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 結局、ジョシュアの言った通りその日の夜には熱が下がり、食欲も戻ったカーティスは最後の休日を堪能するため外に出たいだと酒が飲みたいだの喚いている。

 病み上がりにそんな我儘を通させるわけにいかず、ベッドに縄でくくりつける案をジョシュアが出すとようやく大人しくなった。そんな惨めな姿にすることを、ジョシュアが躊躇いなくやってのけるのをカーティスはよく知っている。


「暇だ」


 洗濯物を取り込んで戻って来た羽衣子を捕まえぽつと一言。皆まで言わずとも彼が何かしろという無茶ぶりをしてきていることがわかった。

 しかしそんな無茶ぶりに応える気はないので気づかないふりをする。


「よかったですね」

「よくない。寝すぎて頭痛がしてきた」

「すぐに忙しくなるんですから、その贅沢な悩みを今のうちに堪能した方がいいですよ」


 お酒飲んだら、もっと頭も痛くなるでしょうし。付足すと、不満そうに唇を尖らせた。


「成人した男の人がやってもね、可愛くない仕草なんですよね、それ」


 しかしなまじ顔が綺麗なので様になっているのは悔しいので言わない。


「一緒に洗濯物たたみますか?」

「お前の仕事だろう」


 とか言いながら、ベッドから這い出て来る。暇すぎて雑用でもなんでも退屈を凌げるならかまわないのだろう。

 羽衣子のたたみ方を見よう見まねで働く彼だが、普段いかにやっていないかがうかがえるおぼつかない手つき。出来上がっても、子供が一生懸命になりすぎてぐちゃぐちゃになってしまったような様。

 それでも本人は満足なようで、自信満々に畳み終えた服を羽衣子によこす。


「ふっ……」

「どうした?」


 膝に手を置き、何かを待っている彼はじっと何かを期待した目をしている。小さい頃、弟がまったく同じことをしていたなと思い出す。

 一つやり終えて、この姿勢でこの目。

 褒めてもらうのを待っている姿勢。


「上手にたためましたね」


 やはり褒め待ちだったらしいカーティスは満面の笑を浮かべて、そうだろうそうだろうと何度も頷く。


「このくらい誰でもできることだがな」


 貴方の顔はそんなことを言っていない。俺はすごいだろうと書いてある。


「ふふっ……。あはは」

「何が面白い?」

「か……、可愛いところも、……ふふ、あるなあって」


 野菜の皮むきも皿洗いもできない彼は不器用決定。洗濯物をたためたのは(たためたと言いきっていいかは曖昧だが)、彼にかなりの達成感を与えたらしい。褒めてほしいとじっとこちらを見るのは犬猫か子供のようでちょっとだけきゅんとした。

 一通り笑って落ち着くと、顔を真っ赤にして口をへの字にしたカーティスが次をたたもうとして固まっていた。


「あ、すみません。馬鹿にしたわけじゃなくて。怒ってます?」

「おっ、こって、ない」


 おっこってない? 何がおっこちていない?


「かわ、いい、と、いうのは、男に言う事じゃないだろう」


 ぎくしゃく動きながらタオルをたたむカーティスは羽衣子と目を合わそうとしない。


「そうですね。ごめんなさい」

「別に責めているわけじゃないっ!」


 険しい顔で羽衣子を睨んだカーティスはダン、と床を殴った。


「あの、やっぱり怒ってますよね?」

「怒っていないと言っているだろう!」

「ややや、怒ってるじゃないですか」


 声も大きいし。


「何を怒っているんですか」


 川で釣りから帰って来たところのジョシュアも、荷物を置きながら面倒くさがっているのを隠さず溜息をついている。

 ほらやっぱり。羽衣子以外が見ても怒っているように見えるのだ。


「怒っていないと言っているだろう! お前たち、くどいぞ」

「お前たち、ではなくウイコでしょう。私はまだ帰って来て一度しか口を開いていませんよ」


 また、ダン、とカーティスが床を殴る。


「俺は、かわい、くなどない! う、ウイコは、………………………愛らしい、が……」

「え!? 怖い!!」


 さっ、とカーティスから距離を取る。すがる思いでジョシュアの方を向く。


「どうしましょう! ただの風邪じゃなかったんですよ。人格が変わっちゃってますよ」

「ただの風邪でしたよ。人格が変わる病などないでしょうに」


 真っ赤になって険しい顔をしたままのカーティスは歯ぎしりをして羽衣子を睨んでいる。誰かに愛らしいなんて言う時の顔ではない。それに、そもそも。


「どんな風の吹き回しですか。聞き間違い? 愛らしいなんて聞こえたんですけど。そんなこと、カーティスさんが言うはずないですし。不細工だ不細工だ言われ過ぎたせいで傷つかないための自己防衛本能が働いて脳内で勝手に言葉を変換するようになったのかも」


