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 そうか。たしかに、姉と一緒にここにいるのが、一番安全で邪魔にならない。けれど掴まれた肩から感じる熱に、もやっとした気持ちがくすぶった。


「妹はもうしばらく預かる」


 は? と、姉と兄の声が重なった。


「何あんた。何の権利があってうちの妹連れまわそうっての。羽衣子は女の子なの。この世界の人間でもない。危ないことはさせたくない。あんたたちの勝手ないざこざに巻き込まないで。羽衣子には関係のないことなの」


 美人が怖い顔をすると普通より怖い。自分が責められているわけではないのに、背中を丸めてしまう。

 背筋を伸ばしたままのカーティスを見直す。


「お前は魔王陛下に気に入られているからいい。だがウイコは違う。誰かが主を侍らせたせいでここの連中はお前たち一家を快く思わないだろう。魔王陛下とて政務に忙しい。ウイコの警護まで万全にできるか信用できない」


 義妹にする予定なら魔王にはそのあたりもきちんとしてほしいが、羽衣子も無理だと思う。自分も兄も魔王にとってはお気に入りの姉を繋ぎとめる物の一つなので、自分の役目を疎かにしてまで全力で守るものでもない。死にさえしなければ多少イタズラされても攻撃をされても気にしない。

 もっとも、カーティスのもとの方が安全かと問われればそうとも言えない。ここほど立派なバリケードもないし、国と対立する組織のてっぺんにいる彼はいつ襲撃されるかわからない。その襲撃に巻き込まれれば羽衣子は一瞬で人間から生ゴミに変わるだろう。


「だとしても、どちらかと比べた時に安全なのはここに残ることだ」


 羽衣子の肩を掴んでいるカーティスの手を払った兄は、険しい顔で間に立つ。


「どちらかと比べれば俺といる方が安全だ。今の時点で、宰相側は魔族のことばかり考えている。俺たちのことなどほとんど眼中にない。俺の生存が知れているなら話は違うが、死んだはずの俺に宰相の意識はない。俺たち自らが動くまでは、俺たちといた方が安全だ」


 はい、と手を挙げて質問をしてみる。


「実は私と一緒にいたいから言い訳作ってたりして」


 場の空気が凍っていたのでちょっとしたお茶目で和ませようとしたのであって。否定されることなどわかっていた。


「お前は罵られるのが好きなのか。そういった癖があるのか? それともお前の世界には鏡がなかったのか? だからそこまで自惚れているのか不細工。もし、仮に、お前を傍に置きたいという思いが俺にあってもそれはお前が都合のいい食事係だからだ。俺が述べているのはお前の安全性を考慮した上での最善策であってお前を傍に置きたいがための理由ではない。掃除や食事の用意の恩があるからやむを得ずお前の身の安全を確保してやろうという俺の厚意もわからないのか。繰り返す、自惚れるな小娘」


 兄を押しのけて再度羽衣子の肩を掴んだカーティスに頬を引きつらせる。そこまで早口で全否定しなくても。早口過ぎて半分は聞き取れなかった。

 肩をガクガク前後にゆすられるせいで脳までダメージが伝わる。


「そんなに全力で否定しなくてもわかってますから……っ、ちょっと、気持ち悪い……」

「誰が気持ち悪いだ……! 俺はお前のことを気遣って」

「ちが、そうじゃなくて、あのホント、ゆするのやめて。脳が揺れて吐き気が」


 突然真っ赤になって怒っていたのがぱっと真顔に変わったカーティスは羽衣子をゆするのをやめて手をはなし、一歩後ろに下がった。

 それからじわじわと渋い顔になっていき、ロボットのような動きで首を動かしてジョシュアの方を見た。更にそこから舌打ち。


「何が面白い、ジョシュア」

「貴方が私と同じ立場にあれば面白くて仕方がないでしょうね。貴方自身に自覚がないのもまた愉快だ」

「何の自覚だ」

「さあ、何だか」


 腹に手を当てたジョシュアはいつものいかにも作り物な笑いではなく、口元を歪にして、声を出して笑うのを我慢している顔になっている。


「ふざっけんじゃないわよ! 羽衣子はあんたたちの食事係なんかじゃないの! 便利な女扱いしないでよ!」

「お姉ちゃん、言い方」


 便利な女って。間違ってはいないけれども。それと怒るならどちらかというと不細工の方に怒ってほしかった。


「ウイコの安全を確保したいなら俺たちが守るから黙って任せろ」

「カーティスさんが守るって言葉をさらっと言うの、やっぱり不気味ですね」


 脛を蹴られた。


「羽衣子ちゃんだって、お姉ちゃんと一緒にいたいでしょ? そんな奴のところじゃ安心できないわよね?」


 一斉に注目をあびて縮こまる。これだけ多くの綺麗なお顔は羽衣子に耐えがたいプレッシャーをかけてくる。


「正直なところ、お姉ちゃんのことは魔王さんが守ってくれそうだし、大丈夫かなって思うのね。今は、英衣が一番心配で……」


 身の安全は保障されていたとしても、向こうの対象は王や王子を洗脳するような男だ。精神的に殺されたり、弟まで危険思想を植え付けられて洗脳されたら、という心配は拭えない。


