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 貴方の年は? 八歳。貴方のお兄さんの年は? 十歳。兄弟仲は良好ですか? 上々だよ。残念ながらこの世界の西暦はわからないので今は何年? という質問はできない。

 部屋の中には何の変化もない。

 羽衣子のいる場所の時間は変わっていないはずだ。食料のストックも、調理器具の状態も、部屋の埃の具合も。

 しかし目の前にいるのは、こんな森の中にいるはずのないハロルド王子。しかも十年前の。


「……あの」

「何。不快な視線を浴びるのは気分が悪いよ不細工」

「すごい。可愛くない」


 こんなに見目麗しい子供なのに。

 あのにこにこ王子は子供の頃こんなに可愛くない子供だったのか。この子がハロルドである、ということを疑わないくらいにはこの年の段階で面影がある。しかし言動はどちらかと言えばカーティスに近い。


「私がおかしいのか貴方がおかしいのか……」


 ここに羽衣子がいるのがおかしいのか、ハロルドがいるのがおかしいのか。今はいつなのか。でも家の中を見る限り羽衣子が出る前と変わらないし、時間がくるった気がしない。


「ねえ」

「何ですか?」

「甘い物が食べたい」


 羽衣子の混乱をよそに、自称ハロルド王子がテーブルをたたいて催促してくる。


「ハロルド王子、いつお帰りになるんですか? 狸にばかされたとかじゃなくって、どうしてこんな場所にいたのか教えてほしいんですが」

「甘い物が食べたい」


 わかったよ。林檎むくから。

 イライラしながら林檎の皮をむき始めるとハロルドはそれでいいと頷いて、代わりに羽衣子の質問に答えることにしたらしい。


「マーティスのハゲ狸が狩りに行こうって言いだしたんだ。嫌な予感しかしなかったけど父上が行って来いって言うし、僕が行かないなら兄上が連れて行かれてしまうから。そしたら案の定だよ。ちょっと顔洗ってる間に馬連れて逃げやがって、僕は置き去り」

「そんな、王子様を遭難させたら宰相さんはそれこそ死刑じゃ……」

「ありえないよ。父上はマーティスがお気に入りだし、僕は兄上のスペアだから。無くてもさしたる問題はないよ」

「いやいやいや。国宝級レベルの美少年が遭難なんて国中大騒ぎでしょう」

「確かに僕の容姿はとても優れているけれど、比較すると兄上の方が品もオーラもあるし、兄上がいればやっぱり問題ないよ」


 自分の容姿が整っているのは自覚済みらしい。兄弟そろって嫌な美形だ。

 品……。

 彼の兄上に、品……。

 あった……かな……?


「お兄さんの評価が高い……んですね……」

「当然だよ。兄上は素直で、美しくて、優秀で努力家なんだ。欠点なんて一つもない。優しくて寛大な方だよ」


 優しくて、寛大……? 今はそれもわかるが、出会ったころのカーティスを思い出すと、うぅん? と唸ってしまう。

 ちょっと興奮気味に話すハロルドにも違和感を覚える。羽衣子が知っているのは、兄上が邪魔だと言うハロルドだけだから。仲直りするくらいなら死んだ方がマシとまで言っていたハロルドが、兄の自慢話をしているのは異様な光景だ。


「兄上が王位を継いだら国はきっともっとよくなる。マーティスなんか退けて、僕は兄上の右腕になるんだ。兄上は何に関しても素晴らしいけれど、騙されやすいからなあ」

「欠点あるじゃないですか」

「欠点が何もないなんて欠点は兄上にはないんだよ。不細工の癖に生意気だな」

「矛盾なんて貴方にはどうでもいいんですね」


 空っぽになった皿を引っ込めて、ボウルに入れた林檎を頬張る美少年を苦笑して見守る。兄上が騙されやすいと言うけれど、貴方もちょっと心配です。お姉さん、貴方と初対面ですよ。そんなに迷いなくお姉さんが出したもの食べちゃって大丈夫ですか。近い将来毒をもられるんですからね、貴方。


「まあ、マーティスも僕を殺す気はないと思うよ。いつもみたいな嫌がらせ」

「子供にそんなに頻繁に嫌がらせするんですか」

「ただの子供じゃなくて神童だから、僕のことが目障りなんだよ」

「なんという自己の過大評価……」


 ふうっと、少年ハロルドが頬杖をつき窓の外を眺める。


「そのうちジルが探しに来るから、そしたら帰るよ。もちろんそれまでここで休ませてくれるよね? 君のような見るからに貧乏な人が高貴な僕を無下に扱ったらどうなるかくらいわかるよね?」

