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激しい場違い感に、理解ができない。
何故こんなところにいるんだろう。
「どうしているんだ」
「私が訊きたい」
真顔の兄に真顔で答える。
武器を装備する人々の中で何故丸腰の女が紛れ込んでいるのか。それぞれ出発の準備や経路の確認など、魔王の元へ向かう準備の最終確認を行っている間、羽衣子は何もすることがない。
そして一緒に出発しても足手まといにしかならない。だというのに何故かカーティスはまたしても獣道を歩かせ羽衣子を『鴉』の屋敷まで連れてきた。
恐ろしいものでもう何度か歩いた獣道には慣れていている。
「お前は女の子なんだから、危ない場所に行くんじゃない。留守番してろ」
「女の子……」
女の子らしい扱いをここしばらく受けていないなとしょんぼりする。
「理由は簡単だ」
アリステアとジョシュアを連れていつの間にか羽衣子の横に来ていたカーティスはしたり顔で羽衣子の肩を叩いた。
ろくなことを言いそうにない顔だと思えば案の定。
「お前たちの姉が万が一魔王に洗脳でもされていたら涙に訴えて洗脳を解け。地味顔の妹が顔を汚らしくして無様に泣けば心も痛むことだろう」
「無様に汚い泣き顔をさらせって言われてよく素直に聞くと思いましたね。それにそういうことは前もって予定を立てたら心が冷めて逆にうまくいきませんよ」
芝居なんてしたことがない。現代文の音読は苦手。何も言われなければそんな現場に直面したら素直に泣けたかもしれないが、ここでネタ提供をされては棒読みになる気もする。
「ケイが泣くよりも女の子の涙の方が効果的だろ? 俺も男より女の子の可愛い泣き顔の方が見たい」
何か言おうとした兄の口をすかさずアリステアが封じる。
兄の助は諦めて、試しに自分で反論をすることにした。
「そもそも奇跡の涙で正気を取り戻させるなんて、今時作り話でもそんなことしませんよ。現実でも同じことができると思ってますか? あれはファンタジーですよ。大丈夫ですか? 一周回って実は馬鹿ですか?」
馬鹿、という言葉に過剰に反応した元王太子に肩を掴まれ頭突きをくらわされた。
「英才教育を受けたはずなのですがねえ。よく気づきましたねウイコ。彼は頭が良くても賢くはありません」
愉快そうに笑ったジョシュアはカーティスの蹴りを交わしながら兄に視線を向ける。
「ウイコを一人にはできないのですよ。目を離して、城に逃げ込まれては困ります。我々の動向が敵に把握されてしまう」
「俺があんたたちと行動している以上羽衣子は動くに動けないと考えないのか」
「貴方がここにいても、向こうには弟がいますからね」
ぶん、と首を横にふる。
「危険を冒してまで会いに行くほどの弟じゃないんですけどね」
勇者を簡単に殺したりしない、という事実に安心しているので姉への心配よりは弟への気持ちはうすい。
もっともそれを言えば、自称平和主義者の自分の恩人と行動する兄への心配も無用ということになるが。
「俺たちといるのがウイコにとっても一番安全だ。近くにいれば守ることもできるだろう」
「でも余裕がなければ即座に見捨てる方針なんですよね。知ってます」
この世界で安心とか安全が手に入らないことは知ってます。
「はあ? お前はまったく可愛くない女だな。守ってやると言っているのだから素直に礼を言えばいいものを」
ふてくされるカーティスに、待って待ってとすがる。
「いやいやいや! 前にそんなようなこと言ったじゃないですか!」
「言っていない」
「言いましたよ」
「言っていない。ジョシュアだろう」
ジョシュアを見ると頷いている。
「どっちでも同じですよ。二人で一つのくくりじゃないですか」
「それはお前の中の勝手なくくりだろう。俺はあいつと二人で一つの仲良しになった覚えはない」
頭突き以外の理由で頭痛がしてきた。
「命に代えてまでは守らないが女に怪我をさせるような失態はしない」
「かっこいいですけど、口でだけでも命に代えて守るって言ったらもっとよかったかな」
「俺が死ぬと色々なことが終わるのでそれはできない。口先だけだと怒るだろう、お前」
「死んだら怒りようもないですけど、怒りますね、絶対」
