一方では
突然のサクラちゃんパートです。
氏は『うじ』と読んでください。
賽は投げられたといったところじゃろうか。章太郎がハーピーの小娘に連れていかれて直ぐにサクラは追いかけることにしたのじゃ。足手まといになるかと思ったんじゃが道案内のためにカミナ氏にも同行をお願いすることにした。氏は章太郎のことを心配しておったようじゃ。まあ、そうじゃろ。なんせ最初の打ち合わせでは全く違ったのじゃから。
「さてどう説明したものか。しかし森の中は歩きにくいの。」
「そりゃほとんど手付かずの場所です。足元が悪いのもとうぜんですよ。」
先を行くカミナ氏が木の根を跨ぎながら言うた。流石に狐なだけあってこういうところを歩くのは平気なようじゃ。まあ、サクラは道案内を受けておるから付いていっておるがもう少し早く行けるがの。
「ところで先程の話はどういう事です?」
「何がじゃ?」
カミナ氏は顔には出さんようじゃが先程のことを案じておるようじゃ……じゃが。
「ですから大丈夫だという話ですよ。最初の打ち合わせでは章太郎さんを囮にハーピーを呼び出して出てきたところをサクラさんが射止めるというお話でした。」
「そうじゃ。だからそうしたじゃろ。」
そう。最初はそう話しておいた。
「しかし、作戦は失敗でした。章太郎さんは拐われる結果となりました。本来ならピンチのはずです。なのに貴女は今でも余裕な感じです。現に今でも焦っている様子もありません。既に章太郎さんを見失っているのですよ。もし彼がハーピーに食べられでもしたらどうするんですか?」
至極全うな疑問じゃ。これが普通の見解になるじゃろう。全う過ぎて嬉しくなってくる。
「だからどこから話すか迷っておったのじゃ。全部に説明が必要じゃからの。」
「と申しますと?」
「要はこの作戦自体が嘘っぱちだったのじゃ。章太郎もカミナ氏もこのサクラに嵌められたのじゃ。」
「嵌められた?」
カミナ氏が意味が分からないといった様子でこちらを見ておる。
そのせいで歩く足も鈍っておった。まあ、当然に違いない。
「そう。まずは騙すなら味方からと言うじゃろ。だからサクラはまず嘘の作戦を流したのじゃ。敵を誘きだし射止めるという誰もが納得する作戦をな。」
「何故そんなことを?」
「この事件は氏が相談に来たときから十中八九他種族によるものだと睦月も言っておった。サクラもそう思った。」
「はい。」
「ほら、足を緩めず行くのじゃ。」
「あっすみません。」
カミナ氏の足は考えを巡らせているせいか大分遅くなっていた。流石に急かさんとな。
「だが、一つだけ他の可能性があった。それは内部の犯行じゃ。結界の外からの侵入は防げるが中からなら畑は荒らしたい放題じゃ。」
横目でカミナ氏を見ながらわざとニヤリと笑ってやった。これは完全に誘い笑いじゃ。
「内部とは?どういう事ですか!?まさか集落にした者がいると?」
「まあ、可能性だけだがの。だって揉めておるんじゃろ?」
「確かにそうですが。」
カミナ氏が気まずそうに目をそらした。この集落は最近揉めているというのは事前に聞いていたからの。心当たりでもあるのかもしれん。
「さしあたってあの村の古いものたちといったところか。」
「サクラさん知っていたのですか?」
「いや、知らんの。がしかしあの入った瞬間の集落の空気。歓迎するかといった感じじゃ。そして大抵は揉めるのは穏健派と改革派じゃ。そして氏は改革派じや。必然的に穏健派が敵。要は昔のしきたり、やり方を変えたくない古い連中じゃ。」
「しかし、現場には章太郎さんの見つけた爪のあとなんかもあったじゃないですか。」
「そう。じゃから敢えてのってみた。何かボロが出るかもしれん。氏は分からんかもしれんが鳥が木の枝に留まるのにあんなに爪が食い込むくらいがっしり捕まる必要はない。じゃからより怪しいと睨んだ。がしかし本当にハーピーが来た。現物を呼んでしまったらもはや誰もが信じてしまうだろう。むしろよい結果になっておる。」
「なら一体どうやって?」
「それはあのハーピーに聞いてから進める話じゃ。恐らくやつがヒントをくれるじゃろう。因みにこの作戦のことを言わなかったのはどこから秘密が漏れるか分からんからじゃ。狐なら小さい術なら組める者もおるやもしれん。壁に耳あり障子に目ありってやつじゃ。」
