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 勇者と並んで廊下を歩いている自分に、何故! と頭をかかえる。

 何故、こんなことに。

 勇者様が今日一日はお暇だとおっしゃるから、陛下とお父様に一緒に抗議に行ったところまではよかったのに。

 積極的に婚約反対の意見を述べるレダに対し、勇者はぼうっとつっ立っているだけ。それどころか陛下の前であくびまで!

 国を支えるトップの二人にレダ一人で対抗しきれず、勇者が休みだと知るなり二人で散歩まで勧められてしまった。


「じゃ」

「えっ!?」


 自室の前に着くと勇者はそそくさ中へ引っ込んでしまう。


「庭を二人で散歩するようにって、陛下から命じられたではありませんか」


 レダが許可なく入っても、勇者は最早気にもかけず、ベッドに潜り込む。


「俺が従う義理はないだろ。誰かのせいで寝不足なんだよ」

「私だって眠たいですけれど、陛下から直々のご命令を無視するなんてできません!」

「あんたが眠いのはあんたの自業自得。俺は被害者」

「だってだってだって! 婚約なんて、勇者様も嫌でしょう?」

「無視すればいいって言っただろ」

「陛下のご命令を無視できないと言っているでしょう」


 眠り出した勇者のベッドに昨夜のように乗り上がって、飛び跳ねる。ベッドはギシギシ揺れるが、もう勇者は目覚めない。


「起きて! 起きてくださいーっ! 勇者様っ! あーさーでーすーよーっ!」

「うるっせえな! 朝なのは知ってんだよ! 夜寝てねえから今寝んの! 時間帯を考えてねえのはあんたの方だからな!」


 腕を引っ張って勇者の体をずるずるベッドから引っ張り出す。んんんんーっ! と唸りながら引っ張って、しかし出せたのはほんの少し。

 汗をかいた額を拭って、ふぅっと息をつく。


「じゃあお昼になって起きられたら、私ときちんとお話してくださいね」

「それでいいって言ったら寝かしてくれんの」

「仕方ありませんね」

「仕方ないのはあんただろ。ならそれでいいから。どんなに早くても午前中に起こしに来たら交渉は決裂だからな」

「はい。承知いたしました」


 正午ぴったりに、起こしに参りますと言えば、勇者は顔を歪めて、驚くほど気が利かないなと呟いた。




***




 数か月我慢すりゃいいんだろ。

 軽く言ってのける勇者に、ぶっと頬を膨らませて見せる。


「どの道私に明るい未来はありませんわ」


 勇者と婚約期間中は、勇者様のご婚約者に手を出すなどと、と男は寄って来ない。そろそろ本格的に生涯の伴侶を決めなければいけないのに、出会う機会すら奪われてしまう。

 勇者が帰ってしまった後は、勇者に捨てられた女というレッテルをはられる。

 それを説明すると勇者は手元に目線を落としながら、へえ、と感心した声を出す。


「金持ちの女って大変だな。この世界は十五でもう結婚相手を本気で探すのか」

「それどころか、私の立場で十五にして婚約もまだなのは異例ですわ。勇者様の世界は違うのですか?」

「十代のうちに結婚は少ないな。適齢期は二十代後半くらいなんじゃないか、多分。親が決めるってのも今の時代じゃかなり珍しい」

「そうなのですね。少しだけ、羨ましいです……」


 本当は、今は亡きカーティス王太子との婚約の話が挙がっていた。けれど彼は亡くなり、婚約も為されなかった。彼ならば、と思っていたレダのショックは大きかったが、いつまでも落ち込んでいる暇はなく。

 ならばハロルド殿下と、と言う者もいた。しかし、それだけは、どうしてもそれだけは堪忍してほしいと頼み込み、逃げている状態。ハロルドも、レダとの婚約を断固拒否している。父は王子とレダの結婚を望んでいるが故、未だにねばり、レダに他の縁談を持ってこなかった。だがここにきて勇者という王子と同じほどの将来性と人望と権力を持つ存在が現れたのだ。

 ハロルド以外ならば誰でもいいと、過去に勢いだけで言ってしまったレダのことを父は覚えていたのだ。レダ一人で抗議に行ってもそのことを引き合いに出されてすぐに負けてしまう。


「ま、自分で選んで失敗したり、すぐ離婚したりっていうのも珍しいケースじゃないから完璧にいい制度とは言えないかもしれないな。窮屈さはないだろうけど」

「完璧なんて、そう滅多にあるものではありませんもの。ただ、比べた時に自由なのは勇者様の世界です」

「そりゃ、そうだけど。結局、幸せになれるかなんて最終的には運なんだよ。自分で選んで結婚して冷めることも不倫することもあれば、親が決めた結婚ですげえ相性のいい相手に会うかもしんねえし。……幸せでも、突然片方がいなくなるかもしんねえし」


