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 ハロルドが仕事に出て行くと、それを待っていたように弟が部屋に来て羽衣子を連れて自分の部屋に戻った。

 テーブルを挟んで座った弟は人差し指を忙しく打ち付けている。


「で」

「で?」

「里衣子と景衣はどうしてるんだよ。あの場では言えないことだったんだろ」


 さすが、自分よりは鋭い弟。ぼやかしたことに気づき、かつ、それが環境によって言えないことだったからというのにも気づいていた。

 だが弟を疑うわけではないが、まんまと宰相に洗脳されている可能性もゼロではない。オルフェによれば洗脳されているハロルドも、見ただけではそうは思えない。洗脳されているとしても簡単にはわからないのかもしれない。


「んんーと……」

「安全な場所ってことは少なくとも、城には関係ない場所、そんで過激な反乱軍でもない場所なのは確かだろ」


 おや、と瞬きする。


「勇者殿はお城が安全じゃないと思うの?」

「そりゃそうだろ。戦争したくてうずうずしてる王様とお偉方だぞ? しかも聞けば、魔族と戦争するのは魔族が人間を害するからの一点張り。魔族がもっと化け物っぽければ話は別だけどちょっと超能力がある人間だろ。人間側も結構なことを魔族にしてるらしいし」


 ちょっとでも超能力があったら相当すごいけれど、この世界にいると麻痺してしまう。テレビでスプーン曲げを見て興奮していた自分には二度と戻れない気がする。


「確かに、宰相の話は説得力があったけどさ、大きな欠点があったわけだな」


 それは価値観の違い。

 そう、この世界と、自分たちのいた世界、特に平和主義の日本にいた自分たちの価値観は大きく異なる。まず第一に、自分たちの世界で武力行使は最低の行為だと羽衣子は思う。少なくとも仁坂家ではそう教わった。しかしこの世界の人間の多くはその考えが根強い。王、宰相だけでなく、これはアリステアなどにもみられる。だからこそ、極力死者怪我人を出さないで解決したいと言うカーティスの意見に惹かれるわけだが。

 そして日本には、地球には、魔族がいない。魔族は敵、という意識を煽られても、魔族になじみのないこちらはしっくりこない。


「でも、勇者殿は魔王討伐を引き受けるの?」

「馬鹿かよ。無理に決まってんだろ。残念ながらお前の弟は凡人だ。俺が選ばれたって時点で、適当に呼び寄せたのが見え見え。景衣が呼ばれたってんならもう少し説得力もあったのにな」

「考え方が私と被りすぎてて兄弟なの実感するね」


 正義感で言えば我が家で一番は間違いなくこの弟。しかし腕っぷしで言えば兄より弟が選ばれることはない。気持ちの強さだけで勇者など務まらないだろう。


「適当に了承して、適当に鍛えて、魔王討伐の前までにお前ら全員見つけてもらえる方に賭けて、最後はトンズラする予定だった」

「清々しいほどのクズ」

「勇者様がお願いすりゃ、城の誰かしら帰してくれるだろ。適当に言い訳作ってさ」

「その適当な言い訳を考えるのが大変でしょ……」


 大義名分果たさないうちから勇者を信仰する者などいたとしてもほんの一握り。その一握りの中に、もとの世界に返してくれる魔術師がいるのか、恐ろしく低い可能性だ。

 その賭けに失敗して、逃げた勇者いう汚名を被れば更に帰れる可能性が低くなる。王太子の処刑をあっさり決行した王の国なのだから、殺されかねない。


「私を助けてくれた人たちの中に、お父さんが魔術師の人がいるんだって。兄弟全員見つかったら、帰してくれるって言ってた。だから……」


 二人でどうにかしてこの城を抜け出し、合流できれば、帰れる。

 帰る? まだ、何も終わっていないのに? カーティスが目標を達成するところを、見てみたかった。ミーハー心ではなくて、あの人が全部終わらせて、ぐちゃぐちゃに泣いて喜ぶ姿を見て、一緒に喜びたかった。どうしてって、それは、羽衣子にとってカーティスが……。カーティスが。それ以上考えるな、と顔をぶんとふる。


「あのさ、俺も肝心の言い訳考えてなかったけど、お前も大概馬鹿だろ。一応こそこそやってるけど、ここの奴ら、俺を逃がすまいと見張りがそっちこっちにいるんだ。この城を抜け出すまでが大変なのにこの城を抜け出してからのことだけ考えてどうすんだよ」

「そ、そうか……。うん、そうだね」


 まだ帰れないと気づいてほっとした自分のことは気づかないふりをする。


「で、他二人は結局どこにいるんだよ」


 そうだった、と話を戻す。ひねくれ頑固者の弟が洗脳されているかもしれないという疑いはくだらなかった。思春期反抗期真っ最中の弟が素直に大人の言葉で洗脳されることはないだろう。

 聞いて驚くな、と前置きをする。

 姉は魔王に求婚されて監禁生活を送っている。兄は反乱軍のリーダーに気に入られてモノホンの剣を使って戦っている。

 弟はハッと笑う。


「普段とやってること変わんねえな」

「そんなこと……あるなあ」

「相手が魔王ってだけでいつも通り変な男にひっかかって、竹刀じゃなくて剣に変わっただけだろ?」


 はっとする。

 あれ? 私も学校に行ってないだけで普段と何も変わったことがなかったかもしれない。炊事洗濯掃除。あ、馬に乗った! 野宿した! そして拉致監禁されている。羽衣子はそこそこ冒険してる。


「お前は? レダは、『一週間ほど前から王子殿下がウイコ様という勇者様のお姉様を連れて来てご寵愛なさっている』って話を侍女に聞いたってことだったけど。この世界の政情も大方わかってるみたいだし、城に来る前にはどこにいたんだよ」


 死んでしまった王太子様のところ。

 いくら弟が洗脳されていないとわかっても、なんとなくそれを口にするのは憚られた。あの人が生きていると知って、弟は黙っていられるだろうか。レダにも?

