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If-First Session-  作者: 蓮飼ななめ
序章-祈者集結の章-
2/8

If you harry up!-第三区画都市東京踏破大学-

 それは異常なまでに暑い春だった。

 灼熱の陽光に照らされた街路を始間蒼志は飛び抜ける。


「くそっ! どうなってんだよ……!」


 世羅島第三区画都市始間の今日の気温は摂氏33度。今の日本では真夏でも珍しい程の猛暑を記録する原因は全てこの街の上空に展開された大気浄化術式【セントアルカの窓-Window of St.Olca-】にある。本来美しい星空を提供するために考案されたその術式は太陽から降り注ぐエネルギーをも存分に提供し、この街を過度に暖めているのである。

 当然ながらこんな大掛かりで厄介なシステムを「綺麗な星空を楽しむ」なんて道楽のために運用しているわけではない。【セントアルカの窓-Window of St.Olca-】は一世代前の科学では困難だった超精密天体観測を可能とするための特殊術式である。ここ数年でこの第三区画都市の研究施設から2036もの新たな革命的天文学的事実が発見されているのだ。もっとも、これは第三区画都市の偉業のほんの一部に過ぎない。

 そう、第三区画都市は日本に、否世界に誇る超一流の学術都市なのである。

 東京都の西側に位置する人工島、世羅島は五つの区画都市によって構成されており、その一つ一つが世界レベルの教育水準を誇る一流大学を有する学術都市になっている。中でも第三区画都市の東京踏破大学は第四文学、第四防衛学、第四存在学、第四経済学、第四法学、第四言語学、第四地質学、第四医学、第四理工学において世界トップレベルを担う人類叡智の宝庫なのである。

 おっと、少し聞きなれない言葉が多かったかもしれない。

 世羅島は単なる学術施設ではない。「第四」存在を研究するために開発された高度に専門的な学術機関なのである。

 第四存在とは、この物質世界の外側に存在するとされる精神的知的存在群を指す総称である。この宇宙には果てが存在する。天文学的には少しづつ広がっている様だが、それでも果てがあることには変わりない。

 ではその果ての向こう側には何が存在するのか?それこそが第四存在というわけだ。

 肉体を持たぬ剥き出しの精神体、有限に対する無限の世界。

 その大いなる存在と意思疎通を図り、その力を利用することこそが今後千年の覇権を左右すると言われ、アメリカのミスカトニック大学によって第四存在が発見されて以来十数年で第四存在の研究は宇宙開発を超える人類の急務として世界中で重要視されていた。

 そして今やその力は民間人にも使用可能になっているわけで。

 始間蒼志は写本イグファントスの第二小節【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】で空を飛んで目的地へと向かう。

 日本では誰もが一冊の魔導書、写本を持っている。人々は義務教育を通してその使い方を学び、日常生活に利用しているのだった。魔導書とは言ったが、魔術は原理もへったくれもない魔法とは違う。魔術とは、第四存在と意思の疎通を図り、その力を利用する技術を指す言葉である。その技術は数年前に意思感応金属、オリハルコンが発見されたことで確立された。意思の力に反応し様々な性質を発現させるオリハルコンを媒介とすることで、精神体だけの存在である第四存在の力を物質世界に反映させることが可能となったのである。言わば魔術は科学で説明及び制御が可能となった超常現象を指す言葉なのだ。意思の力で作動し、無限に再利用が可能な資源であるオリハルコン及びそれを制御するための第四存在の研究は瞬く間に世界で最も注目される分野へと昇華されたというわけである。

 先程も言ったが、世羅島は日本における魔術、つまり第四存在研究のために創られた特殊研究機関である。その総人口の七割は学生であり、更にその10割が第四存在の研究を専攻する。つまり、始間蒼志もまたその例に漏れない魔術学校の生徒というわけである。長年の努力の末に留年することなく東京踏破大学に合格したのがつい数日前。今は本土で会社を経営している母を残してこの世羅島に引っ越してきていた。


「えっと、講下駅前の喫茶ピエログリフで集合だっけか」


 合格通知後父、大悟からの連絡がきたのがつい数日前。何でも大事な話があるから会いに来るようにとのことだった。蒼志が大悟にあうのは実に五年ぶりである。楽しみな反面、蒼志には少し不安もあった。


「しっかし、久しぶりの再会だってのに喫茶店なんかで会うつもりかね。そういうところはあか抜けてないよなあ」


 始間蒼志の父、始間大悟は東京踏破大学の現学長である。つまり蒼志は世界的に有名な魔術大学長の御曹司というわけで、幼い頃から彼なりに周囲からの期待やそう言ったものに対するプレッシャーに苦しんできたわけである。

