社交界
そして、俺は何故かここに居る。
そう、ここは、オルセン国の王都に居る大物貴族が順番に主催している社交パーティー会場だ。煌びやかなガラス細工のランプで照らされた色鮮やかな織物が綺麗に飾り付けられていて、ちょっと前の俺ならば圧倒されて、声も出なかっただろう。
「あら、割と平気そうね。おねーさんが緊張をほぐしてあげようかと思ってたのに」
彼女、マクレイアー公爵の悩み事解消の為に足を運ぶ事になったのだ。
「まあ、前世で王子だったもので、得意ではありませんが多少の慣れはありますよ」
こんな場所で、あまり派手に甘やかされても困る。そう思った俺は今の心情をしっかりと説明した。
「まあ頼もしい。でも今日は私の御付きってだけのつもりだから、何も無ければついていてくれるだけで良いわよ」
そうなのか、昨日の今日でいきなり連れてこられたからそっちの方が心配だったんだ……
「ああ、安心しました。要するに、危険だと思わなければ傍観してて良いんですね?」
「うーん、強引な人だし、出来そうなら助け船出してくれてもいいのよ?」
「了解しました。姉さ……マクレイアー様」
うん、流石にこの場で姉さんと呼ぶのは問題だな。色々と誤解を生みそうだ……王族な訳だし。
「ふふ、説明の手間が省けて助かるわ。ローズちゃんだとこうは行かないから」
「ははは」
まあ、無理だよな。それ以前に連れて行く気が起きなそうだ。いや、今のローズならあるいは……
っと、そんな事よりどこのどいつだ? 姉さんに無理やり言い寄っているって馬鹿は。
「おお、これはこれは公爵様ではありませんか。最近お見掛けしなかったので心配していたのですよ」
と、俺が色々思考している間に近寄り話しかけて来た人物がいた。
「あら、お久しぶりね。お元気そうで何よりだわカディネット子爵。最近は王宮通いはしてないんですってね?」
「ははは、残念な事にあまりお声が掛かりませんで。まあお国の為に出来る事は沢山ありますので忙しい事には変わりありませんが」
「ふふ、昔はあんなにふらふらしてる様に見えたのに、頼もしいですわね」
「ははは、恐縮です。では、警備の確認がありますので失礼します」
「ええ、ご苦労様です」
と、その挨拶が終わるやいなや、代わる代わる挨拶に来る貴族と当たり障りの無いやり取りを続けて、ようやく問題の彼のご登場の様だ。
「やあ、やっと来てくれたんですね。心待ちにしていましたよ私のお姫様」
と、声を掛けて来た男は長身細身の蛇を思わせる様なイメージの容姿をしていた。
「はぁ、グラディス伯爵ですか。私はもう姫ではありません。それにここに来る事もお勤めの一つですから」
おお、姉さん、結構ちゃんと嫌々オーラ出してるじゃ無いか。
「これは失礼しましたね。マクレイアー公爵閣下、またお会い出来て嬉しくお思います。今回来て頂けたのは手紙の件を了承して頂いたと見て宜しいのでしょうか?」
全然効いてねぇな。姉さんのあの表情見れば分かって無いはずは無いんだが。
「いいえ、何度もお伝えしているはずです、お断りしますと」
ああ、姉さんがあきれ顔で怒っていらっしゃる。だが、ここまで言えれば安心だ。
「それは行けませんね、貴方はお国の為に子息を残さなければいけない立場なのです。自覚なさっていただかないと」
なるほどなぁ。分かっていても引く気は一切ないのか。これはメンドクサイわ……
「その点は心配ありませんわ。もうお相手は居ましてよ」
彼女は、ふふん、と軽くドヤ顔をしながら俺を見てそう言った。いや、それ、俺って事になっちゃうからね? 気をつけようね?
