この世界とあの世界
「すみませーん。すみませーん。誰かいらっしゃいませんか?」
俺はとりあえず依頼主に会うために扉を叩いた。依頼主である野楽さんの邸宅はとても大きな洋館で中に入ると正面に大きな階段がありそれを中心に左右にいくつかの部屋があった。
「どなたでしょうかな?」
「つうおっ!」
中の様子を恐る恐る伺っていると突然後ろから声を掛けられた。
俺は驚いて変な声をあげてしまった。急いで振り替えるとそこには作業着に土ぼこりのをつけた老人が立っていた。
「あっすみません。俺は何でも屋新月から来ました栗原章太郎です。んで、これが名刺です。」
「おおっ、君がそうかい。」
老人は名刺をしげしげと見詰めた後に俺の顔を見た。
「私が依頼主の野楽です。今日はよろしく。」
「あっはい。よろしくお願いします。」
依頼主の野楽さんはニコッと笑って挨拶してくれた。良かったイイ人そうだ。
「昨日のうちに椎名君から聞いているよ。色々君に教えてやってくれとな。」
「そうなんですか。」
おっ、なんだかんだ言って睦月さんは心配してくれているのだろうか?こんな手回しをしてくれているとは。
「君の事をこきつかってくれというのと、何か悪いところがあったら全て言ってくれと言われているよ。はっはっは。」
前言撤回。やはりあの人は俺の敵だ。
「さあ、こんなところでもなんだから中に入ってさっそくチェスを始めようじゃないか。」
「あっはい。分かりました。」
俺は促されるまま中に入った。屋敷はとても天井が高く大きなシャンデリアが飾ってあり高級感の漂う室内だった。
「じゃあ私は着替えてくるから先に部屋に行っててくれないか?」
「分かりました。部屋はどちらにありますか?」
「部屋は階段を上がってすぐに左の部屋だよ。扉のところに蛇の絵が書いてあるからそれを目印にすれば分かるよ。」
「分かりました。」
「うん。それでは。」
そういうと野楽さんは屋敷の奥の方へと消えていってしまった。それを見て俺は早速その目的の部屋を目指すことにした。
「大丈夫かな?」
部屋を探せるか少し心配だったが階段を登って左の扉を順番に見て行くとすぐに目的の部屋は見つかった。コンコンととりあえずノックをして中に入るとそこには……
「やあ、章太郎君。遅かったじゃないか。早く座りたまえ。」
部屋の中はだだっ広く真ん中にテーブルが一つと椅子が二脚あった。部屋は薄暗く一つだけある窓にはカーテンがかかっていた。
そして、椅子にはさっき別れたはずの野楽さんが座っていた。野楽さんはさっきの作業着から着替え今はタキシード姿になっていた。あれ?そんなに時間かかったかな?
「あっ、すみません。……ぐっ!……うん?」
俺は急いで席に着こうとしてそこで違和感を覚えた。一歩踏み出そうとして目的の足が動かないのに気がついた。そして足元を見ると少し震えているのが分かった。俺がびひってるのか?ただのじいさんでとのチェスだぞ。そんな訳あるか。俺はふんと気合いをいれ無理やり足を動かし椅子に座った。
「どうかしたかい?大丈夫かな?」
「あっいえ。何でもないです。」
「それは何よりだ。では始めようじゃないか。」
「よろしくお願いします。」
静寂に包まれた室内にチェスを打つ音だけが響いた。やはりというかなんというか所詮俺の努力は付け焼き刃程度でしかなかったのだろう。初心者の俺にも分かるくらいみるみるうちに追い詰められている。ちらっと野楽さんを見ると楽しそうにニコニコしながらチェスを打っていた。
「あの……。対局中にすみません。」
「ん?どうしたかね?」
「その……打っていてもう気が付いてるかもしれないんですけど、俺、実はチェスは初心者でして……差が有りすぎて面白くなくないですか?」
「うーん。そうだね。ギリギリの勝負を楽しむという意味では面白味にかけるかな。」
「そうですよね。すみません。」
「まあ、落ち込むことはない。」
「はあ。」
「では少しばかり話し相手にもなってくれるかな?」
「はい。俺で良ければ。」
「うん。そうだな。ではこういうのはどうだい?君はこの世の中に君が暮らしている世界とは別の世界があると言ったら信じるかね?」
「?別の世界というとあの世とか異世界のことですか?うーん。そうですね。俺はあまり。何せこの科学の時代になかなか存在するなんて思えないです。見たこともないですし。」
うーん。突然メルヘンチックな話をされて返事が素っ気なかったかな?それにしてもこんな話をしてくるとは案外こういうのが好きなのかな?
