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 ウィッグの取れた美少女改め美少年を抱えた兄に、仲間を止めるよう声をかけてほしいと頼むが断わられた。

 今中断に入って仲間が動揺している間に切り付けられたら困ると。それは羽衣子も同じだ。自称『生まれてこの方悪事を働いていない』カーティスが勝てば、時代劇などでよくやるミネウチとやらに収めてくれるだろうが、兄の連れがどんな人物かはわからない。

 一か八か、「あんなところにユーフォーがーっ!」と叫べば全員一緒に気が散るか。ああユーフォーなんてこの世界にはないか。

 なら気を引けそうな事柄は何か。


「あんなところに裸の女が」


 なんてね、と自分で失笑していると、悲しきかな、兄の連れ全員が羽衣子の指さす方向を振り返った。ジョシュアはまったく反応しなかったが、カーティスは明らかに振り返りかけた。そうか、私はこういう人に助けられたのか。

 隣の兄の視線が痛かった。


「うぅ……っ」


 剣を翻したカーティスとジョシュアの攻撃を受けてうずくまる人々を見て羽衣子まで唸ってしまう。痛そう。今まで暴力的なシーンのある映画だって苦手だったのに、お腹や首に柄や足が埋まっていく映像はショッキングだ。

 しかし予想通り二人とも殺すようなことはしていない。地面で悶えさせているだけ。

 兄含め相手のどの人物も筋骨隆々の逞しい男だったのにそれを不利な人数差で相手をしていたのだから、二人が強いのはわかった。


「ウイコ! 離れろと言っただろう!」


 羽衣子を引っ張って再び兄に攻撃にかかろうとするカーティスを慌てて止める。


「待って待って待って! 兄です! うちの!」

「お前の兄がこんなに凛々しいはずがあるか」

「自分で言うのはいいけど、酷くないですか」


 兄は特に動揺もしないで倒れている仲間三人を見つめている。一瞬眉が動いた。これからどうしようかと考えているのだろう。


「お兄ちゃん、あのさ、わけのわからない世界に来ちゃって冷静になれないのはわかるよ。でも、帰ってお母さんの顔をまともに見れないような悪いことしたら駄目だよ。剣道やってきたのはこんな悪事に手を染めるためじゃないでしょ」


 じっと羽衣子を見る兄はゆっくりと首を横にふった。


「いや、悪事を働こうとしたわけじゃない。外部に存在がばれると困るからお前の仲間をうまいこと追い払おうとしただけだ。守る対象がいれば逃げることを最優先にこの場所を去ってもらえるかと。森を出て別れたらアリスだけ一人で戻ってくる手はずだった」

「男の子なのにアリスくんなの?」

「正確にはアリステアだ」


 どうでもいい、とカーティスに頭を叩かれる。


「お兄ちゃん、犯罪組織に加担しちゃ駄目だよ」

「犯罪組織ではなく正義の味方の集まりらしい」

「うそくさ」

「俺もそう思うがいい奴らなのでそれでいいかと開き直った」


 じっと、アリステアという少年を見つめる。


「その子抱えてるから仕方ないけどね、もっとこう、感動の再会でハグとかしないんだね、私たち」

「はぐれてせいぜい一週間と少ししか経っていないからな」


 そういえば召喚に誤差があれば十日程度と初めにジョシュアが言っていた。自分よりも兄の方がこちらへ来て長い様だ。

 それにしたって外国どころか異世界に突然身一つで投げ出されたのだから兄弟で再会したらもっと感動すると思ったのに。兄のあまりの冷めように自分もはしゃげない。よく考えればこの兄が大はしゃぎする姿なんて想像もできない。


「無事でよかった」

「あ、うん」


 頷く兄に頷き返す。まあ、こんなものか。


「兄がこれで弟が勇者……。お前、養子か何かじゃないのか」

「母と私がそっくりなので多分ないと思います」


 半信半疑のカーティスを見て、姉まで出てきたら完全に信じてもらえないなと確信する。あのビューティフルフェイスにダイナマイトボディの姉が姉なんてありえない、と今でも自分で思うのだから。

