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エルフ、来日



 準備を済ませ、ぼくは作成した(ポータル)をくぐった。

 着いた先は、見慣れた我が部屋だ。

 スマホと部屋の時計を見比べると、同じ時刻を示していた。やはり、時間の流れは同じらしい。もしかすると、異世界なんて言うけど、カトラシアも同じ宇宙のどこかにあったりするのかな?

 遅れて、『門』が流動し、二人の人影が入ってくる。


 ミスティと、ロアルドさんだ。


「おお……ここが、ツナグ殿のセカイ……」

「わ……本当に来ちゃった……! すごい……」


 エルフの里とはまるで違う風景を、物珍しそうに見渡している。

 二人には、言語と病気にかからなくなる健康の恩恵の二つを付与した。

 やり方は意識すれば浮かんできたので、もしかすると魔術的なものは体系化されて整理された――アーカイブみたいな形でぼくの脳に焼き付けられているのかもしれない。

 検索エンジンらしき術式もあったから、今度時間があるときに詳しく調べてみよう。

 ぼくは、きょろきょろと落ち着かない二人に向けて、気を取り直す。


「何はともあれ――二人とも、ようこそ、日本へ!」


「あ、ありがとう。……と言っても、まだ何もわからないんだけど」

「これは歓待かたじけない。して、ツナグ殿。これから何を?」


 ロアルドさんが尋ねてくる。

 やることは色々あるんだけど、とりあえず先立つものの用意かな?


「そうですね。今日のところは近所を案内して、明日の準備かな。――あ、二人の服が必要ですね。先に、お金を下ろしてくるのでちょっと部屋でくつろいでてもらっていいですか?」


