異世界に召喚された勇者が復讐する話
開いてくださりありがとうございます。
「ガッ!」
とんでもない衝撃と共に背中がごっそりと奪われた感触。
意識が飛び、死んだと理解するまでに十秒。
「な」
理解した直後、更に上から落石、同時に賢者の得意とする封印結界。
「何で!」
視界の入るのは共に魔王を滅ぼした賢者と僧侶の二人。戦士は居ない。
最後に見えたのは、それだけだ。
そして、体感時間で百年以上を俺は、死に続けることになる。
ありふれたような話だ。
異世界へ召喚されて、神という存在から不死という能力を与えられ、魔王を滅ぼす。
仲間はたったの三人。
国内最強のぶっきらぼうで、しかしとても優しかった男の剣士。
誰にでも優しく、俺を愛してくれた僧侶。
召喚したこと、こんな辛い世界へ呼んだことを悔やみ泣いた幼い賢者。
衝突があるたびに仲を深め。死線を越える度に絆を深めた仲間たち。
最初の十年、だと思われる時間は憎んで過ごした。
次の十年、だと思われる時間は過去を懐かしんだ。
その次の十年、だと思われる時間は理由を考えた。
次は浮かんだ理由で許した。すぐに憎みなおした。
次は謝った。理由はわからないけれど謝りやめた。
次は祈った。助けて貰えれば何でもすると喚いた。
次は疲れた。いい加減殺して欲しいと願い叫んだ。
その次は確か、考えるのをやめたような気がする。
更に次は日本へ帰りたくなった。涙が溢れてきた。
最後の十年は絶対に忘れない。許さないと誓った。
殺して犯して奪って壊して絶望させて希望をもたせて食いちぎって四肢を切り捨て魔物に使わせ殺してくれと懇願させ俺の下僕になると誓わせゴミのように扱い虫のように踏み潰し記憶を消してもう一度最初から何度でも同じ事をやって死なないように気をつけながら最初から指から順々に髪の一本もこの世に残さずに食って吐き棄ててそれを食わせて笑わせて顔を鼻から削いで――
復讐を考えることだけを楽しみに死に続けた。生き返るたびに呼吸が出来ずに死んだ、生き返るたびに岩に押しつぶされて死んだ。運がよければ餓死した。運が悪ければしばらく生き延びて死んだ。
何度も死んだ。想像では何度も殺した。殺して死んで死んで殺せばいつ俺は生き返るように死ねるのか考えて発狂してすぐに復活した。
この先どんな目に会おうとも、この日のことがあれば辛いとは思わない。
「復讐だ」
声にならない声で死にながら決意する。
「滅ぼしてやる」
俺に誓って、神に誓って、世界に誓って。
この先に世界が復讐を止めろと言うなら世界なぞ滅ぼしてやる。
この先に神が復讐を止めろと言うなら神すらも滅ぼしてやる。
この先に俺が復讐を止めるならその時に俺も滅ぼしてやる。
何があろうとも全てを潰してやる。
「やっ、勇者様。死に続けた痛みご苦労様」
気がついた時、空には青空が広がっていた。同時にむせかえるような血の臭い。人間の血が流れた時の臭いだ。周りにある死体は王国兵のものか。
しばらく待って、死なない事に気づいて、違和を感じた。
死ぬ事にあまりにも慣れてしまった。死なない事が異常なんて、笑えない冗談だ。
「魔族。強さは公爵級。あらかた強ぇ奴は殺したと思ったんだがなんだ、女魔族。てめぇの穴を性処理にでも使われてぇのか」
