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お見合いラプソディ 【中編】



 待ち合わせ場所は、落ち着いた雰囲気のおしゃれなカフェだった。


 形式張るのは何かと堅苦しいだろうという、先方による配慮だった。

 てっきり、祖父母も一緒だと思っていたが、若い二人だけの方が話も弾むだろうと言われ、私の緊張はさらに膨れ上がっていた。


 ぽっちゃりとは言え、この日のために友達と相談しながら可能な限りのおしゃれにも挑戦してみた。

 ネイビーブルーのワンピースは、数少ない自慢である白い肌を強調する効果と少しでも引き締まって見せたいという理由で決めた。

 やや地味な色合いのため、差し色でスカーフを巻いてみたが首の短さに断念した……。その分アクセサリーは可愛らしいデザインにする。おしゃれというよりはすっきりコーディネートだ。付け焼き刃かもしれないがやらないよりはマシだ。



 お店に入ると店員さんから相手はもう来ているとの事で、案内してもらう。

 窓際の奥まった席は、観葉植物の配置のお陰か個室のようになっていた。


 そこに、写真で見るより遥かに見目麗しい男性が座っていた。


 祖母から見せてもらったのはモノクロ写真だったからよく分からなかったが、窓から差し込む陽光に照らされた髪はきらきらと輝く蜂蜜色をしていて、色素の薄そうな肌は白を通り越してやや青白い。そして、それぞれのパーツが恐ろしく整っており、思わず見惚れてしまった。


 すると、私が来た気配を感じとったのか、ふいに顔を上げこちらを向いた男性の瞳の色は、どこか異国の血を思わせるような不思議な色をしていた。


 私の心臓が一気に高鳴る。


 こんな素敵な人にときめかない女性はいない。

 それを今、充分すぎるほど実感させられている。


 けれどそんな彼が、目が合った途端ほんの少し頬を染め、うっとりとした感じで私を見つめているのは、錯覚に決っている。

 そう思い込もうとしたが、結局私はその視線にドギマギとさせられ、迫力すら感じるその美貌に緊張の糸はますます張り詰めていく。しかし、いつまでも突っ立っているわけにはいかないと、勇気を振り絞って挨拶をする。


「はじめまして。西条(さいじょう)紅美(くみ)です」


 勢い良くお辞儀をした私に、相手がくすりと笑う気配がした。


「はじめまして。東條(とうじょう)アルカードです」


 何て優しい声音、イケメンさんは声まで麗しいのか……。


 すっかり東條さんに釘付けの私に、彼は座るよう促してくれると、メニューを差し出してくれた。


「西条さん……貴女のおじいさんからお聞きしました。紅美さんは食べる事がとてもお好きな方だと、ここはパンケーキが美味しいと評判なので、ぜひどうぞ」


 お、おじいちゃんったら、また余計なことを!

 けれど、今はそれどころじゃない……。

 く、く、く、紅美って!


