1日目の朝
どんな時も朝はやってくる。
昨日1日の疲れのせいか爆睡してしまったが、翌日も学校があるので一高校生である俺は通常通りに起床し、学校へと向かった。ただ昨日と違うのはこの後バイトがあることしかも見習いAとしては少しでも点数を稼ぎ俺をそこらの高校生と同等に扱ったあのチビッ……いや、睦月さんに一泡吹かせてやりたい。昨日の宿題の一つであるチェスは結局は駒の動かし方位しか覚えられなかった。当初は将棋の外国版だろうくらいで甘く見ていたのだかチェス盤は将棋盤より一回り小さく、また駒の動きが意外と幅広いので序盤の様子見がないのだ。従って最初から戦略が必要になるのである。
「これは1日では無理だろ。」
自分の席に着くなり再び本を開き勉強モードに入った。せっかく昨日でテスト終わったのに……
「おっはよー!章太郎。おろ?このテスト終わりの爽やかな朝になんて顔してんの?」
なんで朝からこんなにハイテンションなんだろうこのお方は……顔を上げんでも分かる友佳だ。周りの友達と一通り挨拶をかわしていつも通り俺の前の席に座った。
「おっす。テストは終わったんだが俺の戦いはまだまだ終わってなくてな。人生は勉強の連続だよ。」
「ん?何おっさん臭いこと言ってんの?って言うか何読んでんの?チェス?章太郎ってそんな趣味があったの~初耳だよ~」
俺にもそんな趣味はないさ。でもな、無理やり押し付けてきた奴がいるんだよ。と言いたかったがあんまり話を広げられるのも面倒な展開になりそうで嫌だった。なにせ口外しないことも条件の一つだからな。
「まあな。近所のおじさんが趣味でやっててさ、やたら強いんだよ。そんであまりにも敗けが混んできたからさ。ちょっと勉強して一泡吹かせてやりたいんだよ。」
「ふ~ん。章太郎って結構負けず嫌いなんだね。意外だよ。」
「そうか?」
「うん。だってさ、まあ知り合って一ヶ月ちょっとしか経ってないけどいっつも勝負事には興味薄いですよ~って雰囲気じゃん。」
「そんな事はないけど……そう見える?」
「だって初の席替えの時なんてさみんないい席取るぞーって燃えてたのに章太郎はどこでもいいよって感じだったじゃん。」
確かに席替えとはクラスの中でも一大事件であるが俺個人はあんまり興味がないのとこういうのは物欲センサーが発生しやすいのでセンサーを一切出さないと中学の転がら決めている。なので、
「だって、くじ引きだから結局は運じゃん。現に俺は窓側の一番後ろの席をゲットしたじゃん。それにそういうのって負けず嫌いって言うか?」
「言うよ~少しでもいい席取りたいじゃん。そういう意味では章太郎はクラス全員を敵にまわしてるんだよ。」
「マジ?」
「マジ。」
至極真面目な表情で訴えかけてくる友佳。俺は入学して一ヶ月ちょっとでクラス全員を敵にまわしたのか?まだ何も高校生っぽいことをしていないのになんてこった。まさかここからいじめにあい不登校になり、社会から外れていくのか?
「これこれ、そんな貴方に救いの手をさしのべよう。」
ふいに友佳が声色を変えてきた。
「マジか?どうすればいいんだ?」
「ふぉふぉふぉ。簡単ですじゃ私の言うとおりにすればいいのです。」
何か友佳に後光が刺しているように見えてきた。
「なっ、何でもします。お導きを~」
「では、まずは演劇部に入りましょう。その後は……」
「ていっ。」
デコピンをしてやった。しかも強めに。
「いった~い。おでこ赤くなったらどうすんのよ~婦女暴行!DV!婦女暴行!」
友佳がおでこをさすりながら訴えてきた。
「うっさい。あと、婦女暴行が二回入ってるのと俺とお前は夫婦じゃない。何が救いだ結局は演劇部入れたいだけじゃないかよ。どちらかと言えばそっちが詐欺だろ。一回本気になりかけた俺の純情を返せ。」
「う~ん。これでもダメか~。防御が固いね。メタルスライム並みだ。いやはや、参った。」
「メタルスライムって……そんなことよりそう言えばお前今度なんかやるって言ってたけどそっちは大丈夫なのかよ?」
「披露会のこと?う~ん。まあまあかな。まだ思案段階ってとこ。高校生から演劇始めた子がほとんどであたしも含め基礎固めが出来てないからね。何をやるかも決まってないし。」
この岩湊高校には7月に学校披露会というものがある。これは年に一回外部の人たちに各部活で出し物をするもので文化祭とはまた違い一年生が主役になるこの学校独特の行事である。なのでまず入学した新入生たちは部活に入るとこの学校披露会に向けて日々がんばるのである。まあ、部活に入っていない俺には関係がないんだが。
「だから、演劇の幅を広げる意味でも人は多い方がいいの。だ・か・ら。」
「無理。」
「いけず~。おっぱい一回!ね?」
「それは前に聞いた。俺も忙しいの。」
「ケチ~。」
こいつは淑女の恥じらいはないのか。しかも雑。前はあたふたしたがもう効かない俺も日々成長しているのだ。
こんななんでもない朝の会話をしていると先生が入ってきてホームルームが始まった。