「あははは。随分やさぐれたみたいだね。噂と随分違う! 聖人君子の大英雄、仲間思いで無辜なる民を見捨てない。弱者を助ける優しき勇者様。それが今はこうして地獄の使者みたいな顔をして悪意に満ち溢れてる!」
「で? 後ろに百の魔族と一緒に俺を殺せる方法でも見つけてくれたのか? ならいいぜ殺してもいいが、殺せなかったら俺がお前らに殺してくれと懇願させるぞ」
この女魔族なら、少しは俺の気を晴らしてくれるだろう。この場に居る全てを殺せば少しはこの復讐心を紛らわしてくれるだろう。
行なうことに変わりはないが。
「いいや、まさか。私は魔王の娘。アンタを殺したいと思う気持ちはあるけど、アンタに会いにきたのは別の用事でね。もしもアンタが頷くなら、アンタをこうした奴らに復讐したくないか?」
「乗った。武器と防具を用意しろ。薬もだ。全員俺が殺す、俺が封印されたらそれを破る奴だけ用意しろ。あと何年経った」
話がわかる女だ。いいね、気に入った。さすが魔族。人の心に付けこんで誑かすと言われるぐらいはある。
最も、あの魔王は今思い返すと悪い奴じゃなかった。己の武を示すために世界を征服するなんて笑えるほど愚直だ。
俺をこうした奴らに比べれば随分と好感が持てる相手じゃないか。何で昔の俺は「そんな勝手な感情で!」なんて青臭いことを言ってたんだか。
「アンタが父上を殺してから三年。けどいいわね、素晴らしい。父上のように敗北を得たのは弱いからだ、復讐なんて考えるわけがないなんて言わないところ、人間らしくて好きよ」
「魔族にそこまで言わしめる人間が屑すぎて哀れにならな。あの魔王まだ死んでないのか?」
「精神を他に移す魔術があるの知らない? 思考ぐらいはコピーして何かに閉じ込めておけるわよ。あと十年ほどだろうけどね」
素晴らしい世界だね。ああ、本当。最高の世界だ。
こんな最高の世界へ召喚してもらった礼は最大限にしてやろう。
「さて。互いの目的が一致するし契約の話でもしよう。私はアンタの復讐に力を貸す。だから、アンタは私たちの目的に力を貸してくれない?」
「誰を殺す?」
「国を三つほど分捕る。アンタが狙う国はアンタにやるけど。魔族は生存圏がアンタらのせいで随分小さいからね。こっちだって生物だ、過ごしやすい場所の方がいいんだよ」
可愛い顔を不機嫌に歪ませる女魔族の顔は納得できる。ああ、確かに。
知性を持つ生き物は自分の種以外を排斥するからな。魔族の魔力がどれだけ高くとも、過酷な大地で生き残れる数は限られる。
生存競争って奴かね。どうでもいいが。
「ここは遠いはずだがな」
「王国から北へまっすぐ。途中にある国を三つ取れば境界だけは私らの国と繋がるさ。あの雪山が問題だけど、そこは魔族の技でね、国さえ取れれば開通させられるトンネルがある」
ああ。だからか、山脈に面した使いにくい国を魔族が欲したのは。俺に手を貸さずともいつかは成功してもおかしくないが、可能な限り秘密裏が望ましいか。
あの山脈をショートカットできるのなら移動時間は格段に短くなる。魔王の居る場所まで正規の道を行けば最短で二年だからな。
「上等。俺がこの国を落として混乱させている間にお前らがやるって手はずでいいな。隣国が助けに来るかは未知数だが、分捕る機会ぐらいには思うだろ」
善意でも悪意でもどちらでもいい。ここの王国が保有している都市は三つ。どこから攻めるかが問題といえば問題か。
復讐は、周到に。また封印されることを考えれば賢者から暗殺するのが正解か?
