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 何してるんだろう。

 切実に。

 何してるんだろう。


「可愛い! すごく可愛いよウイコ!」

「いえ、そんなそんな……」


 羽衣子の両手をぎゅうっと握ってそれを上下左右にブンブン振り回す美形に、緊張感はどんどん奪われていく。

 例の魔法陣のせいで城の彼の部屋に瞬間移動した時は一体何をされるんだと身構えていたが、連れて行かれたのは衣装部屋。背筋がぴんと伸びた綺麗なお姉さんたちに着せ替え人形のごとく着せ替えられている。

 どの服を着るか決めているのは、あんたが女装をした方がお姉さんたちもきっと飾り甲斐があるよと言いたくなる美貌の王子。

 確かに町で見た女性のドレスを見てあんなかっこうを一度はしてみたいと思ったが、実際着てみれば、結局あの人たちが綺麗だったのは服だけじゃなく顔や雰囲気の効果もあったのだろうと察した。

 侍女らしいお姉さんたちに、一応王子の前に出る前に鏡で姿を見せられるが、驚くくらいどれも似合わない。

 違う。これは、私がブスだからとかじゃなくて。顔ががっつり日本人だから洋装が似合わないだけ! ……な、はず。

 しかしどのかっこうで前に出てもハロルドは冒頭と同じく可愛い可愛いと繰り返す。嘘をつけ。自分でも引くくらい似合わないのに。

 それでも勢いつけての可愛い攻撃なので、うっかり喜びかけ、我に返る。


「じゃなくて! 私はカー……」


 カーティスさんのところに戻ります。

はっと口を塞ぐ。城の中。周りにはハロルド以外に侍女の綺麗なお姉さんたちが何人もいる。カーティスの名前を出して彼の生存を知られては大事である。


「カー……、カー……ドゲームがしたいなー……」

「いいよ。でも後でね」


 いや、しない。後でもしない。カードゲームもやってる場合じゃない。この着せ替え遊びも。


「ウイコをうんと綺麗にして、陛下に紹介しないといけないから。あ、勿論ウイコはどんな時でもとびっきりに可愛いよ。でも流行のかっこうをしていたほうが年長者からの好感度が上がるから」

「ちょっ……と、よくわからないんですけど……。紹介することにどんな意味が? ハロルド王子は私を紹介するような間柄じゃないですよね。あと可愛いっていうのは恐縮ですが素直に喜ぼうと思います」

「恐縮なんかじゃないよ! ウイコは世界で一番可愛いよ」

「ほんっと、こんな地味顔にありがたいお言葉なんですけど、どっちかというととり合ってほしい内容はそっちではなくて前半なんですね、実は」


 その可愛い攻撃は羽衣子の尋問への意欲をそぐために意図的にやっているのか。だんだんそんな気がしてきた。最近褒められることなんてめっきりなかったので、余計褒める攻撃のダメージが大きい。

 いけない。流されそうになっている。


「ああ、紹介の意味? ウイコは面白いことを言うね。僕の妻になる女性を父に紹介するのは当然だろう?」

「面白すぎて笑えないことを言っているのはハロルド王子ですよね」


 唐突のプロポーズは既にその場でお断りしたはずだが。


「え? そうかな。僕はユーモアがないとよく言われるから嬉しいよ。ウイコは褒め上手だね」

「すみません。お喜びのところ申し訳ないのですが褒めていません」


 召喚の時に言葉が通じるような魔法もかけたんじゃなかったのか。彼とコミュニケーションをまともにとれない。


「髪も上げて見たらどうかな。他にも装飾品はあるから好きな物を選んでね。僕はウイコに似合うのは青や緑だと思うけど、好みを強要する気はないから」

「話題を変えようとしないでください。わざとですよね」

「あれ? これはウイコの物だよね。最初からつけてた」

「聞きやしないな」


 左手を持ち上げられてそれに手を触れられる。


「似合ってるけど、そのドレスには合わないかな」


 外されそうになって咄嗟に手を引いた。ハロルドの手を払いのけるような形になってしまい、その勢いに彼のほうもそんなつもりのなかった羽衣子自身も驚く。

 先に調子を戻したのはハロルドの方で、羽衣子の手首を指さして笑った。


「それ、ウイコの世界の物? それとも、こっちに来てから買ったの?」

「えっと……」

「それか、誰かに貰った物?」

「……」

「やっぱり言わなくていいや」


 親指で目じりを撫でられる。


「そんな不安そうな顔をしてほしいわけじゃないんだ」


 指で顔に笑顔を作られる。


「王子殿下」


 自分がどんな表情をしているのかわからなくなっていると、長身で筋肉質、強面の男が開けっぱなしの扉の前で気を付けをして声をかけてきた。

 いつの間に。

 ゲーム上級者のアバターのような見た目だけでも強さのわかる男だった。


「何? いいところだったのに」

「申し訳ありません。しかしお話が聞こえてしまったもので」

「盗み聞きなんて騎士の風上にも置けないね。それも団長のくせに。下っ端からやり直す必要があるんじゃないかい?」


 可愛く笑ってとんでもない毒を吐いている王子を凝視する。その目は笑っていない。これはさっきまでの彼と本当に同じ人間なのか怪しい。

 強面の男は動じた様子もなくまた申し訳ありませんと謝ってから本題に入る。


「本日、陛下にご挨拶をとおっしゃいましたが、おやめになられた方がよろしいかと」

「どこから聞いていたんだ。それで。その理由は?」

「本日、レダ様が宰相閣下と共に陛下に呼び出されているようでして」


 レダ様。聞いたことがある名前だ。

 ああ、はい、はいはい。美しい宰相閣下の娘。ロリコンの王太子に目をつけられたお嬢さん。


「そう。それは面倒だね。あの勘違いのすぎる頭の悪い娘にウイコが悪い影響を受けたら大変だ。僕も極力あの出来の悪い女に近づきたくないしなあ」

「う……」


 勘違いがすぎる。頭の悪い娘。出来の悪い女。カーティスやジョシュアに言われ慣れてしまった罵倒だが、他の人が口にしているのを聞くとぐさっと来る。自分に言われているわけでなくても散々言われてきた罵倒語なのでなんとなく自分のことに感じてしまう。

 痛む胸をぎゅっとおさえる。

 レダという少女に対して兄弟の評価は大きく違う。


「そうだね。これからウイコはずっとここにいるのだから、焦らなくてもいいか。早い方がいいと思っていたけど、ウイコに狭量な男だと思われるのは不本意だ」

「ちょっと待って。ずっとここにいない」

「時間はいくらでもあるから」

「言語を統一する魔法がかかってるって聞いてたんですけど、誤報でしたか」


 おかしいなー? とハロルドに笑いかけても笑い返されて終わり。ジョシュアのように笑顔の圧力をかけるのは難しい。わかりやすく怒ってみせるべきだったか。


「僕の部屋でお喋りをしよう。心配しないで。昨日のうちに今日の仕事は終わらせているから、僕の時間は全部ウイコの物だよ」

「むしろ仕事に行ってくれた方が……」


 今現在、羽衣子が共感し、賛同しているのはカーティス。故にここはある意味敵の本拠地だ。一人になっても逃げられるかわからないし敵地をうろつくのは怖くてできそうもないが一人で冷静になって脱出作戦を練ることはできる。


「このところ忙しかったけど、ウイコと一緒にいられるなら疲れもふっとぶよ」

「そろそろわかってきたんですけど、絶対わざと私の話を無視してますよね」


 再び彼の部屋に移動する最中、廊下で弟の姿を見つけられるかもしれないと期待したが叶わなかった。


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