こんな方々と働けます?
「……ストーカー?」
「いやいや、違うから。」
唐突の一言に不意討ちを食らった。
仕事を終えた帰り道、ちゃんと帰れるのか心配でなんとなく着いてきたのだが、確かに今日会ったのにここまでついてくると怪しいと思われても仕方がないのかも。
これがストーカーの始まり?いやいや!そんな訳ない。でも君が心配でなんてもっと怪しまれる?
帰れるって言ってるし。そこで俺は鞄に帰り道で貰ったフリーペーパーを思い出しておもむろに取り出した。
「そうそう、俺さ。バイト探してるんだよ。ほらこれ見ててさ。なかなかいいのが無いんだよ~それでさ、今日のサクラちゃん見てて何でも屋良さそうだなあと思って。人も探してるみたいだし、バイト見学みたいな?そんでもってこのまま着いていって申し込みもしちゃおうかなと思ってさ。あははは……」
……かなり苦しい言い訳だったかな。焦って喋りすぎたか。しかしサクラちゃんは真っ黒な瞳でじっとこちらを見て何か考えているようだった。
そして、
「……分かった。事務所まで行く。」
ふう。なんとか納得してくれた。
犯罪者扱いは勘弁である。騒がれようもんなら狭い町の情報網だ、1日もあれば噂は町を駆け巡り俺は明日から白い目で見られることが目に浮かぶ。最悪の事態である。
さっさと話題を切り替えていこう。
「それで事務所はどこにあるの?」
「……ここ。」
「これって……」
そう言ってサクラちゃんが見せてくれた名刺に書いてある住所は今歩いている方向とは完全に逆の方向だった。
それから約一時間位だろうか、ことごとく道を間違いもしかしたら俺を道に迷わせようと故意にしているのではないかと思わせる彼女のパフォーマンスはもはや称賛の域に達するものだった。ある時は家の塀を登ろうとし、またある時は家と家の間の狭い隙間から抜けようというまさに猫の様な行動パターンであった。
これは道路を歩く方法を教えるのが先ではないだろうか。
「……ここ。」
「やっと着いた。よね?」
たどり着いた場所は意外にも町中だった。最寄り駅である岩湊駅から歩いて約10分大通りから二つほど中に入った場所にある雑居ビルだった。外は至って普通の雑居ビルで一階は駐車場とエレベーターのみで二階からオフィスになっているようだ。看板のようなものもなく道を歩いていてら絶対に気がつかなかっただろう。
俺はサクラちゃんの後ろにしっかり付いて階段を登りビルに入った。入って直ぐ右側に事務所の入口があった。
「来てしまった。」
少しの後悔と緊張を抱えながらサクラちゃんの後にはいった。
「……ただいま。」
「お邪魔しまーす。えっ?」
「サクラお帰り。今日はいつもより早い帰りね。お疲れ様。あら、後ろの方はお客様?」
事務所の中は想像を遥かに越えた空間だった。部屋自体はそこまで広い訳ではないが部屋全体か西洋調のに統一されていた。そして奥の机には見たことのないような美人がいた。長身で髪はボブで赤みがかかっており赤い瞳の欧風の美人顔。ブラウスの上に黒のスーツのパンツスタイルをスレンダーに着こなしているが一切隠す気のない激しい主張をする強力な胸。この町にこんな怪物がいたとは。
「まだまだ世界は広いということか。くらくらするぜ。」
「いらっしゃいませ。ご依頼でしょうか?」
にこやかな笑顔と激しく胸わ揺さぶりながらお姉さんいや、お姉様が問いかけてきた。
「……ここに入りたいんだって。」
俺が答えるより先にサクラちゃんが答えた。
「そうなんですよ。俺……いや、僕はアルバイトの募集を見ましてぜひここで働きたいなと思いまして、先ほどまでサクラさんの働きぶりを見学させてもらってたんです。それでご一緒させてもらいました。僕を働かせていただけませんでしょうか?」
あまり敬語慣れはしていないが、丁寧には話せたと思う。こういうのは第一印象が重要に違いない。それにこんな色んな意味で立派な人だこの人が所長に違いない。
「そうですか。分かりました。では只今所長に確認を取りますので少々お待ち下さい」
あっ、違うんだ。
そういうとお姉さんはポケットから携帯を取り出してどこかへ電話を掛けた。恐らくさっき言ってた所長だろう。こちらをチラチラ見ながら何かを話している。そして電話を切りこちらを見ると
