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羽衣子は脚をさすり、金髪は腰をさすりながらお互いテーブルを挟んで木製の椅子に座った。傷だらけの脚で攻撃をしたものだから痛くて痛くて。結局服はデザインが二人のどちらとも異なっている勇者の初期装備のような男物のダボダボの服を提供してもらった。
「助けてもらっておいてなんて女だ。あのまま放置していたらお前は落ちるか飢えるかして死んでいたんだぞ」
「それについては感謝してます、ありがとうございました。けど見ず知らずの男の人に着替えさせてもらって、まあそうだったんですかご親切にどうも、と言えるほど心が広くないんです、ごめんなさい」
ごめんなさい、には気持ちを込めない。しかもそれだけでなく脚見て不愉快とまで言われるわ、自惚れるなと蔑むような目を向けられるわ、心はズタボロ。
一人大人ぶっている茶髪はやれやれと首を振り、どっちもどっちですねと言う。
金髪は不服そうにしながらカーティスと名乗って、茶髪はジョシュア・ネルソンという名前だと金髪が紹介した。二人とも二十歳。金髪はともかく茶髪は嘘をつけ。そのうさん臭い作り笑顔ができるのは社会の世知辛さを熟知した四十代以上がうかべる物だ。
「カーティスさんの、ファミリーネームは?」
「ありません。彼は数年前に勘当をくらいましたから」
「余計なことは言わなくていい、ジョシュア。おい、お前もくだらないことを詮索するな。そもそもお前は俺たちに拘束されるんだ。立場を対等と思うなよ」
言われなくても腰に剣を下げてる相手と対等なんて思えるわけがない。
組んだ手の上に顎を乗せたカーティスはまた大袈裟に溜息をついて面倒くさそうに視線をこちらに向けてくる。
「俺たちはわけあってこの空き家に隠れて住んでいる。だからお前を逃がして万が一にでも居場所をつきとめられたら困る。しかも、よりにもよって弟が勇者ときた。国のために召喚された勇者に俺たちの居場所がばれたらおしまいだ」
「え、国から逃げてるんですか? 何しちゃったんですか?」
もしかして、極悪人?
「詮索をするなと言ったろう。何秒で忘れるんだ愚図が」
いちいち刺々しくしか言えないようだ。
「ともかく、だ。お前には俺たちの目の届く場所にいてもらう」
「いや、あの、もとの世界に帰りたいんですけど……。お姉ちゃんとお兄ちゃんもどうなったかわからないし」
ジョシュアが答える。
「貴女の話を聞く限り、他のご兄弟も召喚に巻き込まれたと考えるべきでしょう。召喚に多少誤差が出ていたとしてもせいぜい十日程度ですから、この世界のどこかで生きているはずです。よほどの事があって死んでいない限り」
「そういう縁起でもない事言わないでもらえますか」
姉も兄も人タラシの気があるし、うまくやっていると信じたい。
今のところ無事が確認できているのは不器用で無愛想な弟だけ。あの嫌味な反抗期まっただ中の弟が勇者とは。この世界は大丈夫か。ルックスだってものすごく良いわけじゃないし、頭だって真ん中くらいだし、運動だって普通よりちょっとできるくらいだし、天パーだし。基本はいい子だけど、もしかしたら身内の贔屓目が入っているせいかもしれないし。
「つまり兄弟が見つかるまではこの世界に留まるということだろう。その間お前が余計なことを仕出かさないか監視すると言っている。兄弟がそろい次第帰れるように俺たちが取り計らってやるからそれまで大人しくしていろ」
「え! 帰れるんですか? 貴方たちに帰してもらえるんですか!?」
カーティスが親指でジョシュアを示した。
「こいつの親は宮廷魔術師だ。賢しいせいで王から嫌煙され、勇者召喚には関われなかったそうだがな。腕は確かだ。帰すことも容易いだろう」
魔術師……。勇者を召喚するような世界ならいても普通か。
「でも軟禁するんじゃ……」
「俺たちが外出する時には一緒に外へ出す。この家は鍵がないから仕方ない」
「……案外緩い」
「希望なら町で拘束具を用意してきてやってもいいが?」
「とんでもないです」
けどそんなに緩いなら、夜中にでも逃げ出せそう。
「念のため言っておくが、逃げるのは得策じゃない。ここを出て生きのびる術がお前にあるか? そもそもまずこの森に初めて入ったお前は森から抜け出すことも叶わず飢え死にする可能性が最も高いということくらいその軽そうな頭でもわかりそうなものだ」
軽そうな頭で悪うございました。言うほど悪い成績じゃない。中の上くらい。