 こんなイケメンさんに、まさか自分の名前を呼ばれる日が来るとは思ってもみなかった。もう、それだけで私の心臓は破裂寸前だ。

 そんな東條さんを前に何かを注文するなんて……という乙女のためらいもあったが、この体型で「小食です」なんて、言い訳は通用しないという話だ。


 メニューの中で一番シンプルなパンケーキを注文すると、東條さんを見た。


「あの、東條さんは何を注文されますか?」

「僕は、紅茶のお替りだけで」


 オーダーを受けた店員さんがいなくなると、東條さんが申し訳なさそうに口を開いた。


「すみません。お恥ずかしい話ですが、食べる事には興味があるのですが、偏食者でして、甘いものはちょっと……」


 正直、この状況で私だけが食べるのは非常に気が引けるが、苦手なものはしかたない。

 そうして、何となくもじもじとしてなかなか話し掛けられないでいると、頼んだ品が運ばれてきた。


「あ、僕に遠慮せず、どうぞ召し上がってください」


 実は、ここのパンケーキは前からずっと気になっていた。けれど私にとってこのお店はおしゃれすぎて、敷居が高く感じていたのだ。


「では、せっかくなので、いただきます」


 これだけのイケメンさんと向い合って座るだけでガチガチの私だけれど、一口頬張るとその美味しさに、すっかりパンケーキに夢中になってしまった。


 そんな私を、東條さんは穏やかな微笑を浮かべながら眺めている。

 その優しいまなざしは、祖父母がいつも私の食べる姿を見ているそれと似ていた。


 ふいに「美味しいですか?」と聞かれたので、思わず訴えかけるような勢いで「美味しいです!」と笑顔で答えると、東條さんはその微笑をほんの少し深めた。


「紅美さんの美味しそうに食べている姿を見ると、何だかこちらまで幸せな気分になります」


 たったそれだけのやりとりで、きっと優しい人なんだと確信めいたものを感じていた。そして、何となく祖父母が彼を私に勧めてきたのもわかったような気がした。

 お腹が満たされるとほんの少し緊張も和らいで、あらためて自己紹介をした。


「あの、来たそうそうパンケーキに夢中になってすみません。あらためまして西条紅美、23歳です。食品会社に勤めています」

「こちらこそ、ご一緒出来なくてすみません。あらためまして、東條アルカード、34歳です。両親が経営する会社でエンジニアをしています」


 聞きたい事は山ほどあるが、とりあえず最初に気になっていた事を質問してみた。


「東條さんは、お名前からしてハーフでいらっしゃるのですか?」

「いいえ、よく間違われるのですが、両親は日本人ですし祖父母もそうです。ただ何代も前に異国の方がいたとかで、隔世遺伝とでも言いますか……。見た目もこうですし、それなら先祖に縁のある名前にしようという事になりました」

「そうなんですか。不思議な事もあるものですね」


 彼の説明に素直に頷いていると、東條さんの表情がふっと陰る。


「本当に……不思議な事ってあるんですよ」


 けれど、私は東條さんの憂いを帯びた表情にドキドキするので精一杯でその言葉を深く考える余裕はなかった。それどころか、私はすっかり舞い上がっており、趣味や休日の過ごし方といった質問をすっ飛ばして、早くも彼に最大の疑問をぶつけてしまった。


「あの、祖父と祖母から少し聞いたのですが、今回私の写真を見て、その、とても、き、気に入っていただいたとか、何とか……」


 自分から切り出すのは恥ずかしかったが、最初にはっきりさせておかなければ勘違いだった時の傷は深くなる一方だ。


 けれど、そんな私の心配をよそに東條さんの瞳が一段と華やいだような気がした。


「ええ、そうなんです。写真を拝見した瞬間、僕の運命の人は紅美さんだと確信しました」


 う、運命……?


 いきなりそんな言葉が飛び出してきたので、一瞬何か占いや宗教みたいなものに傾倒しているんじゃないかと疑ってしまった。いや、でもそう言われた方が、逆に納得できそうな気もする。


「でも、私なんか食べる事が好きで、見た通りぽっちゃりで、東條さんみたいに素敵な人に気に入っていただけるところなんて何も……」


 だんだん語尾が小さくなっていく私に、東條さんは身を乗り出すようにして力強く言った。


「いいえ! 僕はずっとあなたみたいなドーンとした感じの女性を探していたんです」

「え!?」


 自分で言うのも何だし、ちっぽけな名誉かもしれないが、さすがにドーンとまではいっていないと思う……。


「あ、いえ……ドーンというか、ふくよかというか、こうムチムチとした……け、健康的な女性が良いなと思っていまして」

「は、はぁ。け、健康的ですか……」


 なんてこったい!


 これは、やっぱり偏った好みの持ち主ということなのだろうか。そういえば偏食って言ってたし、もしかしてそっちの方面も偏食なのかもしれない。

 でも、それが本当ならもしかして、もしかするかもしれないという事だ。私の中の期待が急速に燃え上がったような気がした。


「しかし、ジャンクフードやスナック菓子ばかりの偏ったふくよかではダメなんです。紅美さんのように、野菜に果物、魚やお肉をバランスよくたっぷりと食した健康的なふくよかでなければ!」

「な、なるほど……!」


 急に饒舌になった東條さんに、やや戸惑いながらもひとまず頷く。

 確かに、おばあちゃんの作るご飯のおかげでバランスの良い食生活を送っている。そのおかげで、この程度で済んでいるのかもしれない。問題なのは美味しすぎてついお箸が進んでしまう事だ。

 しかし、どうして私の食生活を把握しているのだろう? まぁ……当然、あの二人が喋ったからに違いないのだろうけれど。


 ともあれ東條さんは、ぽっちゃりにもこだわりがあるらしい。


「で、でも、スリムな方のほうが健康的なんじゃ……」

「いいえ! スリムだから健康とは限りません。最近はやたらサプリメントばかりでそんなの全然僕の求める健康的な女性じゃない!」

「そ、そうなんですか……」


 これってもう、東條さんの偏った好みに私がピッタリ当てはまっているということではないだろうか。もしかして、本当に私なんかがこんな素敵な人とお付き合いできて、ゆくゆくは結婚とか……。


 いやいや、そんなうまい話が簡単に転がっているはずない。

 もっと何か偏った好みが隠されているんじゃ……。


 でも、どうしても期待せずにはいられない!

 だって私の人生に、一度くらいはこんな恋の大チャンスがあってもいいでしょ!




(【後編】へ続く)



【後編】明日、4月22日に更新します。

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