「ははは、ご冗談を。まだ子供では無いですか」
彼はそう言いながらも俺を睨みつけた。ちょっとイラッと来たが俺は表情には出さずに沈黙を貫いた。ここで了承も得ずに俺が口をはさむのはよろしく無いだろう。
「あら、この子ではありませんわ。まあこの子もとても大切にしている身内のようなものですが」
「で、では誰だと言うのだ! 身の程をわきまえないにも程がある奴は!」
彼は少し声を荒げ問いただそうとしていると、パーティの主催であろう人物が会話に入って来た。
「はは、少し熱くなり過ぎじゃないだろうか、グラディス伯爵。」
「あ……アーチボルド侯爵。し、失礼しました」
「あっ、アシュリー。挨拶が後れてごめんなさいね。あなたの所は参加したいと思って頑張って来たわよ」
お、なんか親しそうだ。と言うかカディネット子爵もそうだがアシュリー殿も元気そうだな。唯一真面に面識があったのはこの二人だけだったよな。前世でだけど。
「ルクレーシャ様、いつもご贔屓にして頂いて何よりです」
「ふふ、何それ商人みたい」
「はは、こんな場所だとね。砕け方が分からないんだ。もう気が抜けない立場だってのにさ」
「まあ、それは何か分かる気がするわ。私も苦手だもの」
と、二人はグラディスを無視したまま話を続けている。当の彼は顔を傾げ、いかにも気に入らないと言う顔でうつむいていた。
「あっ紹介するわね。この子は何と、私の領地の開拓を任せているエルバート君よ」
「ええと、前世でお世話になりました。ってのも変ですね。アシュリー殿」
「ああ、国王様がまたお戯れをと思っていましたが、本当だったのですね」
「ええ、私も最初は心配しちゃったわ。ぼけちゃったんじゃないかしらって」
彼アシュリー殿は、娘とはいえ陛下に対してあまりに不敬な発言に、呆れる様にため息を付いた。
「まったく、言葉を選ばないのは相変わらずだな。君はもうちょっと言葉を選んで欲しいものだよ。君もそろそろパートナーを選ばなきゃいけないんだから」
と、その言葉に反応をしたグラディスは会話に混ざろうと一歩前に出たが、それを遮る様に彼女は言った。
「ふふ、聞いて驚きなさい。なんと英雄の生き残りである彼、ルディ様とお知り合いになれたの。良い仲になれるかも知れないのよ」
「へぇ、この国に戻って来てくれるなら頼もしい限りだね」
そう、ルディは元々この魔法の国の人間だ。
「なっ、待って下さい。私との仲を差し置いて他の男だとか……」
「あら、貴方とは何も始まっていませんわよ。それに私、強くて優しい人が良いんですの。私を口説きたいのなら、せめて彼を倒してからにして頂きたいものですわ」
「ち、力でねじ伏せればいいんですね。そうすれば私の物になって下さると」
「あら、随分と大きく出ますわね。まあ出来たのなら、考えて上げますわ」
姉さんは、当初の計画通りの言葉を発した。彼の食いつき具合から見て、俺の出番は終了した。はずなのだが……
「ええと、エルバート殿でいいのだろうか、久々にお話でもどうだろうか?」
と、アシュリー侯爵から声が掛かった。
「それはいいですね。ですが今日はマクレイアー様の護衛もありますので、そばを離れる事にならない範囲でお願いします」
そう告げている間に姉さんはグラディスとの会話を終わらせ、こちらに振り返り口を開いた。
「あら、大丈夫よ。こんな場で犯罪行為に走る者は流石にいないでしょうから」
「ふむ、確かにあのやり取りを見ると少し不安だろうね。余りこういう場で話す事でも無いんだが、ルクレーシャ様も少し話に付き合って貰えないだろうか?」
彼、アシュリー侯爵は、思案気な表情を見せた後、姉さんに問う。
「もちろんよ。ふふ、邪魔者扱いされなくて良かったわ。さあ!話して頂戴」
何故か姉さんはワクワクした顔になり、続きを促した。すると、彼は声のボリュームを落とし話を始めた。
