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里のエルフは天然エロフさん?


 朝、目が覚めて朝ごはんをご馳走になった。

 メニューは昨日のシチューに大麦ご飯を入れたリゾットだった。

 ミスティとお兄さん――ロアルドさんが驚いていたので、この食事はどうやらずいぶん豪華なものらしい。

 普段は食べないか、塩を使わない少量の麦粥だけだそうだ。

 村長さんの心づくしに、ぼくは頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。


「すみません、こんなによくしていただいて」

「なんのなんの、ツナグ殿には素晴らしい夢を見せていただいておる。昨夜のように晴れやかな気持ちになれたのは久しぶりです、精一杯のもてなしは当然でしょう」


 村長さんの素朴な笑顔に、ぼくも笑顔が浮かぶ。

 食卓について朝食をいただいていると、ふと、気になったことがある。


「あの、昨夜も気になったんですけど……この食器、まさか全て銀ですか?」

「ええ。それが何か?」


 銀食器なんて、初めて使ったよ。

「ぼくの世界では、銀は貴金属なもので……銀製品は、高級品なんですよ」

「そうなのですか。銀や銅は、このカトラシア大陸では、もっともありふれた金属ですな。貴金属と言うと金や、採掘量の少なく精錬も難しい鉄などになります。話によれば、羽のように軽い銀もあるとかで、それにはまだお目にかかったことはありません」

 軽い銀……アルミか。

 ボーキサイトもあるんだろうな。

 でも、銀がありふれてるなんて、贅沢な話だ。

 通貨も、銅貨、銀貨、鉄貨、金貨の順に値打ちが上がっていくらしい。

 ただ、みんなの血色を見る限り血の色は赤い。ということは血中に鉄分が含まれているということで、まとまった鉄鉱床が見つかってないだけで地表に鉄分は漏出してるんだろうな、とも考えられる。

 水も硬水みたいだし、何かから鉄分採らないと、貧血が蔓延してるはずだしね。


「この食器は村で作ってるんですか?」

「いえ、森の中の人知れぬ地下に、大きな石造都市の遺跡がありましてな。そこから発掘しております。保存状態もよく、使用に耐えうるため村では皆が使っております」

「へぇ……道理で、年季が入ってると思いました」

「古ぼけた道具で、申し訳ない」

 いえいえ、何を仰いますやら。

「古い道具には、価値がありますよ。ぼく、元の世界ではそういうものを取り扱う仕事に携わってるんです。下っ端ですけど……こういうのが好きなお客さん、多いだろうなぁ」


 角田社長なんかは、すごく喜ぶ話かもしれないな。

 見る人が見れば、その遺跡は宝の山だ。


「こんな道具に価値がつくのなら、嬉しいですな。何せ、遺跡の倉庫からは何十年も売れるほどの量が見つかっているのですが、この大陸ではありふれていて買い手がつきません」

「余ってるのなら、何本か譲っていただいてもいいですか? ぼくの世界に持ち帰ると、きっと喜ばれると思うんです」

「どうぞどうぞ。こんなものでよろしければ、いくらでも」


 やった!

 お得意様の春村会長や武田さん、こういうアンティークが大好きだからな。

 きっと喜んでくれるぞ。


「ツナグ、今日は村の中を見て回るんだっけ?」

 朝食を食べ終えたミスティが、笑顔で尋ねてきた。

「うん、エルフの里の生活が見てみたくて。もちろん、皆さんの邪魔にならないようにするよ」

「じゃあ、私が案内してあげる!」

 目を輝かせるミスティに、お願いするね、とうなずいた。

 ミスティは今日も顔を隠して出歩くのかな? それなら、ぼくが一緒なら、彼女は素顔で歩けるだろうか。もしも誰かに笑われたら、ぼくも一緒に笑われよう。

 いつか、この村の中でくらい、彼女が何の気兼ねもなく素顔を晒して出歩ける日が来ればいいな、と思う。


「ツナグ殿、お願いがあるのですが」


 村長さんが、真面目な口調で向き直った。

「何ですか?」

「今日は、日の高いうちは、村の入り口に近寄らないでいただけますかな」

「構いませんけど、何かあるんですか?」


「実は、今日は月に一度の、人族の行商の日なのです」


 行商?


「あ……そう、だったわね」

「確かに。今日だったか……間の悪い」


 その事実を思い出したかのように、ミスティとロアルドさんの表情がかげる。

「ど、どうしたの? 二人とも」

「ツナグ殿……この里では、塩が採れないのです。なので、どうしても人族や他の種族から塩を買わねばならなくなる。塩が無ければ、エルフも生きていけませんからな」

「魔物の毛皮や皮革、里の作物を対価にして、一月分の塩をまとめて購入しているんだけど……」

「だけど?」


「私たちエルフは、人族から見下されているの」


 ミスティの言葉に、息を呑む。

 この世界でのエルフは、醜いと言われている。ミスティは言うに及ばず、村長さんやロアルドさんの平伏する態度から考えれば、いかに普段、他の種族に対して不利な立場に置かれているのかは容易に察しがつく。

