実力者の意味
お約束のシーンが書きたかったんです。
リハビリも兼ねて書いてみました。
いやぁ、びっくりです。
良く小説で読んでましたしたが、本当にこんなことをする人に、お目にかかるとは思いませんでした。
あ、申し遅れました。
私は、氷上 雪と申します。
寒そうな名前だと、自分でも思います。
氷上は本来は氷神と書いて、氷系の魔法を得意とする一族なんです。
私には前世の記憶とやらがありまして、以前は日本という国に住んでいました。
乙女ゲーや小説が好きな、ごく普通の一般人でした。
自分が魔法を使えると知ったときは、転生チートで無双パターンかとドキドキしましたが、すぐにとあることに気付いて別の意味でドキドキしました。
氷上 雪、氷の魔法って……物凄く記憶にあったんです。
そう、転生チート系じゃなくって、乙女ゲーに転生パターン(但しライバルキャラ)だったのです。
傍観が何故かモテモテとか、悪役回避でモテモテとか、そんなパターンの小説も読んでましたけど。
自分がなりたいなんて、思ったことは一度もないです。
逆ハーには興味ないですし、揉め事はまっぴらごめんです。
私は平和で穏やかな、ささやかな幸せが欲しいんです。
縁側で猫と日向ぼっこしたり、炬燵で蜜柑やアイス食べたりとか、そんな生活がしたいんです。
私の心の叫びもむなしく、設定通り攻略キャラが婚約者になりました。
婚約者は、鳴上 輝。
雷系を得意とする家系の人です。
分かりやすい苗字だと思います。鳴上って鳴神で雷ですものね。
婚約者になってしまったので、距離を置くか、良好な関係を築くか少し悩みました。
ゲームでは、雪って婚約者大好きで主人公を苛める設定だったんですよね。
なんてお約束。
でも私は、そんなことをするつもりはありません。
何故なら、この国は実力者が優遇される国だからです。
つまり、主人公を苛める→ばれる→学園追放コースは、私の人生もほぼ終わるんです。
ばれるような苛めをする→無能→いらないよね。って判断されるんですよ。
流石に学生ですから、挽回のチャンスは与えられるでしょうけど、できればそんなハードコースな人生歩みたくありません。
あ、そうそう。
そんな国ですから、よくあるヒロインに入れあげて学業やら務めを放棄する、というシナリオはありませんでした。
そんなことしたら、無能判断一直線です。
逆ハーEDもあるにはありましたが、ハッピーEDでは無かったですね。
だって、攻略対象達は皆、容姿は勿論素晴らしいですが、実力もあります。
これが芸術系の実力者ならまだしも、家柄も良く……というキャラであれば、当然跡継ぎの問題が絡みます。
誰の子供か分からない子を孕む相手を選ぶわけがありません。
なので、逆ハーED=共有物EDです。
ヒロインがパラメーターを上げていれば、使える駒&共有愛玩物。パラメーターが低ければ単なる愛玩物。
私ならぶっちゃけごめんです。
そうそう、パラメーターは重要でした。
鳴上は魔術系の家柄なので、攻略するには魔力系を上げないといけません。
同じように、芸術系の攻略は芸術を……というような感じです。
全パラメーター上げを要求されるのは、王子か逆ハーED(使える駒)です。
あ、王子といっても王太子ではないですよ。
私は別に王子を狙うつもりはないですが、無能扱いが怖くて魔術以外も必死に頑張りました。
婚約者との関係も良好です。
この先どうなるか分からないとはいえ、婚約者と良好な関係を築けない→その程度の女認識は避けたかったのです。
前世の私は、平凡でしたからね。普通にしてたらあっというまに無能扱いされそうです。それが怖くて怖くて。
勿論、実力が無いからと言って、蔑まれる訳でも虐げられる訳でもないのですよ。
だって、世の中、普通の人がいないと成り立たないですからね。
誰にでも出来る簡単なお仕事って、そんな仕事しか出来無いって良く言われますけど。その仕事をする人がいないと困るんですよね、実際。
色んな仕事をする方がいて、世の中回っている訳ですから。
実力者は優遇されますが、その分要求される水準が高いのです。
私は別に優遇されなくてもいいんですが、家族のことを考えるとそうは言ってられません。
やっぱり大好きな家族には、幸せでいて欲しいじゃないですか。
努力しても無理ならともかく、努力を放棄して家族に心配かけたくありません。
なので、本当に頑張りました。
学園にヒロインさんがやって来て、色々イベント起こしても、婚約者にフォローはしましたし。
そのお陰で、私が蔑ろにされるされる事態は避けられました。
ですが、ね?
