「ごめん、目を離して……。嫌なこと言われなかった?」
「なにも……」
「そう、良かった……」
ユウダはヒバカリを抱き締めた。
彼女の細い体にユウダはゾッとする。
もし何かあったら……。
彼はヒバカリの体を離し、彼女の顔を覗き込む。
「君は大人になるにつれどんどんと美しくなっていくから、男は黙ってないだろう。
今後はもっと慎重になるべきだね……」
「う、美し……!?」
「うん。
あ、勿論、元々美人だったよ!?
でもそうじゃなくて……」
近頃の彼女は妙に色っぽい時がある。
今だってそうだ。
大人と子供の狭間の危うい美しさ。それが男を魅了してならない。
こんな可愛い子を1人にした自分はなにを考えているのだ。
ユウダは己に叱責する。きちんと自分が見ていないと。
「今後は誰かメンバーの側にいるようにしよう。ウォマさんも。どこも女1人は危ないね」
「……それは……先生の側でもいいですか……?」
ヒバカリの潤んだ緑の瞳がユウダを捉えた。ユウダに縋り付くように手が彼の服の裾を掴む。なんて愛らしい。
「勿論だよ」
思わず彼はヒバカリを抱き締めていた。
これはいつもの親愛からの抱擁ではない。
これは……彼女を……
「やだ、見てくださいよ!路ギューしてますよあのカップル!」
「おやおや。恥ってもんが無いんでしょうかあ?」
この声は……。
ユウダは慌ててヒバカリから体を離して2人を見る。
ウォマとハララカがニヤニヤしてこちらを見ていた。
最もハララカはあのいつもの口元だけで笑う嘘くさい笑い方だったが。
「ふ、ふたりとも!どうしてここに、」
街で買い物に行っているはずでは。
「あ、その反応。さてはお邪魔でしたね?いやあ、すいやせん!」
「わざと邪魔したんじゃないですかあ」
「そうだけど。
ま、どうぞ続けてください。
我々はどこかでご飯を食べてましょうか。青姦見る趣味はないんでね」
「あおか……!?」
ユウダは吹き出した。そんなことしようだなんて思っていない。
「ウォマさん!そういうことを言うもんじゃないよ!」
「あおかん?なんですのそれ?」
「なんでもない!」
ヒバカリの耳をユウダは慌てて塞ぐ。もう遅いが。
彼女はキョトンとしたままだ。
「ウォマさん……」
「すみません、つい。悪気はないんですけど育ちが悪いもので……」
ウォマはぺこぺこ謝ったがその言葉に心はこもっていない。
「……それで、2人は買い物はどうだったの?」
「色々あって楽しかったです。
そうだ、ヒバカリさん。お土産」
ウォマは緑色の石のついたネックレスをヒバカリに渡す。
未だ耳を塞がれている彼女は不思議そうな顔でそれを受け取った。
「これは?」
「ヒバカリさんの目の色のネックレスを見つけたから。私とお揃いだよ。タンスの肥やしにしてね」
「しないわよ。
……ありがとう……」
緑の石は光を受けてキラキラ輝いている。
貴族である彼女はこれ以上のアクセサリーを山のように持っていたが、それでもこれは嬉しかった。
ネックレスという物の価値がではなく、ウォマが自分のことを考えて買ってくれた、ということが嬉しいのだ。
「大事にするわ。
でもあなた、おまじないのこと知らないのよね?」
「おまじない?」
「このネックレスって確か身につけると恋が叶うおまじないがかかってて、だから流行ってるって聞いたのよ」
そんなものだったのかとウォマは少し驚く。
しかしヒバカリには丁度いいお土産だったかもしれない。
「恋のおまじないねえ……」
「あまり興味無さそうね」
「叶えたいものは自分の力で叶えるので。強請るな勝ち取れさすれば与えられんってアドロック・サーストンも言ってるじゃん?」
「ちょっと存じ上げないけれど」
ヒバカリはネックレスを大事そうにポケットに仕舞う。
普段身につけているどこかで落としてしまうので何かの時のために付けようと思った。
「そもそもウォマさんって恋愛って言葉ご存知なんですかあ?」
「やだな、知ってますよ」
「へえ!それは意外だな。
あ、食べ物じゃないんだけど……わかるかな?」
「ユウダ先生……?私をなんだと……?」
「そうだ、ご飯を食べに行くんでしたわ。
行きましょうか」
そうだったそうだった、とユウダもハララカも歩きだす。
ウォマは、サヴは送る人員を間違えているなと確信していた。可愛い可愛いズクロちゃんなら今頃ユウダもハララカも「そんなネックレスに頼らないで俺と恋愛しない?」と口説いていたに違いないのだから。