「そうか。では君は自分で体験しないとダメということになるかな。」
「うーん。そうですね。体験しないと現実的に見られないです。」
「では体験してみるか?」
俺の盤上のナイトが相手のルークを取ろうとしたその瞬間俺は違和感を感じた。何かが変わったように思えたのだ。何かが変わったが何が変わったのかは分からない……何かこう……空気が変わったというかなんというか……背筋に冷たいものが走ったような気がして俺は思わず周りを見回したがしかし何も変化はなかった。きっと気のせいだろう。
「チェックメイト。」
するとふいにこのゲームの勝負を決める一言が放たれた。俺は盤上を確認したが完全に積み状態だった。流石にに年期が違うようだ。
「どうかね?」
「そうですね。負けました。完敗です。」
「そうか。でもどうしたのかね。最後君は何かこう集中力が途切れたように見えたのだか。」
チェスの盤上を戻しながら野楽さんがこんな事を言ってきた。確かに何か変な感じがした。
「いや、気のせいかもしれないんですけどさっき突然違和感を感じたような気がして……。」
「そうか……もしかするとそれはこれのことかい?」
「えっ……?」
そう言って野楽さんが立ち上がると窓際まで歩いて行きカーテンを開けた。そこには俺の知っている景色はなかった。立派な庭園があったはずの庭は荒れ果てていて、塀の向こうには見慣れた岩湊市の町並みはなくうっそうとした森が広がっていた。そして何よりさっきまでは日差しが差し込んくるような天気だったにも関わらず今外は真っ暗な暗闇に包まれていた。
「……一体何が。」
「ふむ。君が体験しないとダメだと言うから体験させてあげたんだが。説明しよう。まあ、座りたまえ。」
俺は野楽さんに促されて椅子に座った。野楽さんも座り直しすと足を組んで笑みを浮かべながらこちらを見ていた。その口からはヴァンパイアの象徴とも言うべき牙が覗いていた。
「では改めて自己紹介しよう。私はノラ=バリエ=ウラド13世だ。気が付いてるかどうかは分からないがヴァンパイアだ。どうぞよろしく。」
「ヴァンパイアって…………。」
突然の一言に理解が追い付かなかった。ヴァンパイアっていわゆる吸血鬼だろ?しかも外の世界はどうなっているんだ?バーチャル映像の類いを使ってるようには見えない。第一あまりにも生々し過ぎるし周りの空気が重々しく感じる。一体何が起きているんだ?
