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 ここまで、何もかもがハロルドの思惑通りに進んでいる。

 父も、兄も、宰相も、ハロルドの手のひらで踊っているだけ。魔王だけは、どこまで知っているのか油断ならないが、わざわざハロルドの邪魔をしてくるとも思えない。

 筆を走らせながら、ひっそりと微笑んだ。

 計算外のことといえば、勇者の兄弟までうっかり呼び寄せてしまったことと、彼女がその勇者の兄弟であったこと。


「ウイコ……」


 描き上げた彼女の絵を見つめ、彼女の名前を呼んだ。

 ああ、そうだ。彼女はたしかにこんな顔をしていた。あと少し、彼女に再会するのが遅ければ危うく彼女の顔をすっかり忘れてしまうところだった。

 ずっと、彼女を捜していた。ずっと、彼女を待っていた。

 いつまで経っても、どれだけ捜しても、彼女は見つからなくて、諦めかけていた。彼女との思い出だけで生きて行こうと思っていた。


 だけど、ああ!


「欲しい」


 欲しい。彼女が欲しい。

 思い出だけに縋ろうとしていたのが嘘のように、魔王の城で彼女に会ってからその欲求ばかりがハロルドを支配していた。

 絵だけでは我慢できない。思い出だけでは足りない。

 頬にキスをしたときに感じた彼女の香り、体温。どれも欲しい。今も彼女が兄の元にいると思うと頭が焼けそうなくらいの嫉妬にかられる。

 引き出しにしまっておいた、質素な木箱はハロルドの宝箱。中に入っている宝物は一つきり。

 絵の具で汚れた手をふいて、箱を取り出し、更にそこから白い布の切れ端を取り出した。引き裂いた不格好な形の布は、もとは白だったが今では少し黄ばんでいる。

 その布に、そっと口づける。



――私と約束をしてください。



 ハロルドを抱きしめ、泣きながら言った彼女。



――また、必ず貴方に会いに来るから。



 その代わりに、ハロルドにも約束してほしいと彼女は言った。彼女は約束を守ってくれた。また、ハロルドの前に現れた。

 だけど、ごめんね。あの日君とした約束は、果たせそうにない。




***




 オルフェにもらった情報は、ハロルドが羽衣子から何かを受け取ったということだけ。結局なんの解決もできていない。大抵何でも知っているオルフェが知らないと断言するということは、もう本人に直接確かめるしかないのか。

 カーティスと半分敵のような王子と、カーティスに保護されている羽衣子が仲良くお喋りをする機会など作れるわけがない。

 それに、あの、泣きそうな微笑。あの表情を思い出すと、罪悪感に襲われる。またあの表情をさせるのが怖くもある。

 悶々としていると、もわっと鼻に不快感。

 後ろからふいに抱きしめられるという誰もが憧れるシチュエーションなのに、がっかり。抱きしめついでに羽織らせられたマントが湿気臭いせいだった。


「これ、まだ乾いてないんですけど。勝手にとりこまないでください」

「勝手にじゃない。これはお前に貸しているだけで俺の物だ。どうしようが俺の自由だ」

「洗濯を一切やらない人が何を言ってるんですか」


 洗い終わった食器を拭きながら、羽衣子はこの惜しいシチュエーションに内心舌打ちする。相手が別の人で洗剤のいい匂いがすればパーフェクトだったのに。もしくは相手がもっと可愛げが出るくらいにちょっと弱っていたらきゅんとしたのに。


「どうしたんですか、カーティスさん。出かけるんですか?」


 羽衣子にマントを着せてきたカーティス本人もマントを羽織っている。今日は来客の予定は聞いていないので、もしかしたらこちらから行くのかもしれない。

 勘弁しろと、カーティスは羽衣子から食器と布巾を取り上げ、手を引っ張って小屋から出ていく。


「今日から三日は休暇だ」

「休暇? そんな暇あるんですか?」

「そんな暇を作らないといよいよ決行する日に疲労で倒れる。他の連中にも三日間だけは絶対に休むようにと言ってある。決行は一月後。この休暇も計算しての日程だ。問題ない」


