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 事実は小説より奇なり。

 そんなことあってたまるか。小説ってのは作り話で、ありえない話だから面白いんであって、それよりも奇怪なことが現実にあるなら小説も漫画もドラマもアニメも映画も人間の娯楽にはなりえないではないか。

 というのが羽衣子の見解であるので、兄弟が消えたのも私が家から空中に瞬間移動したのも冷静に考えれば全部夢に違いなかった。

 ベッドの上で目覚めて一安心する。

 仰向けからうつ伏せになって、枕に顔を埋める。

 自分の枕は、こんなに埃臭かっただろうか。


「目が覚めたならさっさと出て行け」


 男の声がする。弟より低い。兄より高い。

 ゆっくり顔を上げると、どこの世界の王子様ですかというようなサラサラ金髪碧眼の美青年が眉間に皺を寄せて羽衣子を見降ろしていた。どう見てもアジア人に見えないこの男が今さっきの流ちょうな日本語を喋ったのか。

 それにおかしい。室内を見回すとどう見てもオンボロの小屋。一昔前の洋画で見るような少し貧乏な家のような。


「……」

「おい、何をジロジロ見ているんだ。無礼な女だな」

「あ、まだ夢か」


 ベッドから蹴り落とされた。外見が温厚そうな金髪イケメンに。強打した腰と頭を押さえる。


「いっ……た! ……痛い……」


 痛みを感じれば夢でないと確かめられるそうだけど、果たしてこれは本当に痛いのか。痛いと錯覚しているだけなのか。


「あ、痛い。痛い! いたたたた! あと苦しい!!」


 襟の後ろをつかまれて、家の中を引きずる回される。首は苦しい、腰と頭に響く、錯覚とは思えない。どれだけ痛い、苦しいと言っても引きずられ続け、ドアの前に連れて行かれた。


「それだけ喚けるならもう元気だろう。まず礼を言う、という最低限の礼儀もない上二度寝するような女にこれ以上してやることはない」

「礼って、うぐっ」


 羽衣子の息が止まるか、シャツのボタンが先に飛ぶか。それくらいの勢いでぐいぐい引っ張られる。

 ドアの前でジタバタしているとまた別の人が入って来て声をあげた。


「何をしているんです、カーティス」


 凛とした声でそう言った新たに入って来た男を見て、金髪イケメンは羽衣子の襟をはなし、羽衣子はまた頭を床に強打した。

 せき込みながら見上げると、綺麗な顔二つに見下ろされていた。

 二人とも兄に負けないくらい背が高く、後から入って来た方は長髪と言うほどではないけれど男性にしては長い茶髪で、賢そうな顔立ちをしている。


「まったく、捨てて行けと言ったのに聞かずに娘を拾ってきたのは貴方でしょう。それを今度は息の根を止めようと?」

「あのまま放っておくわけにもいかなかっただろう。もう十分回復したようだから、ほっぽり出そうとしていたところだ」


 敬語を使っている方の男の目が、すっと細められた。


「いけません、我々の居場所を洩らされては困ります。貴方がその娘へもう用がないのなら殺す以外選択肢はありません」


 言葉につまった金髪がこちらを見て何か言いたげにしている。


「……わかった」


 綺麗な顔でなんてことを言うのか。

 話の流れはおおよそしかわからないが、殺すというワードは聞き逃していない。わかった、じゃない。どっちもどっちでなんなんだこの人らは。

 よく見たら二人ともRPGの勇者の初期装備のような格好に剣を下げている。

 さっと血の気が引いた。


「じゅ、銃刀法違反……! 犯罪組織……! 秘密裏に進む陰謀……っ!」


 舌打ちをした金髪が膝をついて訊ねて来る。


「お前、名前は」

「本名を言っても何もしませんか?」

「偽名を使いたいならその質問は頭が悪いにもほどがあるな」


 すぐさま土下座に体勢を変える。


「あの、うちは一般家庭で兄弟多くて! 母が女手一つで育ててくれたこの命は大事にしたい娘心です。兄弟が皆いなくなっちゃって、自分の身にも何が起こってるかわからないんですけど、お二人の事に関して何か口外することはないのでどうか見逃してください」


 嘘だ。無事に家に帰ったらすぐに警察に駆けこむ。

 いや、というかここは日本なのだろうか。というかというか羽衣子はここまでどうやって来たのだろうか。というかというかというか、この状況を打破したところで家に辿りつけるのだろうか。窓の外に見えるのは茂った緑。ただの庭ならいいけれど、森だったら絶望的。最後にある夢か現実化わからない記憶では森の上の空に浮いていたので嫌な予感しかしないけれど。