「野楽さん。ここは一体何処ですか??」
「うん。君たち人間の世界を表世界と呼ぶのならここはいわゆる裏世界だよ。」
「……裏世界。」
「そう。私たちヴァンパイアが住む世界さ。」
「私たちということは他にもいるんですか?」
「そうだね。いると言えばいるがここにはいない。」
「どういうことですか?」
「言葉の通りだよ。この表世界で言う岩湊市周辺には私しかいない。だか他のエリアまで足を伸ばせば他の者もいるだろう。」
「なるほど。」
俺はひどく落ち着いている自分に少し驚いていた。確かに普通に聞いたら信じるなんてアホ臭いでも、現に目の前にしている。これは紛れもない事実だ。
「あなたのことを知っているのは表世界ではどれくらいの人がいるんですか?」
「表世界では新月の人たちだけだね。表世界では私は独り暮らしの老人で通しているよ。あの地域の周りの人たちはみんな優しくて素晴らしいね。」
確かに俺も近所の独り暮らしのじいさんとかは少し気になって見に行ってしまうことがある。これは都会にはない田舎ならではのいい風習であると俺は誇ってやまない。それにしても新月のみんなが知っていて隠していたとは……
「では、俺と入り口で会った時あなたは庭仕事をしていた。ヴァンパイアは普通日に当たると死んでしまうのでは?」
「うん。それはだね、私たちも進化しているんだよ。」
「進化?」
「そう。君たちが猿から人に進化したようにね。私たちは長い歴史の中で進化し免疫を少しずつつけた。あとはこれのお陰だね。」
そう言って野楽さんは日焼け止めのクリームを取り出して見せてくれた。あれってヴァンパイアにも効くんだ。
「では、それを知ってしまった俺はどうしたら?あなたに血を吸われて食べ物になってしまうんですか?」
「はっはっは。君は本当に肝が座ってるね。そんな事はしないよ。それにさっき言った通り我々も進化してるんだ。血を吸わなくても生きていけるんだよ。それにそんな事したら椎名君な怒られてしまうよ。」
なるほど、ここで睦月さんが登場か。どんな存在なんだろうあの人は?
「それに今日の私の依頼はチェスをする事だ。そのために呼んだんだよ。」
「そうでしたね。すみません。」
「いやいや、こちらこそ話し相手が出来て良かったよ。」
「もう一戦チェスしますか?」
「いや、今日は止めておこう。チェスは紳士のゲームだ。ゲームに集中出来ない状態の方とは全力で戦えないからね。今日はつっかえごとを取った方がいいんじゃないかな。」
「そうかもしれないですね。」
「今日はもう帰りたまえ。私は十分満足だよ。」
その瞬間、外から日差しが差し込んできた。周りの重々しい空気も晴れた気がした。同時に野楽さんの牙が無くなっていた。
「後はこれを持っていきなさい。」
そう言って渡されたのは500円玉だった。
「いや、俺は今日は何もしていないのでこれは貰えないですよ。しかも俺、無給ですし。」
「いや、いいんだよ。これは椎名君に渡してくれ。そうすれば分かる。」
「……分かりました。それでは失礼します。」
俺は貰った500円玉を握りしめると頭を深々と下げた。そして俺は帰路につくことにした。最後まで野楽さんはニコニコと笑って見送ってくれた。
新月へ向かう帰り道は自然と早足になっていた。思ったより時間が経っていたようで空の日は傾きかけていた。しかし、さっきの野楽さんとの話を思い返してみたがまだ疑問だらけだ。異世界とはなんなのか、何故新月だけが関わりを持っているのか、さらには何故俺に隠していたのか、見つかりたくないなら最初の時点で追い出してしまえばこんな面倒くさくならなかったはずだ。考えれば考えるほど疑問は浮かんだが今は新月へ帰ろう。答えはきっとそこにあるあの人が持っているはずだ。そんな事を思案しているうちに俺は事務所にたどり着いた。
「戻ってきたか…………。」
事務所の扉を開けるといつもいるはずのサラスさんはいなかった。サクラちゃんもまだ戻ってきていないようか不在だった。
「睦月さんはいるのか?」
所長室は四階だったはずだ。俺は直接向かうことにした。二階、三階と階段を登ってようやく四階に到着した。入り口の上にはでかでかと所長室と書かれており中は電気が灯っているようだ。
