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「間違い」と「正解」は――  作者: 六土里杜
1/25

――謝罪という名の愛を。(NL)

学生の頃に振られた佳代かよ。その時はすぐに忘れ、働いている仲間で佳代の誕生日を祝っていると、不意に携帯が鳴った。

トイレで確認をすればそれは「彼」からのメールで。その彼とはネットを通じて知り合った。

実際に会ったことはないのに想いを寄せている佳代。

佳代の想いとは別の違った思いを持っている「彼」との関係は――。

「別れよう」


 それが彼の言葉をまともに聞いた最後だった。


 彼がどこでどんな表情でそう言ったのかも思い出せないけれど、彼の言葉はそれっきり聞く事はなく、姿を見ることもそれっきり無かったのだ。


 ふと、昔の事を思い出す事がある。

 それはいきりなりだったり、何か関連するものを目にした時に思い出したりする。

 思い出したくもない事を思い出した時、どうやって回避すればいいのか何て考えるけれど、もう昔の話だと思ってあまり考えないようにしている。


 結局、人間と言うのは、考えたように見えて実際は何も考えていないものでもある。


**


「じゃぁ、佳代かよの誕生日を祝って乾杯!」


 カランッ。煩くも静かでもない居酒屋で私の誕生日会が行われた。


 声を出してその場にいる人たちを先導しているのは、スーツを着崩して、ネクタイを外している大上大紀おおがみだいき先輩。


 仕事で先輩に当たり、実際年齢でも私よりも上になる。


 確か今年で23歳になる、と言っていたような気がすると思いながらも手に持ったカシスオレンジを口に流し込んだ。


 この場に居るのは仲が良い仕事仲間。喧嘩などは少なく、基本毎日行き帰り何か話をしているのだ。この歳でそんなに仲が良い友人が出来るとは思わなかった。


「佳代~! 何一人ポツンとしてんねん、主役がおらんかったら意味あらへん」


 関西弁で、髪が茶髪なのが藤咲良介ふじさきりょうすけ。幼馴染みになり、私より仕事上では下になる。下、なんて言ってしまって申し訳ないが、単に後輩という意味であって、無能とかではない。


「別にポツンとはしてないけど……」


 ぎこちなく笑みを浮かべて良介の近くまで詰め寄っていると、生ビールを飲んでいた誕生日会なのにジャージという服に興味がない私の第一の友人とも言える――此花さよ(このはな)が、ニヤニヤしながら「おたくら付き合ってるのぉ~?」何て、ほとんど酔っている状態で尋ねてくる。


 その言葉に良介が「んな訳あるかないな! このどアホ!」とさよの頭を軽く、関西のノリで叩き、ギャハハとさよが笑っていれば、大上先輩が「そこ煩い!」何て怒鳴っていた。


 いつも、仕事仲間と居れば自然と賑やかになっていっているのが、良く分かる。

 そしてこの時間は嫌いじゃない。寧ろ好きと言って良い。


「あ、佳代! そういえばコレ、前欲しがってたから買ったよ!」


 さよが自分の鞄の中から何かを探って、鞄の中から白い猫のぬいぐるみを取り出した。

 確かに欲しがってはいたものの、買って欲しいと頼んだものでもなく、給料はあるので買えるのだけれど、店に行くまでが結構距離があるため中々足を運ぶ事はなかったな、そう思い出しながら笑顔で受け取る。


「うわっ、俺何も用意してへんから許してな!」

「お前……。幼馴染みじゃなかったら、許されねぇぞ」


 良介の言葉に大上先輩が呆れながらも、何かを買ってきていたらしく、小さな包みを渡されたのである。

 その包みを見た途端、良介が「指輪!? 指輪!?」と煩いのだから大上先輩に頭をはたかれていたのだ。


 良介の髪型は社会人だと言うのにまるで高校生がするような、ワックスで固めたツンツンと尖がった髪型だった。それでどうやって面接に受かったのだろうかと、疑問である。


 黄色いTシャツにジーパンという、私服に興味がないのか、それとも只単に面倒だったのか、おそらく両方だろうと思いながら笑みを浮かべながら、包みをゆっくりを開ければ小さな、十字架のネックレスがそこにあった。