「所長が会ってみるそうですので上の階の応接室にご案内いたしますのでこちらにどうぞ。そうそうサクラはお休みしてて。」
「……うん。」
お姉さんに促されるとサクラちゃんは側のソファーに頭から飛び込み丸くなっていた。二三人はゆったりと座れそうなソファーでごろごろとしていた。
「申し遅れました。私この何でも屋新月で秘書をしております。サラスと申します。」
「どっどうも、栗原章太郎と申します。本日はお日柄も良く……」
「ふっふっ。私の前では緊張しないでいいですよ。」
手の上では転がされるとはこの事だろうか。全ての血液が顔に集中したように熱くなった。美人に弱いんだろうな俺……
サラスさんの案内で階段を上がり応接室へ向かった。
「あのー、僕突然来ちゃったんですけど迷惑じゃなかったですか?」
「いえいえ、私はそんな事はないですよ。所長は正直分かりませんけど。」
「やっぱり。あのー所長さんてどんなひとなんですか?こういう仕事してる人だからやっぱりがつがつしてストイックな感じですかね?」
「ふっふっ。そんなことはないですよ。所長はとても素敵で可愛い方です。皆が所長には感謝してます。でも少し手間が掛かるところがありますが、そこがまた可愛いところです。」
サラスさんが目をキラキラさせて語っていた。話す内容から想像するに所長なる人は女性なのだろうか。テレビで見た印象からこういう仕事はガチッとした体格の男の人が多いとイメージしていたが今まで会ったのがサクラちゃんとサラスさんという女性しかも美女揃いということで大分イメージがいい意味で崩壊していた。
「こちらが応接室です。どうぞ。」
そう言って通された部屋は先ほどとは全然違う内装だった。さっきは西洋調家具で統一され豪華な感じだったがこの部屋はなんというかその……
「サラスさん。この部屋すごいですね……」
「そうなんですよ。こちらのお部屋は所長の希望で任侠映画を参考に作られてるんですよ。所長曰く『応接室といえば入った瞬間に空気がピリッとしないと!』だそうです。本当に所長は素敵ですよね。」
今の話のどこに所長さんの素敵さが滲み出ていたのだろう。見た目と所作に惑わされていたがこのサラスさんもなかなか尖った方なのではないだろうか。
「では、栗原さんこちらにお座り下さい。」
サラスさんに促され革張りのソファーに腰を下ろすと
「では、少々お待ち下さい。その間こちらのアンケートを書いておいて頂いてよろしいでしょうか。」
「はい。分かりました。」
そう言ってサラスさんはアンケート用紙をくれるとお辞儀をして静かに応接室を後にした。凄まじくキレイなお辞儀と後ろ姿に少し見とれてしまった。やはりあの人はクオリティーが高いな。
待っている時間やはり気になるのはこの応接室の内装だった。床は真っ赤な絨毯、革張りのソファーが漆塗りのテーブルを挟んで二つ。壁には強面の方々の写真。そして極めつけは奥にある鎧兜と二本の日本刀。全てのものが高価に見え触れて壊したらという恐怖心から目だけでこれらのものを追った。
「見れば見るほどだな。そうだ、アンケートしっかり書かないと。」
半分以上勢いで来たがここまで来たら頑張ろう。
どれどれまずは、名前を書いてと……職業はと高校生、年齢15歳、運動経験は元陸上部でしたと。持ってる免許?まあ、高校生なんでなしっと。次は…出来る遊戯を次の中から選れべと。何の関係があるんだろ?まあ、いいか。選択肢は将棋と囲碁は昔じいちゃんに教わった。オセロもできるな。チェスと麻雀はルールが分かんないな。人生ゲームはテレビゲームでやったことあるから大丈夫と。よしっ次。あなたは幽霊、妖怪などを信じますか?うーん。ホラー映画とかは見るし、お化け屋敷とかも大丈夫だけど信じてはいないかな。この科学の世の中でお化けとか言われてもなあ、無理だろ。次はとこれで最後か…あなたは自分の町をどう思いますかか。これは……………
コンコン。
「はい。」
不意のノックに返事した。恐らく所長と名乗る人だろう。
「なっ。」
ガチャっと扉が開きそこから入ってきたのは銀髪の長い髪をした女性だった。その銀髪はおしりの辺りまで伸びており何故か服装は上下赤のジャージ姿だった……しかも圧倒的に体のサイズがお子様だった。サクラちゃんも小さいがもっと小さい。幾つだよ?