「あ~、まず確定した話じゃ無い事を念頭に聞いて欲しいんだが……もしかしたらクーデターが起こるかもしれないんだ」
彼は、目を伏せため息を付きながら、話の内容を告げた。
「あらあら」
「この平和な国でもあるのですね、そう言う組織……」
と口にしたものの、俺はあるのが普通かと、言葉を途中で止めていた。
「ああ、組織は昔からある。まあ、今まで反乱を起こした事なんて無いけどね」
「じゃあ、どうして起こりそうだなんて思ったの?」
確かに、反意を示していたとしても一度も何もしていないのなら、反政府組織だとしても警戒度は低いはずだ。
「理由は簡単さ、過激派がトップになって戦力を増強してるんだ」
「……それは危ない状況ですね」
「そう、だから早々に手を打たないといけないんだが、強い者を集めたから罰するって訳にも行かない」
「確かに、それを認めたら後々悪用する輩が出てくるでしょうね」
「ああ、だから何か良い案が無い物かと頭を悩ませているところでね」
「それって、魔王を崇めてるって言うあの組織よね?」
「……魔王なんて居るんですか?」
と、俺は度肝を抜かれつつ、疑問を口にした。
「あ~一応書物の類には残っているが、おそらくは悪政を布いた王がそう語られたのでは無いかと俺は思っている」
「お話の中じゃ、強大な力を持っていて悪魔を召喚したとか、今も封印されているとかってなってるけど、流石にあり得ないわよね」
「そうだといいんですが……女神が地上に降り立つ位だし、あり得ないとも言えないんじゃ?」
「「確かに……」」
まあ、俺としても居ない方が良いんだけど。ってアシュリー殿の相談になんも答えて無かったな。
「と、話がそれてしまいましたね。自分の思いつく範囲ですと、スパイを送る、経済制裁をする、後は、引き抜きとか? あとこちらも戦力を整えておかねばなりませんよね」
「ん? 経済制裁とは?」
「お金が無きゃ人は雇えませんから、その人物が稼げない様にするんですよ。悪事に走れば大義名分ができますし」
「なるほど、だがしかし……いや、待てよ……では、こうすれば……」
「ふふ、こうなるとなかなか帰ってこないのよね。もう行きましょうか、満足しただろうし」
「はぁ、いいんですか?」
「大丈夫よ。アシュリー、またこの子に何か聞きたかったら連絡して頂戴。失礼するわね」
「ん? ああ、その時は頼むよ」
彼はそう言いながらも、すぐに思考に耽り目を伏せた。
そうして俺達は社交パーティー会場から出て、さて帰りましょうかとした所に、先ほど話が付いたはずの彼が再び姿を現した。
「おかえりですか。では、送って差し上げましょう。おい、公爵様を馬車に、早くしろっ」
と、いきなり現れて是非も問わずに決めた彼は、自分の従者である女性を蹴り付け馬車に乗せろと命じた。あの子、俺と歳近そうだな。ってそんな事よりここは助け舟を出すべきだな。
「伯爵様、申し訳ございませんが帰りは私が送れと命じられております。ですので主様の命令が無い限りは、このまま転移にて失礼させて頂きます。」
「小僧、横から口をはさむとはなんと無礼な、これは躾をしてやらなければならないな。おい、やれ!」
彼、グラディスは、俺を見下す様ににらんだ後少女に命令を下した。
「はい……」
彼女は小さく返事をした後、腰に差した剣を抜くと同時に切りつけて来た。
「ああ、うん、ローズよりはいいんじゃないかな?」
俺は剣先を手のひらで受け、掴み、そう告げる。と後ろからクスッと笑い声が聞こえた。彼女は目を見開き、覚悟をした様に目を伏せた。
「ルクレーシャ様、ご指示を。どう治めたら宜しいでしょうか?」
「ええと、そうね。グラディス伯爵、私の従者に手を出したわね。これがどういう事かお分かりかしら?」
姉さんは、彼を睨みつけ、首を傾げながら告げる。
「フッ、先に無礼を働いたのは彼でございましょう」
彼は鼻で笑い、非はそちらにあるのだと、何を言っているんだと言わんばかりに言った。
