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 悪魔の化身ハロルド王子の悪行を、熱く語るレダに苦笑して、これはどうしたものかと弟に目で助けを求める。そっと目を伏せた弟は助けてくれる気はないらしい。


「ですからお姉様、騙されてはいけません。あの方は、きっと人類の滅亡を目論んでいるのですわ」

「スケールがとても大きなお話ですね……」

「あの方は人間ではありません。正真正銘根っからの悪魔ですわ。あの方のせいで、お父様は苦しんで、カーティス殿下は……っ」


 びくっと震える。

 やっぱり、弟にカーティスのことを聞かせていたら危なかった。彼女はカーティスの死を悲しんでいる。羽衣子ですら、彼女の今にも泣き出しそうな顔を見て言えたらどんなに楽だろうと思う。けれど彼女は、父親のことも慕っている。全てを教えてしまうには不安定すぎる。


「つーか、何がお姉様だ。名前で呼べよ。お姉様なんて呼ばれるような顔してないだろ、そいつ」

「おい、うるさいぞ愚弟」


 自分だってエイ様なんて呼ばれる顔じゃないだろうに。


「で、ですけど、エイ様のお姉様ということは、もし婚約が破棄できなかった時私のお姉様になりますもの」

「そんなことはあり得ないんだよ。俺が帰るまでに破棄できるか、俺が帰って破棄になるかのどっちかだろ」


 真っ赤になって弟をぽかぽか叩くレダを見て、一つ、思いつく。


「レダさんは、お城の中の道を全部覚えていますか?」


 きょとんとしたレダは大きく頷く。


「はい。もうずっと、ここに住んでおりますので」


 イチかバチか、試してみたいことがある。


「行きたい場所があるんですが、案内してもらえませんか?」




***




 準備は整っても最後の仕上げは一人ではできない。

 ハロルドが帰ってくるまで手持無沙汰で、暗くなってきた空をちらりと見る。

 窓枠に頬杖をついていると、真下から猫の鳴き声がした。中に入りたいのか、壁にがりがり爪をたて、こちらを見上げる猫には見覚えがあった。

 よっ、と身を乗り出し、抱えてやると胸にすり寄って来る猫は随分と人懐こい。見覚えがあるといっても猫の見分けに慣れているわけではないので、似ているなあと思うだけであの時の子だ! とはならないが。

 女の子だったらごめんよ、と確認する。

 オスだ。

 本当にあの時、魔王城へ向かい途中森で会った猫だろうか。けれどだとしても、猫がいたのは場外。猫は、城にかかっている魔術に関係なく入って来られるのだろうか?