「賢者、僧侶。……そして、戦士の居場所はわかるか」
「ああ。アンタを裏切った淫売と、あの男か。殺しに行くのか? 出来るならこちらの準備にあわせて欲しいが」
「そのぐらいの妥協はしてやる。……どうしたそんな顔で」
驚いた顔をして俺を見やがる。殺してやるかこの女、いやそれは下策だな。今の段階でそれは厳しい。
これ以上ない協力者だ、こいつを失うのは今後の活動が制限される。そもそも魔族ぐらいを味方につけないとな。最悪人間を全て敵に回す覚悟をするんだ。
「まさかそこまで感情を抑えきれるとはと思っただけさ、悪くないね。……冷静すぎてアンタの剣が鈍るのが」
「テメェの四肢、無事でいてぇならそれ以上の寝言をほざくな雌豚」
首を掴み、腕に力を込める。女魔族の後ろにいた魔物や魔族が殺意を俺に向けるが、眼光一つでそれを相手にする意志を見せた。
殺すなら殺せ。千度死のうと俺は蘇る。そして、殺すなら、殺されることを覚悟しろ。
俺もまた、永遠の死をもう一度味わう覚悟はある。
「悪、い。失言だった」
手を離す。僅かに俺に対する敵意が見え隠れするが、そうでないとな。
所詮は形だけの同盟者。同情じゃなくて逆に安心したぜ。利益を求める関係なら、利がある内は裏切らない。
「んで。淫売ってのはどういうこった。戦士が除外されたのも気になるな」
「けほっ、けほっ。……そのままの意味さ。賢者は国王の庇護下で魔法の研究を進めてる。案外アンタを殺す研究でもしてるんじゃないか? 僧侶は、笑えるよ? 聖女として崇められて、元の世界へ還ったと喧伝されてるアンタに涙を流しながら王子様の結婚相手さ」
「戦士は?」
「アンタが還ったと聞かされてどっかで放浪の旅しながら、魔族を狩ってるね」
「へぇ」
あの女共は殺す。確実に殺す。僧侶はそんなに高貴な男に突かれることが好きならせいぜいそこらに居る魔族共に遊ばせてやろう。
あの幼女賢者は、研究がしたいなら自分で身体のどこをどう破壊されるかでも調べさせてやろう。
だが、戦士か。……気づいてないのか? あの時にもアイツは居なかった。俺を親友だと言ったあの言葉が嘘だと言う可能性が非常に高い。
高潔な男だ。復讐を行なう俺を止めにくる公算もまた非常に高い。その時は、どうするべきか。
苦しめる意味はないから即座に殺してやるべきだろうか。その時になってから考えればいいや。
「やる意味が増えて結構な話を聞かせてもらった。それじゃあ、復讐を始めよう」
この嬉しさを見せ付けるように強いて笑顔で言う。
神よ、感謝するぜ。世界に運命があり、神が運命を描いているって言うのなら復讐をさせてくれるアンタに俺は最大限の愛を捧げよう。
「やっぱ都市はいいな。人間が生きてる。生きた生物を見るのは心が躍るな」
青白い剣と黒い剣が腰にあるのを確認し、黒い兜で顔を隠して。黒い革鎧で身を包む。魔族の製造技術は凄まじい。これで数が人間よりも多ければとっくに勢力は逆転していただろう。
戦いは数だよ、基本的に。俺が不死だから四人で行けたけど普通に考えて四人で魔王を討つなんて頭がおかしいさ。
「そう思わない君も」
「……早く死ねばいいんです」
暗い顔で俺に文句を言ってくるのはあの女魔族の配下でもある魔族の少女。俺が万一封印された時にために与えてくれた存在だ。
それ以外にも色々と使い道は多くて重宝な女だ。
「はは。俺が死んだらお前らの計画は頓挫する。構わないだろ、お前の父親を殺した相手を一日に一度殺せるんだ」
「何度殺しても、殺し足りないです」
憎悪の視線が心地よい。
あの凍てつくように激しくうねる憎悪を忘れないためにこいつに殺される。そしてこいつは魔王の部下であった四悪である父親を殺した怒りを俺にぶつける。
いい関係だ。そしていつか俺を完全に殺してくれるなら感謝をしてもいい。
今のところは普通に殺すだけだが、将来は期待しよう。飽きたらこいつも殺すが。