 風が吹いてカーティスのフードが外れた。

 表情の動きにくい兄がわずかに目を見開く。


「……その顔……」


 森に響く大きさの舌打ちをしたカーティスはフードを被りなおし、両脇に倒れた男二人を抱えた。ジョシュアは残りの一人を。

 二人ともあの細い体のどこにそんな力があるのか。

 兄を見たカーティスは顎で指示を出す。


「お前たちの拠点へ案内しろ。妹を保護してやった恩人を追い払うような真似はするなよ」


 たかが二人侵入してもお前らには大した痛手にならないだろう。と言うということは、兄の味方がまだいて、それをカーティスもわかっているということだろう。

 珍しくうろたえ気味の兄はしかしすぐに決心したようにうなずいて歩き出した。




***




 兄に案内されて着いたのは大きくてボロボロの建物だった。怪談話に出て来そうな、幽霊屋敷のような、かつては富豪が住んでいたように見られる建物。

 中に入っていくと殺気立った男たちがカーティスやジョシュアに襲い掛かろうとしたが、兄が声をかければ大人しく下がった。彼らは妹と妹の恩人だと。

 彼ら的には客間である埃臭い部屋に通され三人で待っている間も、カーティスとジョシュアはフードを取らない。

 やがてやってきたのは目を覚まして女装をといたアリステアだった。


「とんだ失礼をした。まさか友人の妹とその連れとは知らずに」

「アリステア・ユーキッド。魔王城への襲撃を計画しているそうだな」


 綺麗な顔をした少年がびくりと震えた。


「数あるレジスタンスの中でもお前が指揮を取る『(からす)』は利口な方だった。表立っての活動はせず、城へ味方を送り込み城の状況を探り小さな計画を実行していく。地味だが着実に王家やマーティス卿へダメージを与えている。それが魔王城への乗り込みを企てるとは、この上なく愚かだ」


 見下す笑も浮かべず、顔も見せないでフードの中で顔を伏せるカーティスは淡々と話す。


「そもそも不可能だ。魔族と人間、個人の力では念力や身体能力を持つ魔族がはるかに優位。人間が奴らに勝るのはただ一つ、数だ。人間が総力をあげて戦えば対等な戦争になっても、たかが五千程度のレジスタンスにできることはない」


 ああ、と思い当たる。どうやら彼らこそカーティスたちが探しに来たレジスタンス。そしてオルフェからの情報を得て、彼が組織を腑抜け共と言ったのは彼らが魔族に対抗しているということに対してだったのかもしれない。


「……うちのが」

「お兄ちゃん……いつから」


 気配を殺してアリステアの後ろまで来ていた兄はどことなく申し訳なさそうに肩を落としている。


「うちの姉貴が、魔王にさらわれた」


 出せれてから大分たつ紅茶を飲もうとして、思い切りむせた。


「十日ほど前、一人でいるところをチームを組んだ賞金稼ぎに襲撃された。これでも国から危険人物として扱われているからね。苦戦しているところを彼に助けてもらってね。彼には恩義がある。その彼の姉上が魔王に囚われているのなら、助けるのが人として当然だ」


 静かに聞いているカーティスとジョシュアとは別に、羽衣子はカップをカタカタ揺らす。


「おおおおお姉ちゃんは無事じゃないの?」

「いや、実際俺もよくわからない。ここにも人間として生活する魔族が属している。その連中が噂で、『リーコ・ニサカという女を魔王様が捕らえている』と聞いただけだ。死んではいないようだが……」


 ふむ、と呟いてジョシュアが顎に手を当てる。


「まず第一の目標はウイコの姉君の奪還。そしてアリステア殿としてはあわよくば魔王さえ味方につけてしまおう、ということですね」


 ん? と兄と一緒に首を傾げた。

 アリステアはにやりと笑う。


「これまで魔王は人間に無関心だった。いや、あらゆることに興味がなかった。それが彼自ら興味を示した女がいてそれが我が友の姉。うまくいけば魔王の力を王家やマーティス卿に対抗するための戦力にできる」


 なんだか兄や姉が利用されそうになっているのはわかるが、兄は別にといった顔だ。たとえ利用されるにしても姉は助けてもらえるようだしそうなればウィンウィンの関係かもしれない。


