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 皮むきも終わって、自分が頭の中を整理するためだと言ってカーティスが書いた相関図を覗き込んだ。

 宰相、レジスタンス、アリステア、魔王、俺たち。

 それら五つの文字を円で囲う。宰相と魔王を同じ大きさ、次にアリステアと俺たちと先二つよりやや小さめの円で同じ大きさに、最後に比較にならないほど小さな円でレジスタンスを。


「アリステアにああは言ったが、魔族と接触する程度ならば人間の総力などあげなくとも俺と奴が組むだけで十分だ。戦争をするのではなくあくまでお前の姉を返せと交渉するだけだしな」


 加えて、と三つの円を線で繋げて三角形を作った。


「うまくいけばアリステア率いる『鴉』と魔族を俺側に引き込める。美味しいこと尽くしだ」

「あくまでカーティスさんが頂点にいるよう持っていくんですね。……それでアリステアさんや魔王は納得するんですか?」

「魔王とは協力関係という体勢になるだろう。だがアリステアはおそらく……問題ない。奴を下すための切り札が俺にはある」

「その切り札って?」


 何故か咳払いで誤魔化された。


「だが厄介なのはアリステアの王子に対する過剰な信仰だ。あいつの拘る王子はあいつの中で理想に捏造されている。俺とジョシュアの知る王子が遺した秘密を、あいつが受け入れるか、俺たちを敵とみなすか、賭けだ。そのリスクを冒し、失敗すれば後がない。俺は失敗をするわけにはいかない」

「つまりやっぱり、カーティスさんはとことん自分に自信がないんですね」


 察するに切り札とは王子関連のことだろうが、よくも悪くも取れる内容らしい。切り札でもあり爆弾でもある、と。


「結局一か八か、当たって砕ける覚悟決めるしかないじゃないですか」

「砕けたら何もかもが終わると言っているんだ。そんなに簡単なことじゃない」

「砕けたら終わるかもしれませんけど、当たらないとそもそも何も始まらないってことですよね」


 目を見開かせたカーティスはやがて落ち着きなくキョロキョロしだした。これは図星をつかれて動揺しているな、と思いつつ、口に出して言うと機嫌が悪くなりそうなので言わない。


「オルフェさんの話では、アリステアさんの軍を吸収していよいよカーティスさんの勢力が完成するんですよね。やらなきゃ停滞、うまくいく可能性もある。じゃあやるしかないんじゃないですかね。駄目だったらその時考えればいいんじゃないですか」

「駄目だったら、が許される立場じゃないんだ、俺は」

「何もしないことが許される立場でもないでしょう。勢力作ってるんだから」


 んぐっ、と唸り声のようなくしゃみを我慢するような変な声を出したカーティスは唇を噛みながら羽衣子を睨んでくる。


「お前の言う通りだ。……が」

「が?」

「お前の言葉に納得してしまう自分が不甲斐ない」

「何なんですか。もうそれ、ただ私が嫌いってだけですよね?」


 驚いた顔をした後考える顔をしたカーティスは首を横にふった。


「好き嫌いと言えるほどまだお前のことをよく知らないが別段お前に嫌悪感を抱いていることはない」

「そうですかね。私はこの短期間でもカーティスさんの性格はちょっと苦手だなあってわりとはっきり言えますけど」

「お前のその礼儀のなっていないところに苛々することくらいは俺も自覚している」


 どうして礼儀がなっていないかって、そちらも大概失礼だからだ。


「いい人だなーとは思うんですけどね。嫌いなんじゃなくて苦手なんですよ」

「それで誤魔化したつもりか」


 あまりフォローできていないことは自分でもわかっている。嫌いなんじゃなくて、苦手なんだよねー、なんて、女子同士の会話で保険に使う常套句だ。そしてそんな保険は効果もなく大抵あの子があの子を嫌いらしいと噂は広がっていくのだ。