 はあ……、本人は自信がないようだが、そこまで気が利くとは彼はやはりリーダーに向いている。


「意外に優しいですよね」

「意外には余計だ」


 まあそれはいい。どうして外に出るのか、誰かに会いに行くのではないことはわかった。けれど解決はできていない。


「で、どこに行こうと?」

「散歩」

「え。一人行ってくださいよ。嫌ですよ、目的もなく森の中をウロウロするなんて」


 舌打ちをしたカーティスは面倒くさい女だとぼやく。


「町まで出る。付き合うなら何でも好きな物を買ってやる」

「こんなデリケートな時期に元王太子様が町に出て捕まったらシャレになりませんよ?」


 立ち止まったカーティスはぶすっとした顔で真っ赤になって震えている。


「ならその辛気臭い顔をどうにかしろ!」

「すみません、生まれつきでこの顔です」


 顔をどうにかしろと言われても。


「そうじゃない。そうじゃなくてお前の……。……だから……。……イライラする!」


 結局、そうじゃなくて何なのか、言えていない。


「何でイライラしてるんですか」

「お前のせいだ」

「私の顔はどうにもできませんよ」

「だからそうじゃなくて……。……俺にもよくわからん」


 じゃあ羽衣子はもっとわからない。

 もどかしそうに足踏みをするカーティスは、言葉を捜すように、あー、とか、うーとか、唸っている。


「……俺と話している間は、俺のことを見ろ」

「見てますけど」

「目線の話じゃない」

「いや、見ろって貴方が」


 咳払いをしたカーティスから訂正が入る。


「俺と話している間は、俺のことを考えろ」

「は……? は……、はい……。え?」

「とても、気分が悪い」


 繋がれた手に、ぎゅっと力がこめらえる。


「お前を守るのは、俺だ」

「や……、は……、あの、何ですか、この空気……」


 まともに目を見て喋れない。真っ赤になって、手からも熱を送ってくる彼につられて羽衣子まで赤くなっていく。


「……言っただろう。俺にもよくわからん。だがここ数日のお前が、上の空なのは気にくわない。ハロルドのことを気にしているんだろう。あいつに、あの時何を言われたのかは知らないが、俺といる時にまであいつのことを考えるな」

「……あの、違うとわかっていて訊きますけど。やきもち妬いてます?」


 そんなわけあるか! と手をふりはらわれ頭を叩かれた。


「調子に乗るな不細工! そんなわけあるか! 元の世界に戻ったら二度と会わないお前に、まして不細工に俺が惚れるわけないだろう!」

「惚れてるとまでは私も言ってないですけど」


 妬く、というのにも色々ある。家族愛、友愛の中でも嫉妬はあるし、やっと手なずけたペットが他の人に尻尾をふってもやっとすることもある。

 からかうように笑うともう一度頭を叩かれた。


「そんなわけあるか! あるわけがない!」

「わかった、わかった。わかりましたから」

「子供に言い聞かすように言うな!」


 ありえない、ありえない、そんな馬鹿なことあるわけがない。不細工め。この自惚れた不細工め。

 何度も不細工、不細工と言い続けるうちに、カーティスの顔から赤い色が消えていく。そして羽衣子を見て、はっと鼻で笑った。


「見れば見るほど不細工だ。ペットと同様にくらいの愛着はあるがな」

「いちいち嫌な人ですね」

「おいペット。気分転換の散歩に行くぞ。町で首輪くらいなら買ってやる」

「うわ、超いらない」


 はなされた手が再度繋がれ、引っ張られていく。行かないって言っても結局強制連行なんですね。

 カーティスの後姿を見て、申し訳なくなる。たしかに、会話をしているとき、彼ときちんと向き合えていなかったかもしれない。そんなの、誰だって気分が悪い。

 うん、もっときちんと彼と向き合おう。今は、彼も大変な時。少しでも、彼の負担を減らす助けができるように。今はカーティスのことをきちんと考えよう。

 すべてが解決した時、カーティスが成功して、ハロルドにチャンスを与えることに成功できたなら、帰る前に、王になるかもしれない彼と話せばいい。それまでは、ハロルドのことは一度置いておこう。


「あの、カーティスさん」

「なんだ。ペット用のおもちゃの方がいいか」

「うわ、首輪と同じくらいいらない」


 気分転換の散歩って、誰の気分転換ですか? 実は、もしかしたら、私のだったりして。こんなことを言えばまた図々しいとか自惚れるなとか言われるだろうけど。思うだけなら勝手なので、きっとそうだろうと勝手に決めつけておく。

 優しい元王太子様。

 元の世界に帰ったら二度と会わない。貴方の言う通りだ。

 それを改めて言われて何故か落ち込んでいる自分がどういうつもりなのか。自分自身のことなのに、羽衣子にはよくわからない。


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