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 二人で並んで正座をして、二人で一緒にそろりと仁王立ちするジョシュアの顔を伺う。うさんくさいにやけ面ではなく、顔に影を落とし、無表情でこちらを見下ろしている。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていましたがここまで馬鹿とは思いせんでしたね、我が主」

「……」


 戻ってすぐ、起きていたジョシュアに正座を言いつけられ約三十分。ようやく沈黙は破られたが、肌に悪い空気なのは変わらない。

 カーティスがいなくなったことにすぐに気づいたジョシュアは羽衣子の手紙の存在など知らなかったので、カーティスまで何者かにさらわれたのかと大慌てで出かける支度を済ませたところだった。

 事情を話せば大激怒でこうなった。

 それも当然のこと。彼の主は革命を起こす手前まで来ている。女一人のために危険を冒すことはあってはならない。


「すみませんでした」

「ええ、まったく貴女にも言いたいことが山ほどあります。まずおかげさまで、私は父にどんな顔で会えばいいのかわかりません。そして何よりカーティスが貴女のもとへ気軽に行ける手段を用意したのがいけない。この男は貴女が思うよりもはるかに愚かなのです。それに加え、強い執着のせいで周りが見えなくなることも多々ある」


 まさか一人で、しかも本人が来るなんて思わなかったんです。というのは言い訳にならない。危険を冒せと言うように、城に忍び込める手段を渡してしまった。

 それにどこかで、本人が来てくれるのを期待していたかもしれない。


「アリステア殿の言うように、恋は盲目、だとしても。そのせいで自らが目指す未来まで見えなくなっては困りますよ、ご立派なカーティス殿下」

「……わかっている。反省している」

「猛省しなさい」


 額をおさえ溜息をついたジョシュアは、隈をうかばせて羽衣子をじとりと睨む。


「夜食」

「え」

「いますぐ夜食を作りなさい。私も空腹がおさまれば腹の虫もおさまるでしょう」


 もとをたどればオルフェに預けた私にも問題はありましたからねと、言いながら、いつもの席に座り、カーティスにも座るように声をかける。


「行ってしまったものは仕方がありません。成功したのならもう結構。次同じことをする日が来たら勝手にのたれ死んでください。私は二度死んだ王子のことなど早々に忘れ、堅実な職に就きますよ」


 ああ、むしろその方が私はいいですね。理解ある上司と安定した収入が手に入るわけですから。どうぞ、次もご勝手に、と、ジョシュアは頬杖をついてうとうとしながらぶつぶつ言っている。

 もう結構、なんて絶対に思っていない。

 けれどまた謝ろうとすると、そんな暇があるなら早く夜食を作れと急かされる。台所は埃の具合から考えて使われていない。また、まともな食事をとっていなかったのだろう。

 少しでも謝罪が伝わるように、いつもよりも気合を入れて作ったら、夜食なのに重すぎますと説教をくらった。




***




 私のベッドと言い難いベッドがなくなっている……! 寝心地最悪のベッドが……!


「邪魔だから撤去したんですよ」

「そんな……」


 じゃあ今日は湿ってしけった床で眠れと?