 もしかしたら、彼女たちは虐げられる立場にあるのかもしれない。

「ツナグまで、行商人にそんな視線で見られることはないわ」

「――それに、人族は欲深い。社会が発達しているから当然のことなのかもしれませんが、ツナグ殿が大魔術士だと知られれば、連中はどう利用しようとするか」

 ロアルドさんの言葉に、村長さんもうなずく。


「そうですな。亜人族の魔術士が、奴隷として人族に狩られたなどとは、この大陸では珍しい話ではありません。ツナグ殿を、そんな危険に近づけるわけにはいかないのです」


 この大陸は、思ったよりも甘くは無い世界のようだ。

 エルフの人たちが悪意無くぼくを歓待してくれていたから、勘違いをしていた。

 奴隷、という言葉にぼくはぶるり、と身震いをする。


「わかりました。極力、気をつけます」


 口に入れた朝食は、味がしなかった。



*******



「エルフの里はね、主に森と村から成るの。森と言っても、森林はすごく大きいから、立ち寄って手を入れられる場所までが里なんだけどね。どこが見たい?」

「よくわからないや。村の部分を一周したいかな」


 先導するミスティについていき、里を巡る。

 フードを被ろうとするミスティに寄り添い、その手をとった。

 ミスティは目を丸めていたけど、ぼくがその手をしっかりと握ると、照れたようにフードを脱いだ。ミスティの不安を振り払うように、ぼくも笑顔を見せる。

「ふふっ。みんなに見られちゃうね」

「見てもらおうよ。ミスティとぼくの仲が良いところ」

 ミスティのか細いつぶやきが、ぽつりと口から漏れる。

「私ね。こんな風に、家族以外の誰かと手をつなぐの……夢だったの」

 その表情は夢見心地で、とろけるように幸せそうな笑顔だった。


 月光色の金髪、翡翠色の大きな瞳、整った小さな顔。

 ミスティはどこから見ても美人だ。その美人が頬を赤らめて、ぼくとつなぐ手に心地よさを感じてくれているなんて、ぼくの心臓も落ち着かない。

 手を繋いで彼女の顔を見ているだけで、胸に暖かい感情が満ちてくる。


 ミスティとぼくは手を繋いで、里の中を見て回った。

 里の中では朝露を含んだ土を耕して畑を作っている人が何人もいた。そのほとんどが、素顔のミスティと、人族のぼくの姿を見て驚いていた。

 中には人族のぼくに警戒の姿勢を見せる人もいたけど、ほとんどの人は、ぼくが笑って挨拶すると嬉しそうに手を振って返してくれた。


「おや。ミスティちゃん、その人は?」

「シャクナおばさん。――旅人なの。名前はツナグ」

 畑仕事をしていたご婦人が、快活な表情でミスティを呼び止める。

 この人も美形で、奥様とか貴婦人という言葉の似合いそうな。品のある顔立ちをしている。何と言うか、細身なのにばいんばいんと一部分がすごく突出していて、すごく色気のある人だ。

「あらやだ、お客さん。ごめんなさいねぇ、見苦しい体つきで。――まったく、少しは腹も出てくれればバランスも取れてるんだけどねぇ。こんなんじゃ、出て行った旦那を始め、男も喜ばせられやしない」


「いえ……その、すごく魅力的だと思います……」


 この世界は、体型まで美醜の価値観が逆転してるのか。

 顔が個性的な方が尊ばれるように、肉付きも全体に豊かな方が喜ばれるのかもしれない。

 ぼくが豊満な胸を直視できず、うつむきながらそう言うと、おばさんは驚いたようにぼくを見た。

 隣のミスティが、言いにくそうにおばさんに説明する。


「その、おばさん……ツナグの国はね、私たちと基準が逆なんだって。私たちエルフは美しく見えて、おばさんが見苦しいって気にしてる体型も、その……」


「何だって!? こんな胸しか出てない、でこぼこした身体がいいってのかい?」


 おばさんは農具を放り投げ、ぼくに駆け寄る。

 ぼくの頭を抱え込み、むぎゅ、と胸を顔に押し付けるように抱き寄せた。意地になったように、手を繋いでいないぼくの、空いた方の手を細い腰に這わせようと引っ張る。


「ほら、触ってごらんよ! こんな身体、誰も喜びやしないんだ!」


 あわわ、顔が柔らかくて、ふわふわしてて、手触りがすべすべしてて、甘い匂いに包まれて……ダメです、おばさん、その背中から下は……はわわっ!