「俺は名前を訊いている」

仁坂(にさか)羽衣子です……」

「ニサカウイコ? 変わった名前だな。それに長い」


 そのイントネーションだと苗字と名前を分けないで考えているようだ。


「いえ、ええと、名前は羽衣子です。苗字が仁坂で」

「ミョージ?」

「ファミリーネーム」

「なら初めからそう言え」


 偉そうだ。ああ、今の立ち位置的に偉いのか。羽衣子の生死の行方は彼の一言であっさり決められるわけだから。


「お前みたいなガキを殺すつもりはない。かと言ってお前をこのまま逃がすとこいつがうるさい。よってお前はここに軟禁」

「軟禁!? そんなことしたって、すぐに国中捜索されて貴方たち逮捕されますよ」

「ただの庶民一人に国がそこまでするか、馬鹿が」

「するわ! 警察は庶民の味方なんだから! 最近の刑事ドラマじゃちょっとその辺の闇に触れてはいるけれども!」

「ケーサツ? ケージドラマ? 何だそれは」


 思わず歯ぎしりをしてしまう。


「日本語は流ちょうでも知らない日本語はあるってか……」

「ニホンゴ? おい、お前の言葉はよくわからん。どこの出だ?」

「日本の東京ですけど……」


 ずっと黙っていた茶髪が口を挟んでくる。


「そんな国は聞いたこともありませんね」

「こいつは頭だけは良い。歩く辞書のようなものだ。こいつが知らないと言うからにはそんな国はないだろう。本当はどこから来た?」

「え、日本語喋ってるのに、日本のことを知らないんですか?」


 あからさまに金髪がイライラしてきて羽衣子はビクビクする。茶髪はと言うと顎に手をあてて何やら考えている様子。

 やがてポンと手を叩いた茶髪が人差し指を立てて言う。


「もしや、三日前に城で召喚された勇者と同じ国の出ではありませんか? 異界から召喚された勇者も、自らをトーキョーという場所から来たと言っているそうですし、貴女と名前が似ている」


 異界から召喚した勇者……。ゲーム脳?


「勇者の名前は……確か、エイ・ニサカだったかと」

「誤召喚としか思えない……」


 頭痛がしてきた。強打したせいだけではない。額を押さえて唸り出す。


「おい、急にどうした」

「せめてお兄ちゃんだったら理解できた」


 そのままうずくまる。

 肩をちょんちょんつつかれた。


「勇者と知り合いか」

「……多分、弟かと」

「ではおそらく、勇者の召喚に巻き込まれたのでしょうね」


 心当たりはある。どこから発せられているのかわからない部屋の床に現れた模様。言われてみれば魔法陣チックだった気がする。


「召喚する際に勇者が我々と同じ言語を理解できる魔術も組み込んだようですから、貴女から見たら我々はニホンゴ? という言語を話しているのでしょう」


 弟が突然目の前から消えたこと。それ以前に姉と兄も姿を消したこと。羽衣子が気づいたら空に浮いていたこと。というか空から落ちたことを話すと、茶髪は間違いないですと頷いた。


「つまり貴方たちは異世界人と……?」

「俺たちから見たらお前がそれだ。落ちて来たと言うのも本当だろうな。今朝俺たちが見つけた時お前は木の枝にひっかかって気を失っていた」


「事実は小説より奇なり……! うちの家族と組んで私を騙してるんじゃ」

「お前の家族など知らん。自分の体を見れば空から落ちたのも夢でないくらいわかるだろう」

「体……?」


 自分の体を見下ろすと、確かに。足にも腕にも手当てが施されている。首を触るとそこにも。木に引っかかるまで枝に肌をこすって傷ができたらしい。今更痛んできた。

 しかし今それ以上に気になるのは自分のかっこうの方だ。家の中でもこんなかっこうでうろつかない。


「あの、私の服は……」

「汚れていたから着替えさせた。今はそれで我慢しろ」

「いやあの、下に履くものを貸してほしいんですけど……。せめてあんまり見ないでほしいんですけど」

「お前のような色気のないガキの脚を見てもどうとも思わん。むしろ不快だ。自惚れるな」


 ぴちぴちの女子高生になんてことを言うのだろうか。不快になるほどみすぼらしい脚ではない。普通の、細くはないが大根ほどではない脚だし、しかもインドアな若者だからまだ綺麗な方だ。声を大きくして反論できるほど綺麗ではないけれども。

 着用しているのは制服の青いワイシャツではなく男性物の白いシャツ。のみ。下着はそのままのようだが、所謂彼シャツ状態で彼氏もいないのに何でこんな格好をしなきゃいけないのか、その上不愉快とまで言われて泣かない自分はすごい。


「……え? ……着替えさせた……?」


 しばらくしてからサラッと聞き逃した大事な部分に気が付いた。

 金髪が大袈裟に溜息をつく。


「自惚れるなと言ったばかりだ。貧相な体を見られたくらいで根に持つなよ、面倒だ」

「……」


 いい女は暴力のレパートリーは平手だけ。そしたら可愛く見えるから。でもその平手で失神させるくらいの勢いつけんのよ。と、これは姉の言葉。

 お前は女の子なんだから、暴力なんてするんじゃないぞ。した方だって痛いんだからな。何かあったら俺や英衣を頼れ。と、これは兄の言葉。

 羽衣子には平手でそんな勢いをつけられないし、今ここには兄も弟もいない。

 できるかどうか考える前に体は動き、羽衣子は人生初の回し蹴りを放ったのだった。


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