コンコンと俺は扉をノックした。中から返事はなかった。俺は静かに扉を開けると中に入った。
「よう!お疲れ!早かったね。」
「…………お疲れ様です。戻りました。」
入った場所は所長室というよりは図書館や古書室といった方が近いように見えた。壁は全面に渡って本が並べられて辺りには本棚に収まりきらなかったのだろうたくさんの本が平積みにされていた。そして、睦月さんは奥にある木製の小さな椅子に座って本を読んでいた。今日は昨日と違い緑色のジャージだった。
「どうだった?野楽じいのところは?チェス強かっただろ?」
本をたたみ膝の上に載せた睦月さんが面白いものを見るような目で俺を見ていた。
「ええ。今までにない刺激的な経験が出来ました。」
「そうだよね。うんうん。それで?」
俺は睦月さんの側へ行き野楽さんから貰った500円玉を渡した。
「これを貰いました。俺は無給何でもいらないと言ったんですが野楽さんが睦月さんに渡してくれと。」
「………………。」
睦月さんは受け取った500円玉を手のひらで転がしながら足をぶらぶらと大きく揺らしていた。
「今日は貴重な経験をしてきましたが、復習もしたいと思ったので睦月さん。答えて貰えますか。」
「…………言ってみ。」
睦月さんの目付きが変わった。目の真剣味と鋭さが増した。
「裏世界とはなんですか?この新月はなんですか?」
「…………知りたい?知らない方が良かったってこともあるよ。」
「それはたぶん知らなくちゃいけないことなんでしょ?でなければ睦月さん、あなたは俺を野楽さんの所へは送らなかった。野楽さんは言ってましたよ。俺に色々と教えてくれって言われたと。それはあそこで見せられたこと全部を引くるめてのことなんですよね?」
俺は睦月さんの目を見つめ一時も反らさず言った。俺は真実を知りたい。これが俺の本気度だ。
「ふう。そんなに見つめられたら照れちゃうよ。」
睦月さんが降参したかのように手を上げた。
「じゃ、じゃあ。」
「まあ、いいだろ。教えてあげるよ。君の知りたいことを。」
初めて睦月さんに一つ認めてもらったような気がした。
「まずは、裏世界のことだけども、あれは私たちの生きているこの時間軸と同じ時間を流れる別の世界だよ。」
「それは、野楽さんも言ってました。でもあそこに住んでいるのは野楽さんだけで他のヴァンパイアは別の場所にいると。」
「まあ、そうだね。あそこはそういう構造だ。野楽じいはちょっと長生きだから力があるんだよ。だからあの場所はヴァンパイア専用の世界というより野楽じい専用なんだ。」
「野楽さん専用?」
「そう。まあ、正確に言うとその昔から野楽じいの家系で使っている世界に他の種族を入れていないというのが正しいかな?」
「他の種族というと、ヴァンパイア以外にも表世界に来ているのがいるんですか?」
これは驚きだ。今までに会ったこともないけど。どれだけの種族がいるのだろう?
「勿論。色々な種族が人間世界に入り共に生活しているんだよ。君たちが気が付いていないだけさ。例えばサクラがよく行ってる犬の散歩を頼むおじさんがいる。」
この間の恰幅のいいおじさんだ。あれもそうだったのか。
「あれは、入道坊主っていうこの地域古来からいる妖怪だ。」
「あれが…………。」
昔ばあちゃんから聞いたことがある。確か夜子供が外を出歩くと入道坊主が出てきて連れていかれるって言ってた。所詮子供騙しの昔話だと思ってた。
「あの種族はヴァンパイアとは別の世界を持っていて、そちらで生活をして必要な時表世界に出てくるんだ。まあ、半分以上表世界に馴染んじゃってるけどね。」
なるほど。掴めてきたぞ。要はそれぞれがそれぞれの異世界で暮らしていて必要な時に表世界である人間界に出てくるって訳だな。
「裏世界については分かりました。でもなんで色々な種族がいるなかでこの岩湊市を選んでいるのでしょうか?東京とかもっと便利なところももっとあります。なんで好き好んで田舎に?」