まさかヒロインさんが逆ハー狙ってこんな行動をするとは思いませんでしたよ。
私の苛めって、攻略対象者達全員の好感度を上げられる貴重なイベントです。
でも私は、苛めなんてしてません。
良く小説では自作自演でヒロインが無理矢理イベント起こしますが、ここは実力者優遇の国です。
いくらなんでも、そんなおばかな真似はしないだろう、そう思ってたんです。
私は、溜息を吐きました。
目の前にはずたぼろになった教科書を持ったヒロインさん。
悲鳴を上げて泣きじゃくってます。
ここに都合よく攻略対象者達が現れて、私がやったと言い出すのでしょう。
ああ、なんてお約束。
そんな事を思っていると、本当に彼らが現れました。
泣きながらヒロインさんが、彼らに訴えてます。
うん、彼らの目が冷たいです。
優しくヒロインさんを宥めながら、器用だなと感心します。
「氷上、百瀬はこう言っているが?」
あ、ヒロインさん=百瀬です。そして問いかけてきたのは、この学園の生徒会長で王子です。
「氷上の名にかけて、そのようなことはしておりませんわ」
王子が頷きました。
ヒロインさんと違って、私の言葉の意味をきちんと理解しているようです。流石相手に高パラメーターを要求するだけのことはあって、自身のパラメーターも高いようです。
「ひどい、今までだって散々私に嫌がらせをしてきたじゃない。この状況でも白を切るの!?」
いや、嫌がらせなんてこれっぽっちもしてませんよ。
「二人の意見が異なる以上、どちらかが嘘をついているということになるな」
若干呆れを滲ませながら、婚約者殿が仰いました。
凄いです、目が冷たいどころじゃありません。
氷の家系じゃないのに背後に吹雪が見えるようです。
「まさか、ここまで愚かだとは……残念だ」
王子の言葉に、皆が頷きました。
まぁ、そうでしょうね。
「百瀬」
王子に名を呼ばれ、ヒロインさんが王子を縋るような眼差しで見つめました。
私への糾弾を期待しているのがバレバレです。
「今までの不当に氷上を陥れようとした、お前の数々の虚言。挙句このような見え透いた嘘で我らを謀ろうとするとは……」
王子の言葉が余程予想外だったのでしょう。
ヒロインさんが随分とおまぬけな表情になってます。
「どうしてばれないと思ったのか不思議ですよ」
魔法があるファンタジーな世界でも、副会長は眼鏡の敬語キャラです。
ここらへんのお約束って、どうなんでしょうね。
「貴方が苛められたと言った数々は、どれも証拠が無い。証拠が無いどころか、矛盾がありすぎる。こんなお粗末な策で氷上を陥れることが出来ると思っていたのであれば、想像以上に愚かだとしか言いようがありませんね」
皆の冷たい眼差しは、ヒロインさんに向かっています。
それに全く気付かずに私の悪行(?)を訴えていたのですから、鈍いにも程があると思います。
私はちゃんと婚約者にフォローを入れたんです。
イベントで好感度が上がっていたようだったので。
最近他の女性を好ましく思っているようですが、私との婚約はどうするつもりなのか。
また、私との婚約を解消し、ヒロインさんを伴侶としたいのであれば、今後氷上とのつきあいはどうするのか。氷上との繋がりを無くす以上のメリットを、鳴上に示せるのか。
ヒロインさんはもとより、婚約者もかなりの努力が必要と思われることを、言ったんです。
幸い、婚約者はバカではないので、きちんと理解してくれました。
恋愛が悪いとは言いません。
好いた人と結ばれたいと思うのも否定しません。
でも、私が氷上の名を背負うように、彼も鳴上の名を背負っているのです。
