出会い
一時間ほど歩いた時、馬車が通りかかった。俺はもしかしたら火種位は貰えるかも知れないと思い、馬車の御者に声を掛けた。が、俺は声を掛けた後、失敗したかもしれないと冷や汗をかいた。御者は高級そうな防具で身を固めており剣を差していた。
「すいません。この肉を焼きたいのですが火種がなくて、火を分けて頂く事は出来ませんか?」
馬車は少し通り過ぎた所で止まり馬車の中から一人の女性が出て来た。
「あら、可愛らしい子たちね。じゃあ、私たちも食事に致しましょうか」
「いけません、もし、山賊の手下だったら、どうするんですか」
出て来た女性は18前後だろうか、明らかに年上ではあるがまだ若そうだ。そしてその女性を止めに入った女の子は同じくらいの年齢だろうか?
彼女は長い髪を腰の辺りで一つにまとめ、きりっとした顔立ちをしている。脇に剣を二本差し、軽装ではあるが、金属の装備で一式そろえていた。とても凛としていて、俺は目を奪われた。だがこのままぼーっと立っている訳には行かない。なので俺は再度問いかけた。
「ええと、僕たちはレベルを上げる為に遠出をしたのですが、火種を忘れてしまい食事が出来なくて困って居まして、火種さえ頂ければすぐに立ち去りますが」
そう、こんな住む世界の違う人を気にした所で良い事は無い。俺は火を貰って、食事が出来ればそれでいいんだ。
「お兄……見た事無い顔してたけど、もしかしてこの人に惚れた?」
と、思っていた俺に妹がいきなり、爆弾を投下した。
「「な、ななな、何を……」」と、俺は見知らぬ女性と声をはもらせた。
あまりの脈絡の無い発言に戸惑い、俺は言葉をすぐには返せなかった。
「まぁまぁ、じゃあ取り合えずお食事をしながらお話しましょ」
と、年上の方の女性が言って来たが、ようやく我を取り戻した俺は彼女にいい訳をするべく言葉を発した。
「あ……あのですね。妹が言った事はちょっとだけ違ってまして」
「え?ええ?ちょ、ちょっとだけ?」
「ええと、凛々しく聡明な君に俺もこうありたいと思ったと言うか、装備が羨ましかったと言うか……妹がいきなりすいません」
「あ、ああ、そうなんだ。まあ、それは良いんだけど。私の主がこう言っているんだ悪いがステータスを確認させて貰えないだろうか?」
俺達は別に問題は無かったので、ステータスを表示した。
エルバート
種族 人族
年齢 12歳
レベル 25レベル
ジェニ
種族 人族
年齢 12歳
レベル 20レベル
「ありがとう、疑って済まなかった。その歳でこのレベルなら外で暮らして来た山賊と言う可能性は低そうだな。食事、良かったら一緒にどうだ?」
俺は、願っても無い申し出に素直に了承した。
「お、お願いします。」
「ふふ、良かったね、お兄」
ジェニは揶揄う様な視線を向け、にやりと笑った。
そうして話が決まると、彼女はてきぱきと準備を進め、鍋を火に掛けた状態でこちらに戻って来た。
「そういえば、ステータスを見せて貰いながら名を名乗っていなかったな。私はローズ、ルクレーシャ様の従者をやっている者だ。挨拶が遅れて済まない。よろしく頼む」
「うふふ、エルバート君と同い年ね。仲良くしてあげてね」
俺はどう答えていいか分からず、頬をかきながら頭を下げた。
そんなこんなで食事の用意が整い、俺達はごちそうになった。
「ねぇルクレーシャ様、私達レベル上げしてるんだけど。何か役立ちそうな情報とかありませんか? 明日までに30レベルまで上げて帰らないと折檻されてしまうの」
おい、明日って何を言ってるんだ? 明後日まで時間はあるだろ。と、思いながらも俺も少し期待をして視線を向けてしまった。
「あらあら、それは大変ね、ローズ何かないかしら?」
「え? あ、どうでしょうか。ここら辺までは流石に詳しく無いので……お役に立てず申し訳ありません」
「あの、妹が失礼をしました。考えて頂けただけでも十分ですから」
と、俺が代わりに答えると、ルクレーシャさんは顎に手を当てて何かをひらめいた様に手を叩いた。
「ねぇ、ローズ。逃げた盗賊が持っていた武器があるでしょ。それを持たせましょう、どうかしら」
「ああ、確かに。多少粗悪品ではありますが、無いよりは断然いいでしょう」