「はう、うぅ……お、おばさぁん、やめてくださいぃ……これ以上は……」

「あ、あれ? 気持ち悪がらない? 本当に?」

「それ以上はダメ――――ッ!」

 隣にいたミスティがおばさんを引き剥がし、ぼくを救出した。


「おばさん、ツナグを誘っちゃダメ! ツナグの国の人は、おばさんの身体だとすごく興奮しちゃうんだから!」


 涙目で、ぼくを守るように抱きしめながらかばうミスティ。

 ありがとう。でもねミスティ、今度はミスティの胸が当たってる。

 どうしよう、のぼせて鼻血が出そうだ。


「あはは、ごめんよ。――でも嬉しいねぇ、こんなあたしの身体を認めてくれるだなんて、お客人の国はどこの国だい? 夢の国だね」

「もう、無用心すぎ!」

「だから、悪かったって。ミスティちゃんのいい人を盗る気は無かったんだよ。許しておくれよ」

「い、いい人だなんて……その、まだ……」

 もじもじとまごつくミスティを見て、おばさんはにやりと笑う。

「――お客人、ミスティちゃんを幸せにしてくれるかい?」

「ななな、何言ってるの! まだ早いわよ、おばさん!」

 狼狽するミスティにおばさんの表情はにたにたと笑っていたけど、ぼくを見つめた瞳は真剣だった。

 たぶん、ミスティのことを心から気にかけてくれてるんだと思う。

「はい。ミスティのことは、幸せにしたいと思ってます」

「そうかい!」

 快活に喜色を浮かべるおばさん。そのやり取りを間近で聞いていたミスティは、ぶしゅう、と頭から湯気を出してオーバーヒートしていた。

 おばさんが、ぼくに顔を寄せてこっそりと耳打ちする。


「……やり方がわからなかったら、おばさんのところにおいでよ? 旦那もいないし、ミスティちゃんとのことで困らないよう、ちゃんと詳しく教えてあげるから、ね?」


 何言ってるんですか、おばさん!

 確かに経験は無いけども! じゃなくて! 何を教える気ですか!

 ふためくぼくの肩を叩いて、おばさんは豪快に笑う。

「いい男だねぇ! 外の血が入るかもしれない上に、こんなあたしにも春が来ると思わせてくれるだなんて! ミスティちゃん、その人、逃がしちゃダメだよ」

「う、うん!」

 勢い込むミスティに苦笑しながら、ぼくらはおばさんと別れた。




 里を一回りし、森辺に続く人気のない場所でぼくらは休憩していた。

 遠目に、朝の農作業を終えた人たちが家路についている。たぶん、村巡りで挨拶した人だったんだろう、遠くから手を振ってくれたので、こちらも手を振り返した。


「いい村だね、ミスティ。みんな、優しい人たちばかりだ」

「うん。でもね、この村ももう、長くはないと思うの」


 不意に、重い告白がミスティの口からこぼれる。


「どうして?」

「私たちエルフは、どんどん数が少なくなってるの。この村も、もう百人くらい。大昔は、もっともっとたくさんのエルフが住んでたんだって。私たちエルフの寿命は長くて百年くらいだから、あと二世代くらいで、この村のエルフは全て滅びるかもしれない」


 何で、そんなに数が減ってるんだろう。

 疑問を口にすると、ミスティは村長さんから教えられたことを話してくれた。


「血が濃くなってるんだって。私たちエルフは嫌われてるから、他の種族や外の血が入ってこないの。里の中だけで結婚を繰り返すから、同じ血しかなくて子どもが生まれなくなっていくんだって、お父様が話してた」


 近親婚による遺伝子異常、それによる少子化か。

 日本でも、一昔前は小さな集落では起こっていた問題らしい。今でも、もしかしたらその問題に直面している地域もあるかもしれない。

 確かに、この村には子どもの姿はあまり見られなかった。


「じゃあ、他のエルフを探したら……」

「探しに行った里の者もいたわ。でも、誰も帰ってこなかった。私たちエルフは迫害されてるから、不機嫌な他の種族に殺されたのかもしれない。旅の過酷さに、命を落としたのかもしれない。そうして、いつからか、人口が減って外に出せるエルフもいなくなった」


 優しいエルフたち。

 ぼくを助けてくれて、暖かく歓迎してくれた、村の人たち。

 でも、そのエルフたちは緩やかに滅びを待つ種族だった。

 胸が痛くなる。迫害されて、外と交流できないから滅ぶだなんて。


「私たちには、外の血が必要なの。だけど、醜いエルフと交わろうなんて種族はいないわ」

「ぼくがいるよ」


 考える前に、ぼくは口にしていた。

「この世界にはいなくても、他の世界ならエルフと結ばれたいと思う種族はきっといる。だから、悲しまないで、ミスティ。――ぼくが、きっと何とかしてみせるから」

 改めて思う。

 たくさんの人々が救われる、と言った大魔術士の願い。

 ぼくに魔法をくれたおじいさんは、きっとこんな滅びや、悲しみを世の中から無くしたいと思ったんじゃないだろうか。

 もし、ぼくに魔法が与えられたことに何か理由があるのなら。

 ぼくが魔法を使える意味は、きっとそれだ。



「ぼくが、異世界の人と人を繋ぐ、仲介者になるよ」



「……ツナグ?」

「笑って、ミスティ。ぼくが、きっときみたちを幸せにするから」

 うん、やろう。

 大丈夫だ、きっと、何とかなる。

 たとえ、その結果として――

 ぼくがミスティに選ばれなくなったとしても。



「――どういうことだ!」



 ぼくが決意したそのとき、静かな村に叫び声が響き渡った。

 村の入り口から聞こえてきた、悲鳴じみたその声は――

 間違いなく、ひどく切迫した村長さんの声だった。






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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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