「俺は、お前を下に見ている」

「でしょうね」


 対等に見られているなんてこれっぽっちも思っていない。そんなに改まって言われなくても出会って三秒で気付いていた。


「それと癪だが、お前に少し憧れている」


 もしまだ包丁を手に持っていたら手首から切断する大事故になりかねなかった。それくらい動揺した。


「平和な世界にいたせいだろうな。お前の考え方は柔軟だ。視野が広くゆとりがある。よく観察すれば気配りの仕方もこの世界の人間より相手のことを考えている」

「まあ、治安が日本より悪い世界じゃ気配りなんてなかなかする余裕はないですけど、私もできる方ってわけじゃないですよ」


 それを言うなら、一見唯我独尊でも実は常に、さり気なく、周囲に気を配れる姉の方がすごい。


「俺に色々言うのにお前も自分に自信がないな」

「自分に自信のある人なんてそうそういませんよ」


 カーティスは滅多にいないそんな人だと思っていたから意外だっただけで、自信のない人が珍しいなんて思っていない。羽衣子にも自信なんてない。特技なんて一つもない。長所なんて自分では思いつかない。


「無礼なのを差し引いても、意見をはっきり言えるのは長所と言えば長所だ。お前の方ではどうだったか知らないが、こちらの女は多くが三歩下がって男についてくるような者が多いからな。お前のような女は珍しい」

「あれ? 褒めてるつもりですか?」


 三歩下がって男に着いていく女性が魅力的な世界に生まれたものだからどうも逆に侮辱されているような気がする。


「俺はうじうじした女よりも自分の意思をきちんと持って主張できる人間の方が好感が持てる」

「はあ……。あ! フィクションで使い古された、『もう女には飽き飽きだ。お前は他の女と違うな……』というそんなくだらん理由だけでコロッとおとせる系美形ですか、カーティスさん。すみません私、好みのタイプは優しい人です」

「お前は鏡を見たことがないのか不細工」


 女に飽き飽きどころか女遊びをしたいと言っている人なのを忘れていた。


「女の子って結構すぐ泣いちゃうものなんですよ?」


 どストレートに罵倒されて平気でいられる人なんて滅多にいない。羽衣子でなければ泣いている。幸いと言うと悲しいが美しい姉を持ったおかげで陰でヒソヒソ侮辱されるのにも慣れてしまっている羽衣子は簡単には泣けない。

 姉と兄が可愛い可愛い言いながら育ててくれたので、他人にどう思われてもいいかという価値観も影響している。


「安心しろ。目も当てられないレベルじゃない。眉を顰めるレベルだ」

「何を安心しろと」


 立っているだけで眉を顰められるということか。そう言いたいのか。


「え、へ、平均ですよね? 約十七年間自分は平均的な顔面だと思って生きてきたんですけど。そこまで酷いですか。蚊の大きさ程度しかない私の自信が消失しそうなんですけど」

「なら真ん中くらいということにしておくか」

「しておくっていうのが若干気になりますがそうしてください」


 頭のてっぺんからまじまじ眺められ、たじろいでしまう。


「そのかっこうのせいもあるだろうな。地味顔が男物の服なんぞを着るから余計華がない」

「それはわざわざ私に服を買ってくださるということですか!」

「そんな無駄な出費をする余裕はない」

「カーティスさんの飲むお酒を買うお金だって無駄じゃないですか」


 ここに来てから借りている服は二着。川で洗濯という昔話のようなことをして着まわしている。高校の制服はこの世界の人間から身えば露出が多く下着も同然らしく、見苦しいのでその服で動き回るなと注意をされた。

 壁にかけてある制服を見つめて、せめてあれを着れば女子高生という存在からちょっとブランドな生き物に変身できるのに。

 羽衣子の視線を辿ったカーティスは顔を顰めた。


「女としての恥じらいにも欠けているな。いつ人が通るかもわからない川で水浴びをするわ」

「だってこの世界お風呂がないじゃないですか。体を洗わないと女子として終わる……。カーティスさんやジョシュアさんだって水浴びしてるじゃないですか」

「男と女では違うだろう。見られる重みが」

「男女とも不潔なのは嫌でしょう」


 今が寒い時期でなくてよかった。寒さと不潔、どちらを譲るか考えると羽衣子はおそらく前者を捨てる。そして風邪をひく。


「恋人もろくにいなかっただろうな」

「余計なお世話です」


 彼氏いない歴十七年。ぐさりと刺さった胸をおさえる。


「強く生きろ。地味顔が好きな男も、探せばいるだろう」

「性格に難があってもいいって言ってくれる女の人に出会えるといいですね」


 向かい合って座っていた二人は互いに互いの右足を踏みつけ合った。


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