答えとアンサー
ここにこうやって立つのは何度目だろう。一回目はサクラちゃんに連れて来られた時。二回目は目の前でヴァンパイアなる人を越えたものを見せられその意味を求めた時。相変わらず端からは何の変哲もない普通のビルだ。だがしかし中は少なくとも俺にとっては異世界だ。初めての世界。初めてのバイト。始めての環境。初めて尽くしのこの場所で俺は普通ならするはずのない経験をした。そこで俺は甘えてしまったのだ。この世界に。自分自身を高く上げ傲慢にしてしまった。そこを見抜かれてしまった。若さゆえの過ちなんて格好いいことを言ったらそこまででしかない。所詮、世間知らずの戯言でしかなかったのだろう。
あの人は本気だった。きっかけや理由は分からないけれども本気で向かい合った。だからこと俺の体たらくが目に余ってしまったのだろう。ならば答えは自ずと決まってくる。それを見せてやるさ。
事務所にはまだ電気が点いていて中に入るとサラスさんが仕事中だった。入るや否やサラスさんはこちらに気づいたようだ。
「あら、来たのね。答えは見つけた?」
「まあ、はい。」
すくっと立ち上がりいつもの笑顔で胸を揺らしながらカウンターまで来たサラスさんは何か楽しそうだった。
「そう。見つかったか。うん。睦月は上よ。」
「はい。それでは。」
小さく手を振るサラスさんに軽く会釈をして俺は足早に所長室を目指した。
足早に階段を登ってきたので少し息が切れた。一旦落ち着こうと思い所長室の扉のまえで一つ大きな深呼吸をした。呼吸が整ったのを確認して俺はノックをして中に入った。中は前来た時と同じように本があちこちに置いてあった。そして奥の椅子で睦月さんが本を読んでいた。
「失礼します。章太郎です。」
「おおっ!ぎりぎりセーフだよ。今日は眠いからもう帰ろうかと思ってたんだよ。」
いつも通りの軽口で睦月さんが迎えてくれた。俺は一直線に睦月さんの前へと向かっていった。睦月さんは読んでいた本を側の積まれていた本の上にポンと置くと椅子に体育座りで座り直した。
今日は緑ジャージだった。
「今日は緑ジャージなんですね。服装。赤と緑を交互に着てるんですか?」
「ああこれ?うーん、話の前に一つ間違いを正しておこう。」
「間違い?」
「そう、間違い。これはジャージではなくてジャスだよジャス。」
「ジャス?ジャスって……。」
聞いたことがある。確かこの地域の方言のはずだ。昔ばあちゃんがよく言っていた。最近はめっきり聞かなくなったので忘れてた。だが今日はそんな話をしに来たのではない。
「そう!地元っ子でしょ。基本だよ。き・ほ・ん!」
「いや、今日はそんな話をしに来たんじゃないです。」
「分かってるよ。分かってる。話の前のアイスブレイクだよ。知らない?社会に出る予定なら覚えておくといいさ。」
相変わらず人を食ったような事ばかりを言う人だ。これで調子が狂うんだよな。でも、ちょっと楽になったかな。もっとガチガチで話し合いをするかと思ったいたからな。しかし今日はここで負けている訳にはいかない。
「分かりました。覚えておきます。早速ですけど俺の答えをもってきました。」
「今日は落ち着いてるね。何かあった?」
「ええ。まあ、色々と。俺の年代は1日の成長が著しいんですよ。」
「ほうほう。それは楽しみ楽しみ。」
膝をよりぐっと抱え顔を押し当てくっくっと笑う丸くなった睦月さんが無邪気に答えた。
「では、聞こうか。君のファイナルアンサー。」
顔を上げてずいっとこちらに顔を近付けてきた。そしてニヤリと笑うと元の体育座りに戻った。
「俺は…………。変わりません。」
「はへ?」
「だから、変わりません。」
「あれー?昨日の話の聞いてたかなー?あたしは君のその行いが悪いから激おこだったんだけどなー」
