犯人探し
長い石階段を登った先にあった景色はやはり俺の知らない世界だった。石階段を登ると深い森の中に出た。そこから一本道を進んでいくとそこには周りをぐるっと策に囲まれた集落があった。間違いなくここが件の狐族の集落であろう。集落自体はそれほど大きいものではないようだ。入り口にはカミナさんであろうか一人?いや、一頭の狐が立っていた。
「お待ちしておりました。お二人とも。」
やはりカミナさんに違いなかった。事務所で会った時とは異なり見た目は完全に狐となっていて甚平のような衣服を着ている。ぱっと見るとなかなか分からないがよく見ると顔の形や雰囲気が事務所で話した時と一致する。
「こんにちは。カミナさん。今日はお願いします。」
「よろしく頼むのう。」
挨拶も早々に俺達は族長であるカミナさんの家に通されることになった。最初に荒らされた畑はカミナさんの家の裏手にあるらしいのだ。集落の中はテレビで見た江戸時代の農村のような作りになっていた。族長であるカミナさんの家が一番奥にありそこへの通り道を中心に左右に幾つかの家が連なっていた。狐族の家は茅葺きの屋根を持つ木造の家で俺のイメージにぴったりの家だった。
「しかし、それにしても今日は皆さんいないんですか?」
集落の中を歩いているが住民のいる様子がなく静まりかえっていた。
「いや…………この…………これは。」
「よく見ろみな。みなおる。」
言いづらそうなカミナさんにサクラちゃんが被せてきた。確かにしんと静かではあるがいないわけではないようだ。なんとなく気配は感じる。
「まあ、仕方がないのお。外とあまり関わりを持ちたくない種族の中に余所者が入ってきたんじゃから。まあ、そういう奴等なんじゃ気にせず行くぞ。」
「すみません……。」
サクラちゃんがさらっと言ってのけた。カミナさんが申し訳なさそうに一言言ったが本来の姿はこんなものなのかもしれない。自分達の集落を作り内輪の中で生活していく。外からの部外者との関わりは外だけにするため必要な時だけ外面の仮面を着けて表世界を歩き用事を済ます。これがこの集落の日常なのだろう。
「こちらが私の家です。」
そんな事を考えているとカミナさんの家に着いた。カミナさん宅は族長という肩書きの割には他の家とあまり代わりがなく外観は同じように見えた。
「族長なのにあまり他の家と変わらないんですね。」
「そうですね。狐族は長は決めますがだからといってそこまでの特別な扱いはされません。代表というだけです。皆で力を合わせて作った集落ですから…………。」
ここまでになるのにも苦労があったのだろか、しみじみとカミナさんが答えた。やはり外に閉鎖的な分中の団結力というのは強固なものになるのだろうか?
「すまんが先にその荒らされた現場を見せて貰ってもいいかの?」
「ええ。分かりました。こちらです。」
サクラちゃんの提案で先に畑を見せてもらうことにした。その畑はカミナ邸から約10分程の所にあり集落の柵の内側にあった。俺達に見せるためだろうか畑は荒らされたままの状態だった。
「ひどいですね。作物が根こそぎやられてる。」
「ええ。こちらを見てください。足跡です。」
カミナさんの指差した方を見ると足跡らしきものがあったがだいぶ激しく動いたのか分かりにくい部分がほとんどだ。しかし、不思議なことに畑の荒らされている部分にしか足跡はなかった。他は消したのかな?俺は一応写メを取ることにした。何だか探偵みたいだ。一方のサクラちゃんは一頻り見てまわった後に足跡に手を当てていた。
「サクラちゃん、何をしてるんだい?」
「痕跡を探しておる。感じ取れれば正体がわかるんじゃが…………。」
「流石サクラちゃん完全体。そんなことまで出来んの?」
「ちょっとばっかしこの類いのことは得意での。少し時間をくれ。」
喋り方がちょっとあれだが実力は本物のようだ邪魔しても悪いのでその間に他を見よう。俺はサクラちゃんが痕跡を探している間カミナさんと結界を見に行くことにした。結界は柵の側の木々にお札のようなものが張ってあった。
「カミナさん。これって俺が触ったりしても大丈夫ですか?」
「ええ。札の張ってある木を柵に対して外側にでなければ大丈夫です。」
「分かりました。」
「ちなみにお聞きしたいんですけどこの結界はどの程度の下級種族に利くんですか?」