 そのパターンだったら体が不調なのはカーティスよりも羽衣子だ。


「気持ち悪いとかじゃなくて、純粋に怖いですよ、カーティスさん」


 何か悪い物でも拾い食いしたのか。羽衣子の作った食事はジョシュアとカーティスが用意した安全な食材しか使っていない。

 それか風邪のせいで目がかすんでいるのか。ああ、素直に褒め言葉を受け止められない現実が悲しい。


「自業自得ですね」


 桶の中に魚を移しながらジョシュアは鼻で笑ってカーティスに声をかける。


「何がだ」

「自分の胸に手を当ててよく考えてみるのがよろしいですよ。そうだ、そこの不細工な小娘」

「ジョシュアさんはお変わりないようで何よりです」


 相変わらず嫌な奴で大変結構です。お元気そうですね。


「そろそろ調味料が切れるでしょう。買い物に行った方がよさそうですよ」

「私一人じゃ遭難しますよ」


 もう既に何度か買い物のため町へ出ているが、誰かが一緒でなければ何を目印にしているかわからない森から出ることは困難だ。


「俺が連れて行ってやる」


 ジョシュアに首根っこを掴まれたカーティスはそのままベッドに放られる。


「病み上がりは大人しくしていろと何度言ったらわかるんです」

「しかしお前は連れて行ってやる気はないんだろう」

「こんな貧相な娘を連れ歩くのは少々恥ずかしいですが、やむをえません」


 元気なのは結構だが、暴言吐かれて喜ぶ趣味はないのでこの茶髪もいっそ風邪をひけばいいのにと思う。


「二人で行くのか」

「そうなりますね。ウイコ一人では行けませんから」


 嫌だなあ……。

小さい声で言ったのに、聞こえていますよ、とジョシュアが首をぐりんと回してこちらを見る。

 顎に手をあてたカーティスは、よし、と呟く。


「ジョシュア一人が行けばいい」

「料理をするのはウイコです。私では何が必要かわかりません」


 随分と駄々をこねている。


「カーティスさん、一人で留守番が心細いんですか?」

「誰がだ。俺は子供か」

「でも体調悪いと情緒不安定になることって珍しくないですから。大丈夫ですよ、お塩だけならまだまだありますし、果物でも味付けに使えますし」


 ベッドの横へ行って、ふざけて頭を撫でると手を掴まれた。


「ここにいろ」


 迷いない声。

 どきりとした。

 買い物に行くなという意味なのはわかっているのに、不意打ちでそんなことを言うから。他意がないことくらいわかっている。

 隣から意味深な眼差しで眺めて来るジョシュアが忌々しい。

 ここにいろ。

 元の世界に戻るなということではなくて、買い物に行くなと言っているだけ。


「大丈夫ですよ。一人にしませんから。せっかく暇なんだから。もうしばらくできなくなる昼寝をしててください」

「……」

「カーティスさん?」

「……」

「え? これ寝てますか? 早すぎません?」

「眠りすぎて眠くなることもありますから、それでしょうね」


 それに彼は、丸一日眠っても足りないくらい疲労を溜めていますから。私もですが。

 素っ気なくカーティスから離れたジョシュアは出かける支度をしている。


「出掛けるんですか?」

「今のうちに買い物に行くんですよ」

「今さっき一人にしないって言っちゃったんですけど……」

「寝てる間に帰ってくれば問題ありません」

「私の罪悪感はどうすれば」

「行きに川へ流してしまいなさい」


 流しの横の小窓手をかけ、顔を外に出す。


「じゃあオルフェさん、お留守番してくれませんか?」

「うおっ!?」


 窓のすぐ横に腕組みをしてつっ立っているオルフェはぎょっとして羽衣子を見ている。


「え、ええー……。俺ってば城にも潜り込めんのに普通の女の子に見つかるなんてすごい不覚だよ。何でばれたの?」

「さっき目が合ったじゃないですか」


 洗濯物を取り込んで家に入ってすぐ、窓の外にいたオルフェと目が合った。入ってくる気配がなかったので無視をしていたが。


「声かけてこねえんじゃ気のせいだったと思うじゃんか。留守番ってー。やだよ、起きた時にウイちゃんとジョシュアじゃなくて俺がいたら、カーティス様、絶対ぶーぶーうるさいよ」

「それにオルフェは誰の味方でもありません。無防備なカーティスの首を持っていきかねませんね」

「ちょっと待ってよ! んな大それたことやんねえよ、俺! あっちこっちから命狙われんじゃん。人畜無害な美少年だよ」


 小窓から顔をつっこんできてきゃんきゃん言うオルフェの声など聞こえない様に、カーティスはすやすや眠っている。


「それよりさ、俺がウイちゃんと一緒に買い物行けばいいんだよ。ね、買い物デート」

「カーティスさんの首を持っていくような人と二人で買い物に行くのはちょっと怖いです」

「やんねえって言ってんじゃん!」


 どうします、とジョシュアを見ると、頷かれた。


「いいんじゃないですか。よほどのことがない限り女性には手をあげませんよ。手を出しはしますが」

「いいんですか、それ」

「鏡を見て自分に手を出される心配など必要ないことを自覚しなさい」

「私は別に自分を美人なんて思ってませんけど、そこまで自分を過小評価してるわけでもないんですよ」


 ひょっとすると自分を好きになってくれる白馬に乗った王子様が現れるかもしれないし、希望を捨ててはいない。夜道に一人で出歩いたら危ない目に合うかもしれないくらいの女子だとも思う。

 なので女なら誰でもいいらしいオルフェも少し心配だ。


「平気だよ。ウイちゃんに手出したら、カーティス様かハロルド様に殺されちゃうからさ。ちゃんと町まで案内するよ」


 んー、と、台所に残っている調味料をそれぞれ確認する。本当に塩以外はほとんどない。これでも大丈夫と言えば大丈夫だが、味にすぐ飽きられるだろう。働きづめの二人には食事の時くらいリラックスしてほしいし、満足してほしい。

 この休暇が終わればカーティスもジョシュアも羽衣子を買い物に連れて行く時間は作れない。オルフェがいつ都合よく来るかもわからない。


「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて」


 ここにいろ、と言ったカーティスを無視することになるのだろうか。

 出かける前に、眠ったカーティスの額を撫でて、すぐに帰ってきますねと言い残した。


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