お見合いラプソディ 【前編】
極微量のファンタジー要素+コミカルなお話です。
たった1枚の写真を見せられた、その瞬間。
心臓が止まってしまうかと思った。
一瞬で恋に落ちるとは、こういう事なのかもしれない。
私はその時の事を思い出しながら、緊張のあまりギクシャクとした足取りで、お見合いのため指定されたお店へ向かっていた。
けれど、私が相手の写真を見たということは、もちろん私の写真も先方に見られたという事だ。正直、それで相手が私なんかを気に入ってくれて、こうやって日取りが決まったなんて、いまだに信じられない気持ちでいっぱいだ。
この話には、何か裏があるのかもしれない。そうでも思わなければ、あんなに素敵な人が私に会いたいと言ってくれたなんて、到底考えられなかった。
けれど、一度抱いた淡い期待は、心の中からなかなか消えてはくれなかった。
私の人生に、こんな恋があってもいいのだろうか……。
不安と期待を胸にそれでも私はお店の扉を開いた。
◇◆◇
事の始まりは、10日前だった。
「お見合い?」
それは、祖母の作ってくれた美味しい晩ご飯を食べ終えて、茶の間でまったりしながら5個目の蜜柑に手を伸ばした時だった。
5個目……。デザートというには少々多めかもしれない。
そんなくつろぎの時間に、祖父母から持ち込まれた「お見合い」の話に私は目を瞬かせた。
「紅美、お前の両親が亡くなってから、儂と婆さんがこれまで育ててきたが、二人とももう歳だ……。紅美のそばにいてやれるのも、そう長くはないかもしれん」
祖父が伏し目がちにそう切り出すと、隣の祖母も同じように寂しさを滲ませて静かに語り始めた。
「そうよ。私達がいなくなったあと、くーちゃんが一人になるのかと思うと心配で、心配で……」
私が小さい頃、両親は事故で亡くなった。
二人は母方の祖父母で、孫である私を引き取って、これまでめいいっぱい愛情を注いで育ててくれたのだ。
大学まで出してもらい、今は無事に就職も出来て社会人生活にも馴染んできたところだ。
だから、これからやっと恩返しが出来るとそう思っていた。
「そんなこと言わないでよ。これから、おじいちゃんとおばあちゃんにはいっぱい孝行したいんだから、まだまだ元気でいてくれないと!」
手にしていた蜜柑を食べるのも忘れそう言うと、一転、祖父母の顔がパッと輝いた。
「紅美がいつも元気でいてくれることが、儂らにとって最高の孝行じゃよ」
「そうよ。だけどね、くーちゃんの花嫁姿が見れて、ひ孫を抱くことが出来たら、嬉しくてもっともっと長生き出来そうな気がするの。うふふっ」
さすが、おばあちゃんだ……。
そんなふうに言われると、簡単に嫌だとは言い出しにくい。
ただ、学生の頃、自分のコンプレックスを男子にからかわれて以来、そういう方面は私の中では遠ざかっていたから、急に言われても正直困る。
けれど私が言葉に詰まっている間にも、祖父の話は続いた。
「それでついこの間、儂と婆さんの古くからの友人のお孫さんが、まだ独身だと聞いてのう。試しにお前の写真を見せたら、先方さんがいたく紅美の事を気に入ってくれたみたいで、見合いの話がまとまったんじゃよ」
「ちょっと、おじいちゃん! 何勝手に写真なんて見せてるのよ。全く、もう!」
勝手に話を進めた事を私がいくら怒っても、祖父は悪びれる様子もなく「こんな良い話はないぞ」と、祖母と二人期待に満ちた目で私の返事を待っている。
ただ、私の写真を見て気に入ってくれたなんてにわかには信じ難い。
「その人が私の写真を見て、そ、その……気に入ってくれたなんて……ま、まさか〜……。だって、私なんかどう見たって、ぽっちゃり体型だし……」
そうなのだ。悲しいかな私にはどう考えても、写真を見て気に入ってもらえるような要素はひとつもないのだ。
お腹はかろうじて出ていないが、友達と比べるとやっぱり太ももやお尻のあたりがムチムチとしている。
私だって、これまで必死にダイエットをしてみた事もあったが、どれも効果は見られず、何回も泣いた。
けれど、いつだったか食べる事が大好きだった私が、ほんの少ししかご飯を食べない事に祖母が心配してくれた時、ダイエット中の空腹のイライラで八つ当たりしてしまったのだ。
その時の祖母の顔を見て、私はご飯を残す事をやめた。
健康に問題なければ、あとはくよくよせず底抜けに明るく振る舞おうと決めたのだった。
「何を言う。この写真の愛嬌たっぷりのお前の笑顔! 可愛いじゃないか」
私の言葉に、祖父がそう断言すると先方に見せたと思われる写真を目の前に出してきた。
おじいちゃんめ! よりにもよって、この写真を見せたのか……。
確かに、そこに映っている私は、自分でもとびっきりの笑顔をしているとは思うけれど、それは右手におにぎり、左手に串焼きを掲げていて、女の子にとって異性へ見せるには、ちょっと恥ずかしい部類の写真だった。
いまだ半信半疑の私、なかなか煮え切らないそんな孫の態度に祖母がピシャリと言い放った。
「じゃあ、くーちゃんは、今誰か良い人でもいるの?」
「うぐっ……」
「そうじゃ、そもそもお前に恋人がいるなら儂らも何も言わん。じゃが、休日は友達と食べ歩き、その子らに断られた時は、儂と婆さんを連れて食べ歩き、とても男の影があるとは思えんのじゃ」
痛いところをつかれ、返す言葉もないのが辛い。
「あちらさんがぜひにと言ってくれてね、こういうのはご縁よ。ちょっと歳は離れているけれど、お仕事も人柄もとても良いのよ。まず一度会ってそれからゆっくり考えたら良いでしょう」
「う、う〜ん……」
「まぁ、とりあえずお相手の顔くらい見てみなさい。大丈夫よ、きっとくーちゃん気に入ってくれると思うわ」
妙に自信ありげに祖母が写真を出してきた。
何故かモノクロだったが一瞬で、そんな些細な事など気にならなくなった。
だけど、これで余計に謎は深まるばかりだった。
こんな素敵な人がいまだに独身で、私を気に入っただなんて、これはどう考えても何か秘密があるに決っている。とんでもない性癖を抱えているとか……。
見目麗しい男性の写真を前に、喜ぶどころか私の不安の色はさらに濃くなった。
「安心せい! 儂が実際会って太鼓判押すほどの良い青年だ。それに彼はお前と一緒で食べる事に興味があるそうじゃ。これなら二人で仲良く食べ歩きに行けるぞ。……まぁ、ちと偏食じゃがの」
「そうよ。あちらさんがね、もしお付き合いするならがっしりと……健康的な女性の方が先の事も考えるとね、好ましいとの事よ。うふふ……良い意味でね」
言葉の最後のあたりに不穏なものを感じるのは、気のせいだろうか。
けれど、結局私は祖父母の強い要望を断りきれず……、いやほんの少し淡い期待を抱きながら、今度の休日にお見合いをすることになったのだった。
(【中編】へ続く)
【中編】明日、4月21日に更新します。