「この結界は基本的には獣避けなので知識の低いもの位にしか効能はないです。畑を守るためですので。」
「なるほど。」
俺は木に登り、側でお札を見てみることにした。もしかしたら小さな細工があるかもしれないからだ。木登りは散々小さい頃やってたから自信があった。五分ほどで登った俺は太い枝に座りお札を確認した。破れたりはしていないようで効力はよく分からなかったが特に気になることはなかった。俺は木を降りるために腰を上げた。
「ん?何だこれ?」
俺はそこで自分の座っていた木の枝に傷痕があるのを見つけた。
遠くからではわからないが何か引っ掻いたような跡と爪の様なものが食い込んだ跡だった。これはヒントになるかもと俺はまた写メった。
サクラちゃんと合流するために畑に戻るともう作業が終わったのだろうかサクラちゃんが畑の畔で日向ぼっこをしていた。こんな状況でも気楽なもんだ。
「戻ったかの。そちらはどうじゃった?成果はあったか?」
毛延びをしながらサクラちゃんが聞いてきた。俺はさっきカミナさんと結界を見て来たことと写メを見せた。サクラちゃんはふむふむと聞いていた。
「ところでそちらはどう?痕跡を探すって言ってたけど見つけることは出来た?」
「ふむ。それなんだがの…………実は感じ取れなかったんじゃ。サクラの知っている痕跡はな。」
「サクラちゃんの知っている?ということは何かは拾えたんだね?」
「まあの。」
サクラちゃんは得意げに小さな胸をはった。喋り方がこんなんだから分かりにくいが意外と性格は子供っぽいのかもしれない。そして俺の写メを改めて見ていた。
「とりあえず戻って作戦会議と行くか。そこでサクラの考えを話そう。さあて交渉じゃ、交渉じゃ。畑を荒らさないようにお引き取り願わんと。」
サクラちゃんがとても楽しそうだった。俺はまだ今一分からないことが多かったがこの後分かることだろう。ただサクラちゃんの知らない痕跡というのがとても引っ掛かった。
俺達は改めてカミナさん宅に招き入れられた。外観同様に室内も昔ながらの日本家屋とりあえずといった感じでなんかとても懐かしい感じがした。俺達はいわゆる客間のような場所に案内され一旦休憩を取ることにした。カミナさんは一旦別件で外さなければいかないとの事で今はいない。
「うーん。やはり慣れないことは疲れるなしかもなかなかの長丁場になってきたし。」
畳に胡座をかき俺はおもいっきり背伸びをして首の骨を鳴らした。親からはよく首の骨を鳴らすなと怒られるのだがもはや癖になっており止める事が出来ない。横を見るとサクラちゃんは座布団の上に乗り猫のように丸まっていた。黒の巫女装束なのに丸まっていてなんだか不思議な光景だった。
「巫女装束でそれって苦しくない?」
俺は思わず聞いてしまった。
「畳と座布団とこの空気最高にやー。この巫女装束は動き安く出来ておる。ほれ。」
そう言うとサクラちゃんは巫女装束の下半身部分をパタパタさせてみせた。語尾が今度は猫化しているしなんだか見えてしまいそうな光景だしで俺は直視出来なかった。
「そろそろさっきの続きをしても?」
俺は話を切り替えて逃れることにした。
「なんじゃそう焦るな。それともおなごと二人きりは気まずいか?このうぶめが。」
「なっ!違うよ。俺は仕事着の話をだな…………。」
「可愛いにやー。うりうり。うりうり。」
サクラちゃんが俺の側に這い寄り猫パンチのような仕草をしてくる。これはかなりまずい。最初の彼女からは想像もつかないキャラだがわざとか?素なのか?一つ言えるのはかなり可愛いことだけは間違いない。俺は危険と衝動から即座に逃げるを選択することにした。
「逃げるのか?弱虫めが。」
「違いますー俺は真面目な話がしたいんですー。」
かなり子供っぽい言い訳になったがとりあえず話を元に戻せそうだ。俺は少し離れて改めた座り直した。
「で?結論はどうなんだ?」
「ん。さっきも言ったが犯人はここら辺の奴ではない。恐らくはこちらに移ってきた奴じゃ。」
「それはさっき感じてた痕跡が根拠?」
「まあの。サクラは日本古来の種族はかなり精通しておるがその類いではないということは恐らく西から来た奴等じゃ」
「西というといわゆる西洋の種族ってこと?」
「そう。幻獣じゃ。」
「幻獣…………。」
ゲームとかで出てくるイメージしかないがユニコーンとかケンタウロスとかそんな感じか?