 カーティスが可愛がっていたレダはおそらく彼に懐いていた。彼の死を悲しんだはず。それを知って、弟はあの子に黙っていられるだろうか。事の渦中にいる宰相の、娘に。


「……親に勘当された元貴族の人に助けてもらったの。それから、家事をする代わりに色々お世話になって……」


 だけど、ハロルドに拉致されてここにいる。

 すると弟は、はあ? と眉間に皺を寄せた。


「あの王子は何が目的なんだよ」

「わかんない。お嫁さんになってほしいって言われてる」


 はあぁ? と、弟の眉間の皺は更にこくなる。


「なんで。気に入られるようなことしたのか? 一目惚れされるような顔でも雰囲気でもねえぞ」

「わかんない。それがわかれば苦労してない」


 それさえわかれば、このモヤモヤした気持ちも、ハロルドという人のことも理解できるはずだ。

 どうして、あんなことを言うのか。どうして、それを隠そうとするのか。


「……早く帰らないと、お母さんのところに皆で無事に帰らないといけないのはわかってるの。でも、色んなことをうやむやにしたまま帰っていいのかは、わかんない」


 寂しそうなハロルド王子は何がそんなに寂しいのか。どうして羽衣子に優しいのか。どうしてカーティスを頑なに拒むのか。

 羽衣子がいなくなったら、ガラス玉みたいな目しか、しなくなってしまうのだろうか。

 全部、解決させるには、カーティスに成功してもらわなければいけない。全部解決したら、心のゆとりを持って、お互いゆっくり話せるはず。

 カーティスの思惑を成功させるには、羽衣子がここにいては不安要素になる。羽衣子がカーティスの生存を知っている時点で、カーティス側の人々は情報流出の心配が絶えないだろう。

 それに、勇者が宰相の言葉に操られていないこと、ハロルドが、カーティスの考える通りまだ理性と知性のある人であること。伝えたいことも山ほどある。


「どうしよう、ね」

「どうするかな」


 うふふ、と可愛らしい笑い声がして。頬が引きつった。弟はいつからこんなに可愛い笑い方ができたのだろうか。

 しかし凝視してみても弟の顔はどう見ても笑っていない。


「初めて自主的にお休みをとったとうかがいましたわ、エイ様。お姉様と仲良しですのね。ご兄弟でお喋りの時間だなんてとても素敵です」


 ベッドの端にちょんと座ったお人形が口元をおさえて可愛らしく笑っている。

 弟は顔をしかめてレダを指さした。


「いざとなればそこの危機管理がなってねえお嬢様を人質に逃げるか」

「あの……いつからそこに……」


 姉が魔王のところにいるとか、兄がレジスタンスにいるとか、城から抜け出すとか出せないとか、宰相の娘に聞かれたくない話を大分してしまった。


「お二人が真剣なお顔でどうしましょうと言い合っていらっしゃるところからですわ」

「お嬢様のくせに勝手に部屋に入るのはマナーがなってないこともわかんねえのか」


 ぷっと頬を膨らませたレダは小走りに弟の横へ行き、ぽかぽかと叩きはじめた。


「だってお返事してくださらないのですもの! せっかく、お休みと伺ったからお話しに来ましたのに」


 これは私が邪魔者なのかも。出て行きたいが、一人でそれなりに遠いハロルドの部屋まで行くのは怖い。繰り返すがここは敵の本拠地。かろうじて安心していられるのはここと、ハロルドの部屋のみ。


「知ってますのよ? 稽古の時間が終わってからも自主的に鍛錬に励んでいるので毎日あんなにお疲れなのでしょう? それが今日は、ご自身からお休みをいただくなんて、深いご兄弟愛ですわ。見直しましたわエイ様!」

「あー! あー! あー!」


 レダの口をおさえて喚く弟に苦笑する。

 余裕のあるがんばらない俺かっこいい、と勘違いする思春期真っ只中の弟は努力家だとばれるのをひどく嫌う。気づかないふりをしているが、弟が誰よりも自分に厳しいのを家族全員が知っている。


「は! 私、まだエイ様のお姉さまにきちんとご挨拶をしておりませんでした。初めまして、お姉さま。わたくし、レダ・マーティスと申します。父は宰相職についております。どうぞお見知りおきを」


 ドレスの裾をちょこんと持って、しなやかな挨拶をしたレダに慌ててお辞儀をすると、にこりと天使の微笑みを浮かべたレダに両手で右手を包まれた。


「お姉様、どうか私のお話をお聞きください。あの悪魔に心を許してはいけませんわ!」

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