な、なん……だと……よくやった妹よ。これでこの見っとも無い装備とはおさらばだと妹を見ると、不機嫌そうに首を傾げていた。何を言い出すか分からないので、俺はジェニの機嫌を直させる為にジェニの好きな英雄譚である大英雄フェルディナンドの話を出した。
「ローズさん、貴方の主様はまるで、かの大英雄フェルディナンド様の様にお優しい主様ですね」
と、告げると、ローズはとても輝いた目でこちらを見た。
「私も、大好きなんだ。強く優しく、愛に生きた男。その方の奴隷だった方ですら王女様の騎士をしていると言う話だ。どれだけ偉大だったかが良く分かるな」
「へへ、ローズさん詳しいねぇ、私もと言うかお兄より私が大ファンなの。出来たらもっと一杯彼のお話を聞かせて欲しいなぁ」
と、ちょっと思惑とは違う方向だったが、期待した通り彼女の機嫌は即座に直り、ローズと英雄譚談義で盛り上がり始めた。
「あら、エルバート君は話に混ざらなくてもいいのかしら?」
と、ルクレーシャが問いかける。
「ええ、妹の言う通り、俺は尊敬はしていますがファンと言う訳ではありませんので」
「うふふ、じゃあ君は彼の背中を目指すつもりなのかな?」
「ははは、かの大英雄は人だろうが魔物だろうが二千を一人で相手にしたのでしょう……臆病者の俺はもっと命を大事にしようぜ、とか思ってしまいますよ」
と、ルクレーシャさんと会話をしていると、俺の発現にローズとジェニが嚙みついて来た。
「む、男がそんな事でどうする、男ならば俺も負けない位に言ってみたらどうだ」
「そうそう、お兄はそう言う所が足りないよねぇ~。まあ、それでこそお兄って感じもするんだけど。でもローズさん、お兄ね、良い所もあるんだよ。私の事だけは何があっても守るからって、さっきも絶対そばを離れるなって言ってくれたの」
と、ジェニが言うと、ローズは少しテンションを落とし話しかけて来た。
「そうか、それでこそ兄だな。うん、魔物の森でそれが言えるなら立派な男だ」
「はは、俺は強く無いし度胸もないけど、大切な者を守ると言う位は見習いたいと思いましてね」
「あら、彼はその思いだけで強くなったと、彼の御父君から話を聞いた事があります。だから、そのままでも良いと私は思いますわ」
と言われ、俺は硬直した。彼って王子だよね。王様から話を聞いた……
「ええと、俺……礼儀とか知らないし、失礼とかしちゃいましたけど……あのすみません。そんなに高貴な方だとは知らなかったもので」
「うふふ、そんなに自分を下げて話をすると、また妹さんのご機嫌を取らないといけなくなってしまいますわよ」
ルクレーシャは穏やかに笑い、ローズは『そうだ、もっと堂々としていろ。礼を用いない者なら、私の主様は食事に誘ったりしない』と、自慢げに言った。
そうして俺達は行きずりの食事を終え、俺の持ち込んだ肉を調理までして貰い礼を言った所で、御者をしていた男が来て告げた。
「ルクレーシャ様、そろそろご出立なされた方が宜しいかと」
「そうね、長くなればなるほど、別れが惜しくなるものね」
と、御者の男と彼女が話しているのを横目で見ていると、男が隣に来て5人分はあるであろう装備をガシャっと音を立てて置いた。
「盗賊の持ち物はこれがすべてだ。好きに使え、そして今日の事は誰にも言うな。それがこれを受け取る条件だ」
「むっ、言わないでって言われたら貰えなくたって言わない、馬鹿にしないで」
と、ジェニは口をへの字に曲げて、強く言い放った。
「馬鹿にした訳では無い、こちらにとって必要な事だからだ。だが、失礼をした。小さな人族の少女よ、許せ」
「ふふ、良い子達でしょ。あっそうだわ、これでお別れは寂しいから今度は貴方達が私の所に遊びに来なさい。オルセンの王都で私の名前を出せば……」
「ル、ルクレーシャ様、いけません。そんな事を告げては下手をすると彼等が危険な目に合ってしまうかもしれないのですよ?」
と、ローズは焦りながらルクレーシャを止めた。だが、もう聞いてしまった。
「ええと、俺達は一体どうしたら……すべてを忘れたらいいんですかね? それとも、口に出さずにいつか遊びに行けばいいのでしょうか?」
と、俺が発言すると、ルクレーシャが迷わず言った。
「後者よ、機会があったら絶対来なさい。またご馳走するから」
ルクレーシャはそれだけ告げると、馬車に乗り込んでいった。