今まで私達が何不自由なく暮らしてこられたのは、何のお陰なのか。それを考えれば感情だけでつっぱしることは出来ません。
ヒロインさんが氷上との繋がりと同等の価値を見せるだけでは駄目なのです。
今まで私達が結婚する前提で両家は動いていたのです。それを白紙にする以上、それ以上の価値が最低でも必要です。氷上家の償いをどうするか、という問題もあります。
ヒロインさんがそこまでの価値を示すか。
また、家庭環境は大事ですからね。ヒロインさんを妻にすることによって、やる気が出て物凄い成果を上げることができれば、それでもいいでしょう。
どちらにしても、他に好きな子が出来たから別れてね、ですむ話ではないのです。
まぁ、普通に考えれば分かることなんですけどね。
そんな訳で、婚約者は将来の為に色々と頑張ったようです。
その頑張りは勿論、ヒロインさんの価値を見定めることも含まれます。
ヒロインさん、逆ハー狙ってたようなのに、パラメーターあんまり上げなかったみたいでした。
まさかとは思いますが、ヒロインだから努力しなくても大丈夫だとか思って……たりなんか、しませんよね。
なので、イベントは起こしているものの、攻略には失敗しているんですよ。
いくら好感度を上げても、パラメーターが低いと、ノーマルかバッドEDしかないですからね。
私が家の名にかけて言った事を、嘘呼ばわりしたヒロインさんは、氷上家に公的に喧嘩を売ったことになります。
よりよって、王子の目の前でしたからね。
子供の喧嘩で終わるレベルではないのです。
そして、こんな茶番に巻き込んだ段階で、攻略対象者達にも喧嘩を売ったも同前です。
だって、彼らに処罰させようと目論んだのです。それはつまり、彼らがこの程度で騙されると判断した、ということです。
これって十分な侮辱ですよね。
ヒロインさんに明るい未来が待っているとは到底思えませんが、同情はしません。
どれだけ悲惨な目に遭おうと、彼女の行動の結果ですから。
学園追放は当然として、それからどうなるのか。
氷上からの制裁を優先してくれるでしょうが、その後彼らの番でしょうね。それを考えると、氷上からの制裁は、少しゆるめにした方がいいのかもしれません。
何といっても、王子がその程度で騙されると思った→王家ってその程度だよね。という認識だったと見なされる訳で。王家からの報復の余地は、ちゃんと残しておいたほうがいいかなって思うのです。
あ、婚約は解消してません。
彼は、ヒロインさんに対して『ちょっといいな』と思ったレベルだったらしいです。それすら黒歴史になっているようですが。
そんなレベルで私からのフォローがあったので、冷静にヒロインさんを見て『あれは無いな』と判断したようです。その為、婚約解消は持ち出されなかったのです。
それにしても、ヒロインさん。
実力者優遇という意味をちゃんと分かっていたんでしょうか。
いえ、分かっていなかったんでしょうね。
だから、実力者と言われる攻略対象者達の能力を理解していなかったんでしょう。
その程度の認識しか出来無い人を、彼らが伴侶に選ぶわけがないでしょうに。
まぁ、過ぎたことです。
ヒロインさんには私の人生からこのまま退場してもらいましょう。
これで安心して学園生活が送れるというものです。
当初、嘘発見器の変わりに「センス・ライ」の呪文を使える人を呼び出すとか色々考えていたんですが、そこまでいかずに終わりました。
ヒロインさんは転生者でしたが、逆ハーEDは迎えたことがありませんでした。なので、どんなEDなんだろうと楽しみにしながら行動してました。