 二人を出しっ放しだったコタツに案内して、お茶の準備をする。

 貯金は多くは無いけど、それなりにある。お金を使う趣味が無いから、少しずつでも貯まっていくのだ。頭の中で計算してみたけど、諸々問題なく足りるだろう。


「――わ! お兄様、外を見て! この家、すごい高い場所にある!」

「む? ここは、吹き抜けではないのか。何と滑らかな手触りだ……魔術的な結界でしょうか?」

「あ、それはガラスと言って透明な板です。触れるぐらいならともかく、脆いんで強い衝撃は与えないでくださいね」


 五階からの眺めに感動するミスティのために、ベランダの窓を開けてやる。

 昼下がりの、暖かくなり始めた涼しい風が部屋に入ってきた。


「所々だけど、木立ちは残ってるのね。人の街って、石と煉瓦ばかりで自然は何も残ってないのかと思った」

「街路樹だね。残してあるんじゃなくて、植えてあるんだよ」

「風の匂いは少し濁っていますな。煙か何か、混ざっているのでしょうか」

「人工物が混ざってるので、少し違和感があるかもしれませんね。空気は、エルフの里の方が綺麗だと思います」


 この辺はまばらに自然もあるけど、国道も近いからね。

 排気ガスばかりは仕方ない。


「はい、お茶が入りましたよー。緑茶は慣れてないと思うから、薄めに煎れたよ」

「これはこれは、かたじけない。変わったコップですな」

「本当。……陶器かしら? 白くてすべすべしてて、とても綺麗ね」


 二人をコタツに座らせて、お茶を勧める。

 肌寒いので弱にしておいたけど、二人は中が暖かいことにとても驚いていた。

 待ってる間暇だと思うから、音楽でも聴いててもらおう。我が家のボロいノートパソコンを起動して、音楽フォルダを開いた。

「む、どこからともなく、音楽が!?」

「誰かいるの!?」

「誰もいません! これ、音楽を記録して、元通りに流せる道具なんです。楽器持った人がどこかで演奏してるわけじゃありませんから」


「なんと……さすがは、異世界……」

「うぅ……音楽なんて、村の祭りでしか聴いたこと無い」


 文化の差がひどい。

 でも、これからもっと日本のことを学んでもらうんだ。この程度で驚いてもらってちゃ困る。ある程度、慣れてもらわないと。


「あ、これミカンです。すぐ戻りますんで、出かけてる間に食べててください」

「ああ、これは果物ですな。見たことのない形ですが、自然の恵みは嬉しい」

「甘い匂いがして、すごく美味しそう!」

「こんな風に外側の皮を剥いて食べるんです。箱買いしちゃったんで、腐る前に食べるの手伝ってください。全部食べてもらっても構いませんよ?」


 先週衝動買いした箱いっぱいのミカンを見せると、二人はその量にさらに驚いていた。

 驚く二人を置いて、きりが無いのでぼくはそそくさと、コンビニに用事を済ませに行くことにした。



 やがて、コンビニのATMでお金を下ろしたぼくが戻ると――

 そこには、わずか十分でコタツミカンの魔力にとり憑かれたエルフたちの姿があった。


「ツナグぅ……この、コタツって、すごく気持ちがいいのぉ……」

「ぬ、抜け出せぬ。ここが天の国か……」

「――ダメだこりゃ」



*******



「さて。服と靴を買いに行こうと思います」


 どうにか二人をコタツミカンから引きずり出したあと、ぼくは宣言した。

 しかし、外に出るということで、二人は――特にミスティが、気後れしている。


「顔を晒して行くんだよね? うぅ……どきどきするよぅ……」

「ツナグ殿。この服装のままでは、問題があるのですか?」


「とりあえずマントは論外です。二人の服装も、部屋着ならいいんですが、外に出かける服装としては不適当です。なので、近所の商店街で普段着を買いましょう」


「わかりました。些少ですが、村で蓄えた銀貨を預かってきております。支払いはこれで足りますでしょうか?」

「あ、通貨は日本のものしか使えません。ぼくが持ってるので大丈夫です。――その銀貨は、それはそれで価値がつく可能性があるので、今は取っておいてください。まだ換金できませんから」

「なるほど。わかりました、お世話になり申す」

 銀貨は明日、角田社長にでも見てもらおう。ただ、地球のどこの国の貨幣でもないから、素材以上の価値がつくかは不透明だ。

 渋るミスティの手を引き、ぼくらは商店街に出発した。



「あれ、繋句ちゃん。どうしたの、その変わった格好の外人さんたち」

「えーと、留学生の兄妹なんだ。故郷の民族衣装なんだって」


 やってきたのは、徒歩五分のアーケード街にある、洋装品のオカムラさん。

 し○むらっぽい取り揃えの、昔からある下町の洋服屋さんだ。

 アーケード街自体はかなり歴史があるらしいけど、近所に量販店系列の激安大型スーパーがあるせいで半数弱がシャッター街と化してきているらしい。

 切ない話だ。


 このお店の顔みたいなおばちゃんに挨拶し、二人の装いを見立ててもらう。

「二人に、上下一式見立ててもらっていい? あと、靴もあったよね」

「あいよ。……しかし、別嬪さんな二人だねぇ。ヨーロッパの人たちかな、モデルでもやってるのかい?」

「……も、もでる?」

「人前で商品の服を着て、宣伝する人のこと。そのくらい、ミスティたちは見かけが良いねって言われてるんだよ」

「そ、そんな……宣伝だなんて」

 おばちゃんから隠れるようにぼくの陰で縮こまっていたミスティが、ストレートに褒められて照れくさそうにうつむく。


「麗しいご婦人……我々の顔立ちを見ても、不快に思われないので?」

「あらやだ! うるわしいだなんて、日本語お上手ねぇ! 安心しな、最近はこの辺でも外国人の留学生なんて珍しくないんだから。あんたみたいな男前は、めったにいないけどね!」

「男前……わ、私が……」


 おばちゃんとのやり取りに、ロアルドさんが感動に打ち震えていた。

 ロアルドさんの価値観で見れば下町のおばちゃんは大抵麗しいだろうし、逆は言わずもがなの色男に見えるだろう。Win-Winってこういうことかな。

 ロアルドさん、日本じゃモテそうだなぁ。ミスティもだけど。


「そっちのお嬢ちゃんは妹さんなんだって? やっぱり兄妹だねぇ、見たこと無いくらい別嬪さんだよ。ほら、おいで! せっかく綺麗なんだから、着飾らなきゃ!」

「え? え!? ふえぇぇぇ……?」


 ミスティの店内に引っ張っていくおばちゃんをよそに、ぼくはロアルドさんの服を探すことにした。女の子の服は、お店の人に任せよう。


 ロアルドさんには、丈夫なジーンズとニットのセーター、春物の薄手のジャケットを選ぶことにした。元の素材がいいだけあって、春の装いに包まれたカジュアルな美男子があっという間に出来上がった。

