正論の剣
3日目。
俺は今日こそは自分俺の望んだ最高の仕事場が待っていると自分を言い聞かせながら学校を終えた瞬間に事務所に向かった。今日バッチリ成果を出して昨日のミスはチャラだ。それどころかプラスにしてやる。さあ、なんでもこいだ。
「なっ!マジでか!?」
昨日と何も変わらない様子で昨日と何も変わらないサラスさんが提示してきたのは、これまた昨日と何も変わらない三つの依頼書であった。一つ変わったことと言えば依頼人の名前位である。
「昨日と同じ内容……。」
「そう。今日は挽回してきて!」
正直気乗りのしない話だった。昨日失敗してものをまたやるなんて結果は見えている。一人でやるには到底無理な話でどうせサクラちゃんの手を借りざる負えない。そしてまた…………
昨日のことが走馬灯のように蘇った。今日こそはと望んだ意気込みは何処へやらという状況だ。しかしやらざる負えないやらないと…………
結果は最初から見えていた通りになった。殆ど昨日と同じ展開。同じ結果を招き完遂ならず……失敗だ。何故、昨日出来なかったことを今日も与えてきてのか?結果は目に見えているはずなのに。
俺は頑張ったのに。…………この内容を突き付けたのは睦月さんだ。あの人が悪いんだ。そうさ俺は悪くない。あの人が悪い。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。そう。あの人が悪いんだ。
家に帰った、いや、帰らされた俺はベッドに潜り込み今日の原因を必死に考えた。明日のバイトが死ぬほど嫌になった。
「っつ!またかっ。」
翌日は予想していたのかもしれない。やはり一昨日昨日と同じ内容の依頼であった。
「サラスさん。これしかないんですか?」
「そうは言っても睦月がね。」
やはりあの人か。
「…………今日睦月さんはいますか?」
「ええ。所長室に。」
「分かりました。」
存在と場所が分かれば十分である。俺は即座に所長室に足を向けていた。もちろんあの人と話をするために…………。
「…………失礼します。」
「おっ!章太郎君じゃないかい。お仕事行かないの?また間に合わないよん。」
入った所長室の中で睦月さんは以前と同じように椅子に座り本を読んでいた。そして挨拶こちらには酷く不快な軽口と視線を送ってきた。
「なんでですか?」
「何がだい?」
「依頼のことです!毎日同じ内容!しかも裏世界柄みでもなく、俺が2日目に出来なかった内容です。昨日も今日も!キャパオーバーに決まってます。出来ません‼」
「………………で?」
「『で?』って……………。」
「だから、『で?』それがどうしたの?」
睦月さんの声は酷く低く落ち着いているように聞こえた。まるで一言一言を選んで話しているような。対してこちらは感情をそのままぶつけたに過ぎない。考えなしに突っ込んだ性もあり躓いた。
「どうしてです?何故表世界の事ばかり押し付けるんです?しかも無理な量を。
そんなのはここに居なくても他のバイトでも出来ます。俺はそんな事をしにここにいる訳じゃない。俺はここで裏世界のトラブルに一役買いたいと思ったんだ。それなのに…………それなのにあなたは!」
「…………言いたいのはそれだけ?」
「え?」
「それで言いたいことは全部なのかな?章太郎君?」
「それだけって、これ以上の事がありますか?」
そうこれ以上も以下もない。これが俺の今の本心だ。ここでバイトをしたい。働きたいと思った本心だ。そんな俺の言葉を聞いていた睦月さんは長い銀髪をかきあげ頭をポリポリと掻いていた。
「うーん。言いたいことは分からなくもないんだけどね。
君は臭い!臭すぎ!」
「…………何が?」
「君はね、ガキなんだよガキ。自分の嫌なことから失敗したことから逃げてるだけ。しかもそれを見ないようにしている。そして人のせいにする。それを見ないために人のため…………いや、この場合人じゃないか。まあいいや、他のもののためって格好いいこと言って臭いこと言って蓋してるんだよ。」
「…………そんな。」
「そんな事はないかい?じゃあ聞くが君は昨日一昨日帰ってから何かしたかい?例えば失敗の理由を考えるとか、どうしたら出来たか考えるとか。」
「それは…………。」
確か昨日一昨日と帰ってから特に何かしたということはない。がしかしだからと言って手を抜いている訳でもなく与えられた仕事をやり遂げようとはしている。
「何もしてないだろ。でも必ず次の日はやって来る。意気込み抜群の章太郎君は前の事はすっかり忘れてその日をなんとかしようとする。そんな感じじゃない?」
「………………。」
「でもねー。それじゃダメなんだよ。仕事だけじゃなく物事をしていくにあたっての基本!失敗したことは何故失敗したのか考える。次失敗しないためにね。部活とかでノートつけたことない?
