ねむる
光を感じる。一秒、二秒。音が入る。一秒、二秒。
深く暗い闇にいた感覚が、一つ一つ確かに動き出す。遅れて、一つ一つ情報を脳が処理する。朧気だった意識が確かに戻ってくる。
目を覚ます。現状の把握。窓からは光が差し、かけ布団は見当たらない。時刻は。時刻は……
「あ、」
……遅刻欠席風邪頭痛親戚の不幸。瞬時に言い訳を探る思考に嫌気が差す。回る思考の速さとは対照的な、強い倦怠感を抱きながら僕はベッドから抜け出した。
教室へ着くまでの道のりの絶望的な長さや、焼き殺しにかかってくる日光の凶悪さ、瞬時にめぐる暗い思考を一蹴して、目を閉じる。
『今日の僕は、遅刻して三時間目に登校する。』
『今日の僕は、遅刻して三時間目に登校する。』
『今日の僕は、遅刻して三時間目に登校する。』
いつもより丁寧に顔を洗い、いつもより美味しそうに朝食を盛りつけた。といっても、昨日母が作った夕飯の残り物だが。
咀嚼する。僕はこの音が嫌いだ。今日はいつもより耳にまとわりついてくる。味などしなくなった口の中の異物を、急いで飲み込む。
時刻を確認しようとスマホを手に取る。時計とは、僕にとって見るたびに数字の変わる、不可思議なものである。
一日が二十四時間であることや、一時間が六十分であることは理解しているのだが、イマイチその流れを体感することができない。十年と少し生きてきて、僕が寝ているときも、本を読んでいるときも、ボーーっとして何も考えていないときも、時間は進んでいることに最近気が付いた。
それなのに不思議なもので、時間だけが僕と世界を繋ぐ唯一のものとも思う。いつも勝手に進んで、早くなったり遅くなったりする困ったやつなのに。信頼などはない。
さて、用意は終わったが、今家を出ると二時間目の半ばに着いてしまう。玄関の土間の手前に座って、目を閉じる。
『今日の僕は、遅刻して三時間目に登校する。』
『今日の僕は、遅刻して三時間目に登校する。』
『今日の僕は、遅 刻 し て 』
無理だ。今日は無理だ。今日だけは無理だ。僕の一日は、今日は始まらない。そう決めた。決意した。だから許してほしい。
もう一度ベッドにもぐる。泣きそうだ、胸が張り裂けそうだ、そんな言葉で表すのがぴったりな心境。
目覚めとは打って変わって命令通りにちゃんと動く身体を、強く、より小さく、なくなってしまいそうなくらいに抱きしめる。
ああ、僕の一日はいつ始まるのだろうか。