 シルバーに輝いたネックレスは、私好みだったのですぐにつけようと「良介付けて」と言って肩のちょっと下にある髪を持ち上げて言った。

 うなじが露になっていても気にする事はなく、良介も気にする事もないので気軽にこういう事が頼める。


「できたで」


 関西弁で囁かれるとドキリとして頬をほんのり赤く染めると、さよから顔が赤いと指摘を受けて、すぐに正気に戻す。


「どう? 似合う?」


 その場にいた全員に問うようにしてみた。

 今の服装は膝丈の黒のひだスカートに、白いYシャツ、薄いピンクのカーディガンを身に纏っている。

 そんなオシャレな服を好まないのか、家にあったものを適当にとってきたというより、自分の好きな色を着てみたという方が早い。


「佳代高校生みたいよぉ~!」

「あぁ、確かに」


 今思うと確かに私の服装は高校生みたいだなと思った。


「そういうお前はただのジャージだからな。さよ」

「でへへへへ」

「褒めてへんやろ」


 大上先輩の言葉にさよが女の子がするような笑い方ではない笑い方をして、それに良介が突っ込む。

 大体いつものパターンだと思う。

 大上先輩は今回車を運転する為、ウーロン茶やコーラ、ジュースなどで合わせながらさよの会話に合わせていたり、私に話題を振ったりなどをしている。

 良介はそんなに酒は強くなくかといって飲まないというわけにもいかないので、チューハイを飲みながら時々ソフトドリンクを頼んだりとしている。


 目の間にある料理もある程度無くなってきた頃、ピロリンッなんて可愛らしい音が鞄の中から聞こえ、携帯にメールが入ったのだろうと、その場に居る皆に一声かけ、携帯を持って席を外した。

 携帯のパスワードを入れてみれば思った通り、メールが一通届いていて、そのメールに少し期待してメール確認ボタンを押す。


 差出人には『蓮』と書かれていた。


 その瞬間、頬が赤く染まるのを覚えながらもここはトイレだから誰にも見られる事はない、そう思ってゆっくりメールを開いた。


 件名には『今大丈夫やった?』と、書かれていた。



 本文:今大丈夫やった? 仕事中とかならごめんな。命に関わるようなことじゃないのだけれど、ちょっと話したくなったていう感じ。急がしかったら返信は後で良いで!



 不慣れな関西弁を使ってメールを送ってきた蓮さんという人物とは、数週間前にとある掲示板で知り合い、他愛も無い話をしていたのだけれど、私が好きなものと蓮さんが好きなものが重なり、それで掲示板内では大盛り上がりを繰り返し、掲示板じゃ時間差などが激しいからとメールをするようになった。


 無論ネット上にメアドを晒す事は良くないので、蓮さんが私だけを部屋に招く事の出来るチャットルームでお互いメアドを交換して、すぐにそのチャットルームを閉じ、そして再びチャットルームに入り、ログを消した。



差出人:佳代


件名:大丈夫です。


本文:いえいえ、大丈夫です。私の誕生日で仕事仲間と居酒屋で楽しく騒いでいるぐらいです! 



 それだけ打って返信ボタンを押す。そうすればすぐに返信が返ってきて『え!? マジで!? なら早く俺の相手より、仕事仲間と楽しくしとかないと駄目じゃん!!』と書かかれてた。