練習の反省とか書いたでしょ?同じだよそれと。」
「でも、そんなの!誰も……。」
「そう。誰も教えてはくれない。特にここのメンバーは。なぜなら君とは違うから。文化も違えば生き方も違う。優しい優しい日本人じゃないんだよ。勿論悪い奴らじゃない。君はそこまで考えてこれからやれるかい?そこまでじゃないと…………やっていけないってことさ。」
考えたことはなかった。ただ自分自身がやりたくてやれればそれでいい。だって一人でやることだから。それでお金稼ぐ。でもそれではダメなようだ。じゃあ…………。
「…………どうすれば………………どうすれば正解なんです?」
「それも考えるんだよ。君の頭は空っぽかい?答えは自分で探さないとね。在る人は言いました。『人は考える葦である』ってね。」
整理が出来ずに目の前が真っ暗になりそうだった。今すぐにここから逃げ出したい。ヒントすらないなぞなぞはただの拷問でしかなかった。ここで全てを投げ出しバイトなんて辞めてしまえば楽なのだろか?そんな負の自問自答しか浮かんでこない。俺はなんて無力なんだ。その間もただむなしい時間だけが時を刻んでいた。睦月さんはそんな俺をどんな風に見ていたか俺はそれすら見れないほどに視線を泳がせ目をそらしていた。手のひらは汗でびっしょりだった。
「うーん。タイムアップかな?」
「え?」
「君が今やってるのは考えているのではなく、ただの時間稼ぎさ。」
「いや、そんな事は…………。」
「……答えは出た?」
「…………いえ。」
「ね?考えてるようで考えてるふりなんだよ。だが睦月さんは寛大だから君にチャンスを与えよう。」
「チャンスって?」
「正確には時間かな?今日が君の4日目だ。後今日入れても4日間試用期間がある。6日目と7日目以外は君にあげよう。答えを見つけてから来るといい。答えが見つからなかったら逃げてもあたしは怒らない。」
「……2日間で全ての答えを見つけろと?」
「そう。まあ、期待せず待ってるよ。今日は仕事はやらせられないな。帰りな。」
「…………はい。」
意図する事は分からなかったが時間は貰った。つまり5日目までにきちんとした答えが必要だと言うこと。そうじゃなければ来るなということだろう。俺に見つけられるのか?不安しかなかった。俺は所長室を出るとサラスさんにすみませんとだけ言い事務所を後にした。サラスさん顔すらまともに見れなかった。どんな表情で俺を見送ったんだろかは絶対に知りたくなかった。惨めな気持ちになるだけだから。
家に帰った俺はすぐにシャワーを浴びた。今日の起こったこと全てを洗い流したかった。しかし、現実には流れてはくれない。一人で部屋にいる時間、睦月さんの言葉が壊れた蓄音機のように繰り返し俺の頭の中で俺の無力さを歌っていた。
「辞めてしまえば無駄なことを考えずに済むのだろうか?」
これも答えかもしれない。むしろ一番楽で簡単で俺にぴったりな答えじゃないのか?だが、睦月さんは2日という時間の猶予をくれた。自分で答えを探せと言った。その意味は?夜中中考えてもその日は答えが出なかった。俺は久々に試験勉強以外で完徹した。