「この話のみそはそこなんだ。それは、お前も地元の人間なら感じられることさ。今この町は過疎化が進んでる。そうなると人間が減っていくんだ。人間が減れば裏世界の住人は大手を降るって外を歩けるようになるんだよ。使われてない土地も増えるから使い勝手がいいんだ。だから、野楽じいのようなもともとは西洋なんかで知られていた種族も噂を聞き付けて目指してくるんだ。」
そうか、なるほど。過疎地域なら人が少ないから見つかる心配も少ない。でも困ったら人間世界が近くにあるから利用する事が出来るそういうことか。
「でも、それって逆に裏世界の住人たちが集まり過ぎたらトラブルとかが起きるんじゃ……。」
「そう!そのための我々何でも屋新月なのだよ。」
俺の一言を引き金に睦月さんが椅子に立ち上がり自慢げに小さい体と胸を大きく反らした。
「言わば我々は裏世界専門のトラブルバスターでもあるんだ。だから何でも屋。分かったか。あとあたしは小さくない!」
「ぐはっ。」
やはりこの人も人間でないのかもしれない。ちょっと思っただけで飛び蹴りを繰り出してきて綺麗に鳩尾を捉えた。でも軽い分威力は少なかった。唐突すぎるだろ。しかしなるほど今までの話の内容でやっと表も裏世界もこの岩湊の置かれている状況はだいたい把握した。そしてこの何でも屋のある理由も。しかし最後にこれだけは聞いておきたい。
「で、最後の質問なんですけど睦月さん。あなたは人間ですか?」
「……違う。…………と言ったらどうする?」
睦月さんがニヤッとして顔を近づけてきて言った。
「どうするといわれても………………。」
「日本人というのは元来閉鎖的な民族だ。お前も学校の、授業で習っただろ。鎖国とか、キリスト教の踏み絵とかな。」
「…………なんの関係が?」
「閉鎖的だからこそ外からの新しいものが入るのを嫌がるんだよ。例えば今でも日本に移民が少ないのがいい例だ。」
「………………。」
睦月さんの言葉に力が入っていくのが分かった。睦月さんの事を聞いているのに突然どうしたんだ?
「同じ人間でも人種が違うだけで嫌がるんだよ。人間じゃないものが入ってきたらどうなる?」
「………………。」
ものすごい重みがある確かに突然外国人に話しかけられたらドギマギしてしまう。けど……
「だからこそみんな表世界では極力人間の姿でいる。波風をたてないためにな。お前はどうだ?」
「…………俺は、俺は変わらない……と思います。根拠はないけど普通に接します。本当に根拠はないです。でも今日野楽さんを見てて思いました。感じました。あの人は普通にチェスを楽しんでいました。そこは俺たち人間と何も変わらないんです。それで十分じゃないですか。」
「ふむ。まあ、60点の答えかなギリギリ及第。」
「え?」
「その気持ち忘れるなよ。」
そういうと拳を俺の胸にトントンと当ててきた。
「ちなみにあたしは人間だよ。まあ、他の二人は違うけどね。」
「えっ。サラスさんとサクラちゃんですか?」
「ああ。あの二人は……後のお楽しみか。」
そういうと睦月さんは椅子に戻ってどかっと座った。これは気になる話だぞ。
「そんなあ。」
「まあ、今日はここまでだな。あたしも疲れてんだ。お前もさっさと帰れ!あと、まだ合格してないからな。残り6日あるんだぞ。」
「分かりました。頑張ります。でもちょっとは認めてくれましたか?」
「まだ全然だ。なめんな。」
この人は……でも俺に対する態度は変わってきたこれだけでも前進だ。一歩ずつ進んでやるさ。
「じゃあ、改めて頑張ります。今日はお疲れ様でした。」
「あーっ。うるさいうるさい。早くいなくなれ。しっしっ。」
椅子に座って本をまた読み出した。睦月さんは煙たそうに俺を追い出したが何故か嬉しさが溢れるのを感じながら所長室を出て家路に着いた。 俺は若干興奮していたのかどう帰ったか覚えていなかった。家に帰ると俺はまず机に向かいパソコンを叩いた。今日の話の信憑性を確かめるためだ。『裏世界』。『裏岩湊』。『妖怪』『表世界』。思い付くワードをひたすら打ち込んでみたが、期待する答えはヒットしなかった。本当に誰も知らないんだ。俺だけが知っている……なんかすごいことをしているみたいだ。そう思うだけで頑張れそうだ。
俺は特別であるという高揚感を胸にベッドに入った。さあ、明日も頑張るぞ。