テスト終わったのに一回目の授業というのは実に楽である。テストの返却、答え合わせ、先生のテストの間違いの修正。これで一時間が潰れるのである。戻ってきたテストを確認して一喜一憂。そして答え合わせで先生の答案のミスを血眼になりながら探して少しの希望にかけて先生に点数アップの交渉へと向かうのである。俺はどの教科も平均点よりちょっと上。可もなく不可もなくという感じでそこまで騒ぐこともなくという感じだった。
「まあ、こんなもんか。よし。」
答え合わせもそこそこに個人勉強に移行したのだった。お陰でまあまあ勉強出来た。あとはなるようになるさ。
こういう切羽詰まった日というのはなんと時間の流れが早いことだろう。一瞬のうちに放課後になった。帰りのホームルームが終わった瞬間に俺は家を出て、新月へと足を向けた。
「さあ、今日はここからが本番だ。」
「とはいったものの……」
何でも初日とは緊張するものである。しかも俺はまだ仮の身。何が正解でどうなればゴールなのかも分からない。しかも今一歓迎されてない。
「どうしたもんかな。」
もやもやしてるうちに事務所に到着した。相変わらず外観は普通のビルである。
「よしっ。行くか!」
覚悟を決めて扉に手をかけた。もうどうとでもなれ。
「お疲れ様でーす。」
そろりと入るとそこには真剣な顔でパソコンを食い入るように見ているサラスさんがいた。
「あら、章太郎くん、来たのね。お疲れ様。」
スタートから眩しい笑顔を振り撒きながらカウンターまで来た。この人は味方で間違いない。
「サラスさん。今日からとりあえず一週間よろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。まあ、固くならずにいきましょう。さっそく準備しますか?」
「はい。分かりました。今日は睦月さんは?居ないんですか?」
「今日はちょっとね。色々と忙しいのよ。所で名刺は持ってきた?」
「あっはい。ここに。」
ポケットの中から名刺を取りだしサラスさんに見せた。ばっちりだぜ。しかしやはり所長というくらいだから忙しくて当然なのだろうか?一応挨拶はしておきたおのだが……
「分かりました。じゃあ帰ってきてから挨拶します。来たらよろしく言っておいてください。」
「うん。分かったわ。では本日のお仕事いきますか。記念すべき章太郎くんの初めてね。」
なんかエロいな流石サラスさん。どれどれ内容は?
「チェスの相手?まさかこのための宿題?」
「そうね。今日は、ノラお祖父様とのチェスね。月に二三回ご依頼を頂くのよ。とても良い方よ。」
依頼書には依頼主野楽。内容チェスの相手と書いてありあとは住所が記してあった。
「知ってる住所だけど野楽さんなんていたかなあ?うおっ。」
ふと後ろに気配を感じて振り向くとサクラちゃんがいた。いつからいたんだろう?全然気が付かなかった。
「やあ、サクラちゃん。」
「……うん。」
「さあ、サクラも来たようだし。二人で頑張ってね!」
元気の良いサラスさんの一言で事務所から送り出させた。俺はサクラちゃんと二人で野楽さん宅を目指した。
「こっからだとだいたい20~30分位かな?自転車でも持ってくれば良かったかな?」
なんて軽い後悔もしながら野楽邸宅を目指した。
近づくに連れ緊張感は増してきたが隣を見ると表情一つ変えないサクラちゃんがいて何か安心するような気がした。
「これは感謝だな。」
「?」
サクラちゃんは小首を傾げていたが女の子が着いてて安心なんて恥ずかしくて言えない云えるわけがない。
「な、なあサクラちゃん。サクラちゃんは野楽さんには会ったことあるの?」
「…………ある。」
「どんな人?」
「…………物知り。偉い。」
「大学の先生とかなのかな?でもチェスの相手で呼び出しわかける位だからな。余程の人なのだろうか?」
謎は深まるばかりであった。サクラちゃんは相変わらず方向音痴でうろうろしていたが今回は俺の仕事の同行なのでしっかり後ろには着いてきていた。
「ここかな?超立派な家だな。」
ようやく着いた目的の野楽邸はなんというか洋館の豪邸だった。しかしこんな家あったかな?よし、服装の乱れなし。名刺あり。ん?サクラちゃんが服の裾を引っ張っていた。
「……じゃあ頑張って。」
「あっ、サクラちゃんもこの後別の依頼?」
「……うん。」
「分かった。じゃあ後は頑張るよ。」
「……じゃあ。」
サクラちゃんはとことこと別方向へ歩いていこうとしてこちらを向いた。なんだろう?
「……逃げないでね。」
「逃げるか!」
「……分かった。」
再び向き直るとサクラちゃんは去っていった。今一信用ないな。まあ、どんなゲームでも最初は好感度低いところから始まるからな。徐々に上げていくさ。そして俺は改めて気合いを入れ直した。
「よしっ。行くか。俺の輝かしきバイト生活!」
今回は短くてごめんなさい。
色々盛り込もうとしてまとめるのに、苦戦しました。
次回は章太郎の初バイトです。無給だけど(笑)
気長にお願いします。




