君の好きな香りは下心(BL)2
確かにそういう事を考えた事はあった。だけど、実際にそうなってみると少しばかり恐怖心すら覚える。でもこんなチャンス滅多にないから諦めたくないし、途中で終わりたくない。ゆっくりと腕を回す。
「……続き」
小さく呟かれた声に驚いた表情を浮かべる。それはそうだろう。普通同性に強請ったりするものでもないし、ましてや俺とコイツは敵同士だ。しかも、今リアルタイムで自分の所属する組が殴り合いをしているというのに、俺は呑気に事を行おうとしている。まぁ、長にバレたら俺はどうなるんだろうか。
「酔ったのか」
「お前に?」
鼻で笑われ顎を持ち上げられる。それと同時に髪から匂うシャンプーの香り。ずっと匂っていたくなる匂いに目を逸らす。風呂上りのコイツを見ていると、俺の気持ちがどんどん可笑しくなる。
「……何でもない」
今更かよ何て聞こえてコイツは離れる。結局諦めてしまった。諦めたくなかったのに。悲しくて顔を隠すようにしていたらさっきから何なんだよと言われ、それこそ何でもないと怒鳴るように返してはそっぽを向く。所詮、拗ねているだけだ。
「何でもねぇようには見えねぇぞ」
「何でもないから帰れよ! お前本当何しに来たんだよ! 俺の家に来ては風呂入って押し倒すし、お前俺を抱くためにでも来たのかよ!」
期待はしていた。そのまま抱いてくれないだろうかと。その為に抗争中にも関わらず電話して来て、風呂入って、押し倒したのかと思ってしまった。だけど、そうじゃないようにも感じた。俺を抱く為だけに来たならもうとっくに事が始まっているだろう。無理矢理にでも俺を抱くだろう。そういう噂を何度も聞いた事がある。コイツは女で遊ぶ時どれだけ女が嫌がろうとも無理矢理に犯す。という事を噂で聞いた事がある。その噂が真実ならばとっくに俺は今頃犯されている。が、全く俺を犯そうというのもなければ、帰ろうともしない。ただ、俺を見つめて口が開かれた。
「そうだけど。お前の言う通り、抱く為だけに此処に来た」
何か文句でもあんのか? 付け足された言葉以前に信じられなかった。抱く為だけに来たのに、抱こうとしない事や何故俺なのだろうかという事。普段女遊びをしているなら普通は女を選ぶだろう。ましてや男の体なんて選びはしないだろう。それでも、俺を選んでくれた事が嬉しいと思った事は知られたくない。もし、俺の事を知ったらコイツは引くだろう。
「……俺はお前の性欲処理かよ」
「もっぺん言ってみろ」
小さく呟いた声に返されてすぐ何でもないと告げると「もっぺん言えってつってんだろ!」と、腕を掴まれながら怒鳴られる。何でそこまで怒るんだと思い、「冗談だって分かってただろ」と言うが、コイツは俺を睨み付けて更に怒鳴った。
「自分の好きな奴が目の前で『性欲処理』とか言ってんの耐えれんのかお前!!」
怒っているから尚更早口で何言ってるのか分からなくなりそうだったけれど、顔が赤くなっている事が自分でも良く分かる。あぁ、早口でも意味は理解していたんだなぁ、何て悠長に思うけれど、頬が引きつって何を言えばいいのか分からずに只、恥ずかしくて目を逸らす。
「……違う。違う、から。だから……その……えっと、違う」
何に対して『違う』と言うのか、強いて言えば『常にそういう目で見ている』と思われるのが嫌で否定している事。確かにそこら辺に歩いている女より綺麗だと思うし、そこら辺に歩いている男より格好良いと思う。けれど、俺はそういう目で見て……。
――見てた。
確かに見ていた。いつかそうなれば良いな、抗争相手じゃなく同盟なら良かったのに、そんな事毎日思っているに決まってる。けど、口には出来ない。口にしたらきっと俺は嫌われる。分かってて告白するような奴でもないし。只、いつの日かは忘れたけど、誰も居ない路地裏でこっそり話したりするようになった。初めは組を裏切っている罪悪感もあったけど、いつかそれが楽しみになっていた。
だから、今日、コイツが俺の好きな柑橘系の香水を付けていた時、俺は色んな事を考えた。自分で買ったのか誰かに貰ったのか、もし誰かに貰っていたらと思うと胸が締まって息苦しくなる。それぐらいにまで想っている事を知られるのが怖くて、告白なんて出来ないと思ってて、だけど目の前のコイツは自分の好きな奴とか言ってて、本当。馬鹿みたい。
「そうかよ」
腕を離される。
「俺の早とちりで悪かったなぁ」
そして、俺から離れる。違う、そうじゃない。俺が違うと言ったのは――。