お見合いラプソディ 【後編】
様々な疑惑と願望がぐるぐると私の中を駆け巡っていた。
「あの、ちゃんと健康的なスリムの方も多いと思うのですが……、それでも、ふくよかな方が良いというのは、何か特殊な好み……いえ、特別な理由があるのでしょうか?」
わ〜ん! 初対面でぐいぐいと何を聞いているんだ私は!
だけど、勘違いしたままあとで後悔したくはない。ここでちゃんと聞いておかなければと考えていると、先程まで饒舌だった東條さんが押し黙る。
え? まさか、やっぱり何か特殊な嗜好の持ち主?
許容範囲内? 範囲外? どっち?
東條さんのその反応に緊張の面持ちでの次の言葉を待っていると、やがて彼はひとつ溜め息をついて口を開いた。
「実は……僕には少し事情がありまして」
「事情、ですか?」
「はい。スリムな女性では物足りないと言いますか……」
「た、足りない?」
「たぶん、相手の人の体がもたない……」
え? な、な、なに、そんなに激しいプレイが好みなの?
わ、わ、私そういう経験がないから、大丈夫かな……。
心臓がバクバクしすぎて、思わずとんでもない想像をしたうえに、いらぬ心配までしてしまった。けれど、東條さんが告げた理由は、私のそんな妄想も遥かに超えていた。
「実は僕、吸血鬼かもしれないんです」
「……」
「…………」
「…………は?」
このイケメンさんは、今何と言ったのでしょうか……。
東條さんのカミングアウトが衝撃すぎて、思考が停止してしまった。
「急にこんな事を言われても、信じてもらえないと思いますが、先程もお話した何代か前に異国の方がいたと、実はそれだけではなく、異種つまり吸血鬼の血も引いているんです」
呆然とする私をよそに、東條さんの話は続く。
「両親も祖父母もその数代前も普通の日本人ですが、ごらんの通り何故か僕だけこんな見た目で、先祖代々受け継がれてきた伝承に詳しい親戚によれば、一種の先祖返りではないかと言うのです」
「は、はぁ……」
「ただ、今まで容姿以外で困る事はなく普通に生活出来ていたのですが、20代後半あたりから無性に乾くというか、その、女性の血に執着じみた興味が異様に湧いてしまい……。あ、そうは言っても、まだ本物の血を飲んだ事はありません。こんな事を女性に話したのも紅美さんが初めてです」
「まだ」という言葉に安心するべきかどうか……。
食べる事に興味があるとはそういう事だったのか、しかし私とはずいぶん食の好みが違うみたいだ。
「えっ……と、それは、ヴァンパイアマニアのコスプレ好きで、なおかつそういうプレイ的なのが、好き、好き、大好き! ということでしょうか?」
「えっ!?」
気が動転してとんでもない妄想を口走ってしまったが、この際もう残念系イケメンさんだと言ってくれた方がまだマシなのかもしれない。
「いえいえ。コスプレとかプレイとかそういう方面はノーマルですので、ご安心ください。でも、もし紅美さんがご興味あれば僕も鋭意努力します! あっ、す、すみません。紅美さんの言葉につられて、つい恥ずかし気な事を口走ってしまいました。ハハハ……」
そういう事ではないのだけれど、私の失礼な発言にも東條さんは紳士に答えてくれて、そしてそこで今日出会ってから初めて彼がはにかんだように破顔した。
「あぁ……、なるほど本物なんですね」
その笑顔に私は一瞬彼の言葉を納得しかけてしまった。だって今まで、彼の優雅で上品なしゃべり方だと思っていたおかげで、全然分からなかったけれど、彼の笑顔の奥に八重歯というには無理があるくらい恐ろしく鋭い牙が生えていたから。
人間心底驚いた時は、声って出ないもんだね。
このまま気を失ったらどうなるんだろう。
意識のないうちに血を吸われちゃうのかな。
でも東條さんは何だかんだと紳士的な感じだし、さすがにいきなりそれはないか。
じゃあ、ここで倒れても大丈夫……。
…………。
何が大丈夫? 全然大丈夫じゃないよ!
