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 時間と空間を移動する以外の魔法はない。あっても違法の呪術。

 それで思った。法の及ばないところにいる人ならばどう? 法はあくまで人間社会のものなのか、全ての種族で共通するのか、この世界の法則はわからない。でも賭けてみる価値はある。それに法をおかしたって簡単に罰することができない人ならば。

 うっすら開けられたハロルドの目と合って、深々溜息をついた。


「もお……、もー……、ああーっ! もお!」


 心配かけて! なんてことをしているんですか!

 胸ぐらを掴んで振り回すと、顔を真青にしたカーティスにやめてやれと止められた。


「どいつもこいつも俺のいうことをきかない奴ばかりか……」


 額に手をあて俯いたカーティスはようやく肩の力を抜き椅子に座り、羽衣子もハロルドを渋々はなして座りなおした。

 羽衣子の手から逃れベッドにまた倒れたハロルドは、並んでベッドの傍らに座る羽衣子とカーティスに手を伸ばした。ぼんやりしながら微笑んでいる。


「いい夢だね」


 それぞれ片方ずつハロルドの手を握る。


「善良な人間でいなかったのに、僕でも天国に来れたんだね」

「馬鹿を言っていないでもう少し眠っていろ」


 カーティスに言われて目を閉じたハロルドは口元を緩めて笑った。


「僕と、兄上と、ウイコしかいない世界だったらいいなって何度も思ったんだ。だから今幸せだよ。二人とも僕のことを心配してくれてる。ああ、ジルとか情報屋さんとかアーロンとかなら別にいいんだけどさ。いてもいなくても」


 その、いてもいなくてもいいと言っているジルさんはドアの前で安堵のあまり号泣していますがね。彼もずっとこの部屋から離れようとしなかった。

 強面をおろおろさせて弱音を吐き、ハロルド企みをカーティスに隠していたのを後悔して。クソガキの時から今まで彼の傍にいたのだ。愛情だってあったに決まっている。それでもジルはハロルドの命よりハロルドの望みを優先させた。褒められないけれど責められない。


「ごめんねウイコ。約束、やぶって。約束なんて、知らないかもしれないけど」

「知ってますよ。ちゃんと、覚えてます」


 ついさっきのことだったから。

 そう、と、呼吸と一緒に呟いたハロルドは眉間に皺をよせた。


「じゃあ言わせてもらうけど、ものすごく無理難題だったよ。気持ちを曲げないで、かつ自分を大事にしろって。気持ちは自分を犠牲にして兄上を王にすることなのに、死ぬな、は無理だよ」

「お前はそんなに頭がかたかったのか」


 約束のことを知らなかったカーティスでも、今の会話だけでハロルドの馬鹿げた考え方を理解した。兄を諦めるか、自分を諦めるか。そんな二択よりも両方を諦めないことだってできただろうに。


「僕は兄上のようにうまくいくかいかないか曖昧なことはしない主義なんだよ。そうだよ、そもそも兄上が救いようのないお人よしだからいけないんだ。すぐ騙されるから。ウイコもウイコだよ。あんな約束しなければマーティスの企みに諦めて屈して楽になれたし、捨て身の作戦を決意してから現れるんだからタイミングは最悪だ。おかげで気持ちがぶれぶれになった」


 あの小屋に行っても本当にいなくなっていたし、どこを探しても見つからないから諦めていたのに今更。

 眠りたくないと駄々をこねる子供のように、ぶちぶち文句を並べているハロルドに羽衣子もカーティスも泣いて目を真っ赤にするジルも呆れながら安堵している。目が覚めなかったらどうしようと不安で仕方なかった数分前が何年も前のことのように感じる。


「もっと最悪なのは二人とも酷い浮気者なことだよ。僕がいない間に勝手に兄上を誑かして、ウイコを誘惑して。ああ、裏切られた気分だ」

「誑かしてなんていませんけど」

「もちろん兄上と並んだらウイコは見劣りするけど、僕を夢中にさせる人なんだ。兄上を転がすくらいわけないよね」

「転がされた覚えはない」


 見劣りするって。なんて言いぐさ。


「……駄目だ、眠い」

「だから寝ろと言っているだろうが」

「僕の眠っている横でベタベタしないでね。後で色々訊くよ。騒ぎは……どう……なったか……」


 すっと眠りについた弟を確認すると、カーティスは椅子から崩れ落ちた。床に顔をつけてぼんやりして、胸を押さえている。


「心臓がいくつあっても足りない……。馬鹿どものせいで」

「どうして複数形なんですか。私は」

「黙れ大馬鹿者。待っている約束だっただろう」

「はい……」


 法の通じない相手。裁きようのない人。魔王だったらどうだろう。

 アーロンともとの時間に戻ると同時に場所を魔王城へ飛ばしてもらった。

 カーティス王子の要請によりすでに兵は貸したはずだ。まだ何か用でも、という魔王に、ハロルド王子が自らを犠牲にしようとしているかもしれない、と伝えた。すると魔王は既に遅いと言う。すでにハロルドは貫かれる寸前だと。

 だったら魔法で彼を助けてください。それをしてやる義理はない。

 素っ気ない魔王に姉は一言、妹の言うことをきいてくれたらキスくらいしてやると。それで魔王はすぐさま動いた。

 それからは一瞬で倒れたハロルドの傍に移動して、魔王は彼の傷をなんてことのないように治して帰っていった。

 魔王様々、否、姉様々だ。

 城内にいた宰相派や国王に忠誠を誓った騎士たちと国王夫妻、宰相は全て地下牢。

 城内はカーティスの軍がおさえ、今は静かになっている。

 敵も味方も死なせたくないカーティスの目論見通り、剣を交えながら、連れてきた魔族の援軍にこつこつと魔法で敵を地下へ送ってもらった。死者は奇跡的にゼロ。騎士団長であるジルや彼を慕う部下がカーティスの側を援護したのも大きかった。

 ハロルドが刺される場面で丁度彼らを現場に誘導し、王子殺害の目撃者を多数作るのが彼に任されていた役目だったそうだ。

 国王はどうやっても滅ぼせない。兄は宰相を殺せない。そうすれば同じことに繰り返しになる。何もできない王。宰相に弱みを握られた父は、宰相が生き続ける限り愚かな王であり続ける。

 そして宰相が改心することも絶対にありえない。

 ハロルドはその理由を知っていた。

 カーティスもたった先ほど、ジルに真実を知らされた。正直自分が彼ら兄弟と同じような立場にあったら冷静ではいられないだろうと思う。


「大丈夫ですか……?」


 床に寝転がるカーティスの肩に手を置くと、気だるそうに顔が上げられた。


「愚弟が目覚めて幾分かはマシになったな。俺より……」

「そうですね……」


 どう知らせたものか。知りたくないであろう真実を。


「レダ……」


 少ししか接したことのない羽衣子でも複雑な思いがある。彼女のことをよく知っているカーティスや弟はもっと様々な感情を抱き悩む。

 ねえ、あんた今、レダさんの傍にいるの? その子のこと、守れる?

 カーティスでは、駄目。もちろん羽衣子でも、駄目。当事者ではなくて、彼女を知っている人でないと。当事者ではただの傷のなめ合いになる。まったく他人に何を言われても声は届かない。

 今はハロルドの傍を離れるのも気がひける。

 弟が彼女の近くにいることを必死で祈るしかなかった。


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