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 俺は馬鹿か。

 英衣は呟いて、溜息をついた。

 子供っぽくちょっとしたことでいじけて、自分から拒否したのに挙動不審に逃げられてつい、気になってしまった。そしてレダの部屋の前にいる。

 明日には、ついに勇者様の方からレダ様のお部屋へ行かれた! という噂が飛び交うだろう。


「レダ」

「はっ!? エイ様!? 何故ここに」


 ドアの向こうから慌てる声、続けて転ぶ音。


「転んだ? 大丈夫かよ」

「はい! なんともございません!」


 下の方から声が聞こえる。まだ起き上がれていないらしい。


「入っていい?」

「え!? どうしてですかっ? 駄目です!」

「なんで駄目なんだよ」

「こんな遅くに未婚の男女が一つの部屋で二人きりなんていけませんわ!」

「胸に手を当てて考えたら十秒も経たないうちに今までの自分の問題点に気づかないか?」


 何が、いけませんわ! だ。それがわかっているなら毎晩毎晩訪ねてくるお前はなんだ。


「じゃ、ここでもいいよ。何でさっき、いきなり逃げたんだよ」


 いつもなら、閉め出されてもねばってねばって、英衣が開けるまで絶対に帰らないくせに。今日は突然勢いを失ってばたばた帰って行った。英衣が開けかけたドアをわざわざ閉めて。

 部屋から返事はない。


「答えたくない?」

「……」

「そこまでアホじゃないと思うけど、今頷いた? 見えないから俺には届いてねえぞ」

「な、な、透視能力があるのですか!」

「ねえよ。マジかお前」


 馬鹿かよ。

 それで伝わるわけがないだろうに、本当に首ふりで返事をしたのか。


「言いたくないなら無理に聞かねえけどさ。まあ、うん」


 出てこないなら、とりあえず、彼女が逃げる前、ドアを開けて言おうとしたことを伝えるとする。


「差し入れとかいいから、見に来るくらい、いつでも」


 あんなみっともない姿でも、いいなら。素敵、なんて初めて言われた。浮かれている。やはり明日になればこんなことを言ったのを後悔するかもしれない。でも今は、そんなことをどうでもいいと思うくらい嬉しかった。

 必死なくせに成果がでないのはかっこう悪い。そう思う気持ちは変わらないが、そう思わないでくれる誰かがいるとみっともない自分もそこまで嫌ではなくなった。


「嬉しかったんだ。あんな風に言ってくれて。ありがとう、レダ」

「い、いいえ……」

「俺さ、レダのこと、結構好きだ」

「う!?」


 ガン、とドアに重い物がぶつかる音がした。位置から考えて、まさか頭……。

 大丈夫か、と声をかけると、消えそうな、震えた声で大丈夫です、と返ってくる。


「レダと話すのは疲れるけどそこそこ楽しいよ。素直だし、優しいから、落ち着く。いい奴なんだよな。心配しなくても、きっといい人がお前を見つけて、幸せにしてくれるよ」

「え……?」


 面倒くさいし、アホだし、図々しいお嬢さんだけど。根は素直で良い子だ。たとえ勇者に置いて行かれた元婚約者、などという不名誉なレッテルをはられても、見る目のある人間なら彼女を見つけ出しきっと幸せにしてくれるだろう。

 たとえ悪い男に囚われても彼女はその素直さ改心させてしまうかもしれない。

 もちろん、前者の方がいいに決まっているが。


「今日だけじゃなくて、俺はレダの言葉に救われたことが何度もあるよ」


 疲れて帰っても、毎晩押しかけて来る彼女を部屋に入れるのは彼女がしつこいからというだけではない。彼女の素直な言葉や飾らない態度に密かに癒されていた。

 彼女と話していると、自分の悩みがとてもくだらないことに思えて、次の日も頑張ろうと思えた。


「だから俺も、もうちょっとレダの力になれるようにするよ。婚約の破棄も、もっと真面目に考える。最悪、そうだな……。婚約破棄できないのであれば魔王討伐に行かないとか、言って立てこもるか。それだけだとレダが一方的に拒否られているみたいになるから、お前にも付き合ってもらうことになるけど」

「そこまで、しなくても……」

「そこまでしないと王様もお前の父親も頷かねえよ。結婚は絶対に嫌なんだろ」

「絶対じゃ、ありません……」


 ドアが、ゆっくり開く。

 俯いたレダは部屋から一歩出て英衣の服の袖をぎゅっと握る。


「嫌、でも、ありません……」

「よく言うな。最初にあんだけ失礼言ったんだから今更取り繕わなくてもいいっての」

「取り繕ってなんて、いません!」


 眉をㇵの字にして顔をあげたレダの顔は真っ赤になっている。

 直感的に、まずい、と思った。どうやら英衣にとって予想外の展開に転ぼうとしている。


「わ、わた、私も、わかりません。こんなこと、初めてで。今まで、男性にこんな気持ちになったことはなくて……! エイ様は意地悪でいらっしゃいますし、口だって悪くて」


 そう。そのまま憎まれ口をたたいてくれないと英衣は困る。

 けれどレダはそんなことに気づかず、英衣の望まぬ方向へ話は傾いていく。


「でも頑張り屋さんで、時々優しくて、時々素直で、笑った顔が可愛くって……。私のこと、容姿や宰相の娘という立場で判断したりしなくて……。私……、私……」


 涙目になって、レダはゆっくり英衣に体重を預けて来る。

 駄目だ。俺はそういう目でこの子を見ていないし、この先も見たらいけない。わかってはいるけれど、こんなことをされてはつい、抱きしめてしまいたくなる。なんせ恋愛経験がほとんどない。兄弟の中でも上の二人と下の二人の経験の差は歴然としている。

 理性の押さえ方など知らない。

 根性で、レダを抱きしめようとする手をおさえる。


「私、貴方以外と、結婚したくありません……。きっと私は、エイ様のことを」

「待て」


 彼女を抱きしめず、右手でレダの口元を覆う。


「気のせいだ」


 きょとんとするレダに、言い聞かす。


「最近俺とよく話すから、勘違いしてんだよ。接する期間が長けりゃ、そりゃ、話しやすくなって慣れたりするけど、それは俺以外でも同じだ。聞いたところじゃレダはあんまり男と接することがないらしいし、これから別の誰かと話すことがあればそっちに」

「そんなことありません!」


 よりかかっていただけのレダが、ぎゅっと抱きしめてくる。いい香りや、やわらかな抱き心地に少し気持ちが揺れたが、なんとか自分を保つ。


「姿を見るだけで幸せなのです。お話できるだけで幸せなのです。次貴方に会う時のことを考えるだけで、胸が苦しいの。初めてだからわかりません。でも、きっと、それは恋でしょう?」


 頭をがつんと殴られるような衝撃とはこのことか。

 こんなに可愛い子が、こんなに自分を好いてくれている。本当に現実か。異世界に召喚されて勇者になることよりもありえなくはないだろうか。


「……俺はレダと一緒にいられない」


 でも、どんなにありえない奇跡でもそれを喜んで受け入れることはできない。


「レダはいい子だ。俺もレダと一緒にいるのは楽しいよ」


 彼女のような女性に好かれるのは大変に光栄なことだ。彼女に対して英衣も好意といかないまでも好感は持っている。けれど、彼女を傷つけることになってもこれだけは譲れない。


「でも俺は帰るんだ。家族や前の世界の生活を捨てることはできない」


 絶対に。


「俺はレダを、選ばない」


 自分に抱き付いている彼女の肩が揺れ、小さな嗚咽が胸にしみ込んだ。


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