46
かなり短めです。
ドアが開かない。鍵をかけられている。こんなことは今までに一度もなかったのに。
お留守かしら? と、ノックをしてみる。
「誰」
不機嫌な声が返ってくる。
「もちろん、私ですわ、エイ様」
こんな時間に来るなんて、私以外いないでしょう? と言うと、胸をはって言うのではなく申し訳なさそうにすべきだと注意される。
「どうして開けてくださらないのですか?」
いつもだったら鍵なんてかけないし、勝手に部屋に入っても最近は何も言われなくなった。
「うるさい。覗き魔」
「のぞ……っ! 何のことです? 私はそんなはしたないことはいたしません!」
「はしたなくないレダの方が珍しいだろ」
「失礼な!」
ドアノブをかちゃかちゃ鳴らし続けながら、開けてくださいとしつこく迫れば、足音が向こう側に聞こえ、ドア一枚を挟んで英衣がそこに来たのがわかった。
「酷いです。閉め出すなんて」
「ここは俺が借りてる部屋だぞ。閉め出すとは言わねえ」
「いつもは入れてくださるのに……」
中にいる人は黙っている。
「お姉様がいなくなってしまったから拗ねていらっしゃるのですか?」
「それは別にいい。あいつ、昔からよく俺のこと忘れるし」
近所の子供と公園でかくれんぼした時も、二人で母からおつかいを任された時も、まんまと忘れて一人で帰る。後から土下座する勢いで謝ってくるのだが、またすぐに忘れる。許してもらえることをわかっているから向こうも意識が低いのだ。
こちらも大変な迷惑をこうむるので簡単には許さないが、謝罪と一緒に向こうは賄賂を用意してくるので許さざるを得ない。たとえば夕飯が一人だけ豪華にされたり。欲しかった入手困難なゲームを用意してくれたり。
それを聞いてレダは、なるほど、と頷く。
「エイ様は簡単に買収されてしまうのですね」
「うるせえな。さすがに今回はちょっと気にしてるけど俺が怒ってんのはそうじゃなくて」
「怒っているのですか?」
「怒ってるよ。そっからかよ」
とにかく開けてくださらないとお話できませんわ、と言っても開けてくれる気配はない。
「覗き魔」
「なんです、さっきから!」
「お前、いつから見てたんだよ!」
中から、まくし立てるように早口で英衣が立腹の理由を話す。
百歩譲って俺が稽古が終わった後自主練してるのをばれてたのはいい。けど偶然一、二度見かけたとかではなく、毎日見られているとは初耳だ。死角から見ているなんて卑怯だ。稽古に付き合ってくれる兵士に聞くまで気が付かなかった、と。
ダン、とドアを殴られる。
「なんで見てんだよ!」
「だ、だって、だって……」
だって、エイ様は一生懸命だから、応援したくて。それに、頑張っているエイ様を見ていると、私も頑張ろうという気持ちになれるから……。でも、正直に言って、近くで見ようとして嫌がられるのは怖いから。
それが本心だが、彼はそれを理由として認めてくれるだろうか。
「……ごめんなさい。今度からはきちんと差し入れも用意して見学に行かせていただきます」
「そうじゃねえよ! 隠れんなっつーんじゃなくて見るなって言ってんだよ!」
「え!? ど、どうしてですか?」
「……みっともねえだろ」
馬鹿みたいに時間外まで稽古して、それでも人並み。だったら馬鹿みたいになっているところはせめて見られたくない。人並みなのは人並みにしか努力をしないからだと見られる方がマシだ、とうじうじ勇者はドアの向こうで一人沈んでいく。
「そんなことありません! 努力しているエイ様は素敵ですわ!」
一生懸命な姿が、城の人々から好感をもたれているのもレダは知っている。頑張るのはいいことで、頑張れるのは彼の長所。
「私は、一生懸命なエイ様が好きですもの!」
一生懸命なエイ様が、
「……あら?」
勢いで口走った言葉を頭の中で何度か再生してみる。
私は今、何を?
「私は、一生懸命な」
エイ様、が……?
「レダ?」
中から、不思議そうにする英衣の声がレダを呼ぶ。
「……い、一生懸命な人が好きですもの」
そう、そう、そうよ。一生懸命な人は素敵だし、そう、別に特定の誰が、とかではなくて。別に勢いでエイ様と言ってしまっただけで。
「だ、だから」
別に貴方を好きとか、そんなことはあり得ないわけで。貴方と結婚なんて私は嫌なわけで。
カッと顔が熱くなる。
「だから今日は自室へ戻ります!」
開きそうになった勇者の部屋のドアを押して閉め返して、ドレスの裾を持ち上げ、いつぞやのように全力で駆けてその場から逃げた。