「なるほど。しかし何故このような畑荒らしなんて小さな小細工できたのでしょう?やるならやり方はもっとあるはずです。」
「それこそ簡単な話じゃ。皆の根幹にあるものを呼び覚ませばいいだけだからの。」
「根幹?」
そう。この集落の根っこの部分をな。
「元々は閉鎖的なこの集落が外へ出ようとしたのは何故じゃ?」
「それは…………外からのより良いものを取り込むためです。」
「それが良くなかったらどうする?」
「…………。」
カミナ氏は困惑したようじゃった。恐らく今まで耳にタコができるくらい議論された。話なのだろう。
「外からのものが怖い。悪いと思わせてしまえば改革派の中でも寝返る者がでるやもしれん。最初は一人でも後に二人、三人と増えれば結果は分かろう。じゃから今回は外からの仕業に見えるようにした。恐らく何処からハーピーが最近起こしている事件をきいたりしたのじゃろ。現に氏は引っ掛かっておるしな。」
睦月はその辺はしっかりと調べておったがの。
「しかし、証拠が無さすぎます。サクラさんの言っている事は全て想像です。」
カミナ氏は必死に弁解をしておる。まあ、仲間がそんな事をするのは誰もが信じたくないからの。
「だから、それをハーピーに聞くのじゃ。奴の一言で全てが分かる。じゃからもう少しまってくれぬか?」
「分かりました。そちらは一旦待ちましょう。では章太郎さんが大丈夫という根拠は?」
分かったと言いながら納得はしていないようじゃ。やはりさっきの内部犯行が気になるのだろう。これは本格的じゃな。
「それは単純じゃ。ハーピーの習性じゃ。」
「習性?」
「そう。奴が何故突然ここに来たのか分かるか?」
「ええと、食料の調達では?」
「それなら生まれたところでやればよい。」
「確かに……では何故?」
そう。これが今の狐族の弱点の一つじゃ。他の種族の知識が乏しいことだ。ハーピーは比較的マイナーな種族であり最近はこの辺りでも見る頻度は増えてきた。がしかし閉鎖的なこの狐族は外からの者を拒絶した結果こういった基本的知識にも乏しいのじゃ。
「それはの…………婿探しじゃ。」
「婿とは…………結婚相手ですか?」
「そう。ハーピーという種族は何故だかメスしかおらん。だから奴等は生まれてある程度経つと婿を探しに旅に出るのじゃ。じゃがなかなか上手くいかず色々な所を旅する者も多いと聞く。古来からよく人間を捕まえて相手にしていたようじゃ。じゃから章太郎を拐ったのじゃろ。まさにうってつけじゃ。」
「なるほど、でしたら章太郎さんが食料になってしまうことはないんですね。」
「じゃからといって時間がかかると章太郎が婿として大事なものを失ってしまいそうじゃ。じゃから急ぐぞ。」
まあ、初めてがハーピーってのも面白いんじゃがの。
「しかし、どうやって章太郎さんを見つけるのです?」
「それも手はうっておる。発信器じゃ。」
そう言ってサクラは髭をピンと弾き鼻をヒクヒクとさせた。
「どれが発信器なんです?」
「じゃからこれじゃ。」
全く分からんやつめがもう一度同じように髭をピンと弾き鼻をヒクヒクとさせた。
「…………?」
「もー分からんかの。髭と鼻じゃ。」
「?それでどうするんです?」
まだ氏は分かっていないようじゃった。無理もないかの。狐には分かるまい。なんせこの素晴らしき香りまるで媚薬のように脳へと届き快感を与えてくれるこの神の与えし産物を。
「章太郎にはマタタビの枝を渡しておる。サクラ用の特別なものじゃ。それをこの髭と鼻で感じ取れるのじゃ。」
「そんなに分かるものなんですか?マタタビって。」
「あれは特別じゃからの。一時間経っても通り道がわかるぞ。少しルートがずれたの。あっちじゃ。この先は何がある?」
方向が少しずれてそのあと動きがなくなったかのように感じた。もしかすると何処かに降りたのかもしれない。そこが現在の巣の可能性がある。
「この先は確か…………高い崖があります。」
「そうか崖か。なるほど巣を作るにはもってこいの場所じゃ。案内せい。」
「はい。」
いよいよ目的地が見えてきたかの。さあ急がんと章太郎が大人の階段を無理矢理登らされてしまう。