 始間蒼志という人間は「普通」だった。

 偉大な親の割にはずば抜けた魔術の素質があったわけでもなく、幼い頃から天才性があったわけでもなかった。コネはあれどそれを使うわけでもなく、クラスの人気者というわけでもない。ごくごく普通の少年。東京踏破大学に受かったのも本人の血を吐くような努力と母親の献身的なサポート(これもごく一般的なもの)によるものである。


「喫茶ピエログリフ……あった。あれか」


 駅前にある小さな交差点、その角にある古びた外見の喫茶店。内部を見渡すと、黄ばんだ壁紙と大きな蓄音機でレトロチックに彩られていた。が、そこに客らしき姿は見当たらない。


「いらっしゃいませえ」


 この店にはそぐわないドキッとするような金髪美人の店員が気だるそうに挨拶をする。


「あ、えっと。ここに始間大悟って男が来てませんかね?」


 英語の話せない蒼志は恐る恐る話しかけてみる。


「……キミ、大悟サンの知り合い?」

「えっと、父親なんです。一応」

「なるほど。キミが蒼志クンか。ボクはイア=イア=クラナディア。よろしくね」


 イアは急にかしこまると、優しく蒼志の手を握った。


「え? ああ、よろしくお願いします」


 始間蒼志はここでも父親の偉大さを思い知る。まさかこんな小さな喫茶店にまで父親の名が広まっているとは。講下前駅は東京踏破大学前駅から七つ程離れた場所にある駅で、都会化の進んだ世羅島においては田舎と呼べる地域である。それ故に蒼志はこの場所を新居に選んだわけだが、とんだ誤算だった。これから毎日朝食の度に父親の威光を感じなくてはならないというのか。これは蒼志にとっては中々致命的な誤算である。


「大悟サンは来てないけど、キミを待ってる人なら居るよ。この紙に書かれた番号の席に行きなよ」


 イアがその大きな胸の谷間から紙きれを引き出し、動揺する蒼志に無理矢理握らせた。


「……ありがとうございます。ど、どこだ?」


 紙に浸み込んだ温かさに赤面しながら蒼志は示された席へと向かう。

 当然だが、そこには誰もいなかった。


 筈だった。

 だが椅子の真上に体を移動させた瞬間、まるで最初からそこにいたかのように向かいの席に人影が現れた。


「やあ。君が始間蒼志か」

「な、いつからそこにいたんだ!?」

「おかしなことを知りたがるんだな。僕は30分前からここでずっと君を待っていた」

「否、そういうことじゃねえんだけど……」

「僕の名前は白夜姫凪沙(たおやめなぎさ)。君の御父上の命令で今日から君の面倒を見ることになった。早い話が世話係だ。これからよろしく」

「世話係ぃ?」


 凪沙は蒼志と同い年ぐらい、その姿は少年にも少女にも見えた。そんなことよりも、何よりもその真っ白な髪と肌が印象的だった。所謂白色個体(アルビノ)というやつだろうか。首元にたっぷりのフェイクファーをあしらった真っ白なコートも相まってまるで天使の様に美しかった。


「父さんが何を考えてるのか知らねーけど、俺に世話係なんて要らねーよ。炊事洗濯は母さんに厳しく仕込まれてるし、第一俺は学長の御曹司としてちやほやされる気なんざ更更ないぜ」

「そんな事は分かっている。だがここは日本における魔術研究の総本山、世羅島だ。一般人にとっては魔境と呼べる秘境の地であることぐらいお前でも分かるだろう。そんな場所に実の息子を独りで住まわせる親の気持ちにもなってみろ」


 予想していたよりも真っ当な答えを返され、蒼志は返答に詰まる。


「ま、まあ……それはそうかもしれねえけど」


 だが、蒼志には一つ、明確な不安材料があった。


「で、でもお前、女の子だろ……?」


 凪沙はその問いに特に表情を変えるでもなく平然と答える。


「僕にとってはそんなのは別に大事なことじゃない。もし君が女性と接するのが嫌いな人種なら僕のことを男だと認識してもらって構わない」

「構わないって、そういうことじゃねーだろ」

「いいか、僕は女じゃない。もし僕が女ならこの喫茶店は僕っコ率が異常に高いということになる。君はこの店が僕っコ率100%の性癖全開店だと言いたいのか?それはあまりに失礼だろう」