「おい。お前!今私を見てなんだと思った?怒らないからいってみな。さあ、さあ、」
目が合うなりいきなり距離を詰められて尋問された。
「いや、特に何も!とてもキレイな髪だなあと。あと所長様というだけあって威圧感が半端ないなと思いました!」
かなり強めの口調で攻めこんでくるが見た目が見た目なので威力は半減だ。
「おい。今見た目がショボいから怖くないって思ったろ。」
この人はエスパーかよ。
「いえ、滅相もございません。」
あたふたしていると再び扉をノックする音がしてサラスさんが入ってきた。
「失礼いたします。お茶をお持ち……睦月、また暴れてるんですか?」
お茶を持ってきてくれたサラスさんが目の前の暴れ狂う暴君に声をかけた。
「いや、こいつがな。私のことをバカにするから……」
「…………そうなんですか?お客様?」
ん?雲行きが怪しい&サラスさんの目が怖い。これままではまずい!
「いえ、誤解です。あまりにも所長さんがキレイなので(髪が)見とれてたのです。」
「そうですがよね♪そうですよね♪睦月は可愛いし、キレイだから見とれますよね。バカにするなんて死にたいと言っているのと同じですよね。睦月。お客様がそう言ってますよ。あなたの気のせいじゃないですか?あなたをバカにするそんな身の程知らずいませんよ。」
「ん?そうなのか?まあそう言うことにしてやる。」
所長は納得するとソファーにどかっと座り直した。ふーやっと治まってくれた。
「ん?お前今どうにかなったと思ったか?」
「…………え?」
「いやいや、思ってないです!思ってないです!
! サラスさんも落ちて下さい。」
これ、ミスると死ぬのか?所長さんよりサラスさんが怖ええ!
「うふふふ。失礼致しました。お茶です。良かったらどうぞ。」
正常に戻ったサラスさんが俺と所長さんにお茶を出してくれた。俺も座りとりあえず一息つこう。
「うわ、このお茶美味しい。」
「そうだろ、そうだろ。何てったってサラスは茶鑑定士だからな。」
所長さんが自慢げに言ってきた。
「すごいですね。お茶屋さんか何かをやっていたのですか?」
「いえいえ、私は睦月の秘書ですので必要なスキルですのよ」
「あー、そうなんですか。」
……そうなのか?
「他にも秘書をするために秘書検定、 ビジネスマナー検定、ビジネス文章検定、ビジネス電話検定なんかも取ってますよ。」
「本当に凄いですね。」
「まあな。サラスは200くらい資格持ってるからな。」
……分かった。聞いたことある。きっと資格マニアなんだ。サラスさんて所長さん大好きの資格マニアなんだな。
「睦月~誉めても何も出ませんよ~♥」
「ん?誉めてないぞ。」
「そんな~♪」
…………なんか蚊帳の外?俺は負けない!
「あの~そろそら面接始めて貰ってよろしいでしょうか?」
「おっそうか。じゃあ始めるか。」
「では、私は失礼いたします。」
サラスさんも退出し、いよいよ面接が始まった。




