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「そうして君は王太子に戻るのが魂胆か。はたまたそれに満足できずに王になるのが目的か?」


 浅はかなのはどちらだと、魔王が嗤う。欲に囚われたか、と。

 見守っている羽衣子は、痛いところをつかれたなあと気が気でない。カーティスは王政立て直しを仲間にぼやかして伝えている。どうしようもない時は自分が王になるが、彼の目的は弟に国を任せることだ。

 アリステアがいるこの場所ではっきり反論することはできない。


「貴方の陳腐な発想力ではそのような単純な答えにしか辿りつけないのでしょうね。しかし想像していただきたい。何も準備のないうちから、民の支持だけによって選ばれた為政者が、必ずしも良い政をするだろうか。王家という名前が消えただけで、新たな専制主義の政治が始まりかねない。改革を百パーセント成功させるには、変化は緩やかでなければならないのです」


 誰が王になるのか、ではなく、どう変化していくべきか、と若干論点をずらしたカーティスは胸をはる。


「貴方のおっしゃる通り、私は王族へ戻る。だが私が勧めるのは権力の掌握ではありません。権力の分散です。国を、民を、真に思いやれる為政者たちを生み出すことです。私も、貴方も、何よりも民の安寧を優先しなければなりません」


 ふん、と魔王が鼻で笑う。


「その正義感は教師に植え付けられたのか」

「王族の体は民の血税によって構成されている。魔族も人間も変わらない。正義なんて立派なものじゃない。俺やあんたの気持ちなんて関係ない! さんざん生かされた俺たちが、民を殺すことなどあってはならない! あんたはそれがわからないほど、ろくでなしではないだろう!」


 取り乱した様子なのでなく、ただ言葉を届けるために一生懸命に、大きな声で、自分の本当の言葉で主張するカーティスを、眩しそうに見つめる。羽衣子も、アリステアも、魔王も。


「……少し二人で話そうか」


 どこか清々しい微笑みを浮かべた魔王は姉から離れ、部屋の扉を指さす。頷いたカーティスが出て行ったのを確認して、羽衣子はむっと口をへの字にする。


「大丈夫なんですか、二人っきりにして。カーティスさん、何かされませんか?」

「そんな雰囲気じゃなかったから、大丈夫だと思うけどね」


 不安そうにしながらも苦笑するアリステアは落ち着いてと羽衣子の肩に手を乗せる。


「でもっ、何かあるかもしれないから護衛の人もたくさん連れてきたんですよね。何かあるかもしれない場所なんですよね?」


 魔王なんて仰々しい称号の男と二人きりにして大丈夫なのか。オルフェの話では魔族は念力という代物を使える。武器を持っていても戦いになったらカーティスの方が不利なことは確実だ。

 周囲から、陛下に無礼な、という魔族の声が聞こえても今はカーティスのことが心配で気にする余裕がない。


「それにいちいち上から目線で話してたし。ふさわしくないとか、陳腐とか。敬語を使ってても態度がでかくて魔王さんを怒らせたんじゃないですか?」

「それは、そうせざるを得なかったんだよ。相手は年長者で、王位を継いだ方だから下からいかなければならないけれど、人間が魔族に従属することが殿下の本意じゃないからね。対等であるには侮られてはいけないんだよ。腹をわって離さなければ心を開くような相手でもない。あちらもあちらで、殿下を見くびっていたようだしね」


 しかし、カーティス殿下はやはり素晴らしい!

 頭をぐしゃぐしゃかいて、アリステアは叫んだ。突然のことに部屋中の人間が驚いてびくりと震える。

 以前にカーティスが、彼を気持ち悪いと言ったのがよくわかった。呼吸を乱し、カーティスの出て行った扉を見つめてうっとりと頬を染めるアリステアはどう見ても狂信者。


「個人の力で太刀打ちできない強大な相手にも物怖じせずに向かうあの姿! 堂々とした声! 胸に響く言葉! 次代の王に相応しい。魔王さえカーティス殿下を認めたようだった。この歴史的瞬間に何故絵師が立ち会っていないのか嘆かわしい……! あの殿下の勇ましい姿をおさめられないとは……!」


 なるほどこれは気持ち悪い。


「認めた……ようでしたか?」


 羽衣子もアリステアと一緒に扉の方を見る。


「ええ。少なくとも、求められている最低限度の条件はクリアできたようですよ。でなければとうに追い払われています。話したい、と思ってもらえた時点でほとんどカーティスの勝ちですね」