「あんまり友達いないんじゃなくて一人も友達いないんじゃ……」


 こんなに可愛くない子供っているんだ。年齢が二桁になるまでは大抵天使だと思ってたけどそんなことは全くない。こんなに可愛い容姿なのに全然可愛くない。


「ジルって?」

「新米の騎士だよ。僕の世話もしてる」

「それはお気の毒な騎士さんですね……」

「どういう意味」

「ご想像にお任せします」


 空っぽになったボウルを逆さまにして、もっとよこせと催促してくる。


「残念。もうありません」

「ここに来る途中に木があるでしょ。取って来て」

「何様……」

「王子様だよ。さっさとしてよ」


 そんなその通りのことを言われても返事のしようもない。王子様だって感謝の気持ちを忘れちゃいけません。でも何様だって言ったのは自分なので文句をつけられない。


「……一人で待っていられるんですか?」

「馬鹿にしてるの? いいからさっさとしてよ」


 馬鹿にはしていないけど引いてはいる。未来のにこにこ微笑み王子は今のところにこりともしない。十八歳の彼よりも表情のバリエーションは豊かだけれど。


「あの、もし私が出ている間に騎士さんがむかえに来ても私に誘拐されたとかでたらめ言わないでくださいね?」

「言わないよ。早く行ってよ愚図だな」

「お礼を言われることはあっても騎士さんに切り捨てられることしてませんからね。その辺りの説明はきちんとしてくださいね」

「しつこいな! わかったから!」


 ぷんすかしながら羽衣子を追い抜いて入口に向かった少年ハロルドはドアを開けて早く行って来いと急かしてくる。

 信用しない羽衣子に頬を膨らまし足踏みする姿に、おお、と指を差す。


「その顔はちょっと可愛いですよ」

「うるさいな。どの顔も可愛いよ」

「その発言は可愛くないですよ」


 誰も来ないはずだけど、誰か来ても出なくていいですからね。騎士さんの声がしたら別だけど、子供が一人の時は一般家庭じゃ来客に対応しなくていいんです。あと触ってはいけない物はあまりないですが調理器具には包丁もあるので極力いじらないように。あとあと……。

 注意を色々していたら、途中で背中を押されて外に出された。

 取ってくるまで帰って来るなと。

 ここは一体誰の家?

 いや、羽衣子の家でもないけれど。




***




 三つで十分か。それに羽衣子に届く高さには三つかしかない。カゴも何も持ってきていないので抱えられるのもこの数で丁度いいくらいだ。

 林檎の木の位置も、途中にあるカーティスとジョシュアが耕した畑も羽衣子の記憶と変わらない場所にあった。林檎の木がいつからあったのかまでわからないにしても、畑はカーティスとジョシュアがここに住み着いてからできたはずだ。つまりどんなに作られてから経っていても一番昔で五年前。家で待つハロルドは羽衣子が知っているよりも十年前の姿。

 どう考えるべきか。

 彼は若返ってしまった? それとも、タイムスリップしてきた異なる時間のハロルドで、今この時間には現在のハロルドと十年前のハロルド二人が存在しているということなのか。

 林檎を腕の中で磨きながら、んんーと考え込んでいると、後ろの茂みに生き物の気配を感じた。

 このあたりに頻繁に姿を現すのはうさぎ。今回も例にもれずだろうと振り向くと、あまりの衝撃に悲鳴をあげた。


「待ってください、お嬢さん。怪しい者ではないのです」


 逃げようとする羽衣子に低い声でそう言うのは、鬼のように恐ろしい顔つきの男だ。しかし声は若々しく爽やか。それでついつい足を止める。

 よく見ると見覚えのある顔だ。

 怖い顔を申し訳なさそうに歪ませた男は、城で見たことがある。


「騎士団長さん?」

「は……。私はまだ下っ端です。こんな顔ですが……」


 いやしかし。この強面は城にさらわれた初日に見た男そっくりだ。ハロルドは彼を騎士、そして団長のくせにと言っていた。

 ふっと頭に八歳のハロルドの姿が浮かぶ。

 あれ、そういえば団長さんも、依然ちらりと見た時より筋肉ががっつりついていない。顔も気持ち若いし、声もあの時の方がドスがきいていた。


「少々うかがいたいのですが、このあたりで服だけ上等で口が悪く、見目はいいのに可愛げのない子供を見かけませんでしたでしょうか」

「見ました」


 失礼ながらお名前は……と尋ねると、男はジル・ブラウンと名乗った。なるほど、いつかにこにこ王子は世話をしてくれる騎士にさえ可愛げがないという評価をうけているらしい。

 行き倒れていた子供を保護してかくかくしかじか、と説明すると、ジルは渋い顔をして深々頭を下げる。これは頭を下げ慣れている人の謝り方だな。きっとあのお坊ちゃんのせいだな。


「家で待っていますから、ご案内します」

「何から何まで申し訳ありません。殿下は親の育て方が悪かったばかりにとんでもないクソガ……いえ、ご多忙な両陛下に構ってもらえない孤独な日々のために大人びたお子になられてしまい」

「親の育て方が悪かったばかりにとんだクソガキになったんですね」

「ええ、その通りです」


 苦労しているのだろう。眉間の皺は深々と、多分くせになっている。

 なんでも、王子と同じ馬に乗っていたジルは必然的に馬を連れて置いてきぼりをくらったハロルドの巻き添えをくらい、近くに食料や民家はないか探しに行ってくるので大人しくしていてくださいと王子に頼んだがその王子はまんまと言いつけをやぶり一人で冒険に姿を消したという。そして羽衣子が見つけた時には行き倒れ。

 たしかに八歳の子供が一人で馬に乗るのは少し不安ですもんね。なるほどそんな経緯が。


「……ジルさんのお父さんかお兄さんは、騎士団長さん、なのでしょうか」


 唐突な問いに、ジルはきょとんとして首を横にふる。


「いえ、私の家は政に触れる職の者ばかりで、私は我が家で初めての騎士ですが……」


 ならやはりこの人も、羽衣子と異なる時間軸の人。

 子供のハロルド相手にするには複雑な話だったが、彼は見たところ羽衣子より年上。それにこの世界の人間に話した方が解決は早いかもしれない。


「あの、私は以前に貴方に会ったことがあるのですが……」


 起きているのは若返り? タイムスリップ?


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