 安物の服だけど、絵になるなぁ。

「この、すにーかーという靴はいいですね。足が浮いているようで楽だ」

「良かった。靴下や下着は最初は窮屈に感じるかもしれませんが、慣れてくださいね」


「繋句ちゃん、お待たせ!」


 ロアルドさんの服装を確認していると、おばちゃんがミスティの手を引いてやってくる。

 恥ずかしそうにうつむきながら手を引かれるミスティを見て――

 ぼくは、彼女に見とれた。


「あの、ツナグ。……わたし、へんじゃないかな……?」


 妖精がいた。

 桜色のブラウスに、白いカーディガン。長いスカートをふわりとなびかせて、細い足元には小物のように可愛らしいミュールを履いていた。全体的に清楚な様相でまとめられ、月光色の金髪がすごく映えている。

 淡い色合いの装いの中で、ぱっちりとした翡翠色の瞳の輝きが、吸い込まれそうなほど印象的だった。


「すごく可愛いよ、ミスティ。森のお姫様みたいだ」

「――似合うもんだから、店にあった一番いいものを選んじゃったよ。あたしのセンスも、捨てたもんじゃないだろ? 値段は勉強しとくよ、繋句ちゃん!」

 たぶん、安い買い物じゃないんだろーなー。

 でも、ミスティのこの姿を見られたなら決して高くはないと思う。

 我が散財に、一片の悔い無し!

 両手を前で組んでもじもじさせるミスティに歩み寄り、にこりと笑う。


「顔を上げて、ミスティ。――とても似合ってるよ」

「ツナグぅ……」


 ミスティはそのままぼくの両肩に手を回し、身体を預けてきた。

 恥ずかしさと緊張の限界だったのかもしれない、甘えるように頬を摺り寄せてくる。


「あらあら、繋句ちゃん。もしかして、そういうこと?」


 慌てるぼくの様子に、おばちゃんがにやにやと笑っていた。

 明日には、商店街中に噂が伝わってそうだ。



*******



 とりあえず、二人の服装に問題はなくなった。


「あの……ツナグ殿。何やら、道行く人々に見られているようなのですが」


「それは二人が美男美女だからです。さっきの店のおばちゃんの反応、見たでしょ?」


「本当だ……振り返られはするけど、誰も顔をしかめたりしないね」


 この世界の当たり前の反応に、ほあぁ、と夢を見るように目を輝かせる二人。 

 むしろ、この中でぼくだけが奇異の視線で見られてたりする。

 こんな美男美女が並んでて、ぼくみたいな平凡な男が一緒なんだからね。どういう付き合いだって思うよね、そりゃ。

 うん。ぼくが一番肩身が狭い。


 苦笑していると、不意にミスティがぼくの腕に手を回してきた。


「じゃあ……こうしたら、ツナグは幸せ者だって、みんな見てくれるかな……?」


 肩に頭を預けるようにして、身を寄せてくる。

「みみ、ミスティ?」

「嬉しい……この世界に連れてきてくれてありがとう、ツナグ。私、今、とても幸せ」

 ミスティの満ち足りた笑顔には、涙が滲んでいた。

 容姿を疎まれない世界。ぼくには想像もできない人生を歩んできたんだろう。顔を隠さずに人通りの中を歩ける、それだけでも、彼女にとっては大きな喜びなんだ。

 隣のロアルドさんも、うんうんとうなずいていた。

 代わりに周囲の視線は痛いけどね。この野郎可愛い子に何してんだ、何されてやがんだ、って辛らつな視線が、通りすがりの男性たちからビシバシ飛んでくる。


「しょしょ、食事に行こうか、ミスティ! ロアルドさんも!」

「食事? まだ、昼過ぎですぞ。夕食には早いのでは?」

 あ、そうか。中世時代は一日二食か一食だったって聞いたことあるな。

「この世界では朝昼晩の三食が標準なんです。飲食店はたくさんあるので、適当な店を探しましょう」

 もう二時半だから、実家の定食屋はランチタイム過ぎて準備中だな。

 近くのファミレスにでも入るか。

「――二人とも、日本の庶民的な食事処を案内しますよ」



 道中、道を走る車に二人が驚いたり、あれは魔物ではなく馬車のような人が操縦する乗り物だと説明したり、この世界では鉄が安価かつ一般的に使われていることに驚愕したり、大混乱の二人を何とか宥めながら近所のファミレスにやってきた。