「どこかの誰かが毎晩亡霊のような顔でその上にうずくまっていたので、気味が悪くて撤去したんです」

「え……怖い」


 ぞっとして部屋の中をきょろきょろ見回す。怖くなったのかカーティスも俯いて拳を握っている。


「今更ですけどここ、何か出るんですか……」

「どうでしょうね」


 腹が満たされて、疲れた顔をしていたジョシュアはさっさとベッドに潜り込む。

 あ、本当に床で寝ろってことですね。散々迷惑をかけたので文句なんて言える身分じゃない。

 毛布が余分にあるのが唯一の救いだ。

 丸まってくるまって、床に寝転がろうとしたら背中を支えられて座った形で止まった。


「どうしたんですか? あ、おやすみなさい……」


 あいさつをしなかったのが癇に障ったのだろうか、とカーティスをうかがいながら挨拶をするが、違ったようで反応はない。

 次の瞬間には体をふっと横抱きにされて、そのままカーティスのベットに下ろされた。


「え、カーティスさんが床で寝るんですか?」

「そんなわけがあるか。床で眠ってまでお前に寝床を譲らない」

「もっと女の子扱いしてくれてもいいんですよ」


 女の子なんだから体を冷やしたら大変だよ、とか。言ってくれる人じゃないことは知っている。

 なんのつもりかはわからないが、苦笑して下りようとしたら止められた。


「ここで寝ればいい」

「じゃあカーティスさんは今日はもう眠らないんですか?」

「寝る」

「床で眠らないんでしょう?」

「ここでだ」


 自分もベッドに上がって羽衣子に布団をかけようとするカーティスを止める。


「床で寝ます」

「体を冷やすだろう」

「今までそんな心配しなかったじゃないですか」


 野宿だって平気でしてきた。毛布があれば十分だろうくらい言いそうなのに。

 ベッドもそんなに大きくない。くっつかないと落ちてしまう。


「何もしない……ように、努力する」

「何もされないのはわかってます。自惚れるなとか、貧相とか、色々言ってくれたおかげで自信は少しずつ減ってます」

「可愛げがないな」

「知ってます」


 だから、床で大丈夫です。

 何もしないと言われても、羽衣子は意識してしまう。


「ちょ……っ」

「うるさい。黙って寝ろ」


 抱きしめられて、頭が真っ白になる。ハロルドの時とは違う緊張がプラスされている。顔が熱くなって、体も。

 においとか、頬にちりちり当たる毛先とか。背中に回されている腕も、かかる息も。触れ合っているところすべてが、緊張だけではなくて、嬉しくて、くすぐったくなる。

 何も後ろめたいことはしていないのに、ほんの一メートルと少ししか離れていないベッドで眠るジョシュアが起きてしまうのが怖くて仕方ない。


「ハロルドには何もされなかったか」

「はい……」


 本当に、何もされなかった。その気になれば何でもできたのに。

 きっと、自惚れではなく、ハロルドの好意には嘘がなかった。まっすぐに向けられていた。それなのに、彼はずっと優しかった。

 最後、さよならと言った時、多分泣いていた。どうして泣いていたのか、どうしてあんなことを言ったのか。彼のことを考えるとすべてに『どうして』という思いが先につく。何もわからないまま。何も返せないまま。

 ハロルドに対してとても残酷なことをしている。

 それなのに、今はカーティスのことしか考えられなくなっている。酷い話だと自嘲しながら、カーティスの服の袖をぎゅっと握った。


「ありがとうございました。来てくれて」


 ん、と短く返される。


「傍にいてほしいって言ってくれて、嬉しかったです」


 返事はない。


「もう寝ました?」


 寝る時は一瞬で寝てしまうからわからない。風邪の時みたく。

 起きていても、眠っていても、どちらでもいいか、と思った。どちらかといえば、眠っていたらいいなと思った。

 どちらかわからない今の方が、言いやすいから。

 聞こえてなくてもいい。忘れてくれてもいい。彼の意識がはっきりしていない今のうちにしか言えないだろうから。


「私も傍にいたい」


 そっと、彼の背中に自分の腕も回して、ゆっくり抱きしめ返す。

 こんなこと、言いたくないけど。言わなかったら一生後悔する気がする。


「貴方が好きです」


 ハロルドに、私も愛しているとは言えなかった。本心ではないからというのが一つ。羽衣子が、愛していると思っているのも伝えたいのも、彼ではなくカーティスだからというのがもう一つの理由。

 目がしらが熱くなる。


「私のこと、好きにならないでいいから」


 もう会えない人との思い出なんてない方がいい。その思いは変わらないのに、それでも、願ってはいけないことを願う。

 好きになってくださいなんて言わない。

 だって二度と会えなくなる人だから。

 羽衣子以外の誰かを好きになって、夫婦になって、家族を増やして、幸せになればいいと思う。

 自分ではない誰かと幸せな家族になるカーティスを想像して、そんな日が来るように、革命も成功させないといけませんね。がんばってくださいね。そう心の中で言って、笑おうとしたのに涙があふれてきた。


「好きに、ならないでいいから……っ」


 いなかったことにしないで。


「私のこと、忘れないで……」


 せめて、記憶の一部にして。


「……」


 返事はない。

 その代わり、急に抱きしめる力が強くなった。


「……眠ってますか?」

「……」

「眠ってると、いいな」


 こんな気持ちは虚しいだけだから。声に出したらすっきりしたけれど、虚しさも増した。伝わらない方がいい。

 彼が同じ気持でも、違う気持でも、喜べないから。


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