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 死ぬほど後悔した。現在進行形で死ぬほど後悔している。そして事前に重要事項を教えてくれなかったナンチャッテ王子にメロスもびっくりなほど激怒している。

 押し寄せてくる吐き気を必死で抑え込む。

 吐いたら駄目、吐いたら駄目。女子高生は絶対人前で嘔吐なんてしたら駄目。がんばれ私、耐えろ私。

 言い聞かせても結局ただの気休め。気持ち悪いのは変わらない。

 そしてそれに加わる恐怖によるストレス。


「もうやだぁぁああっ! 帰りたいっ! 帰りたいぃぃっ!」

「馬鹿暴れるな! 危ないだろう!」


 こんなことならあのお化け屋敷に残るほうがまだマシだった。


「馬に乗るなんて聞いてないっ! やだっ! やだっ! 落ちる落ちる落ちる落ち」

「暴れたら本当に落ちるぞ阿呆!」


 怒鳴りながら馬を止めたカーティスは一緒に乗っていた羽衣子を抱えて下ろし、自分も下りて説教を始める。

 たとえ馬を操っているのが自分ではなくカーティスでも、落とさない様にカーティスが腕で囲いを作るように羽衣子をかばって馬を走らせていても、怖いものは怖い。

 馬になんてほとんど乗ったことがない。小さい動物園の触れ合いコーナーで五百円をはらってポニーに乗ったきりだ。あれはのんびり歩いていたのに、この馬とくれば車に負けない速さで走る。上下に揺れながら。


「だって! 酔うし! 怖いし!」

「お前がついて来ると言ったんだろう」

「あんなの選択肢がないのと同じでしょう! だいたい、最初から馬に乗るって言ってくれれば来ませんでした!」


 不思議そうにするカーティスに、首を傾げたいのはこっちだ! と、わーっとなって地団駄を踏む。


「馬以外に移動手段はないだろう」

「歩くと思ったんです」

「何日かけて辿りつくつもりだ。馬でも七日かかるんだぞ」

「知りませんよ! 知らなかったんだもん、そんなにかかることも馬に乗ることも」


 七日も馬に乗り続けるなんて思ってもみなかった。一日で辿りつけるとは思っていなかったので野宿は覚悟の上だったが、この覚悟はしていなかった。

 兄は涼しい顔でアリステアと馬に同乗している。剣道一筋で乗馬など経験したこともないはずなのに、どうして平気なのか理解できない。


「乗ってしばらくは大人しくしていただろう。帰りたかったならもっと前に言えばよかったものを」

「だって最初はのんびり進んでたから……。まさか車ばりのスピードに加速するなんて思いませんよ。もうやだ帰りたい」

「帰るにしても馬を走らせる必要があるがな」

「……」


 だから言っただろうという兄の視線が痛い。

 がっしり肩を掴まれてびくりと震える。

 怒られても怖いのは変わらないんです、とカーティスへの反抗の態勢を整えた。


「絶対に落とさない」


 予想していなかった言葉に勢いが潰される。


「神に誓う。絶対にお前を落とさない。信じろ」


 碧い目が真剣に羽衣子のことを見つめている。

 騙されるな私。神に誓うったって、この人は神なんて信じてなさそうだ。そんな人の『神に誓う』宣言に騙されるな。こんなことを言っているくせに、いざ落としたら「誓いや約束は破るためにあるんだ」なんて言いそうな男の言葉を信じるな。