 皆彼氏だ彼氏だとおちょくるけれどそういう関係ではなく、ただ単に同じ趣味の人で、色々話す良い仲で止まっている気がする。


 実際、顔も声も体型も髪型も仕草も癖も何もかも知らないけれど、苦にはならない。

 逆に知ってしまうとお互い距離が開いてしまう気がして、『会ってみよう』なんて言葉は出てこない。

 私は蓮さんの返信に微笑み、軽く小さい携帯をタッチして『分かりました。戻りますね!』と送った。


 それから蓮さんからの連絡は来ず、トイレから戻ってくれば、からかう事が大好きな良介とかよが口を揃えて彼氏かと聞いてくるので、首を振った。

 大上先輩の姿が見えなくてどこに居るのだろうと辺りを見渡していると、個室のドアが開けられて大上先輩の姿が現れる。

 どこか嬉しそうな顔だななんて思いながら、「どこ行ってたんですか?」と尋ねると苦笑い気味で「煙草を吸いに」と言われた。

 今日初めて知ったわけではないけど、誰も喫煙を嫌がらないので、此処で吸えば良いのに。そう思っていたのは私だけだったのだろうか……。


「よぉし! 今日はお疲れ様! 明日またよろしく! 特に良介君、君のその髪形、明日からさっそく使ってみよう!」


 マジっすか。良介の返答に肩を揺らしていれば笑われた事に不満だったのか、「笑うなや!」と背中を軽く叩かれた。対して痛さはない。

 普段関西弁特に大阪弁を強調してくる良介は『マジっすか』や『そうっす』と言った返答の方が珍しく、普段聞きなれないのでつい可笑しくて仕方が無い。


 **


 誕生日会も無事にお開きとなり、大上先輩が全員(と言ってもほぼ女性陣)の家まで車で送ってくれた。

 車の中で揺られていると少しずつ睡魔が襲ってきて、「寝て良いよ」と言われなくいても私は眠っていただろう。

 体が揺れて寝ていた事に気が付いて、目を開けると大上先輩が優しく微笑んで「寝るなら自分のベッドで寝ろよ」と、窓の外を指差す。


 後部座席で寝ていたのでわざわざ車から降りて教えてくれたんだろう。


 恥ずかしさと申し訳なさに押しつぶされそうになりながらも、唯一横になって寝ていなかった事だけ救われたような気分になり、「ごめんさない……」と謝罪をして車から降りる。


「別に構わないけど。あまりにもぐっすり寝てたから起こそうか悩んだな」


 にぃ、と笑みを浮かべる大上先輩の顔はとても優しく、格好良いと思ってドキリと心臓が鳴った。


 それを隠す様に俯いて「今日はありがとうございました。プレゼントもくれて、送ってくれて……。明日からまた、よろしくお願いします」と、礼を述べた。


 しかし、良介とさよはどうなったのだろうか。そう思っていると、顔に出ていたのか「良介とさよなら先に帰って行ったから佳代が気にするな」と、微笑む。

 そして私の礼とこれからの挨拶に返答した。


「誕生日だからプレゼントぐらいは買うし、酒飲んでるから送りもするって。じゃ、明日からよろしくな」


 片手をヒラヒラとさせて大上先輩は右側にある運転席のドアを開け、エンジンをかけて車を発信させた。

 遠くなる黒い箱を見つめながら小さく手を振った。


 **


蓮:えーなぁ。俺よりめっちゃ良い奴や。

私:そんな事ないですって。

蓮:俺そんな誕生日会なんてないわ、いっつも送り迎えさせられるわ。

私:あはは……(笑)。

蓮:笑うな。あ、悪いな、今日はもう落ちる。

私:お疲れ様です。


――蓮さんが退室しました――


 参加していたチャットを閉じて、ノートパソコンの電源を落とす。


 元々特に意味もなく買ったのだけれど、まさかこういう理由で使うことになるとは思っていなく、にやけそうになるのを抑え、ベッドに横になる。


 ふんわりとした枕に暖かい布団に身を包み、そろそろ本格的に寝ようと大上先輩の車で寝たので多少睡魔がなく、眠くなるまで誰かと会話をしようと思い、蓮さんにメールを送れば即OKと返ってきて、チャットのやり取りが続く。


 携帯が小さく揺れたと思うと、ピロリンと音がすればメールが届いたのだろうと携帯の電源を点け、パスワードを入力してメールを開くと蓮さんからで、『良い夢を見ますように』と書かれていた。


 そのメールに『蓮さんも』と返信して、それっきりその日はメールもチャットもせずに眠りについた。


**


「調子どないや?」


 店の閉店時間になって、お茶や遅めの夕食などを口にしている時間帯に、良介が話しかけてくた。

 手に持っていた菓子パンをテーブルの上に置いて、「ちょっと疲れたかも」何て嘘をわざと言ってみれば隣に遠慮なく座ってきて、黒のソファが満員状態になりつつも、気にした様子はなく「何嘘言ってんねん。バレバレや」と関西弁で話してくる。


