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時給:ゼロ~プライスレス  作者: 支倉正
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2日目の陰謀

普通に生きていたら経験出来ないことを経験した。しかも、その経験はきっと誰も経験出来ない。そんな経験をした次の日、俺は今まで感じたことのない高揚感を一日感じて学校生活を過ごした。何せ田舎での生活というのは思春期真っ只中の高校生には退屈な事が多い。この退屈をまぎらわすために部活や恋に青春を捧げるのだ。それが普通の健全な高校生活なのである。しかし、俺は他のやつとは違う。普通の高校生にはやれないことが出来るのだ。それを思うだけでものすごい優越感を感じた。学校で一番成績が優秀なやつ。野球部のモテるエース。どんなやつを見ても羨ましいとも難とも思わない。何故なら、俺の方がすごいことをやろうとしているからだ。この世に表と裏の世界があるなんて誰が信じる?信じるわけがない。それを思うだけでニヤニヤが止まらなかった。


「ふっふふ。」

「どうかしたかね?」

「ん?友佳か?」


前の席の友佳が話しかけてきた。なんだか分からないが物凄いジト目でこちらを見ている。


「だって章太郎さ、今日は一日中ニヤニヤしちゃってさ。物凄い気持ち悪いよ。」

「大きなお世話だ。」


なんて事を言うんだ。しかし、今日の俺はちょっと違う。俺は特別なんだ。


「だってさ~。なんか窓の外をボーっと見たと思ったら急にニヤニヤしたりしてさ、なんか悪いものでも拾って食べた?それとももしかして恋煩い?」

「ふふん。どっちも違うね。所詮庶民の友佳には分からないさ。」


そう。これは俺だけにしか分からない事をだからな。それに本当の事を言っても信じられないだろうさ。


「なんだか分からないけどさ。なんか楽しいこと見つけたんだね。」

「まあな。」

「そっかーじゃあ私も手を引かないとだね。」


友佳が頬杖をついて窓の外を見ながら言う。なんか寂しそうだな。


「何がだ?」

「んー。章太郎ってさ。入学してからさ、部活とか何もやってないじゃん。」

「そうだな。」

「たまに思うんだ。こんな何もない町で何を楽しみに学校生活をするんだろうなって。」


まさかそんな事を言われると思わなかった。こいつは俺の事をそんな風に見ていたのか。


「だからさ。教えてあげたかったんだよ。学校生活はこんなにも楽しい事があるよってこと。部活とかね。」


確かに俺は高校に入ることに関してはただの社会に出るための通過点だと認識していた。部活は強制ではないので入る気持ちはなかった。


「勉強に専念したかっただけかもしれないだろ。」

「それも思ったけどこう言っちゃなんだけど章太郎は優秀には見えないし。」


まあ、それも正しい。ちょっと腹立つけど。


「だからさ。おせっかいかもしれないけど部活に誘ったんだ。章太郎にも高校生活楽しんで欲しいし。でも、楽しみが見つかったならもういいんだ。それを精一杯頑張って。」


そう言うと友佳は前を向き直してしまった。なんだ?今日の友佳はやけに主人公を励ますヒロインみたいな可愛さを醸し出してるぞ。もう少し俺は話をしようかと思ったがちょうどチャイムが鳴り同時に先生が入って来てしまいうやむやになった。あの先生なんてタイミングが悪いんだ。その後ちょっともやっとしたが自然と記憶から消えてしまった。



学校終了後俺すぐに学校を出て新月へと向かった。期待に胸を踊らせながら事務所の扉を開けた。


「おっ疲れ様でーす。」

「あら、章太郎君お疲れ様。」


そこにはもはやいつ通りと言ってもいいだろうサラスさんが居て仕事をしていた。事務所には他にもソファーにサクラちゃんが座ってお茶を飲んでいるようだった。今日も睦月さんいないようだ。


「サクラちゃんもお疲れ様。」

「…………うん。」


相変わらず反応が薄い。てかこの二人って人間じゃないんだよな。普通に見ると人間にしか見えないのに凄く不思議だ。


「章太郎君。今日のお仕事紹介するわね。」


待ってましたの声である。妖怪総大将との対決か?それとも魔王を討ち滅ぼす勇者の役目か?どちらでもウェルカムだ。


「はい。サラスさん。どんな内容ですか?」

「今日は三つね。」

「え?三つもあるんですか?」

「そうなの。うちは人手が少ないからたまに一日数件のお仕事をやっていかないと全部消化出来ないのよ。」


確かに、俺を抜いたら睦月さんとサラスさんとサクラちゃんで三人である。この場合三人というのか?まあいいや。一気に依頼が集中したら大変なのは間違いない。やはり俺が必要じゃないか。もう合格通知くれてもいいのに。


「OKです!全部やってやりますよ。」

「うん。頼もしいわね。じゃあよろしく頼むわ。これが依頼書ね。」


そう言ってサラスさんは三枚の依頼書を差し出してきた。なになに?