 無駄に綺麗な王子顔がまっすぐに見つめてくる。

 俺を信じろ、とまた繰り返す。


「……落とされたら、呪い殺しますから」

「心配するな。絶対に落とさない」


 この男の顔面が潰れていたらよかったのに。


 馬に乗りなおし、走り出すとぐっと奥歯を噛みしめた。

 何故かカーティスが愉快そうに笑う。


「なんだ。今度は急に大人しくなったな」

「さっき舌を噛んじゃったので……」


 走っている間はもうあまり喋らないことにする。怖くても目を瞑ることにする。


「カーティスさんのおかげで安心できたからです、と言えないのがお前か」

「言うほど安心はできていないので。口先だけだと怒るでしょう、カーティスさん」


 ふてくされながら答えるとまた笑われた。


「芝居、苦手そうだからな、お前」


 そう思うなら奇跡の涙作戦を提案した貴方はやはり馬鹿か。

 嫌みを言ってやろうと、首を動かすのは怖いが頑張って後ろを振り返ると、二重の綺麗な碧もこちらに向けられていた。柔らかく細められて。

 ああ、羽衣子は彼のこの爽やかな笑顔が苦手だと確信した。

 顔が熱くなって、さっとすぐに目を逸らして、嫌みったらしく呟く。


「馬を操ることに集中してくださいよ、ポンコツ王子」

「ポンコツはお前だろうポンコツ女」

「お皿も満足に洗えないくせに……」

「舌を噛みたくないんだろう。口を閉じろ」

「喋らせてるのは貴方だ」


 そうやって無駄口を叩ける間はよかった。

 この約十分後、より険しい道に突入すると気絶しない様にするのが羽衣子にはやっとだった。




***




 これは絶対に体が痛くなる。こんな寝心地がいいはずのない硬い地面に寝そべって、だけど疲れたおかげで熟睡はできそうだと手足を伸ばす。

 木々をよけながら森を走っている間は、草の上ならまあ眠れるかな、と考えていたが、今日の最終ポイントは狙ったように地面が硬くなった場所だった。

 あくまで話し合いをするために魔王の元へ行くので、何かあった時カーティスを確実に守れる最低の人数ということで『鴉』のメンバーは約三十人。馬の数もだいたいそれくらいになる。

 最低の数、であっても、周辺にある馬の気配は少し怖い。


「お兄……」

「……」


 あれぇ? と頬が引きつる。

 私もお兄ちゃんも寝転がったのは十秒ほど前だったはずなのに。

 兄は一瞬で眠りについている。

 よく見ると、獣や敵の襲撃を警戒しての、今夜の見張り五人以外もすごい早さで眠りについている。

 生まれた時からついこの間まで同じ枕じゃないと眠れないほど繊細だった兄がこの世界に順応している……。


「お前も早く眠れ。休める時に休まないとそのうち力尽きるぞ」

「……カーティスさんだって起きてるじゃないですか」


 ジョシュアでさえ既に寝息をたてているというのに。

 木にもたれて寝転がってもいないカーティスの膝をぺしんと叩く。意識したつもりはなかったが、無意識に彼の近くを陣取っていたらしい。その後に、兄が隣に来たからもしや自分は兄よりもこの性悪を意識外で信頼してしまっているのか。嘆かわしい。

 自分のマントを巻き付けた上にもう一枚かけられて風をほとんど感じなくなる。


「風邪ひきますよ」


 芋虫状態になりながら、真面目な顔を作って心配したら笑われた。羽衣子がカーティスでも笑っていたので文句はない。


「お前と違って日頃から鍛えているから、問題ない。女が体を冷やすものじゃない」


 鍛えていたって風邪をひくときはひく。日がおちて一気に寒くなった。


「気持ち悪い……」

「まだ馬の酔いが抜けないのか」


 それも残っているが、今言っているのはそういうことではない。


「優しいカーティスさんが、気持ち悪いです」

「礼を言えないどころか本音を隠すこともできないのか」

「気持ち悪いけど、あったかいです。ありがとうございます」


 渋い顔をしたカーティスは立ち上がって、そのままどこかへ行こうとする。しかし引き返して来て、また座る。


「お前はもう眠るのか」

「今さっき貴方に眠れって言われましたからね」

「そうか」

「はい」

「……」


 目を瞑っても無言でかけられる圧力に負けて眠れそうにない。観念して目を開けると、不思議そうに首を傾げられた。


「なんだ、眠るんじゃないのか?」

「今の圧力、まさか無自覚でかけてきてたんですか……」


 誰のせいで眠れないかもわかっていないのか。


「もういいです。もうしばらく起きてます。疲れはあるけど私はただ馬に乗っているだけで何もしてませんし、ちょっとくらい夜更かしする体力はあります」

「そうか」


 ぱっとカーティスの顔が子供のように輝く。

 あー、その顔も苦手。

綺麗な顔で無邪気な表情をされるとどうしても気持ちに隙を作ってしまう。


「なら少し付き合え」

「え。動きたくない……」

「そう遠くまでは移動しない。どうしても動かないなら俺が担いで移動してもいい」

「そこまでされるなら動きます」


 芋虫状態から腕をずぼっと伸ばし人間に戻る。一枚はカーティスに返し、見張りに見つからないようコソコソ動きだす。

 迷いなく集団から離れるカーティスは所々に目印を残していたが、言った通り、少し走れば三分もかからないで戻れる程度の近場で止まった。

 特に何もない。

 景色も相変わらず木しかない。

 何故この場所に来たのかわからないまま、カーティスがもたれて座った一番太い木の隣の木によりかかって座る。

 すると森に響く舌打ち。


「寒い」

「知ってますよ。誰かさんはこんなに寒くても風邪、ひかないらしいですけど」

「わざわざ離れるな」

「はい?」


 腕を掴まれて引っ張られる。そのまま地面に倒れ込んだと思ったらがっしりとした腕の中に包まれていた。


「う……」


 つまさきから頭のてっぺんまで、徐々に徐々に熱くなってくる。


「うわあああああああっ!」


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