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時給:ゼロ~プライスレス  作者: 支倉正
10/21

依頼主は

「失礼いたします。」


3階の応接室に来た俺たちはサラスさんがノックし先に入った。その後に睦月さん、俺の順番で部屋の中に入った。中は相変わらずの内装で応接室のソファーには依頼主なのだろうか中年くらいの男性が座っていた。


「では紹介します。こちらが所長の睦月と栗原です。」

「どうもー。」

「ど、どうも。」



サラスさんが睦月さんと俺を紹介してくれた。睦月さんはいつも通りの軽い感じで挨拶していたが取り敢えず俺は最初は目立たないでおこうと静かに挨拶をすることにした。

所長は依頼主のおじさんの正面に座ったので俺も隣に座ることにした。サラスさんは扉の側に立ったままでいた。


「では、早速本題に入りますか。今回の依頼は?」


手慣れた様子で睦月さんが話を聞き始めた流石に仕事となると真面目になるのだろうか先ほどまでの軽い感じがなくなっているように思える。


「はい。実は今回なんですが害獣駆除をお願いしたいのです。」

「害獣駆除ですか?」

「はい。最初は畑荒らしだったのですが最近被害が悪化しておりまして…………。」


害獣駆除?なんだろうか。そういえば最近テレビでよくイノシシとかクマとかが畑を荒らしたり人里に降りてくるなんてのを見たことがある。でも、この町でそんな話は聞いたことがないな。田舎過ぎてニュースにも取り上げられないのか?


「で?何が降りてきてますか?」

「いや、それがですね。何か分からないんです。」

「分からない?足跡とかありませんか?」

「あるにはあるんですが如何せん私達は閉鎖的でして他種族の事には疎くて……。」


依頼主が頭をポリポリかいて苦笑いで答えた。ん?他種族?もしや…………。


「睦月さんもしかして…………この人って。」

「ん?章太郎は気づいて無かったのか?この人は狐だぞ。」

「えーと?狐ってあの?」


一種のおなりさん的なやつだろう。参った。全然気づいてなかった。俺は頭を掻くばかりだった。


「そうなんです。章太郎さんでしたな。初めまして。狐族のカミナと申します。これでも族長をやっております。以後お見知りおきを。」

「あっはい。よろしくお願いします。」


ずいぶんお偉いさんなのだろうか。族長って言うくらいだもんな。でも睦月さんとは知り合いなのかな?そんな雰囲気があるけど。しかし狐ということは…………。


「まさか睦月さんこれって裏世界の仕事ですか?」

「まーそうなるかな。」


睦月さんはさらっと答えた。こんな簡単でいいのだろうか。


「それにしても何で狐族の集落に害獣が?」


睦月さんがカミナさんに聞いた。あまりない事柄なのだろうか?


「それって珍しいんですか?」

「まあな、狐族は元来とてもあまり力はないが知識豊富な種族なんだよ。だからあまりこういう被害は受けにくいんだ。自分達でなんとかしちゃうからね。」


睦月さんが答えてくれた。確かに神社とかでも奉られてるから神聖な感じがする。そういうところだろうか。


「そうなんですよ。私達はある程度の下級な妖怪なら自分達でなんとか出来たのですが最近はちょっと話が違うようでして相手も非常に知能が高いようなんです。」

「ということは他種族の仕業かな。」

「やはり…………そうですか。」


二人で確認しあっているようだか要は狐族の集落に何者かが侵入してきているとだがその何者かが分からないという状況か。


「このままですと集落の人々に被害が出ないと申します限らないので非常に心配しております。ですので新月さんにお願いしようということになりまして。どうかお願い出来ませんでしょうか。」


とても深刻なのだろう。カミナさんが深々と頭を下げてきた。睦月さんはどうするのだろう。


「あっ、大丈夫ですよー。」


返答は軽く即答だった。悩むという概念は全くなく深刻な病気を心配して病院に行ったのにただの風邪だったかのような反応である。


「章太郎君がなんとかしますから。」


へ?


「今なんと?」


俺の耳が調子悪いのだろうか?今睦月さんはまさかの一言を発してなかったか?


「ん?」

「だから今なんとおっしゃいました?」

「君がなんとかするの。この依頼を引き受けるの。」


マジでか?いきなり?


「ん?無理なの?やんないの?」

「いえ!やります!」


反論の余地はなく決めれた。所長室での明日の事ってこれのことだったのか。これも睦月さんの作戦だったのだろうか?


「よし。OK!じゃあお願いね。という事でカミナさん。章太郎が行くから大丈夫ですよ。」

「はあ。」


カミナさんはどう見ても不安そうだった。




「本気ですか?」

「もちのろん!だって頑張るんでしょ?」


カミナさんが帰った後の応接室には俺と睦月さんとカミナさんを送って戻ってきたサラスさんが残っていた。ちなみにサラスさんは睦月さんの横を陣取り俺は睦月さんの正面向かい側のカミナさんが座っていた場所に移動している。


「勿論ですけど、害獣って何ですか?俺、そういうのと扱ったことないですよ。」


イノシシなら罠仕掛けるとかテレビで見たことあるけど何だか分からないと策の立てようもないんだがなあ。


「大丈夫大丈夫。途中まではあたしも行くし、サクラを一緒に行かせるから。」

「はあ。」


睦月さんはサラスさんの持ってきたお菓子を食べながら呑気に言っていた。横では睦月さんがお菓子を食べるのをニコニコしながらサラスさんが見ていた。もしかしてサラスさん呑気手作りなのだろうか。秘書モードが溶けると本当に睦月さんloveだな。


