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時給:ゼロ~プライスレス  作者: 支倉正
3/21

面接につよくなろう

俺と所長さんの二人が不相応には飾られた部屋に取り残された。テーブルを挟みソファーに座り足を組み俺が書いたアンケートをしげしげと読む所長さんと編集長の返事を待つように膝にピシッと手を当て緊張しながら待つ俺。

ちょっとした沈黙が流れふと所長さんがアンケートから目を上げた。

さっきは全体の雰囲気にしか目がいかなかったが小顔でつり目が印象的な人である。その瞳は油断するとこちらの全てを見透かしてまいそうなほどの力を持っていた。


「OK~栗原章太郎ね。青春をおおかしてる高校生ってとこかな。あっ自己紹介か遅れたね。私はここで所長をしてる椎名睦月だよ。睦月さんと呼んでくれ。よろしく~」

「はあ、よろしくお願いします。」


すると睦月さんはアンケート用紙で紙飛行機を作るとビュッと飛ばした。飛ばした紙飛行機は項を描きゴミ箱へ向かったが外れて脇に落ちた。そして彼女はぐっと身をのりだし俺に顔を近づけてきた。


「なっ!」

「ドキドキした?ウブで可愛いね。まあ、今日の話ね結論を先に言うとぶっちゃけ君を採用する気があんまりないんだよね~」

「へ?」


いきなりぶっちゃけられて俺は言葉に困った。こういうのって質問とかで意志疎通を図って人となりを把握して判断するものではないのか?


「なっ何でですか?まだ話もしてないのに。理由を教えて下さい。」

「理由?簡単な話さ、君が高校生だからだよ。」

「はあ?それだけですか?」

「うん。」


睦月さんは頷くと立ち上がり歩き出すと部屋の奥にある日本刀の一本を掴み抜く模造刀だったようでその刀を剣道の素振りのように二回三回と振っていた。


「だってさ、今の高校生っさ仕事だる~いって言って直ぐに辞めちゃうじゃん。今日彼女とデートだから仕事バックレよ~って言って来ないじゃん。ちょっと汚いものに触れようものならうわっくっさ!きたなっ!グロっ!マジ無理なんですけど~って文句しか言わないじゃん。そんなのを使いようがないわけさ。そういう訳だからさ。ごめんね~」


捲し立てられる言い方に頭がついていかなかったが罵倒されていることだけは分かった。


「いや、俺は…………」

「『俺はそんな事はありません!』うんうん。そうだよね~みんなそう言うさ。まあ、一応雇ってもらいたくてここに来るんだもんね。でもね、君が思うよりもここでの仕事は大変だよ。募集要綱見た?」


そう言うと睦月さんはポケットからあの電柱に貼ってあったチラシをおもむろに出し俺に見せてきた。


「見ました。これを見て俺はここの存在を知ったんです。」

「そうか良かった。あたしは道を歩いていて可愛いサクラを見かけてつい付いてきたのかと思ってたよ。」


それ、ちょっと近い状況になった。


「じゃあここも見たよね。そう、バイトする人なら皆が気にする時給!ゼロからなんだよ。ゼ・ロ・か・ら。もし、君が依頼された人からの仕事に失敗した場合その日のお給料はゼロなんだよ。分かるかい?なし。働いていないで家でぼーっとテレビを見ていた時と一緒なんだよ。それならレジで突っ立てて来たお客の商品をレジでピッピッってやってるだけのコンビニのアルバイトの方があたしは簡単で何も考えないから楽でいいと思うんだけどなあ。」


次々と投げつけられる罵詈雑言に俺は段々ムカついてきていた。たがここで言い返せばこの人はまた『うわっ最近のキレる若者だ~』とかいいそうだ。ここまで言われたらやり返してやりたくなるのが俺だ。なんと糸口を見つけないと。


「どう?図星で何も言い返せないんでしょ?まあ、君みたいなやつ本当に一週間ももたないんだからさ。悪いことは言わないよ。今日は帰りな。そしてここのことはさっぱりと忘れて明日から高校生生活のリア充を楽しんでSNSに写真投稿して炎上しなよ。」


