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 必要な買い物を終え、帰ろうとすると待ったがかかった。

 寄っていきたい場所があるとのこと。


「変な所じゃないですよね」

「変な所ってどんな所だよ……。大丈夫だってば。警戒しすぎ」


 苦笑しながら羽衣子の腕を引っ張るオルフェは、片腕でありえないバランスをとって山盛りの荷物を抱えている。物理的に考えてありえない積まれ方をしているので、念力で多少支えているのだろうと思う。


「私、桁違いにませた子供を信頼できそうにないです」

「子供じゃありませーん。もう十五ですー。仕事も持ってて、それに対してのプライドだってあるんだよ」


 知らないことがあると、むずむずするんだよね。だってそういう仕事だから。そういうの、わかる?

 わからない、と首を横にふる。


「だから、知らないことはとことん調べたくなっちゃうんだ」

「若いうちは好奇心っておさまらないものですもんね」


 羽衣子も、勉強は好きではないけれど歴史や古典は比較的好きだ。他人の人生や当時の時代背景など、野次馬根性に似た好奇心のせいで。ひとそれぞれ方向は違うだろうが、そういう好奇心が将来役に立つことも少なくないかもしれない。


「そういえばオルフェさんは、どうしてあの小屋の外にいたんですか? カーティスさんに用事があって来たんですか?」


 オルフェが微苦笑を浮かべ、あー、と唸りながら俯く。


「ホント言うとさ、ウイちゃんに用があったんだ。目的は、ウイちゃんを連れだすこと」


 会わせたい人がいるのだとオルフェは言う。


「俺、このうずうずがおさまらないんだ。職業病ってやつ。だから、調べやすい状況を作っちゃおうと思ってさ」

「きゃあっ!?」


 ドン、と背中を押され、細い路地に倒れ込んだ。

 振り返るが、人の流れが激しくてオルフェの姿はもう見えない。声だけが聞こえる。


「ごめんねウイちゃーん! 多分悪い扱いは受けないと思うから。やばそうだったら助けに行ってあげるし。俺の好奇心のためにご協力よろしく!」

「はあ!?」


 何を言っているんだあのませたお子様は。

 自分に何をさせる気だ。倒れたせいで手の平を擦りむいたのも苛立ちを加速させる。助けに来るような状況って、どんな状況に自分を放る気だ。

 オルフェがいなければあの森の中にぽつんとある小屋へ辿りつける気がしない。とにかく今は壁を蹴って八つ当たりする前にオルフェを追いかけるのが先。


「ウイコ……?」

「え……。あ……」


 細い路地から抜け出そうとすると、手をつかまれ後ろに引っ張られた。こんなに狭くて暗い場所で、まさか変質者かと振り向くと、フードの中から碧の瞳がじっと羽衣子を見つめていた。

 カーティスさん?

 と呼ぼうとしてやめた。

 彼は家で寝ているはず。

 それに、彼の金髪はどこにもない。目にかかっている髪は、真っ黒。


「ハロルド……王子……?」


 ゆっくりと、碧の瞳が笑みを作っていく。


「ウイコ……。……本物なんだね」


 頬に、見た目よりごつごつとした感触の王子の手が触れる。


「ふふ……、こんなことなら情報屋さんにはもっと報酬をあげるんだったなあ」


 情報屋、というワードにピンときた。まさか、会わせたい人がいるというのは……。大まかなことを悟って、あのクソガキ……、と復讐を誓う。


「ど、どう、して、王子様がこんなところに……」


 ここは栄えているけれど、王都からかなり離れているので情報には疎いとカーティスが以前に言っていた。王都から遠いということはハロルドが住んでいる城もここからほど遠い。

 しかも、王子が町に一人でいるのはおかしい。そんなことを言ったらカーティスも一人で出歩いたりするが、彼は正確には元王子。こちらの王子は今なお王子。


「ここにいればウイコに会えると情報屋さんが教えてくれたんだよ。訊いてもいないのに押し売られた情報だったから、半信半疑だったけど。彼とは長い付き合いだから、試しに信じて抜け出してきたんだ」

「長い付き合い……」

「うん。若いのに優秀な情報屋さんだから重宝してるんだ」


 眠っているカーティスと二人で留守番をさせなくて正解だったかもしれない。ジョシュアの言う通り、誰の味方でもないオルフェはハロルドともつながっていた。カーティスの首がとられてもおかしくなかった。