「貴方はお勉強からやり直す必要がありそうね。『私の命令で動いている』と、告げたのよ。その意味が分からないと仰るのかしら? これは国王陛下に相談しなければいけないわね」
姉さんは、もう付き合いきれないと顔を背け、会話する意思はもう無い事を示した。
「なん……だと……下手に出ていればいい気になりやがって。まあいい、連れ帰って調教してやれば良いだけの話だ。おい、リア、ジェド、グラディスの名を持って命じる。このガキを殺し、この女を馬車にぶち込め。だが女は殺すなよ」
グラディスがそう命を下すと、目の前の少女が蹴りを放ち抑えられていた剣を引き抜き後ろに下がると、もう一人の大男と視線を交わした後再び攻撃を開始した。
「あ~、どうします? このまま逃げますか? それとも叩き潰します?」
俺はそう聞きつつも、姉さんの隣に瞬時に移動し、魔法による障壁を出した。
「に、逃げましょ。戦っちゃダメよ。だってそうしないと……」
「……分かりましたよ。ああ、うん。全部分かった」
ルディに来てもらえないとか考えて居るのが丸わかりだ。
「でも、ダメですよ、姉さん。こいつは俺だけでなく、公爵様をさらって調教すると言ったのです。このまま逃げるのは愚策ですよ」
「そ、そうね……分かったわよ。好きにやっちゃっていいわよぉ……」
姉さんは半泣きでそう言い放った。
「いやいや、証人を作りましょうよ。すぐ近くに一杯いるでしょ?」
俺はそう言いながら魔法障壁を解き、会場のドアをバーンと開いた。そして、グラディスの奴隷であろう二人は命令通りの行動をとり、俺の所にジェドという男性が、姉さんの所にリアと言う少女が詰め寄り攻撃を開始しようとしていた。
グラディスが焦るかと思っていたが、まだほくそ笑んでいる所を見ると、まだ考えがあるのだろう。だが、この行動が不利になる可能性は低いだろう。と、このまま人目を集めつつ、ジェドの攻撃を避けながら姉さんの所にテレポートをした。
「何事だ!」
と、最初に出て来たのは、最初に挨拶をしてきたカディネット子爵だ。
「グラディス伯爵が私を拉致して調教すると言い出して奴隷を差し向けてきたのです」
姉さんはとても、とても悲しそうな顔をしてそう言った。
「な……」と、カディネット子爵が絶句している間に、グラディスが口を開く。
「ご冗談を、彼女の小間使いが無礼を働いたので少し躾をしていましてね」
「はぁ、もう、いいわ。この件は審議官を雇い国に報告します。それと、これ以上私と私の従者に攻撃をするようなら……エル君、本気でやっちゃっていいわよ」
「はい、主様の仰るままに」
その言葉を貰い行動を開始すると、別の場所で話が始まった。
「なっ、冗談を本気にされては困りますな」
「王族の方に手を掛けると仰ったのであれば、冗談、ではすみませんぞ? グラディス伯爵」
「貴様、子爵の分際で無礼だぞ」
「口にしたと言う事を訂正はしないのですね。であれば、国家反逆罪もあり得ましょう。犯罪者に無礼も何もありませぬな」
「くっ、今日の所は引いてやる。おい、行くぞ。……おいっ」
グラディスがこちらに怒鳴る様に呼びかけるが返事が無い事に苛立ち、もう一度呼んだところで気が付いた様だ。彼女らは動けるような状態じゃ無い事に。
彼女達は、俺が魔力で生成したコンクリートに埋められ頭だけ出ている状態になっている。その姿を見て呆然としているグラディスの背後に立っている俺は、小さな声で話しかけた。
「俺、主様に本気でやっちゃってって言われているんだけど。お前、逃げられると思ってるの?」
「なっ、貴様いつの間に……」
と、驚愕するグラディスに冷めた視線を向けながら気絶させ拘束した。奴隷である二人も解放して俺は姉さんを連れて転移にて、姉さんを屋敷へと送り届けた。
そうして、事が終わらなかった事にご満悦の姉さんを尻目に俺は、村へと帰った。