本当にムカつく人だ。だがな俺はちゃんと知っている。うちの両親だって漁に出て魚が取れない日もあるその日は収入ゼロだ。取れるようになるために厳しい下積み時代を経験したって話を耳にタコが大量に出来るくらい聞かされた。だから本当に楽な仕事なんてこの世には無いんだということを。だから……


「分かりました。そこまで言うのならこちらにも考えがあります。」

「おっ!なんだい?教えてくれよ。」

「さっき言いましたよね。俺じゃあ一週間もたないと。」

「うん。言ったね。」

「あなたの言う通り一週間もつかもたないか確認してください。その間の給料はゼロで構いません。」


睦月さんはにやにやしながら俺の目をじっと見つめていた。そして何かを思い付いたかのように頷いて、


「うんうん。なるほど。そうきたか。でも大丈夫?因みに、その場合こちらからも要望が出るよ。」

「何でしょう。」

「うん。まずはこのお仕事は他人に口外しないこと。あとは途中で逃げるといけないからね。それに何かヘマした時のためにサクラと一緒に行動すること。最後に明日までにチェスを覚えて来ること。この三つだね。」

「?一つ目と二つ目は分かりましたが三つ目のチェスは何の関係があるんですか?」

「ん~それは力を……ひ・み・つ。明日来てからのお楽しみさ。」

「分かりました。その三つを守りつつ一週間頑張れれば俺をここに入れてくれますね?」

「そうだね。でもただ頑張るだけじゃダメだよ。しっかり成果を残さないと意味ないからね。」

「分かりました。」

「よし。じゃあ善は急げだ。君の心が後悔しないうちに準備だけはしておこう。」


コンコン。

睦月さんがいい終えたのとほぼ同時のタイミングで扉をノックする音がした。


「失礼いたします。睦月、準備は出来ていますよ。」


サラスさんが入ってきて睦月さんに何か手渡した。


「おう。ありがと。流石仕事が早いな。」

「ありがとうございます。」

「それは何ですか?」

「ああこれか。これは何でも屋である証の名刺さ。これがあれば依頼主とスムーズに話が出来る。研修生とはいえこれは必要なものだからな。」


睦月さんに名刺を、手渡されたそこには何でも屋新月 見習いA 栗原章太郎と書いてあった。


「何だ、最初からこの予定だったんですか?ならもっとやり方あったでしょ。」

「いや、あたしは本気でお前を辞めさせようとしたよ。こうなったのも予想外さ。」

「じゃあどうしてこんなに早く名刺を作っんですか?」

「あの、それはですね。」


サラスさんがぽつりと喋るとテーブルの裏を探り何か取った。それを俺に見せてきた。これは……まさか…


「盗聴機です。これで聞いていたんですよ。」

「え?これで聞いていたんですか?」

「はい!もし、章太郎さんが睦月の可愛さに負けて襲いかかった時に私が直ぐに駆けつける事が出来るようにと思いまして。」

「マジ?…………睦月さんも知ってたんですか?」

「ん?まあな。仕掛けてる場所は知らなかったけどサラスのことだからどっかにはあるだろうと予測はついたよ。」

「まあ~睦月、私の事を良く分かってくれて嬉しいわ。」

「いや、分かるだろ。いつもいつもあちこちに仕掛けられてるんだから。おい。苦しいから離してくれ。」


マジかすげえなこの二人。というよりはサラスさんの愛情が強すぎるのかとサラスさんに抱きつかれ胸で圧死しそうな睦月さんを見て単純に思った。そして俺は改めて名刺渡された名刺を見直した。仮の物ではあるが何だか身が引き締まるおもいだった。