「計画を主軸になって進めるのはカーティスさんだから、どうなるかギリギリまででも見届けるためにはカーティスさんの傍にいた方がいいのかもしれない。私にできることなんてほとんどないかもしれないけど、食事の用意くらい、いくらでもする」


 それに、死んでしまった王子ではなく、彼自身を見る人がいない場所にカーティスを一人きりにさせるのも心配だった。食事の用意なんて自分以外にもできる人はいる。だから本当は、一番の理由は弟を取り返すためにちょっとでもできることをしたい、というのと、もう少しカーティスの傍で彼自身と向き合う逃げ場所になたいというのが理由だ。

 自分如きが……、差し出がましい。図々しい。おこがましい。

 それでも、もし、また彼が自信のない王子様になった時背中を叩くくらいできればいいと思う。助けてもらった恩もある。


「あたしだって英衣が心配よ。でもね、羽衣子ちゃんのことも心配なの。英衣だけじゃなくて、景衣も、羽衣子ちゃんも、一人もかけたら駄目なの。一人でも、いなくなったら……あたしは生きていけない」

「……俺は、アリスや王子と行くつもりだ」


 黙っていた兄が、姉をまっすぐ見つめる。


「姉貴の気持ちもわかる。俺も羽衣子にはここにいてほしい。でも俺は英衣のところに行く。俺は長男で、兄貴だから、他人に弟のことを全部任せることはしたくない。それに、ここにも何人も友人ができた。そいつらが頑張っている間安全な場所に避難していたくない。だから羽衣子が行きたいと言うなら、勝手をする俺からはこれ以上言えない」

「あんっ……た……、あんたたち二人とも馬鹿なの!?」


 平手で兄を叩こうとした手は、姉自身が自分のもう片方の手で止めた。


「あたしだって英衣は心配! でも、あんたたちも心配なの! 羽衣子ちゃんは鈍くさいでしょ! 景衣だって、剣道と殺し合いが違うこと、わかってるの? 戦争がいつ起きるかもわからない世界なのよ?」

「うん。それでも」

「羽衣子のことは俺が守る。英衣も。俺も姉貴のところに戻って来て一緒に家に帰る」


 何か言おうとした姉は口をパクパクさせて涙を流した。


「お姉ちゃん、あの……」

「じゃ、あたしも行く!」


 カーティスが姉に契約書をぴらぴらさせて見せる。


「弟を保護するまでお前の身柄は魔王陛下に預けられる。そういう契約だ」

「何勝手にあたしのことを決めてるの!」


 魔王は姉に睨まれてもまったく堪えていない。どころか、笑っている。


「君のそんな表情も素敵だ」

「うるさい! うざい! これであたしの兄弟一人でも傷つけたら、あんたもそいつも関わった奴全員、どんな方法使っても生まれて来たこと後悔させてやるから……!」


 グーパンチが魔王の顔にあたっても、魔王は何でもないように立っている。


「戦争をするんじゃない。戦争を防ぐんだ。血は流させない。敵にも、味方にも、巻き込まれたお前たち兄弟にも」


 断言するカーティスに、姉がぐっと黙る。


「妹は責任を持って守る」

「……言ったでしょ。兄弟一人でも傷つけたら後悔させる。無事に返してくれたら文句は言わない。それにうちの子は皆頑固だからあたしの言う事聞きやしない」


 目元をこすりながらカーティスを睨む姉は、ドシンと片足を床に一度叩きつけた。


「もういい。もういいから……、好きにしていいけど、自分の命以外を優先させないで」


 兄と一緒に頷くと、姉が、びっと魔王を指さした。


「あたしは隙を見てこいつをぶっ殺して待ってるから」

「ぶっ殺すの……?」


 絶対ちゃんと帰ってくるねと、指切りをして、それぞれの面でそれぞれの意見を無理やり一致させたところで、小太りの男が部屋に飛び込んで来た。


「陛下っ! 魔王陛下っ! 申し上げます。人間の王の使者が……っ!」

「何……っ!?」


 一番狼狽えたのはカーティス。

 魔王は落ち着いたまま。


「もう一人の人間の王子が、お目通り願いたいと……っ!」


 ふと見た窓の外。城の庭に、いつか見た猫の姿があった。

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