睦月さんの表情が一瞬曇ったように見えたがすぐにいつも通りの顔に戻った。一方、俺はひたすら平静を装って話を続けた。
「それでもです。昨日睦月さんにきつく言われて俺、考えました。アホなんで一晩中考えたんですけど結局分かりませんでした。」
「ふむふむ。それで?」
「はい。それで今日偶々公園で野楽さんに会いました。そこで色々と話を聞きました。睦月さんの最初の頃の話をちょっとだけですけど聞けました。」
「…………。」
思ってた人と全然違う姿だった。でも。
「それで思ったんです。俺は睦月さんに比べたらまだまだガキで知識も無ければ教養もないって。自分自身を改めて知ったんです。…………それが今のところの俺の立ち位置です。」
「………………。」
だから、でも。
「そんで公園で遊んでる子供達を見ました。裏世界の子供達です。めちゃくちゃ楽しそうに遊んでました。睦月さんがやって俺もやりたいのはこれなんだって思いました。これって最初に睦月さんが俺に野楽さんの所から戻って来たときに思った事と同じなんです。だから俺はその時の思いを残すのが一番だと思いました。自分自身を見直し、知った結果が今が一番だと思ったというのが俺の答えです。」
俺は思いの丈をぶつけた。手のひらは汗でびっしょりだし途中から日本語がおかしいのは喋ってて気がついたがそんなのはどうでも良かった。これが俺の中から生まれた答えだ。これでダメなら潔く諦めよう。視線の先の睦月さんは俺の答えを丸くなって前後に揺れながら聞いていた。1分、2分と時間が過ぎていきついに睦月さんの揺れが止まった。
「じゃあ、明日の話をしよう。」
満面の笑みでこちらに向き直りこんなことを言った。
「え?どういうことですか?」
「どういうことも何も明日からの話をするんだよ。」
「えーと、さっきの俺の答えについては?」
「あー、あれはもういいよ。性格診断テストみたいなもんだから。」
「は?性格診断テスト?」
「そ。どんな奴か知りたくてさー。試しにやってみたんだ。焦った?」
「そんな…………。」
膝の力が抜け崩れ落ちた。俺の昨日と今日を返してくれ。あの地獄のような時間をこんな簡単に…………。怒る気にすらならなかった。泣きたい。
「まあまあ、そう落ち込むなって。一昨日、昨日の依頼はわざとしんどいの3つにしたんだよ。無理だと思ったからサクラも準備してたっしょ?ナイスカバー!」
…………殺す。いつかこのチビッ子を殺す。そんな殺意が芽生えた瞬間扉がコンコンとなり扉が開いた。すると、サラスさんが入ってきた。
「終わりましたか?睦月。章太郎君のメンタルをズタズタにしてませんか?」
こと爽やかにサラスさんは言ってのけた。
「…………知ってたんですね。」
「ええ。勿論。」
「それなら言って…………。」
崩れ落ちた状態からサラスさんを見上げたために彼女のスカートスーツを下から見上げているようになってしまった。
「おい。お前は砕けた瞬間セクハラか?サラス気を付けろ奴は野獣だ。」
「そっそんなこた…………何も見えてません!」
思わず噛んだし。そして、即座にその場に直立不動になった。だかこれは不可抗力だ。実際見えてないし…………。本当だよ。
しかしサラスさんは我関せずといった感じで話を続けた。
「はいはい。では依頼主が下に来てます。睦月、章太郎君、応接室までお願いします。」
「はーい。」
「はい。」
先生みたいなサラスさんの号令に思わず返事をしてしまう。それは睦月さんも同じようだ。しかし依頼主が来ているということはさっき睦月さんが言っていた明日の話をするのだろうか?
俺の心配を余所に三人で下にある応接室へと向かった。
最近は短じかめですが長いのを切ってるイメージです。なら早く更新しろは勘弁