 勇者は皮肉っぽく笑って顔を上げた。


「俺自身が結婚したことない上にまだ考えてもないから、説得力ねえよな」

「そ、そんなこと、ありません。私より現実を見ていらっしゃいます……。私は、結婚に憧ればかりでそんなこと、考えたこともありませんでした。好きな方と一緒にいられるならって」

「若い女の子ならその方が可愛くていいんじゃないか」


 少しだけ優しい顔で笑った勇者は、また手元に目を戻す。


「幸せになろうとして必ずしも幸せになれるわけじゃないけどさ。幸せになろうとしない人間よりは、ずっと幸せに近づけるんだよな、きっと。……とか、そんなこと言ったら俺自身が駄目なお手本ってことになるけど」

「駄目、ではなくて、勇者様は慎重でいらっしゃるのではありませんか?」


 ふっ、と噴き出した勇者はペンを持った手で口元を隠し、肩を揺らす。


「常識ないし慇懃無礼なお嬢さんだけど、気の利いたことも言えるんだな」

「前半が酷い言いようですね……」

「じゃあ、素直ってことにしておくか」


 満面の笑で伸びをする勇者に、あら? と首を傾げる。

 ちょっと、可愛い?

 ああ、だけどこの笑顔はよく考えたら私を馬鹿にして浮かべているものであって……。この笑顔にときめいていることはかなり悔しいことだ。

 気を取り直すために首をぶるっと振って、話を少し逸らせてみる。


「先ほどから勇者様は、何をなさっているのですか?」

「勉強」

「お休みの日なのに……」

「休みだから今のうちに復習してんだろ」


 復習なんてしなくても毎日、鍛錬の合間にこの世界の歴史や知識も勉強させられているのに。勇者はそれでも机に向かう。


「熱心でいらっしゃるのですね」

「熱心なんじゃなくて、そうしないと普通以下になるからそれだけを阻止しないといけないっていう義務が俺にはあるんだよ」

「普通以下? 勇者様は武道も勉学も無難にこなしていらっしゃると伺っています」


 すると勇者は口をむっとさせる。

 どうして? どうして? とレダが周りをうろちょろすれば、勇者は溜息をついて話してくれた。

 勇者には上に兄弟が三人もいたので勉強の仕方はわかっていて、大体一日どれくらいの量をどれくらいの時間をかけて勉強すれば身になるかというのもわかっていた。だが十歳頃から急激に成績が落ちた。体力も、引きこもっているわけでもないのに平均より大きく下回るようになった。

 おかしい、と思い、それからは勉強の量を倍に増やし、朝晩一時間のハイペースなジョギング、部屋でひっそりと筋トレをみっちり二時間を習慣づけた。すると、ようやく、普通、と言われるレベルに到達した。

 これでもう大丈夫かと、勉強量も運動量も平均的な量に戻すと、また、普通より下回っていく。


「それでも気づかないようにしてたんだけど、一番上の姉貴にある日さらっと言われたんだよな」


 あんたって、普通の人の倍やってやっと人並みになのよね。と。


「聞こえないふりしようとしたら兄貴も続けてさ」


 お前は要領が恐ろしいほど悪いからな。と。


「さすがに下の姉貴と母親は俺に気遣って二人のこと怒ってたけどそれもいたたまれなくて」


 だからそれからは家族の前では必死な自分を見られない様に必死にしている。と。


「そうでしたか。ではいつか才能が開花するでしょうね」

「は?」

「これまで人の倍してきた努力は勇者様の仲に蓄積されている、というお話でしょう?」

「いや、違う」


 あら? ではどういう話? とレダが説明を求めれば、勇者はペンを置き、声をあげて笑い出した。


「いや、違く、ないかも。そう考えた方が確かに気分いいよな」


 うぅ? と胸をおさえる。

 やっぱり、笑った顔はちょっと可愛い。

 いけないいけない。ちょっといいかもしれないなんて思ってはいけない。婚約は、帳消しにする方針であることを忘れてはいけない。


「なあ、あんた、名前なんだっけ」

「なっ!? お忘れだったのですか!? レダです! レダ・マーティスです! 失礼な勇者様」

「あんたも俺の名前、覚えてないんじゃないか?」

「う……っ」


 勇者様、としか呼んでいないのでその通りだった。レダも人のことを言えない。


「仁坂英衣。だから、えーっと、エイ・ニサカか」

「エイ様ですね。はい、覚えていました」

「嘘が下手だな」


 いいよ、と言って英衣は立ち上がってレダに手を差し出す。


「あんた可哀想だし可愛いから、頼みきいてやるよ。俺が帰る前までには婚約なんかが破棄できるように協力してやる」


 怪しがって、レダは一歩後ずさる。


「ど、どうして急にそんなに乗り気に?」

「だから、可哀想で可愛いから。気の強い女は姉貴らみたいで苦手だけど、あんたはまあまあ可愛げあるから」


 手をとられて、何をするのかドキドキしながら無邪気に笑う勇者を見つめ返す。そのまま手を引っ張られ、誘導される。


「でも今日は復習したいから帰れ」

「えっ?」


 誘導された。

 部屋の外へ。


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