「オマエ……っ!」


 掠れた声が耳に届く。

 一瞬目が合った彼は窓から見える範囲からフレームアウトしたが、すぐにソロリ、ソロリと見える位置に入って来て、しまいには窓枠に手をかけてきた。


「こんばんは」


 言って、下手くそな笑い方で手をひらひらさせる少年の指を、きゅっと掴む。悪戯を誤魔化す子供みたいな顔をしていた彼は、叱られるのを怖がる子供の顔に変わる。


「こんばんは、オルフェさん」

「あい、いたい、痛い! 痛い!」


 曲がらない方向に曲げられそうな指を、もう一つの手を使って一生懸命軌道修正させようとするオルフェを無視して圧迫し続ける。


「どの面下げて私の前に出てこられたのか知りませんけど、出てこなかったら出てこなかったで呪い殺してしまうところでした」

「ごめん! 痛い! ごめんなさい!」

「反省してるといいなあ」

「してる! してます!」


 指を離して、代わりに手首を拘束する。


「お元気そうで残念です、クソガキ」


 頬を引きつらせて笑うオルフェは羽衣子に抱かれている猫に手を伸ばすが、とうの猫はそっぽを向く。


「猫ちゃんとお知合いですか?」

「そ。俺の」

「使い魔? すごい! ここに来て一番のファンタジー」

「や。ちょっと賢い普通の猫」


 そうなの? と猫に問いかけると、人間のように頷いて肯定する。この賢さはちょっとでも普通でもない。本人たちがそう言うなら構わないが。


「このマセ猫め。すぐ女に擦り寄るから仕事になんねえよ」


 仕事に猫が協力しているなら最早ちっとも普通の猫じゃない。


「ペットは飼い主に似るって言いますよね。私を騙して報酬もらったクソガキよりも、この子の方がずっと可愛いですけど」


 ゴロゴロいってすり寄って来る猫を存分に撫でまわしたいが、生憎手はクソガキの手首を掴んでふさがっている。


「帰るの、協力してください」

「無理だよ。んなことしたらハロルド様に殺されちゃうじゃんか」

「誰のせいでこうなったのかなあ」

「運命のイタズラだよ」


 足を振り上げて蹴り飛ばせたらいいのに、上質なドレスをお借りしているのでそんなことをできる身分でも身なりでもない。


「じゃあせめて、私の頼みを一つくらいきいてくれますよね? 貴方のおかげで迷惑をこうむってるんですから」

「どうかな。俺には何のメリットもないからなー。ウイちゃんに手出したらハロルド様もカーティス様もうるせえ。しかもウイちゃんは俺に報酬だって払えない」


 あんたのメリットなんてあってたまるか! こっちは謝罪と反省とそれに対する償いを行為で示せって言ってんだクソガキが! と叫べば城の誰かに見つかるので深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「メリットはないけど損害はあるでしょう? 弟が勇者様ですよ? ついでに、帰りたいってお願い以外は何でもきいてくれるって言う王子様がいるんですよ」


 まあ、冗談だろうけど。しかも、お願いを叶えてもらったら最後、倍のお礼を要求されそうでできない。


「結構ヤな性格してるよね、おねーさん」

「自分が可愛いなら、ちょっとそこで大人しくしてましょうね、ぼくちゃん」


 腕の中の猫を思い切り撫でまわしながら机の方へ行って、用意していた手紙を取る。まさか早速、いい駒が自ら姿を現してくれるとは思わなかった。

 託すなら、オルフェが適任だと思っていたが、オルフェと再会できるのは賭けだった。ありがとう猫ちゃん、と鼻にキスをする。


「これをカーティスさんに届けてください」

「はっ!? 無理! やだ! 今カーティス様に会ったら本気で殺されるよ。ウイちゃんをハロルド様に渡した時だってさー、マジギレだったからね。心配しすぎだっての」

「……嘘」


 マジギレ。心配。

 そんなに? 殺されそうになるくらい、心配している?


「……っ」


 そうかわかった。カーティス側の情報を持っている羽衣子が敵の拠点にいるのは落ち着かないということか。

 熱が上がった頬を、腕の中の猫が舐める。


「あははは!」

「え? なに、急に。怖いよ」

「何でもないです。ちょっと頭がうまく回らなくなっただけで。はい。じゃあ手紙お願いしますね」

「人の話聞かねえなあ!」

「あ、勿論中身を勝手に見ない様にお願いします。勝手に開封されてなかったか後でカーティスさんに確認しますからね」


 もう会えないかもしれない可能性なんて考えたら負け。


「俺が拒否したら。途中でこれ捨てたら」

「情報屋さんに手を出されちゃった。って、誰かに」

「……行くぞ」


 オルフェが手を伸ばすと、猫がのんびり羽衣子の腕からそちらへ移る。


「引き受けてくれるんですか?」

「逃げ道ふさいでおいてわざとらしい質問すんなよ……。これで貸し借りなしだかんね」

「貸し借りなしにするためには私をカーティスさんのところに連れて帰らない限り無理ですよ。頑張ってまだまだ労働してくださいね」

「もう意地悪いおねーさんに見つからない様に気をつけますね……」


 うまくいきますように。

 手紙は託した。あとは運と、カーティス次第。


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