「あ、バレた」

「アホ。バレる以前に今日客自体が少なかったやろ。俺だって3組しかオーダー取ってへんで」


 私と良介と大上先輩とさよが働いているのは、ごく普通の飲食店。

 数人のウエイトレスに、数人のウエイター。給料は良い方で、法律には反していなく、国の許可は得てある。

 お金がないという訳でもなく、ここで働いている大半は『格好良い制服、可愛い制服』に憧れた者が多い。私もその一人で、良介もその一人である。


 ちなみに店の名前は『坂代理』という店の名前である。平仮名にすると「さかだいり」。私達の下の名前が一文字入っているなんてミラクルもあったりする。


「さよと大上先輩と交代だっけ? 大上先輩見た目も格好良いし、声も渋いから人気高そうだよね」

「俺かてええ声やと思うけどな」


 何を張り合っているのよ、良介の場合はノリが良いだけ。と敢えてショックを受けるような言い方をすればショックは受けていないという訳ではないが、やっぱり関西の血が混じっているだけあって「そうそう、俺はノリが売りや。何でやねん!」とノリ突っ込みをしていた。

 やっぱりそういうところは明るいなと小さい頃から思った。


「相変わらず変わらないね」

「何が……?」

「何でもない」


 笑顔でそれだけを言って、テーブルに置いた菓子パンに手を伸ばし、再び口に運ぶ。

 その菓子パンは開封してから時間が経った所為で、少しパサついていた。


「佳代って正直なところ付き合ってる奴おるん?」


 唐突に尋ねられた質問に一瞬目が点になるも、すぐに我に返り首を大きく振って「いないない!! 第一私を好きになってくれる人がいるのかも怪しいし……」と段々声が小さくなって、俯いていくのが良く分かる。

 そう、不器用であんまり目立つ事はなく、どちらかと言うと部屋の隅で本を読んでいる様な女に惚れる人などあまり居ない。

 

「結構近くに居ったりすんねんで? 例えば――」


 良介が言い切る前にピロリンッと携帯が鳴って、メールなのはすぐに分かったので後で確認しようとしたら、良介は自分が何を言おうとしたのかを思い出したかのような表情をして、「先に携帯確認した方がえぇんとちゃうか?」と、私の茶色い鞄を指差した。

 うん、と小さい声で返事をし携帯を取り出してメールを確認する。差出人は『蓮』さん。

 内容は『良い忘れたけど、誕生日おめでとうな』と書かれていた。

 私はそれに礼を述べて返信をした。


「そういえば何を言おうとしてたの?」


 良介が何かを言いかけていたのを思い出し、首を傾げながら尋ねるけれど良介は「何でもあらへんよ」と、笑みを浮かべる。

 何かを隠しているような雰囲気ではあるものの、無理に聞くのも良くないだろうとその時は何も聞かず、良介と他愛もない話で盛り上がっていた。


 **


蓮:そりゃ悪い事したな。

私:蓮さんは悪くないですよ!

蓮:えぇ話の途中を邪魔したんだろ? 俺。

私:そんな事ないですって!

蓮:でもアレやで。俺結構私さんの事狙ってたのになぁ……。こっちの話やからあんまり気にせんといてな。じゃ、今日はコレで。おつかれ。


――蓮さんが退室されました――


 お疲れ様です、そう画面に打ち込んでノートパソコンの電源を切る。

 どこか逃げていった様に思える書き込みをして、蓮さんは退室していった。

 今日の良介とのことを話したのだけれど、蓮さんから冗談なのか本気なのか分からない事をいわれ、胸の中がすっきりしないが、明日も仕事があるため今日もベッドに横になって眠りについた。


 **


蓮:そういや、そろそろハンネ変えたら? さすがに私さんって呼ぶのはどうかと思うし……。

私:そうですね、ハンネ変えてきます。


――私さんが退室されました――


――紅さんが入室されました――


紅:ハンネ変えてきました。

蓮:何か新鮮やな、ところでどう読んだらええの? くれない? べに?

紅:くれないでお願いします!