「夜になれば獣も活発になりますしね」
にやけ茶髪がにやけて言う。
「ああ、俺たちは親切だな。金も色気も愛嬌も礼儀もない女にここまでしてやるんだ」
「まったくですね。殺せば済む話を、我々はなんと心優しいのでしょうか」
なんだ、こいつら。確かに羽衣子は生きる術をいただいているわけだし元の世界に帰してくれると言うし感謝したいところだが、ちょっと恩着せがましい。いやありがたい話だが、素直にお礼を言うのがすごく悔しい。
「……ありがとうございます」
「声が小さいな」
「ありがとうございますっ!」
「感情がこもっていませんね」
胃がキリキリしてきた。
「ありがとうございます」
「顔が気に入らない」
「人に感謝をする時の顔ではありませんね」
まあギリギリ及第点と言ったところか。ええ、ギリギリの及第点ですね。と二人でぶつぶつ言っている。どちらもあまり友達のいない人種と見た。
「しかし働きもせず衣食住を提供されるのはお前も心苦しいだろう」
「いえ別に……」
行動を制限される半軟禁状態になるのに心苦しいも何もない。
しかもそのうちの住に至ってはこの二人も空き家を勝手に使っているのでこの二人に提供してもらっているとは言い切れない。
「食事分の仕事はしろ」
「はあ……。できることなんて基本的な家事くらいですけど……」
「十分だ。よし、昼食の支度に取り掛かれ」
何様だ。出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
「食材は」
「表に吊るしてある」
吊るして……?
羽衣子は窓から身を乗り出した。
イノシシが吊るされている。
「基本的なって言ったでしょ……」
それともこの世界じゃ主婦が普通に動物を一から調理できるのか。もし羽衣子でなければ普通の女子高生などこの光景だけで悲鳴をあげかねないのに。
「すぐそこに畑もあるので野菜はそこから調達します。動物を調理できるまでには私とカーティスでやります」
「その畑って、よそのお宅のとかじゃ」
「きちんと我々で耕しています。自分の立場を弁えて、無礼な発言は控えるように」
このにやけの方が性格が悪そうかつ容赦が無さそうなので笑って誤魔化しておく。
***
腕を組んで唸ったカーティスは空になった皿をまじまじ見つめた。
「なかなかいい拾い物をしたかもしれん」
「ええ、同感です」
二人の不本意そうな視線を受けて微妙な気持ちになる。美味しかったなら美味しかったと素直に言えばいいのに。
カーティス曰く、ここ数年はただ焼いただけの野菜もしくは肉、魚しか食べていなかったらしい。見た目繊細なジョシュアも家事はからっきし、カーティスは人柄でわかる通り家事なんてできないと。
それじゃあ枕も埃臭いわけだ。部屋も埃っぽい。
二人が惰眠を貪っている間に夕方まで大掃除をしてやった。二人が埃を吸うのはこの際無視。ベッドもひっくり返して眠っている二人を落とし日干しする。
起こされて文句たれたれだった二人も部屋の変貌に黙るというちょっとした優越感。軽く褒められたがむしろよくぞここまで汚せたなと羽衣子は言いたい。
「毎日こんなに自堕落な生活を送っているんですか?」
お日様の匂いになったベッドで転がるカーティスがじろりと睨んできた。
「馬鹿を言うな。今日は久しぶりにそれなりの食事にありついたから眠くなっただけだ」
それなりのって。どうして素直に美味しかったと言えないんだ。思春期の男子か。
満足そうに綺麗になった部屋をウロウロするジョシュアはにこりと笑いかけてくる。
「予想外に役に立ちますね。他には何ができますか? 床でも眠れますか?」
それは床で眠れということか。寝ようと思えば寝れるだろうが床で眠れば大半の人間が体を痛めるのは考えるまでもない事だろう。
いいえ、いいんだけどね。一応軟禁されているそうだし? 屋根のある場所で眠れるだけマシだし?
「草を集めてシーツをかければいいか」
名案だとばかりにカーティスが言う。似たようなことをするアニメを見たことがあるような。
「ベッドは二つあるわけですし、男女で別れるのはどうでしょう」
羽衣子も我ながら名案を出してみる。
「図々しい奴だな。却下だ。さっさとシーツの中を取りに行くぞ」
「あ、付き合ってくれるんですね、中身調達。それなら不満なんて全然」
よく休んでよく働けよ。
カーティスのその言葉に、手伝ってくれるのは優しさからではなく自分に労働を強いるためでは、と疑ってしまうのは仕方のないことだった。