 ジョシュアの話を聞いて、たしかに、と納得していると背後から抱きしめられた。


「あのね、羽衣子ちゃん」

「何?」

「帰るんだからね。皆で、お母さんのとこに」


 頬に、姉がちゅっとキスをする。


「戦争なんてあたしたちには関係ないの。関わろうなんて考えたら駄目よ。肩入れしない。羽衣子ちゃんが考えるのは、家に帰ることだけ」


 見なくても、姉がどんな顔をしているかわかった。怯えている。

 本当は一番責任感の強い姉が、一番つらいはず。長女だから。あたしはお姉ちゃんだから。だからあんたたちを守ってあげる。

 母が姉に、「お姉ちゃんなんだから」と言ったところを見たことがない。それは姉が自ら口にする言葉だから。自分に言い聞かせるように、それを義務だとでも言いたげに。

 お姉ちゃんはきっと、一番家族のことを大事にしてくれているんだよねと、心の中で姉に問いかけ、姉の手を握る。


「そうだね」


 そうだね。だけど私は自信がない。カーティスさんたちが戦うことを、無関係だと割り切って無視できる自信がない。私にできることなんて何もないかもしれないけど、できることがあるなら、力になりたいと思ってしまうかもしれない。

 姉の不安をこれ以上膨らませないために、肯定しか口に出せなかった。




***




 ヨレヨレになって戻って来たカーティスの手には紙が一枚。ちらっと見ただけでも細かい文字がびっしり詰まっている。


「君が俺の期待を裏切らなければいいが」


 続いて部屋に戻って来た魔王はさっそく姉の隣を陣取り、したり顔でカーティスを眺めている。

 羽衣子と目が合ったカーティスが手招きをするので、何だ何だと近づくと肩に額を乗せられた。体がビキリと固まる。


「これは何の真似ですか」

「疲れた」


 アレはアソコで回復しているが俺にはそういった都合のいい場所はない、とカーティスが指さす方を見る。アレが魔王でアソコが姉のことらしい。

 たしかに貴方の周囲は私以外女はいないかもしれませんが。


「だからって貴方が言うところの不細工捕まえても癒しにはならないでしょう」

「何もないよりはマシだ」


 魔王を前にこんなことをしたら失礼になるのでは、と目だけ動かして魔王の方を見てみる。向こうは向こうで……向こうの方が大分、周りに気を遣っていなかった。姉の頬や額に口づける魔王は腹に肘を打ち込まれても幸せそうにしている。


「だから権力のある年寄りは嫌いなんだ。頑固で無駄に敏い。やりづらい」


 多分、聞こえている。

 カーティスの声はひそめられているが、部屋が静かなせいで魔王には届いている。いいのかな、と一瞬思うが、カーティス自身、羽衣子が「聞こえますよ」と言っても気にしていないのでよしとする。


「どうなったんですか? 仲良くできそうですか?」

「気になるなら自分で読め」


 体勢を変えないまま、カーティスに紙を渡された。


「読んでいいんですか?」

「読まれて困ることもない」


 例によって、不意打ちで距離感がおかしくなるカーティスになれた羽衣子は肩の力を抜いて紙を持ち上げ読んでみる。横からアリステアとジョシュアものぞき込む。

 内容としては主に、戦争となる前に城への討ち入りする上での契約と条件。

戦争となる前に城から勇者奪還と開戦派を捕縛。それにあたり魔族はカーティス王子に全面的に協力する。王位をカーティス王子の自由にできたあかつきには、人間と魔族間で平和条約を結び、両種族の共存を目指す。

 また、条件としてもう一つ、仁坂里衣子の身柄は常に魔王の傍に置くこと。

 以上を難しい言葉で長たらしくつづられ、最後には魔王とカーティスのサインが書かれていた。


「そっか。よく考えたらカーティスさんは魔族と争いたくないんじゃなくて戦争がしたくないんでしたね」


 魔族との戦争を起こさない様に開戦派と戦争を起こしたら本末転倒。戦争になる前に城を崩すという計画は初めて知ったがそう言われればそうする他ない。


「さすがは殿下! この短時間にここまでの好条件で取引をなさるとは!」


 数日の話し合いが必要だと思っていたらしいアリステアは一時間たらずで契約をまとめたカーティスに羨望の眼差しを送っている。ジョシュアは、上々、と一言だけ。


「でもこれ……。お姉ちゃんの許可なく何をサインしてるんだか……。カーティスさんも魔王さんもお姉ちゃんの何でもないのに」

「是非、お義兄様と呼んでくれて構わない。いつかの義妹よ」


 姉にキスをしながら、いい笑顔の美形がこちらに微笑んでいる。姉のアッパーカットが炸裂して美形の顔が変な方向を強制的に向かされる。あれで死なないなんて、魔族ってなんてタフ。


「お姉ちゃん、英衣のこと、皆で助けてくれるって」

「あ、そう。ふうん」


 素っ気ない返事の姉はその表情で一気にほっとしたのがまるわかり。


「じゃあ、大丈夫ね。このストーカー、変態だけど強いみたいだし。羽衣子ちゃんと景衣が一緒ならこんなクソみたいなお城でも我慢できるし」

「え? お城? 一緒?」


 首をかしげると、姉も同じように首をかしげた。


「え? あんたたちもここで一緒に英衣を待つんでしょ?」


 両肩を、カーティスの手にがしりと掴まれた。


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