蓮:了解。


 それから暫く蓮さんと話をしていると、何故だか会ってみないかという話になっていた。

 同じ趣味と言ってもお互いお酒などを好んでいて、休日に少し飲んでいるという話になり、それなら一緒にご飯でも行ってみたいなと言う話になり、私が冗談で『会ってみます?』何て仕事帰りの電車の中で、そう言ってみた。

 仕事の所為にするのは良くないのだが、仕事でお酒の匂いを嗅いだりするので多少酔っているのかも知れない。

 すぐに我に返り『わわ、冗談です(笑)』と文字を打ったのだけれど、それより早く『それもええかもなぁ』と書かれていた。

 送信した後その言葉に気が付いたので取り合えず『(笑)』と打って暫くすると、『冗談やったん? 俺結構嬉しかったで(笑)』と返ってきた。



紅:団体客がお酒を飲んでたのでその匂いで酔ってただけです。

蓮:仕事? 

紅:そうです。

蓮:お疲れ。じゃ、今日はもうはよ帰ってはよ寝るんやで。

紅:分かりました! すみません、落ちますね。おやすみなさい。

蓮:おやすみ


――紅さんが退室されました――


 **


 それから三日、蓮さんからのメールはなく、少し落ち込んでいる自分に気が付いた。


 蓮さんにだって蓮さんの時間がある。仕事や友人との時間もあるのに、その蓮さんを独り占めにしたいと思ってしまっていた自分がとても恥ずかしく感じる。

 ネット上の関係だと分かっていても、ただの文字列だけのやり取りだとしても、蓮さんには嫌な思いなどしなかった。


 変な事は聞いてこない、私が嫌だと思うことは必要以上に聞いてこないので、それが私は嬉しかったのだ。


 実際でもそういう人なのだろう。多分、周りは良い人が多いのだと思う。

 そんな人だから、誰にも譲りたくないという気持ちも存在する。

 ネット上の関係、ただのメール友達。そうだと言い聞かせても募ってくる想いが強すぎて、その日の仕事は誰を相手にしたのかすら思い出せない。

 それぐらい『蓮さん』という人に想いを寄せている事に、気が付いたのだ。


『別れよう』


 ふと、頭の隅っこから蘇った。

 そういえば、結構前にも同じような事を思い出したと思いつつ、彼の言葉に自分が何て言ったのかは全然分からなくて、結局、また考える事を放棄して夜の街を歩いていた。


 **


蓮:いや、悪いな。ちょっと調子悪くて寝込んでたわ。

紅:大丈夫ですか?

蓮:ただの風邪だって言われたから何ともないで。メール返信できなくて悪かったなぁ。また後で返信返すな!

紅:いつでも大丈夫ですよ!


 ――嘘吐き。


 適当に理由をつけてチャットを退室し、イスから立ち上がる。

 こういう時携帯だと便利だと思う。小さいオシャレな雰囲気のカフェを後にして仕事場に着いた。

 そして大体いつも会うのが良介なのである。


「佳代やん。今から出勤なんか?」

「うん。さよと入れ替わり」


 更衣室で着替えて、髪を束ねていると控えめにドアがノックされた。

 シフト制な為、今日シフトに入っていた大上先輩や良介、さよ、高槻君とその他大勢の誰かだろうかと思いながら、返事をすれば良介が中に入って来る。

 そして出勤かと問われ、それに返答していると、メールが届いたのを鞄の中から知らせる。

 出勤時間まで時間があったので鞄の中から携帯を取り出してパスワードを解除し、トップ画面を起動させる。

 白いふきだしから『メールが一通届いてます』と黒文字で書かれていたので、ふきだしを押して、メール確認画面を開く。

 差し出し人はさよと書かれており、内容は『疲れたー』と書かれたいたのだった。


「さよから疲れたって書かれてた」


 嘘ではないことを口にしたはずなのに、良介は何かを疑うような表情をしつつ、「そないな事言うてどうせ彼氏やろ」と、顔を近づけてムッとした表情をしながら述べた。


「だから彼氏じゃないって……。彼氏居ないし……」


 要らないと言えば嘘になるけれど、誰でも良いというわけではない。

 出来ることならば蓮さんみたいな人に彼氏になって欲しい。

 女なら誰でも同じ事を思う。優しくされたい、甘えたい、可愛いって言われたい。そんな夢のような事を思いつつも、絶対にないと思い、頭を振る。


「わっ、急に頭振らんでも……」

「あ、ごめん」


 急に頭を振ったの所為で良介に驚かれてしまい、笑顔を向けて謝罪をして、携帯を鞄に仕舞って出勤時間が近付いてきたので「ごめん、もう行くね」と、良介に手を振って更衣室から出て行く。

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