「はぁ、まあ、あれだ。主様がああ言った以上また会おう。人族の国に居る間は黙って居れば、危険は無いだろうからな」
と、ローズもそう言い残し馬車に乗り込んでいった。
そうして馬車はゆっくりと進み、遠くなるまで眺め続けた。
「いやーお兄と私の連携、見事だったね。まさかこんなに大金をくれるなんて、これいくらくらいになるんだろう」
「おいおい、最悪でも二セットは残してちゃんと使うからな。俺達は強く無ければ生き残る事すら危うい位、底辺の身分なんだからな」
と、ジェニに告げ、俺はワクワクしながら装備をあさり始めた。
「はいはい、お兄はずっと欲しい欲しい言ってたもんね。まあ私も、売るより使った方が有意義だとは思うんだけど。いくらで売れるとか分かったら危ないかも。これは教育者のたまものって奴で良いのかな?」
俺はそんな、ジェニの言葉をスルーしながら装備を固めていくと。
「うっは、ナニコレ重い」
全身を包む鎧、フルプレートアーマーを装着したものの、あまりの重さに真面に走る事すら出来なそうだ。
仕方が無いので俺はローズの装備を真似て、胸当て、小手、ブーツ、腰回りを守る剣が差せる様になっているポーチ付きの太いベルトを付け、剣を差した。ジェニも同様の装備をして、残った装備を眺め、ジェニが確信を突いた。
「……お兄、これさ……どうやって持って帰る?」
「よし、取り合えず埋めよう」
俺はいつもの様に取り合えずで埋めると、ジェニに突っ込みを入れられた。
「お兄ちゃんて、犬みたいだよね」
いつもなら、ここで俺が言い返して喧嘩になる所だが、今の俺にはどうでも良かった。おもちゃの装備では無く、本物の武器防具。胸が熱くなった。
「凄いな。軽装でもずっしり来るこの重く冷たい感じ、本物って感じだ」
「確かにね。ねぇ、知ってた?装備ってつけると体全体に反映されるって」
もちろん、そんな事は知っている。高位の防具を付けていれば30レベル下の素手の相手なら装備を付けてない場所だったとしても、どんなに全力で殴られても一つもダメージを負わないと聞いた事がある。柔らかい物がぶつかる感触位しか無いらしい。剣だとその三倍位はレベル差が必要らしいが。
「ああ、早く試してみたいな。このまま、また5時間位狩りしようぜ」
「うん、取り合えず試さないとね。ソルジャーアントなら試しに丁度いいし」
と、俺達は頷き合い、森に向かって走り出した。
森へと着いた俺とジェニは取り合えず取り合えずと言いながら狩り続け、あれから二時間程だろうか、気が付けば真っ暗な森の中視界が悪くて危険な事に今更ながら気が付いた。
「これは不味いな、どっちが街道だっけ?」
「確か向こうだったと思うけど、どうだろう」
と、向き合いながら苦い顔をした。
「取り合えず、穴でも掘ってそこで身を隠してやり過ごすか?」
「お兄、取り合えず穴掘れば良いって考えるの止めようよ」
「いや、それ以外で何かあるか? このまま移動して囲まれたら、流石にやばいだろ。方向すら分かってないんだから」
そう、この暗闇で魔物に囲まれようものならひとたまりもない。格下と言っても差は15も無いのだ。食いちぎられることは無くとも骨折位は普通にするだろう。
「じゃあ、50メートル位戻った所にあった木の開けた場所があったでしょ。そこで月明りを頼りに交代で睡眠を取るってのはどうかな?」
おお、ジェニは凄いな。確かにあそこは結構明るかった気がする。
「じゃあ、ダッシュでそこまで走って、そこまでにあった魔物はそこで迎え討つって事でいいか?多少数が増えても見通しがいい方がいいだろ?」
「うん、そうだね、あまり引き付けない事を祈るしかないね」
と、俺達の意志は決まり、あまり大きな物音を立てない様に小走りで移動した。だが、あまり意味が無かった様だ。広場に着いた時にはもう囲まれていた。
「ちょっとこれ、多すぎない?」
「そうだな、この数からどうやって守ったらいいんだろうか……」
「今、そんな考えはするべきじゃないでしょ。お互いの持ち分をしっかりと狩るそれだけしか出来る事は無いと思う」
「持ち分っていってもなぁ、一人15匹って所か?」
「うん、大体その位じゃないかな?」
そう、俺達は相当の大群を引き連れてしまった様だ。少なく見ても30匹はいるだろう。ジェニと俺は背中を合わせ、迫りくるソルジャーアントと戦いながらどうすればいいか模索していた。
