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入った店をぐるっと見回して、ああ、思い切り適当に勢いで入ったなあと苦笑した。女性向けの化粧品やアクセサリーや小物が並んでいる店は、どう考えてもカーティスの楽しめる場所ではない。
「出ましょうか」
「いや、いい」
「何か欲しい物があるんですか? えっ……。女装癖……。あ、私は偏見なんてないですよ。カーティスさんなら似合うかもしれませんね」
線が細くて女性的な顔立ちをしているし。筋肉がしっかりついている脚だって、ドレスで隠せるし。うん、うん、似合います、と頷く。
想像してみると、あれ、おかしい。自分よりも綺麗なカーティスしか想像できない。
「俺を勝手にアリステアの仲間にするな」
そういえばあの人もしていたなあ、とアリステアの女装を思い出す。どの道自分より可愛かった。
「あ、これ……」
目についた赤い宝石のネックレスを手に取る。後ろについて来たカーティスがそれを見て微笑む気配を感じた。
「お姉ちゃんが好きそう」
言って、カーティスを見ると微笑んでいるのだろうと見たのにがっかりした顔をしていた。趣味が悪いとでも言いたいのか。地味顔の自分がつければ地味が引き立てられるかもしれないが、姉がつければ似合う事間違いなし。可愛いのに。彼にはこの可愛さがわからないのか。
ネックレスを戻して、今度は紫のリボンの髪飾りを手に取る。
「これ……」
やはりまた、ふっと笑う気配がしたのでカーティスを見ると、案の定優し気な微笑みを浮かべていた。ほら、私はセンスがあるでしょう。
「アリステアさんに似合いそうですね」
途端、カーティスの顔が顰められる。
「可愛くないですか?」
「お前はわかりやすいようでわかりづらいな」
「わかりやすいともわかりづらいとも言われたことがないのでよくわかりませんが」
はっと、青いピアスを指さす。
「これ、カーティスさんに似合いそうですね」
「……女物だ」
「私の脳内で女装したカーティスさんに似合います」
「お前の脳内で辱められているのか、俺は」
まあ、似合わなければ辱めになるかもしれないが。勝手に想像した女装姿は綺麗なので羽衣子の脳内で恥ずかしいことにはなっていない。
左手を掴まれ、そこに大きさが様々な碧の石を繋げた細いブレスレットをつけられた。荒れている手に煌びやかなそれは似合わない。
「何ですか」
つけてきた本人は満足そうな顔をして、外そうとする羽衣子の手をくい止めている。
「悪くない」
「悪いですよ。ガサガサの手にこんな綺麗なの、似合わない」
「お前の手は嫌いじゃない。いい女の手をしている」
「手だけで何か妄想しました?」
「そういうことを言っているんじゃない。よく働くいい女の手だ」
もっといい女は、働いた後できちんとケアするんですけどね。この世界に来てからハンドクリームも使っていないのですっかり荒れてしまった。
確かに、これは可愛いけど。
カーティスの手をはらって元の場所に戻す。
また店の中をうろうろして、だけどやっぱり、つけてしまったばっかりに、ブレスレットが気になってしまってちらちら見てしまう。くそぅ、可愛いものを手に取ると欲しくなってしまう女のサガが憎い。
ふははは、と頭の悪そうな笑い方をしたカーティスがまたそのブレスレットの場所へ引っ張ってくる。
「何ですか、欲しいんですか? やっぱり女装に興味出てきたんですか?」
「お前、買い物は下手とみた。勧められたり意識を引っ張られると簡単に欲しくなるだろう」
「う……っ」
おっしゃる通り。試食にも弱い。試着すると欲しくなるし通販番組にも負けてしまいそうになるので避ける。無駄遣いはしないがしばらく欲しい病にかかってしまう。
「欲しいか」
目の前でブレスレットをぷらぷら揺らされる。
「いりません」
目の前から移動していくブレスレットをうっかり目で追うと、カーティスは肩を笑わせる。
「似合わないし。お金ないし」
「愛嬌をもってねだれば買ってやってもいいぞ」
「いいですよ。いりません」
店員を呼び、顔を見られないよう俯いたカーティスが代金を支払う。これで、このブレスレットは彼の物。
「欲しいか」
「……いりません」
「そうか。ならアリステアに小道具として提供するか」
懐にしまおうとするカーティスの腕をがしりと掴んだ。
「もらってあげてもいいですよ。アリステアさんはカーティスさんの信者なんですから、カーティスさんにプレゼントなんてもらったら勘違いして新たな扉を開いちゃうかもしれませんよ」
ハナウタを歌いながら羽衣子の手をとってブレスレットをつけたカーティスは羽衣子の手を撫でて笑う。
「似合わないからって馬鹿にして笑ってます?」
「そう思いたいなら思っておけ。……帰る前には、一度くらいお前にも女らしいかっこうをさせてやる」
「いいですよ。動きにくいかっこうなんてしたくない」
「自分の目線の管理もできていない奴が何を言っているんだ」
ばれていた! 急に恥ずかしくなった。そんなに、綺麗なドレスをものほしそうに見てしまっていたのか。
「いいですってば。そういうかっこうは、ああいう綺麗な建物に出入りする綺麗な女の人にしか似あいませんよ」
店の窓から見える建物を指さすと、苦笑された。
「あれは娼館だぞ」
「え、あ、そうなんですか……」
「まあ、確かにあそこにいる女はお前より見目がいい……」
窓の外を見て、綺麗なお嬢さんがたを観察した後羽衣子に視線を戻したカーティスはまた目を眇め、こちらを睨んでくる。
ええ、ええ、悪かったですね。比較するのもおこがましいレベルで。
「お前より美しいはずだ……、外を歩いている女の方が……。お前より……」
目をごしごしこすりながら、羽衣子をじっと見て、また、目を眇め、目をこする。
「どうしたんですか? ゴミでも入りました?」
「いや……。ただ、どうも……、目がおかしい」
「そうなんですか? もう帰ります? 体調が悪いのかも」
「そうだ……な……。そうだ、俺が疲れているせいだ。違いない」
店を出て、羽衣子の手をひっぱるカーティスの耳が赤くなっている。熱まであるのかもしれない。だとしたら休暇の最中でよかった。
そうだ、と思い出して少しだけ繋いでる手に力を入れると、飛び上がった彼は少し怒った顔で何事だと訊いてくる。
「これ、ありがとうございます。まだ、言ってなかったので」
目を見てお礼を言うと、そういえば彼の目と同じ色の石だと気づいてその偶然に笑った。
ん、と声を出して仏頂面のままの彼は、それから帰るまで一言も発さなかった。