吸血鬼だよ! いや、東條さんの言葉を鵜呑みにしたわけじゃないけれど、そもそも現代でそんな話は到底信じられない……。正直、マニアや厨二病といった線もまだ捨てきれていない。
けれど、不思議な事に彼の瞳を見ていると、どうしようもなくこれは真実なんだと、認めざるを得ない気分になってくるのだ。
やっぱり……。こんな素敵な人が私なんかと、普通にお見合だなんておかしいと思ったんだよ。
でも、さすがに吸血鬼は予想外すぎるよ……。
「さすが、西条さんのお孫さんですね」
「え……」
心の中で嵐が吹き荒れている最中、ふいに東條さんからそう声を掛けられた。
そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんが口を濁してたのは、知ってたからなのね……。どういう事なのか、帰ったら絶対とっちめてやるんだから!
「いえ、僕のこの牙を見て驚かれるんじゃないかって……」
充分、驚いてます! 驚きすぎて固まっているだけです!
「あ! 考えてみれば、先程から健康についてばかりで、肝心な事を言うのを忘れていました。これじゃあ、僕がまるで紅美さんの体だけに興味があると思われても、おかしくありませんね。失礼しました」
「は、はぁ……」
しかし、ここに来て少し思ったけど東條さんの言動って何か微妙にズレているというか……。でも、もうこれ以上何を言われてもきっと驚かない。この短時間に、変な耐性が身についたような気がしていた。
しかし……。
「紅美さん! 僕は貴女の笑顔に一目惚れしました!」
はわぁわわわわぁぁぁ!!! この世の春ぅぅぅぅぅぅ!!!
って、違う!
ま、また突然、この人は何をとんでもない事言い出してるの!?
「初めて貴女の写真を見た時、こんなに素敵な笑顔の持ち主なら、もしかすると僕のこの事情も笑い飛ばしてくれるくらい、おおらかで朗らかな人ではないかと、自分勝手にも期待してしまったのです」
イ、イ、イ、イケメンさんだからって……。超絶麗しいイケメンさんにそう言われたからって、おいそれと笑い飛ばせるとは限らないんだからね……!!!
東條さんの不意打ちのような告白に、ときめきと混乱がごちゃ混ぜになっていた。
「先祖返りだと言われましたが、本当の吸血鬼なのかは正直分かりません。家族も自分も普通の人間だとは思っていますが、やっぱりこの容姿とこの伸びた牙の事で悩んだりもしていたんです」
それを聞いて、一筋の希望の光が見えたような気がして、たまらず口を挟んだしまった。
「あ、あの……じゃあ、もしかしたら吸血鬼だというのは、気のせいかもしれないという事でしょうか?」
「今のところ親戚の言葉とこの容姿からの判断なので、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。僕も家族もはっきりとした事は分からないのです」
「ただ、女性の血への執着じみた興味は年々増すばかりで、その中でも紅美さんの健康的な……を想像するだけでゾクゾクします。もちろん、紅美さんのご理解や合意なしに、そんな真似は絶対しませんから!」
力強くそう宣言してくれたものの、彼の不思議な色をした瞳が獲物を捕らえるような鋭さに、やっぱり吸血鬼なのかもしれないと直感が囁いている。顔を覗かせた希望の光はすぐに隠れてしまった。
ああ、下手したら乙女の危機どころか、生命の危機だよ!
けれど、次の言葉を口にした東條さんの声は沈んでいた。
「今まで僕はこの牙を隠すため口角を上げるくらいはしても、徹底的に笑顔を殺してきました。そのうち本当の笑い方も段々忘れてしまい、話し方にも静かに端的なのが冷たく映ったのか、周りから距離を置かれ……」
最初、こんな素敵な人は私なんかとは住む世界が違うんだと思っていたけれど、いま目の前に映る東條さんは、決して私が想像していたような、きらきらとした世界にいたわけではなく、ずっと孤独だったのかもしれない。
「けれど、今日貴女とお会いして話すうちに、こんな僕が自然と笑ってしまっていたんです」
「だから……、きっと貴女のそばにいたら、僕はいつまでも笑顔を忘れずにいられると思うんです。紅美さん、こんな僕ですが、これからずっとそばにいてくれませんか?」
「……っ!!!」
そんな台詞、言われて嬉しいに決まってる。
でもだからって、お見合い相手が吸血鬼かもしれないだなんて……。こんなのいくら考えたって全然わかんないよ!
全然、わかんないけど……。
東條さんの写真を初めて見た時からこの瞬間にも、ずっと予感めいたものを感じ続けている。
でも、でも……わ〜ん! それを言葉にしたら……。
どうする? どうなる?
一体どこへ向うんだ? 私のこの恋は!!!
Fin.