 面倒臭くなったのだろうか、凪沙が滅茶苦茶な理論を展開しだす。駄目だこりゃ。


「……わかったよ。お前と一緒に暮らせばいいんだろ?」

「そういうことだ。もとよりお前に選択肢なんて無い。さて、顔合わせも済んだことだし、そろそろ行くぞ」

「行くって、どこに行くんだ?」

「君の御父上、始間大悟の所だ。聞いているだろ? 大事な話があると」


 そうだった。そもそもその為にこの喫茶店に来たんだ。待っていたのは厄介な同居人だったのは取りあえず置いておこう。

 席を立つと、いつの間にか見えなくなっていたイアがその姿を現した。

 若干その顔を紅潮させて。


「……性癖とかじゃないもん……! ボクのは生まれつきだもん……!」


 微妙にプルプル震えているのがかわいい。


「あの結界は盗聴を防ぐためのものだったはずだが?契約の不履行に報酬を出す義理はないぞ」


 が、凪沙はあくまで事務的にイアのお茶目心を切り捨てた。


「凪沙の意地悪! 何も聞いてないですよーだ!」


 ぷいっとそっぽを向いたイアを意に介さず、凪沙は札束の入った封筒をカルトンに置き、店を出る。


「ちょっ、お前一体何食ったんだよ!? 喫茶店でそんな額の金使うやつなんて初めて見たぞ……!」

「あれは盗聴防止用結界の依頼料金だ。隠蔽術式【ハズの八百八室-Fire wall of Hazz-】は第三区画都市でもイアにしか使えない術式だからな。この手の能力は供給が少ない分高値で取引されてるんだ」

「そんなに大事な事話してたか? 魔術師ってやつの金銭感覚はよくわかんないぜ」

「ごちゃごちゃ言わずにさっさと行くぞ。君の御父上は多忙なんだ。いつまでも待たせるわけにはいかない。蒼志、【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】は使えるか?」

「当然だろ、そんなの義務教育終えてりゃ皆使えるぞ」


 蒼志と凪沙は【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】を展開し飛び上がる。


「そんなことはない。義務教育期に【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】を習得できる教育機関なんて一部の私立小中学校だけだ。全くそうは見えないがやはり魔術師としての英才教育を受けているみたいだな。流石は学長の息子といったところか」

「……父さんは関係ないだろ」

「……? お、見ろ蒼志。東京踏破大学の校舎が見えてきたぞ!」

「あれか? ……滅茶苦茶デカいな! 大学っていうか……大聖堂? 城? 敷地もでかいし一個の城下町みたいになってるぞ……!」

「蒼志、中央にそびえる建物が見えるだろう。あれが高さ1356メートルを誇る第三区画都市最大の建築物にして東京踏破大学全職員の研究室と世界第三位の蔵書量を誇る大図書館を内包する叡智の結晶、東京踏破大学第一講義堂だ! 御父上のいる学長執務室はあの建物の最上階にある。普段なら東京踏破大学最強の拒絶術式結界【セントアルカの鍵-Gate of St.Olca-】に阻まれ上空からの侵入は不可能になっているが、今回は学長直々に通過許可をいただいている。このまま突っ込むぞ!」

「お、おう……?」


 凪沙の【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】が羽を伸ばし、更に加速して結界へと吸い込まれていく。学園最強の結界が放つ威圧感は侵入しようとしているこちらが食い破られるかのような恐怖を感じさせた。


「おい凪沙! このまま突っ込んで大丈夫なのか!?」

「信じろ! 問題ない! いいか、下手にスピードを緩めれば結界の許容因子に引っ張られて壁のシミになるぞ!上手く着地することだけ考えろ!」


 何を言っているのかは殆ど分からないが、全速力で行け、ということと全力で着地しないとやばい、ということは分かった。


 無茶すぎる!


「これ下から登ったら駄目だったのかー!?」


 もはや後の祭りだが取りあえず言ってみる。こんなのが遺言なんてまっぴらごめんだ。


「抜けるぞ! 蒼志!」


 拒絶の塊に頭から突っ込む。

 体表の膜が剥がされるようなびりびりとした感触が全身を通り抜け、背中に収束するように消える。


 今だ!


【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】をホバリング形態に切り替え、あらかじめ用意していた術式を詠唱する。


「写本イグファントス第八小節【アルエルフの抱擁-Cushion of Allelf-】!」


 着地用のハッチに力場(フィールド)が展開され、【リントヴルムの羽-Drive of Lindworm-】によって生み出された推進力を相殺する。転げまわる様にして蒼志は着地に成功した。


「二つも術式を展開しないと着地できないのか? 前言撤回だな。まだまだ修行が足りないぞ、蒼志」


 蒼志の横で難なく着地を成功させていた凪沙はさっさと建物の中へと入っていってしまう。


「ちぇっ、嫌味な奴だなーアイツ!」


 父、始間大悟との再開は目前に迫っていた。

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