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旋律の手紙

作者: 深山瀬怜

 あと少しで、あなたとはしばしのお別れです。

 あなたとわたしは今年の六月に出会って、半年間ともに歌ってきましたね。

 辛いことも沢山ありました。音取りも難航してしましたし、合唱団の皆は忙しくて、中々集まれない日も続きました。それでもあなたは諦めずに歌い続けました。わたしはそんなあなたの存在に勇気をもらいました。他の人達もきっとそうだったのだと思います。

 しかしどうにか歌を完成させる目処が立つと、今度は演奏会の運営の方で問題が沢山起きましたね。酷いときは練習をほっぽり出して、問題の解決に乗り出さなければならないほどでした。今日だってそうです。あれだけ前日に確認したはずなのに、何故忘れ物というものは発生してしまうのでしょう。わたしは不思議でなりません。致命的なものではなかったのが幸いしましたが、お陰で落ち着いてゲネプロも出来ませんでしたね。あなたは毎年のことだ、なんて笑っていましたが、ずっと額に汗を滲ませていました。わたしはそんなあなたに何かをすることは出来ませんでした。わたしはあなたの傍にいることしか出来なかったのです。

 それでもどうにか定刻通りに演奏会を始めることができ、ここまでの演奏も成功だったと言えるでしょう。最後の曲が終わった今、温かい拍手がホール一杯に響いています。この瞬間が一番幸せだと、以前あなたが言っていた気がします。あなたの隣にいるわたしには、その気持ちが痛いほどわかります。やりきったという達成感、さざ波のような拍手の音に包まれる幸福感。この感情を味わうために、また舞台に立ちたいと思うほどですね。

 しかし、まだ演奏会は終わってはいません。あと、アンコールが一曲残っています。

 けれど、この曲が終わればあなたとはお別れすることになります。わたしはこの演奏会の思い出をまとって、少し離れたところからあなたを見守ります。あなたと、そして新しいわたしとの出会いを見つめています。次のわたしも、わたしのように大切にして下さいね。

 さあ、この演奏会最後の曲が始まります。わたしをしっかり持って、けれどわたしばかり見つめないようにして、あなたの最高の歌を客席に届けて下さい。

 あなたとのお別れは、少し寂しいです。半年間、わたしたちはずっと一緒にいたのですから。けれどわたしはわたしに刻まれた、「音楽の終わりがあなたとの別れではない」という言葉を信じています。この歌が終わっても、あなたがわたしを忘れないでいてくれると思っています。

 この演奏会の思い出と共に、わたしをあなたの記憶に留めておいて下さい。

 そして、できれば、またわたしに会いに来て下さい。

 最後の曲ももうすぐ終わってしまいますね。練習のときよりも、更に強い気持ちがこもった歌になったと思います。わたしは一足先に、誰よりも大きな賛辞をあなたに送ります。

 最後の音の、その余韻が消えるまではわたしを閉じないでください。音が消え、その代わりに拍手が響いたら、そっとわたしを閉じて下さい。

 それでは、また会う日まで。


 今日の夜風は冷たくも温くもなく、演奏会のあとの火照った体を冷ます優しい風のようです。


この「わたし」は佐藤賢太郎作詞・作曲の「前へ」の楽譜です。

歌おうNipponプロジェクトの一曲でYOUTUBEにも多数動画が上がっているので、興味のある方は是非見てみて下さいね。

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