「えーと、一枚目は引っ越しの手伝いですか?分かりました。これはきっと裏世界の住人が引っ越してくる手伝いですね?なんですか?もしかしてマーメイドとかケンタウロスとか?」

「いえ違うわ。普通の社会人の方よ。住所はこっちに載ってる通りね。」

「あっそうなんですか……分かりました。」


まあ、こう町中にある何でも屋だ。普通の依頼だってそりゃ入ってくるにきまってるさ。気を取り直して二つ目を依頼書を確認しよう。次は……


「野菜の収穫の手伝いですか?」

「そう。おばあちゃんが一人で大変そうなのよ。」

「分かりました。じゃあ、これがそうですね。うーんと、すなかけババアとか?」

「いえ、これも普通のおばあさんです。」

「はあ。」


これも違うようだ。まあまあ、今日はそういう日なんだろう。だが、あと一つある。次こそ。


「最後は……新聞配達?もしやこれは妖怪新聞的な?」

「ち・が・い・ま・す!夕刊の配達に人が足りないんだって。近所の営業所よ。」

「今日はこの三つですか?」

「そうよ。」


裏世界の仕事だと思ったがこれはなかなかの興醒めだった。まさか表世界での仕事だけとはしかも全部肉体仕事。


「今日は俺には裏世界の仕事はないんですか?出来ればそっちをしたいんですけど……。」

「そう言われてもねえ。決めたのは睦月だし。」

「あれあれ、来て二日目で文句かい?」


ちょうどその時だった。上の階から睦月さんが降りてきた。

今日は赤いジャージ姿だった。なんか楽しそうだな。


「今日の依頼決めたのは睦月さんなんですよね。お願いです。俺も裏世界絡みの仕事させてください。」

「んー。だってねー。今日は無かったんだよ。ね?サラス。」

「えっ。あっはい。そうですね。ハハハ……。」


嘘臭い。とても嘘臭い。サラスさんは睦月さんに甘い所があるしやはり所長命令となれば言いくるめられても全然おかしくない。

とはいえ、ムダに逆らっても俺に得する事は何一つもない。ここは一つ……


「あっそうなんですね。それは仕方がないですよね。じゃあ俺はこの三つを頑張ります!」


今日の所は一つ騙されよう。長いことやればこういう日もあるに違いないしな。


「やる気満々だね。章太郎君。頑張ってよ。じゃあね。」


そう言うと睦月さんはまた上には上がっていった。この為だけに降りてきたのだろうか?まあ、たまたまだろう。


「じゃあ、改めて章太郎君お願いしますね。あと、料金なんだけどちゃんと貰ってきてね。章太郎君は無給でも新月の分があるから。」

「はい。じゃあ行ってきます。サクラちゃん行こうか。」

「あっ、ちょっと待って。章太郎君。今日サクラは別の用事があって章太郎君に動向出来ないのよ。悪いんだけど一人でお願いできる?」

「あっそうなんですか?俺は構いませんよ。」


最初の条件でサクラちゃんの動向は必須項目だったように聞いたがいよいよ信用が入ってきたか。一人でOKは一人前の証だろうか?


「じゃあ改めて行ってきます。」

「頑張ってね。」


サラスさんの手を振る見送りを背に俺は意気揚々と事務所を出た。サクラちゃんは元から今日は別行動を言われていたのだろう。最後までソファーでお茶を飲んでいた。




「勢いよく出てきたが……。」


勢いよく出てはきたが正直肩透かしでしかなかった。今日もドキドキワクワクするような体験が出来るという昨晩からの俺の興奮を返して欲しいくらいだ。一度落ちたテンションはなかなか上げるのが難しいのだが。

とか思ってるうちに一軒目の依頼の家に着いた。


「確か社会人の引っ越しの手伝いだったな。」


独り暮らしのアパートだった。チャイムを鳴らすと奥から一人の男の人が出てきた。30代手前といった所だろう。休みなのか上下動き易そうな格好をしていた。


「こんにちは。何でも屋新月です。引っ越しのお手伝いにに来ました。」

「おお来たか。さっそくお願いするよ。」

「じゃあ、失礼し…………。」


失礼出来なかった。玄関を開けた瞬間に普通は靴を脱ぐ場所があるはずなのだがそこには大量のゴミがあった。しかもそのゴミは奥まで続いているようだ。


「足の踏み場が…………。」

「ああ。靴のままでいいよ。どうせ引っ越すんだし。」

「はあ……。」


お兄さんは器用にゴミの間を進んでいった。


「ここ歩けるのか。」


一歩進むごとに物凄い臭いが鼻をつく。こんなとこで作業すんのか。奥まで進むとお兄さんが立っていて。


「じゃあここお願いね。」

「これ、全部?」

「うん。この部屋だけでいいから。」


とは言うが目の前にはゴミの山がそびえ立ち辺りには衣服が散乱していた。


「これを二時間でか……。」


次の依頼を考えると少なくとも二時間で仕上げないと間に合わない。一部屋なのが救いだがギリギリだろう。


「考えてる暇はないか……。」


俺はとにかく取りかかることにした。時間はあまりない。目の前のゴミの山はある程度袋には収まってはいるが分別がめちゃくちゃになっておりそこからやらねばならなかった。


「終わるのかこれ?」


依頼人のお兄さんは別の部屋をやっているようでどう考えても一人でやるしかなく別行動サクラちゃんをちょっと恨んだ。それから時計を見ながらひたすら作業をすすめなんとか時間内に終えることが出来たが時間はギリギリだった。