「でも幻獣っていうとなんか俺のイメージだと人間とかと意志疎通が出来るくらい知能が高いイメージだからこんな畑荒らしなんてしないんじゃ。」
「そう。そこが手掛かりなんじゃ。幻獣だからといって皆が皆知能が高い訳ではない。そこからまた絞り混む。」
絞り混むといってもそういったものに対する知識の疎い俺には全然分からない。完全にサクラちゃん任せだ。これは帰ったら速攻で勉強しないといけないな。
「そして最後のヒントが章太郎の写メじゃ。」
「俺の?」
「うむ。木の枝にの写メがあったろう。見せてみい。」
「これ?」
俺は写メを見せた。あの結界の札が張ってあった枝だ。引っ掻いたような跡と枝に爪のようなものが食い込んだ跡だ。
「この写メから何をイメージする?」
「うーん。引っ掻いたのは目印かな?爪の食い込みはここに何かがいたってこと?」
「そう。更にはこの枝は木の比較的高い所にあったんじゃろ?ということは考えられるのは2つ。犯人も木を登ったか、もしくは…………。」
「もしくは?」
「降り立ったかじゃ。」
なるほど、空からか。それなら色々納得が行く罠が一切効果がないこと、畑の周りに足跡がないこと、全部空からくれば関係ない。
「しかし、飛べて爪が鋭くて知能のが高くない幻獣って何?」
「それはな…………ハーピーじゃ。」
「ハーピー?」
「ああ。頭と胸が人間で他が鳥の幻獣じゃ。奴等は海沿いを好んで生活しておる。そして他人の食事を奪いとって食事の邪魔をするなんて話も聞いたことがある。野蛮な行動も見られるらしい。」
なるほど見事なまでに今回の被害と一致する。確信を着いた答えだろう。流石は完全体サクラちゃんだ。
「分かった。で?そんな空からの相手にどうやってお引き取り願おうっての?」
「うん。それはの…………。」
「失礼します。」
サクラちゃんが作戦を言おうと俺に近づいた丁度その時、カミナさんか帰って来たらしく客間に入ってきた。
「お待たせしてすみません。どうですか?休めてますか?」
「あっはい。とても快適です。」
俺は咄嗟に正座に直して向き直った。サクラちゃんはそのままだった。
「それは良かった。ほら、挨拶なさい。」
カミナさんに促されて入ってきたのは小さな子狐だった。
「こんにちは。僕はシズクです。」
「おっ、シズクって言うのか俺は章太郎よろしくな。」
「サクラじゃ。」
小さいのにしっかりとした挨拶のできる子だ。と同時に顔を見て俺はなんとなく見覚えを感じた。
「ん?シズク。どっかで会ったか?」
「はい。前にボールを拾ってもらいました。」
思い出した。サクラちゃんと初めて会った時の話だ。犬の散歩中にあった川にボールを落としたあの子か。なんという偶然だ。
「あの時はありがとうございました。」
「おうおう。しっかりとした子じゃ。はて立派な服を着ておるのう。何かあったのか?」
確かにシズクは七五三のような服装をしていた。カミナさんが甚平なのでだいぶ立派だ。
「はい。もうすぐ狐の嫁入りがあるんです。」
カミナさんが答えてくれた。こんな小さいのに?
「狐の嫁入りってこの子が嫁ですか?」
「いえいえ、狐の嫁入りといっても本当に嫁に行く訳ではありません。集落に昔からある風習です。小さい子どもを主役にして行列を作り歩くんです。そうすると雨が降り豊作になると言われています。」
「なるほど、豊作を願ったお祭りみたいなもんですね。それはいつやるんですか?」
「それが…………明日の夜なんです。それで畑荒らしなんてのが出てるのでこっちに被害が出ないか心配なんです。」
なるほど。確かに行列中に来たら大事件では済まされない。被害も出るだろう。
「それに関してはこちらに任せて下さい。犯人はだいたい分かりました。作戦もほぼ出来てます。」
「そうですか。ありがとうございます。お願いします。」
カミナさんが頭を下げた。それを見てシズクも同じく頭を下げていた。本当にしっかりとした子だ。まあ、作戦はサクラちゃん任せだしまだ聞いてないけど。
「その狐の嫁入りってサクラたちも見れるのかや?」
「そうですね。俺も見たいです。」
サクラちゃんにしてはいいことを聞く。確かに見てみたい。
「あの…………なんというか…………まだ割れてる状況です。」
「割れてる?」
「そうです。これを機に外からの種族に見てもらって交流を図ろうとするものと内輪のみでやろうというものがいまして……。」
歯切れの悪い感じだ。恐らく後者の方が優勢なのだろう。来たときの外の雰囲気を見れば一目瞭然だ。
「うむ。残念じゃの。」
サクラちゃんも悟っているようで残念がっていた。
「でも、お二人は今回の事件を治めたてくれれば皆も特別に参加を認めてくれるかもしれません。」
「マジすか?やりー!サクラちゃん頑張ろーぜ!」
「そうじゃの頑張らんとの。」
特別報酬も出そうだしよりやる気が出た。ところで…………
「そういえばサクラちゃん。さっき言いかけたけど作戦てどんなの?」
聞きそびれていた。するとサクラちゃんは急に満面の笑みを浮かべていた。物凄く嫌な予感しかしない。
「そうじゃ作戦な。章太郎が頑張る作戦な。それはな…………。」
彼女の立てた作戦は文字通り俺が頑張る作戦だった。