「魔族と戦争など考えてはいない。俺たちは平和と平等を望んでいるんだ。種族も身分も関係のない世界のためには争うのではなく協定を結ぶ必要がある」

「お前はやはり考えが浅いな」


 冷やかに言い放ったカーティスは脚を組んで鼻で笑った。


「自分たちが何か全くわかっていない。お前らは単なる反逆を企てる犯罪集団だ。対し相手は魔族の王。対等に話が進むとでも思っているのか。種族と種族の同盟は、種族の長と種族の長の間でしか成り立たん。人間と魔族の最初の同盟を結ぶ場に現れたのが罪人となれば、相手は王の誇りを汚されたとまで考えるだろう。王族というのはプライドが高い」

「カーティスさん、やっぱり権力者に何か恨みがあるんじゃ」


 王族のことまでボロクソ言っている。


「浅はかなのは君ではないかな」


 ふっと、アリステアの顔から表情が失せた。


「もはや人の世界に、誇り高い王家など存在しない」


 アリステアの言葉はカーティスは頷き、ジョシュアは溜息をつく。


「五年前、我が国の光は完全に消え去った。民と平和を愛した唯一の王族は、あの気高い王子は乱心した王に殺された。残ったのは伝統だけが取り柄の王家だ。彼らをどうして、人間の代表として魔王の前へ出すことができる。それこそ恥ずかしいことだ」


 隣に座っているカーティスが笑う気配がした。


「光なんて立派な物ではなかっただろう。思い返せばあっさりと死んだものだ」

「殿下を侮辱するな」


 ぴりぴりするアリステアの後ろで、兄が何故だかもどかしそうにしている。


「あの方がいなければこの国はとっくに荒んでいた。かろうじての平和も、殿下が残してくださったものだ。国民であれば殿下に敬意をはらえ。国民でないのなら殿下に畏怖の念を抱け」


 敬意と言うより信仰のよう。遠くを見つめるアリステアに羽衣子はそう思う。


「王子は神ではなく簡単に死ぬ人間だ」


 カーティスも羽衣子と同じように感じたらしい。


「ああ、殿下は神じゃない。神よりも尊いお方だった」

「アリスくんは亡くなった王子様と会ったことがあるの?」


 ひくり、とアリステアの頬が引きつった。


「いいや、直接お目にかかったことはない。それと俺は御年三十だ、レディ。その呼び方はどうだろう」


 今度は羽衣子の頬が引きつる。身長は羽衣子と同じほどで幼い顔立ちの彼が自分どころか兄や姉や異世界で出会った無礼な青年二人組よりもずっと年上。見えない。

 どうもすみませんと謝っていると横のカーティスが立ち上がる。

つられてうっかり羽衣子も立ってしまった。兄に会えたのだからここからは兄と一緒にいればいいのに、体が勝手に彼について行こうとしている。

 ジョシュアもカーティスに並んで立ち、小さく会釈をする。


「五日後また来る。それまでは行動を起こすな」


 二の腕を掴まれて、げ、と声が出てしまう。そこのぜい肉は気にしているのに。


「人質にまだしばらくこいつを預かる。五日待たずに動けば、身の安全は保障しない」

「ええ……? またあの道を歩いて帰って、またあの道を通ってここに来るんですか? 私も?」

「人質らしくしおらしくしていろ、短足」

「そんな言われるほど短くない……」


 悪事はしないとしつこいほど言っている人間に人質扱いをされても怖くもなんともない。

 人質という言葉にカーティスを悪人認定したアリステアや部屋の外にいた彼の仲間が近づいてくる。何故か兄だけはお好きにどうぞと言うように動かず、興味なさげに傍観している。

 兄よ、妹は貴方の愛を疑ってしまいそうだ。


「危なあっ!?」


 しんみりしていたのに、一気に現実に引き戻された。

 窓が割れる音と共にいつの間にか威張りんぼの金髪に横抱きにされた羽衣子は高い位置から落下していた。

 この短期間に二度も高所からの落下を体験するとは思わなかった。命綱無しの。

 幸いと言うべきかカーティスのマントの中に守られたので窓の破片で怪我をすることはなかったが、着地時の振動が強い。


「おい! ナントカ・ニサカ! 次俺が来るまでに余計なことは話すな! 俺たちが安全なことだけ仲間に説いておけ!」


 駆け出しながらカーティスが叫ぶ。そりゃ兄の名前を紹介しなかった自分も悪いがナントカって。

 部活の時にしか大声を出さない兄が「わかった!」と叫ぶ声が聞こえた。


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