「ところで睦月さん聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「害獣って本当に心当たりないんですか?」

「なくはない。でも分からない。」


若干ながら睦月さんの口調が変わった。


「それはどういう…………。」

「サラス。あれ見せて。」

「はい。」


睦月さんはサラスさんに言うとサラスさんは資料のようなものを見せてくれた。そこには最近裏世界でカミナさんが言っていたのと同じような被害が多発しているというものだった。しかし手口や被害が一緒なのだが犯人は現在も不明だというのである。


「これって…………。」

「まあ、十中八九同じ犯人だな。でも正体が分からない。」

「今ままでも同じ依頼があったんですか?」

「いや、ないよ。」

「じゃあなんで情報が?」

「新聞記事を集めただけだよ。」

「新聞記事って…………。」


新聞記事を集めただけにしてはしっかりした資料だと思った。でも俺には他に知るよしもないしヒントはある。そこからが勝負のようだ。


「あと、もう一ついいですか?」

「なんだい?」

「さっきカミナさんが話の中で私達は閉鎖的だからとありましたがあれは一体どういう意味ですか?」

「あれは、言葉の通りさ。狐族は元々あまり他の種族と関わりを持つ集団じゃなかったんだ。自分達に誇りを持っていて独自の文化を築いていた。だから力はないが知識豊富で敬われた。神社なんかで狐様が奉られているのはそんな辺りからきたはずさ。人間に化けるのも一番上手い。がしかし自分達で何でもし過ぎたんだ。何でも出来て暮らせたから他からの物を受け入れなかったんだよ。」


うーん。中々難しい話だが江戸時代の日本の鎖国のようなものか?


「それは鎖国みたいなものですか?」

「まあ近いかな。でも彼らの違うところは自分達で気づいて変えたところさ。文化が進んだ分他のことに視野が広がり他種族から色々と得ようとした。でもそれは最近なんだ。それだけ時間がかかるんだよ。ましてやさっきの族長さんは物わかりがいいが古い慣習が抜けなくて閉鎖的なやつもまだまだ多いのが現実さ。」

「何だか大変ですね。」

「変えるってそういうことさ。」


なんだか説得力のある一言だった。公園で野楽さんに聞いた話、睦月さんはこういう人たちを変えて交流をさせていったのだろう。そう考えると重みをある。


「じゃあ、取り敢えず章太郎君や。明日の予定を話そう。」

「はい。」

「君は学校が終わったらまず新月に来てくれ。それから色々と準備をして狐族の集落に向かおう。」

「はい。分かりました。」

「じゃあよろしくー。」


そう言うと睦月さんは仕事があると所長室に戻っていった。俺はサラスさんと一緒に下へ降りた。


「サラスさんはどう思いますか?今回のはなし。」

「うーん。こっちは専門外だからちょっと分からないわね。睦月を信じましょ。」

「睦月さんに全幅の信頼なんですね。」

「もちのろん!今日のあの睦月も可愛かったわよね!睦月は間違いないわ。」


やぶ蛇だったか。思いっきり脱線した。意見を参考にしたかったが今回は空振りのようだ。サラスさんはまだ仕事とのことなので入り口のところで別れた。そういえば今日はサクラちゃんを見なかったな。明日パートナーなんだから挨拶をしておきたかったのだが。

外は既に暗くなっていた。俺は帰りに参考になるものはないかと本屋によったが良く考えると何を参考にすればいいのか分からなかった。取り敢えず妖怪辞典を手に取り化け狐を調べたが月並みの解説しかなくこれといって参考にならなかった。


「どうしよう…………罠の仕掛けかたとかあるかな?」

「ねえ、何探してんの?」

「ん?友佳か。何でこんなとこいんの?」

「えー。結構不意討ちなのに全然驚かないんだね。」

「まあな。」


振り替えると友佳がいた。驚かそうと気づかれないように背後にいたようだが今日それより驚くことが一杯あったからそんなもんじゃ効きもしないさ。


「私は今部活の帰り。本屋入る章太郎が見えたからさ。」

「そうか。遅くまでやってんだな。」

「まあね。頑張ってるよん。私よりあんたはなんで遅いのよ?帰宅部でしょ。」

「いや、バイトだよ。バイト。」

「ふーん。今日学校で元気なかったからグレたのかと思ったよー。」


そういえば今日の俺は完徹のブラックモードで学校を過ごしたからな。そう思われてもおかしくなかった。


「そうか?気のせいだろ。俺はハイパー元気だぜ。」

「嘘。この世の終わりみたいな顔してたくせに。声かけても反応なしみたいな。」


図星である。しかしまあでも詳しくは話せないので誤魔化す事にした。


「まあ、今朝はお腹壊しててな胃腸炎て本当に地獄だよな。やっと治ったんだよ。」

「ふーん。そうなの?」


友佳が少しも信じてませんという雰囲気のジト目で見てくる。良心が痛い。


「ほ、本当に本当だよ。」

「ほんとかなー?まあ、いいでしょう。」


よし。押しきった。


「もう遅いから帰ろうぜ。お前帰る方向は?」

「私あっち。」

「逆か。じゃあここでな。また明日。」

「うん。まったねー。」


自転車で去る友佳の後ろ姿を見送りほっとした俺はそのまま帰路に着いた。しかしなんだろう。さっきまで異世界にいたのに友佳と少し話しただけでこっちに一気に戻されたような印象になった。


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