「おお……この絵は、何と精巧な……!」

「写真ですね。詳しい理屈は省きますが、実物そっくりのものを手軽に描画できる道具があるんです。技術次第で、本物以上に迫力を出せたりします」

「言語の恩恵があっても、文字は読めないみたい。ツナグ、どうすればいいの?」

「米と箸はまだ避けたほうがよさそうだね。――小麦が主体のものと、肉が主体のものがあるけど。どっちがいい?」


「肉がいいです」

「わ、私も。……このシャシン? のお肉、すごく美味しそうだもの。見てると、おなかが減っちゃって」

「じゃあ、ハンバーグを頼もうか。セットはパンでいいよね」


 ボタンを押し、やってきたウェイトレスさんに注文を伝える。

 注文をメモする間、ウェイトレスさんの視線がロアルドさんに向いていたのはご愛嬌だ。

 水と食器が運ばれ、メニューが届くのを待つ。


「この食器も鉄製ですか……本当に、鉄が溢れているのですな」

「一般的には、この世界で一番使用されている金属と言えるかもしれませんね。工業などの精錬技術が発達しているので、単純に埋蔵量が多く単価の安い鉄が原料に使われやすいんです」

「でも、銀も使われてたわよね? ツナグの家にあったわよ」

「台所の流しのこと? あれはステンレス……表面を磨いた鉄の一種だよ。純銀は、普通の生活じゃ鏡くらいにしか使われてないんじゃないかな」

 そもそも、銀の相場っていくらなんだろう。

 スマホを取り出し、ネットで検索してみる。1グラム七十円弱か、意外と安いな。

「ツナグ、それは?」

「これ? 離れた人と連絡できる道具。色々な知識を調べることもできるんだ。近くに中継用の別の道具が設置されてないと使えないから、この世界じゃないと意味ないけど」

「話に聞く、遠話の魔道具かしら。でも、それよりも便利そうね」

 魔道具……魔法の道具か。あるんだな、そんなの。

「ロアルドさん。銀貨の換金に関しては、あまり期待しない方が良さそうです」

「む……それは、残念です」


 まぁ、銀貨に価値がつかなくても、何とかなるだろう。

 そんなことを話していると、料理がやってきた。

 テーブルの上にセットのパンとサラダが並べられる。そしてやってくる、じゅうじゅうと鉄板の上で音を立てるハンバーグ。ソースはデミグラスを選んだ。

 テーブルに満ちた香ばしい香りに、二人の表情が綻んだ。

「いい香り……」

「ナイフとフォークの使い方は向こうと一緒です。さ、召し上がれ」

 二人がいそいそと、料理を切り分け口に運ぶ。


 二人は同時に動きを止め、同じように目を見開いた。


「美味しい!」

「これは……何と言う柔らかい肉……! 噛み締めると口の中で解け、肉汁が溢れてくる。味付けも複雑で……美味すぎる……ッ!」

「ツナグ、これは何ていう動物のお肉なの?」


「これは固まり肉じゃないんだ。牛と豚。その挽き肉……細かく刻んだ肉を、つなぎを入れてまとめて焼いた料理だよ。ハンバーグって言うんだ」


「ハンバーグ! 歯ざわりは優しいのに、味は濃厚で美味しい!」

「口の中で溶けるように解けるため、いくらでも食べられそうですな!」

 日本のファミレスは、二人には大好評だった。

 このチェーンのハンバーグ、肉汁が多くて美味しいもんな。たぶん、量産して冷凍するときに、肉汁をゼラチンで固めるかして、中に多めに仕込んであるんだと思う。

 だからこれだけジューシィなんだ。ぼくもこの系列は好きだ。


「パンも柔らかい! この添えてあるのは?」

「バターだよ。牛って言う動物の乳の、脂肪分を固めたもの。パンに塗ると美味しいよ」

「このような豪華な料理を、平民が、日常的に食べられるとは……」


 ここは神の国ですか、とロアルドさんは感激していた。

 大げさなように聞こえるけど、日本の飲食産業の質は世界でも有数だと聞いたことがある。戦後の食糧難も経験してるし、外国の人から見ると日本人は食に偏執的なこだわりがある、と評する人もいるくらいだ。


 食後のデザートも薦めたけど、昼食という文化に慣れていないせいで、お腹いっぱいで入らないとのことだった。ミカンも食べてたしね。

 二人の満足した笑顔を見て、会計するぼくも自然と笑顔がこぼれた。




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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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