「じゃあ詳しい話はサラスに聞いてくれ。あたしは用事があるからここで失礼するよ。無理だと思うから期待しないで待ってるよ。後は頼んだサラス。」

「はい。睦月。」


サラスさんの谷間から脱出した睦月さんがサラスさんに指示を出して部屋を後にした。

結局は結果を出さないとあの人は納得してはくれないんだな。


「では、章太郎さんこちらへ。下で改めてご説明致します。」


睦月さんがいなくなり再び完璧秘書モードになったサラスさんに連れられて二階の事務所に戻ってきた。中に入ると応接室に行く前にソファーです丸くなっていたサクラちゃんの姿はなかった。


「では、こちらへ座って下さい。」

「はい。」


サラスさんに促されるまま椅子に座った。サラスさんも最初に座っていたデスクに座り直した。


「ではご説明の前に改めて確認しますが、章太郎さん。一週間本当に頑張りますね?。」

「はい。もちろんです。もうここまで来たら一切迷いはありません。」

「分かりました。では、私からは一つだけ。『今、見える世界が全てだとは限りません。見えない世界を受け入れてこそ世界は見えます。』よろしいですか?」


ことわざか何かだろうか?とにかく意味は深そうだ。


「はい。」

「では、ご説明します。全て依頼は基本的には私の元に集まります。事務所に来たら私に依頼は聞いて頂ければ斡旋致します。」

「はい。」

「後はこちらの用紙に依頼内容などを書くのですがまだ章太郎さんは仮の身なのでこちらは極秘資料となります。私かサクラさんが書きますのでご安心ください。そしてお仕事へ向かって下さい。その後は現地で依頼を完遂してまた戻ってきて先ほどの用紙に完遂報告して頂ければ終了です。流れはこのような流れですがご質問はありますか?」

「依頼をこちらからも選ぶことは出来ないんですか?」

「そうですね。可能ではありますが章太郎さんは最初なので、私がそれほど難易度の高くないものを選びます。」


うわー嬉しい!やはりこの人はこちらの味方になってくれる人だ。さっきの嫌みんとは違う。


「自分で選んで死んでしまっては睦月が困りますから。」


前言撤回どんだげあの所長さんが好きなんだこの人は。っていうか死ぬ可能性あんの?


「……そうですね。分かりました。ありがとうございます。」

「では、今日はもう終わりなので明日から頑張りましょ!」

「はい。じゃあよろしくお願いします。」


俺は立ち上がると深々とお辞儀をして事務所を、後にした。サラスさんは出口のところまで着いてきてくれて手を振ってくれた。



〈閑話〉


『サラス、あいつは帰ったか。』


『ええ。帰りましたよ。』


『久々に騒がしくなるな。』


『睦月はあの子どう思うの?』


『高校生だから嫌いだ。』


『そんなこと言って意外と楽しんでるくせに。』


『まあ、普通の人間は久々だからな。』


『やっていけるかしら。』


『まあ、無理だろ。』


『本気でそう思ってる?』


『さあな。』






それから俺は本屋に立ち寄りとりあえずチェスの本を買い家路に着いた。事務所が町中にあったので普段学校から帰るのと余り変わらなかったがその日の事を反芻しながら帰ったので直ぐに家に着いたような錯覚を覚えた。最初の帰宅の時点ではこんな予定ではなかった。ここでサクラちゃんが迷子になっていたんだな。思い出してなんとなく笑ってしまった。辺りも暗くなり始めていたが一人暮らしの、俺にはあまり関係なかった。

家につくとポストを確認して中に入った。夕飯は昨日の残りのカレーがあったはずなので温め直して食べ早々とご飯を済ませ自分部屋に入った。

とりあえずチェスの勉強をしてみたが初日では駒の動き方を覚えるので精一杯だった。しかし、一通り目を通して駒の動きさえ分かればある程度戦えると判断しそこに絞ることにした。


「ふーっ一旦休憩かな。」


一段落してベッドに横たわると途端に強烈な睡魔に襲われた。眠りに落ちるのに時間は掛からなかったが直前、サラスさんの一言が頭をよぎった。


「今、見える世界が全てだとは限りません。見えない世界を受け入れてこそ世界は見えます。か。」


その言葉の意味を考えるより先に俺は眠りに落ちた。






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