 にっこり笑ったハロルドは、羽衣子の頬を撫でながら訊ねて来る。


「転んでしまったようだけど、どこか怪我はしていない?」


 転んだというか、転ばされたというか、突き飛ばされたというか。


「大丈夫です」


 強いて言うなら手をすりむいたけれど、言うほどの怪我じゃない。

 よかった、と言って笑を深くしたハロルドは顔をゆっくり近づけて来た。


「ウイコは何も変わらないね。変わらず可愛い」


 可愛いなんて身内以外に言われたのは初めてでどぎまぎしてしまう。


「変わらないって……、何と、比べていますか?」


 ずっと、気になっていたこと。気にしないよう気を付けていたこと。けれど本人を目の前にして明らかにしないのは馬鹿げている。

 彼と、羽衣子はどこで出会ったのか。

 ハロルドはくすくす笑って、自分もよくわからないのだと言う。


「でもいいんだ。僕が探してたウイコが君なのは間違いないから」

「それは答えになっていませんよね」

「そうそう。君はイライラするとすぐ顔に出るんだよね。今も目がとても冷たいよ。怖いなあ」


 怖いと言いながら、ハロルドはくつくつ喉を鳴らして笑っている。


「会えてよかった。ウイコにお願いがあったんだ」

「お願い?」


 そうだよ、と笑って手をぎゅっと握られる。少しだけ赤くなったハロルドは恥かしそうに足踏みをして、そわそわして、落ち着くと羽衣子の手を更にぎゅっと握った。


「君に、僕のお嫁さんになってほしいんだ」

「……ん?」


 駄目かな? と首を傾げるハロルドに、一泊置いてから勢いよく頷いた。危ない。可愛い顔をして言うから迷ってしまった。いやそれ以前に何を言われているのかすぐにわからなかった。突拍子もなさすぎて。

 お嫁さんになるというのにいくつも意味があるとは思えない。しかも僕のとくれば、逃げ道がない。他の意味が見いだせない。

 そしてそんなの駄目に決まっている。


「兄上より僕の方が、ウイコを大事にするよ」

「いえ、カーティスさんに大事にしてほしいという願望は別にないので……」


 そんな期待をあのデリカシー皆無の元王子にかけていない。


「それに、申し訳ないのですが、私は貴方のことを知らなくて……。どうして私にそんなことを言うのかもわからないんです」

「言ったじゃないか。僕を知らなくても、思い出そうとしなくてもいいって」

「私はよくないんです。すっきりしないし、貴方にも失礼だし……それに……」


 あの時、泣いているみたいに笑ったのは、私が貴方を覚えていなかったからでは、ないですか?

 自意識過剰かも。まったく違う理由であんな表情をしたのかもしれないので、それは訊ねない。


「優しいんだね、ウイコ。そんな優しいウイコにお願いだよ。僕が死ぬまででいいから僕の奥さんになってくれないかな」

「死ぬまでって結構長いし重いのですが」


 軽く言っていらっしゃるけれども。


「私、帰らないといけないので……」

「どうして?」

「はい?」

「帰るって、兄上のところに行くんだろう? どうして戻る必要があるんだい? ウイコには何もできないのに、兄上と一緒にいる意味はないよね」


 図星をつかれてぐっと押し黙る。無邪気な笑顔ですらすらと毒を吐いて来る。カーティスよりも紳士的で優し気な雰囲気だと思っていたがやはり兄弟らしい。


「……貴方と一緒にいても、何もできることはありませんよ」


 お城の王子様に雑用係など必要ないだろう。少なくとも嫌みにやけ茶髪と二人暮らしの不器用な元王太子にはそれが必要だ。でなければろくな食事をとらない。布団を干さない。


「そんなことないよ。ウイコが隣で笑ってくれたら僕はとても元気になるよ」

「んう……っ」


 変な声が出た。そんな歯の浮くようなセリフをよくも言えたものだと。言われている方が恥ずかしい。言っている本人は余裕の笑なのに。


「……私は、カーティスさんのことをよく知らないけど、貴方のことよりは知ってます。貴方の事情を知らない以上貴方を否定する気はありません。でもカーティスさんを信じて、応援しているのは確かです。だから……。……あの、私、今更ですけど相当失礼な態度ですよね、王子様に。それでカーティスさんの味方って貴方に宣言してしまったってことは……死刑?」

「あははっ」


 羽衣子を抱き寄せて声をあげて笑ったハロルドは額と額を合わせてくる。


「しないよ、死刑なんて。君にかしこまった態度をとられても調子がくるうからいいんだ。やっぱり、いいね、君。ウイコのそういう正直なところ、すごく好きだな」

「す……っ!?」

「うん。すごく、ね。ウイコの全部が好きだよ」


 近づいて来る唇を手のひらでブロックすると、子犬のするような淋しそうな顔をされた。


「ごめんね、ウイコ。つい。大丈夫、ウイコが嫌がることはしないから。キスも、ウイコがいいって言うまで待つからね」

「キ……スしようとしたんですか……。いいって言う日はおそらく来ない気がするけれども」

「つい、ね」


 あれ……。ちょっとイメージが崩れてきている。

 最初に魔王と話している彼の姿を見た時は、魔王にも物怖じしないで堂々と、どころかにこにこと余裕でいた。ジョシュアのような腹が真っ黒なにやけ野郎なのではと思ったのに。しゅんとした姿は無垢な子犬っぽさ。

 宰相の操り人形なんて言われるくらいなので、どんな心無い人なのかと思ったのに、人間らしい人間だ。


「とにかく、私は帰りますね。ごめんなさい。貴方と私がどんな関係なのか、わからないけど、全部終わったら、きちんとお話しましょう」

「それについても、謝るよ」


 視界が急に明るくなる。きょろきょろして、見つけたのは自分と彼の足元にある魔法陣のようなもの。というか魔法がある世界なので多分絶対魔法陣。それが、光っている。


「ごめんね。君だけは、兄上にあげたくないんだ」


 城に一緒に来てもらうね? と申し訳なさそうな顔で羽衣子を覗き込んできたハロルドに頬が引きつった。

 とりあえずこの状況を作り出した情報屋のクソガキは痛い目に合えばいいと思う。

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