「うお!やべっ。早くしないと。」


急ぐ気持ちはあったがお金をもらわないとサラスさんに怒られる。


「すみません。お代お願いします。」

「ああ。ごめんね。はい。これ。」

「あっはい。…………。」


お代を貰って少し固まってしまった。二時間で1400円。時給換算で700円である。あの仕事量では若干割に合わないような気がしたた。


「ん?間違ってた?」

「あっいえ。大丈夫です。ありがとうございました。」


しかし金額に関しはサラスさんが話をしているので間違いはない。俺は受け取ったお金をカバンにしまい次の目的地に急いだ。


「まじか……これ。」


次の野菜収穫のおばあさんの家で待ち受けていたのは想像を越えていた。てっきり独り暮らしのおばあさんだと言うから家庭菜園レベルかと思いきやまさかのビニールハウス一つ分が用意されていたのである。これを一時間でやれと。


「一人でやると二三時間かかるからとても助かるんだよお。」


おばあさんはそんな事を言っていたが今一俺、トマトの取り方分からないけど大丈夫か?…………とりあえず取り方を教わる所から始めた方が良さそうだ。




まずい…………まずいまずいまずい!始めてから約一時間。そろそろ出ないと新聞配達に間に合わないのにまだ終わらない。もう30分はかかりそうだ。見た目以上に数が多いし取るのは難しい。それに……


「ほら、もうちょっとだ。」


のんびりペースが流石の田舎!しかし、急がないと次に間に合わない。


「もうちょっと急ぎませんか?」

「年寄りに無理言うな。」

「でも…………。」

「ぐちぐち言わないで手を動かしな。」


逆に怒られた。そんなこんなあって結局終わったのは30分後のことだった。


「マジか。間に合わないぞ。これ。本格的に急がないと。」

「ほい。お代だよ。お約束のトマト。」

「へ?これがお代?」

「そうだよ。これが美味しいからいいってねー。」

「わっ分かりました。では、失礼します。」


何故時給がトマトなのかという疑問は激しく沸いたが取り敢えずそんな事は言ってられなかった。次の時間が迫っている。間に合わないと怒られる!


「急げ。急げ。ヤバい。ヤバい。」


息を切らせ走る俺。こんなに全力で走ったのは中学以来だろうか?なんでこんな事に?しんどい過ぎるだろ。しかも報酬はトマトだと?しかし今はそんな事よりも間に合え俺!


「ん?あれは。」


そこにいたのはサクラちゃんだった。しかも持っているのは俺が配るはずであろう新聞であった。どういうことだ?


「あの………。サクラちゃん?」

「…………遅いから代わり。」

「代わりって……。」

「…………見張ってた。」

「見張ってた?いつから?」

「…………ずっと。…………最初から。」


まさか、最初からこの予定だったのか?そのために今日は付き添わずにいたんだ。このことを見越して。


「……あとは任せて。」

「え?だって……。」

「……サラスが戻ってって。」


まさか、俺はここで終わり?最後までやりきれないのか?意気揚々と依頼を受けその結果がこれなのか?


「いや、まだ……。」

「…………いい。邪魔。」

「…………。」


言い返す言葉もなかった。サクラちゃんの言う通りだから。俺は言われた通りに事務所へ戻った。受け取った手間賃を渡すために。


「……ただいま。」

「お帰りなさい。ご苦労様でした。」


相変わらずのサラスさんが笑顔で迎えてくれた。俺はその眩しい笑顔を直視出来なかった。


「あの……すみません。俺……途中までしか……。」

「まあ、今日はしょうがないよね。初めてだし。そのためのサクラだし。また明日頑張って。」


俺は貰った手間賃を渡した。サラスさんは貰った手間賃を確認していた。殊更トマトに喜んでいた。


「あの…………睦月さんは?」

「今日はちょっと用事よ。まだ帰ってないわね。」


そうかいないのか。ぐちぐち言われそうだからな。それに……気まずい。居なくてラッキーだ。


「じゃあ、今日は帰ります。…………お疲れ様でした。」

「はい。お疲れ様。」


なんか期待はずれだったな。俺自身にも今日の仕事内容にももっとかっこよくてスマートなバイト生活だと思ったのに。そう考えると急に面白味が薄れる感じがしてきた。家に戻ってきても気分は晴れなかった。これが理想と現実なのだろうか?


「いや、でも明日からこそは。」


そうだここでへこたれてもしょうがないんだ。今日はたまたま。たまたまなんだ。切り替えよう。俺は今日の事をすっぱり忘れると決め眠りに着いた。明日こそいいとこ見せてやるさ。


纏めるか悩んだのですがちょっと長くなりそうなので今回と次回で分けます。


微妙なところでの終わりを許してください。

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