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 町についても、手はつながれたまま。はぐれるといけないから、ということはわかっていても、異性と手を繋いで歩くことが初めての羽衣子はぎこちなくなってしまう。

 時々はなそうと試みるも、気のせいなのか何なのか、手をはなそうとするごとに向こうからかけられる力が強くなるので成功に至らない。

 会話がないから余計緊張する。


「どこ、向かってるんですか」

「あてもなく歩くのが散歩だろう」


 そしてまた、沈黙。

 周囲の喧騒に対し自分たちの周辺だけがしんとしている。そのため聞くつもりはなくても辺りの声が聞こえてくる。井戸端会議の婦人方も、仕事で休憩と思しき制服姿の男の人も、大半が、「ハロルド王子が魔王城へ宣戦布告へ行ったらしい」という話題で盛り上がっている。

 それには賛否両論あるようで、いよいよ戦争が始まってしまうのかという不安と、我々には勇者様がいると活き活きした様子、ハロルド王子の勇敢さを称賛する声と、カーティス王子が生きていてくださればこんなことにはならなかったと嘆く声。

 ハロルド王子……。

 駄目だ。それは一端置いておこうと決めたばかり。


「何か喋ってくれませんか、カーティスさん」


 気を紛らわせないと、結局あの王子様のことを考えてしまう。


「曇天だな」

「そうですね。どうやっても広げられない天気の話をどうしてするんですかね」


 気温、空腹、天気の話は会話が尽きる地雷的内容なのに。

 しかも中途半端な天気なので、いい天気で散歩日和ですよねー。もしくは、雨の音って趣がありますよねー。という話さえできない。


「他人に頼る前に自分で努力しろ」

「男なら女に気を遣わせないようリードしてください」


 ぎゅぅぅぅうっと手に圧をかけられる。普段剣を握っている手の握力は異常。やめてくれとつないだ手を上下にぶんぶん振る。

 手がはなれない程度に力が緩められていく。


「この右手は人質ということですね。解放を求めます」

「却下だ。人質どころかこれはお前がはぐれないようにするという俺の優しさと気遣いの象徴だ」

「何言ってんだあんた。カーティスさん、やっぱりちょっと頭がアレですね。あ、痛い。いだだだだだだだっ」


 目立ってはいけないので声は抑えられるだけ抑えるが、酷い。痛い。


「痛い。あーあ。見てください。涙が出てきちゃいましたよ。女の子だから涙が出てきちゃいましたよ」

「だから何だ。泣き顔を見せたがる意味がわからん。すぐ泣く女は鬱陶しがられるぞ」

「そうなんですか? 涙は女の武器という噂はガセなんですね」


 ふっとふり向いたカーティスは鼻で笑って目を瞑り、当然、と自信満々に言う。


「そう思い込んでいるのは女だけだろう。実際、女の涙に何か感じたことなど少なくとも俺は……。……俺は……」


 わりと本当に痛くて出ていた涙を拭おうとして左手を頬に持ってきたところで視線が痛くて固まった。

 目を眇めたカーティスに睨まれているのに気づいて腰をひかせる。


「お……俺、は、……ない……ぞ」

「それってカーティスさんを想って泣いた人が今までいなかったからですか?」


 あいている方の手で例によって頭を叩かれる。


「女の子は大事にしましょう……」

「何が女の子だ、ぶさ……。……行くぞ」


 自らの目をゴシゴシとこすり、言い切らないでまた歩き出したカーティスはずんずん進んでいく。さっきよりも、歩くペースが速くなって、心なしかつながっている手の熱が上がった。脈が早くなって感じるのは、彼と羽衣子の脈拍のタイミングがずれているせいなのか。

 それとも何か彼が動揺するようなことがあったのか。

 彼が動揺するとしたら、誰かに見つかったかもしれないから?

 顔を覗こうとすると逸らされた。


「こうして見ると、物語の中みたいですね」


 何の気なしに、ぽつんと呟いた。


「そうか? ただのどこにでもある町並みだ」

「そっか。カーティスさんにはそうですよね」


 丈の長いドレスや、燕尾服を着た人。羽のついた帽子の人や、シルクハットの人。時々通る馬車。人が彫った店の看板。板に直接描かれた看板。

 欲を言うとあんな綺麗なドレスを人生で一度は着てみたいけれど、動きにくそうだし、似合わないだろう。何もここで着れなくても、将来ウェディングドレスを着れるかもしれないし! と発想の転換でプラスに持っていく。


「お姫様はもっと綺麗な格好なんでしょうね」

「俺には姉も妹もいないがな」


 そうでした、と、うっかり自分もカーティスもハロルドを考えるような話題にしてしまって反省する。


「だがたしかに、レダはいつも綺麗に着飾っていたな」

「レダ?」


 懐かしそうに話すカーティスは歩調を緩め、思い出すように話し出す。


「マーティス卿の娘だ。確かお前の弟と同い年だったな。あいつも同じように城で育ったが、ハロルドとは仲が悪かった。自分の父親をいじめると認識していたようだし、ハロルドもマーティス卿の娘とあってか喧嘩腰でな。ジョシュアとも、あまり相性はよくなかった。子供のころは俺の後ろについて回っていたが、いつの間にか淑女として恥ずかしいと言ってそれもなくなって。度々公の場に姿を現しているが、美しい娘になった」


 ああ。そう。

 レダって名前からして綺麗だし。ほら、神様も恋したスパルタ王のお后様と同じ名前だし? 容姿もそれはそれは美しいんでしょう。あの姉を普通と言った元王太子が言うほどだから。何だか貴方は我が事のように自慢げに話してますし?

 私には不細工不細工と罵ってくるくせに、美しい、とか、人の言える人だったんですねえ?

 すぅ……と体が冷たくなっていく。


「ふーん。五つも下の子ですか。幼女が好きなんですね。変態なんですね」

「五つは大した差でもないだろう。それにそんな目で見ていたわけじゃない」

「三十と二十五なら気になりませんけど、お城にいたのは十五歳までですよね? 十五歳と十歳って。うわぁ……」


 適当な店に入りがてら足を止めたカーティスは、真面目な顔で羽衣子をのぞき込んでくる。


「妹のようなものだ」

「別に、そんなこと訊いていませんけど」

「訊かずに決めつけようとしていただろう」


 決めつけようとしたのではなく疑ってかかっただけで。その疑いが的中しても羽衣子にはどうでもいいことだが。


「どうもすみません。美しい、妹のような女の子がいるのに、散歩のお供が不細工で」


 何を言っているんだか。会ったこともないのに、美人に対する地味顔のひがみが出てしまった。かっこ悪い、と決まり悪くなってそっぽを向いて、また、ちらっとカーティスの顔を見るとにまにまといやらしい笑い方をしていた。


「何ですか、そのムカつく顔は」

「独占欲でも働いたか? 残念ながら俺はお前だけの物ではないのでな」

「カーティスさんも人のことを言えないくらい自惚れてますね。働くわけないでしょう。何も残念ではありませんしね」


 馬鹿馬鹿しいこと言わないでくださいね、と、距離の近いカーティスの胸をぐっと押し返した。


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