それでもし死んだら、守るって言っただろうが顔だけめと恨みながら死んで化けて出てやる。
「律儀なんだか融通がきかないのかわかりゃしませんね」
周囲を見回して溜息をつく。カーティスも、ジョシュアも、アリステアも、ついでに兄も。見ためや雰囲気は恐ろしくハイスペックなのに、女子ならば喜ばしい紅一点状態なのに、この気持ちはなんだろうと。
ぎゅっと胸をおさえる。
「もっと女心がわかって紳士的で普通に優しい言葉をかけてくれる普通の美形は存在しないのかな……」
「そんな男はまずお前に目もくれないだろ」
うるさいな、ナンチャッテ王子。
「そんなに気を落とさないで、ウイコさん。きっと俺たちで君を守るからね」
肩を抱きながら顔を覗き込んできたアリステアが、絵画のごとく美しい。たとえ過度のカーティス王子殿下信者でも、美しさに変わりはない。
ついつい、見惚れてしまう。そいつは三十路だぞというカーティスの声も右から左に流れていく。
その間もアリステアの心配そうな顔が近づいてくる。うん、綺麗な顔。
「でもちょっと軽いんだよなあ……」
アリステアの顔を押し返しながら呟く。
これは女心がわかる紳士ではなく女なら誰でもいい人だろう。
「羽衣子、嫌ならはっきり嫌と言え。『老体は近づくな、魔王城への同行はしない』お前のお願いならお兄ちゃんがなんとかする」
兄がアリステアの胸ぐらを掴んで引き離し、カーティスがついでのようにアリステアの腹部に拳を埋めた。
倒れ込んだアリステアは女のような顔でへらへら笑いながら、酷いなあと首を横にふる。
「老体って俺のことかい? 勘弁してくれよ。君だってすぐ俺の歳に追いつくからな。それと君が真顔で自分を『お兄ちゃん』と言うのはかなり面白いね」
どうしたものかと考える。
正直、家があってもあの小屋で一人で待つのは心細すぎる。森の中にあるわけだから、獣だっている。
しかし魔王城へ向かう一行に交じってもどう考えても邪魔になる。魔族がどれだけ危険かもよくわからない。おそらくはオルフェと普通に会話をしたせいで今のところ魔族に恐怖がないからだ。
実際に獣と魔族はどちらが危険なのか。理性のある方がマシと考えるべきか、憎しみや妬みを持たない本能だけの生き物がマシと考えるべきか。
「けどお姉ちゃんは囚われてもっと怖い思いしてるよね」
「あの姉貴が? 大人しく捕まっていると思うか?」
「それは……」
「自分が誰よりも優れていると疑わない姉貴が大人しく捕まっていると思うか?」
「思わないけど……」
思わないではなく、正しくは思えない。
「お前はもっと自分のことも大切にしろ。俺は強欲、強情の姉貴よりお前の方が心配だ。姉貴も、お前に何かあったらその方が悲しむ」
「そこは私よりもお姉ちゃんのこと心配してね」
こんなことを言っていても、兄が姉のことを心配してそわそわしているのはわかっているが。
宰相との話合いを諦めている人たちが話し合いをしようとしているくらいの魔王なら姉に酷いことはしていないと思いたい。目指せ魔王城なんていよいよRPGのような目標に向かっている今が夢であればいいのに。
「あくまで話し合いに行くだけだから、お前が怪我をする事態にはならないと思うがな」
「カーティスさんがそう思ってても相手は攻撃してくるかもしれないじゃないですか」
「いつまでもうじうじ言っていても仕方ないだろう。……どうするかは自分で決めろ」
あれ? 決めていいの? 強制的に連れて行こうとしていたんじゃないの? と珍しく意見を尊重させてくれようとするカーティスにわずかに感動した。
「『鴉』の屋敷に残るか、一緒に来るかだ」
背後にある屋敷を振り返る。
風貌は、一言で言うならリアルお化け屋敷。
「そんなの選択肢がないも同然……」
たしかにこの屋敷なら獣に突進されて侵入されることはないだろう。
しかし兄が出るということはこの建物に数日間頼れる人がいない状態。朝に見てもこの迫力の建物に泊まり。
羽衣子の気持ちなどわかっていない兄は、目で、ぜひここに残ってのんびりしていろと言っている。
兄よ、女子の三人に一人がお化けおよびお化けのいそうな場所を嫌っているのだ。
「是非ともご一緒させていただきたくぞんじます」
羽衣子に言えるのは、短いその一文だけだった。