「俺の前、空いたぞ。後退出来るか?」
「オーケー、一匹倒したらお兄追い越して走るから、よろしく」
と、俺達は50メートル位はある広場を走りながら、ぶつかって軽く囲まれては薄い所を突破して、全力で円を描くように後退しまたぶつかりと、一人三匹以上受け持つことにならない様に戦っていた。
案外いけそうだ。装備がある整った上に、こんなに格下の魔物は初めてだった。そのせいか、俺は少し、いや、かなり高揚していた。
「ああ、多少減って来たし、このまま畳みかけるか」
「あら、お兄らしくないな、まだ12匹位はいるでしょ?」
そう、もう30匹位は倒しているはずなのだが、広範囲で移動しているのでさらに敵を引き付けてしまったのだ。それでも大量に囲まれて敵の手数があほみたいに増えるよりはいいが。
「あ~、そうだな、悪い。俺らしくないから止めとく」
と、ジェニの言葉で我に返り俺は無茶をする事を止めた。
その後、ソルジャーアントの群れを撃退し、俺とジェニは木の開けた草原に背中を合わせ腰を下ろし一息ついた。
「なあ、ジェニ、あの人達なんで俺達に装備をくれたんだろうな」
俺は、どうしても解せない疑問を口にした。いくら元が自分の物では無いにしても、自分の物にしても問題が無く、売れば結構な額になる物だ。
「ん~、あれが俗にいうお人好しって奴なんじゃないかな?流石にこの流れから泥棒扱いしてくる事は無いだろうし、相手が私達じゃ意味も無いしね」
泥棒と言えば、エミールみたいな奴もいる。いや、この町ではそっちの方が普通だ。隙がある方が悪い、そう、俺も思っている。
「むう、複雑だな、それは騙す標的を決める際の言葉だろ」
「うん、なんか嫌だね」
俺達は黙り込み、夜空を見上げ思考に耽った。
隣に住んでいる、もうろく爺に飯を食わせて貰った時、物を貰う時はその意味を考えろと、蹴っ飛ばされたっけか。だけど、やっぱり考えてもその意味って奴がどうにも分からないな。もしかして、ルクレーシャさんは俺を買いたいとかそういう事なんだろうか? このままレベルを上げて奴隷になりに来いって事か?
「お兄、それは無いと思うよ?」
妹は俺の思考を読んだかの様に声を発した。俺は焦った。そんな事出来るはずが無いのだ。
「無いって何がだ?」
「今、ローズさんが、俺の事を好きだから装備をくれたんじゃないか、って思ったでしょ? でも残念、流石にそれは無いよ、お兄」
「……お前喧嘩売ってるの? 思ってないし、ルクレーシャさんが俺達を奴隷にでもしたいのかと思ってただけだし」
と、ジェニの方を向き、ほっぺをつねりながら訂正をした。
「いたた、分かったから、放して」
「まったく、どうしてお前は彼女を進める様にしてくるんだ?」
「いや、そんなつもり無いよ、お兄の顔がだらしなくなるから、つい」
……そんなはずは無い。俺は懸想事態していないのだから。
と、また、会話が途切れ、俺達はしばらく静寂に身を置いた。
「俺達さ、どうなるんだろうな、将来」
「何? いきなり、お兄は知らないけど私は誰かの奴隷だよ」
俺は、今まで考えない様にして来た現実を突き付けられた。
「それは嫌だな。でもそうか、じゃあ俺がお前を買うよ」
ジェニは目を見開き、首を傾げた。
「どうして? どうしてお兄ちゃんは、私を奴隷にしたいの?」
「お前が誰かの奴隷になるのが嫌だからだ、傷ついたり泣いたりなんて嫌だ」
俺には、ジェニしか居ない。彼女が居なくなったら俺は俺らしさを失うだろう。きっとそれは俺が望んでいない俺になってしまうと言う事だ。
「えへへ、無理だって分かってても、うれし」
そう、俺は本気で言った言葉だが無理だと言う言葉は当然だ。
ジェニ位の女の子を買うなら金貨15枚からが普通であり、その金額は、大体俺の稼ぎの三年分を示している。あの母親に渡す額を考えると、10年近くは、掛かってしまうのでは無いだろうか。
それを分かっているジェニは、言葉だけに対してお礼を言った。
「ありがとね、お兄。でも、私、もう、限界……」
そして、ジェニは倒れる様に眠りについた。
「……俺も眠いんだけど」
と、言いながらも俺は周囲の警戒をしながら金策方法を必死に考え続けた。