「楽しいなぁ。本気で楽しいな。君は誰かに告白したことある? 俺あるんだよ。僧侶に。その時は心臓が破裂しそうなほどドキドキして、足とか手も震えて、でも凄い楽しかった。もしかすると今はそれ以上に楽しいかもしれないな」
「死ね。消えろ」
「犯しながら殺すぞ。会話をしろ」
殺意も憎悪も心地よいが、俺の気分を落とすのは煩わしい。はは、一昔前の俺からすれば怒りが湧くような男だな。こういう風に自我の塊でしかないクソ野郎を最も嫌っていた。
けど、だからなんだ。
他者を見ないのは俺の目的だけを見ているという証拠だ。それは俺が憎悪を忘れていないという証明になる。
「……はい。申し訳ありません。私には告白の経験はありません。魔族は結婚相手が決まっています。特に上位の魔族になれば確実に」
「ああ、それは大変だ。知らない男に抱かれて子供を産むのは唾棄すべき行為だね。俺だったら御免蒙る」
嘲笑うような口調になるのは仕方ない。実際馬鹿にしてるからな。
そこまでして己が種を増やしたいか? 戦力増強のためだと考えれば納得は出来るが、非情になりきれていないのが笑える。
どうせなら女を全て産むだけの機械とすればいい。産めるだけ産ませればいい。行なわないのは感情のせいだろうな。
「そうですか。……賢者はどうするので?」
「そうだな。賢い者は愚かになって貰えばいいだろ」
笑いながら、塔の前に立つ。俺の気配には気づいているだろうか。それとも気づいていないだろうか。
俺はすでにアイツを補足している。アイツの強力な魔力はこの街に入った瞬間によくわかった。助けられた思い出が蘇って自然と笑顔になる。
ああ。殺しても殺し足りない。
「さぁてと。けーんじゃちゃん。あーそぼ」
拳を振りかぶり、全力で扉を殴りつけることによって扉は粉砕される。魔族少女はどこかへ退避した。アイツの出番は戦いが終わった後だからそれでいい。
さぁてと、中には誰が。
「来ましたか。魔法部隊、全力で束縛魔法を。封印術で再度大封印を行ないます。今度は、次元の狭間で!」
「了解しました!」
攻撃魔法が放たれ俺の身体へと命中する。更にこの一撃で死んでいたとしても油断しないように束縛魔法によって俺を縛り付ける。
この後にゆっくりと詠唱をして俺の封印か。まぁ、悪くない。
というよりそれしか手段はない。
「あっははは。賢者様がどうちたんでちゅかー? 甘いって、甘すぎるって。つーか一度殺してから束縛するのが基本だろ」
振り払う。そもそも、俺に魔法なんて意味がない。この鎧を着ている限り。
「それも、予想済みです!」
賢者の声と共に、王国の騎士たちが俺へと殺到した。ああ、団長さんの顔を見える。いい男だよねコイツ。
そういう関係か? だったら面白い。苦しめる機会が増えて嬉しいよ本気で。
「死体を増やす趣味はないんだけどなぁ。まぁいいや、啼けよ青剣『ザインバッハ』褒美だ喰らえ」
黒い霧が俺の言葉に呼応し、剣から零れ落ちるように溢れ出す。
そして、塔の一階を覆いつくした。まぁ、六割か削れるのは。
「だ、大魔法『シルフ』!」
賢者の焦った幼い声が響き、その霧は吹き飛ばされた。遅いよね。
「ザインバッハは俺が打たせた魔剣でね。五十人を苦悶の末に殺してその怨嗟を溶かしこんだ剣だ。魔力を込めるとこの通り、魔法への抵抗が出来ない相手が死ぬ。精神攻撃みたいなもんだよ」
団長は、生きてたか。騎士は二十人中、十三人。魔法使いは数を数えるのが面倒だけど四割は死んだかね。
死んだ奴はとんでもない顔で死んでる。苦しみ悶えるって言うのはこういう顔か。
「あははははは。見ろよこいつらの顔芸、面白ぇな。死んでも俺を楽しませてくれるって凄いことだぜ? 歴史の教科書に乗るよこれ」
歩く。今の霧は無差別攻撃。俺にも効果はあるが、もし死んでも一度死ぬだけだ。ただこれで死ぬのは勘弁したい。
魂が喰われるし。
「んで。どうするの? そこの魔法使いさんたちさ、そこの賢者を裏切れば殺さないよ?」
「だ、誰が貴様のような」
「テメェに聞いてねぇよ」
舌打ちして、騎士団長の片腕を斬り飛ばす。つーかいつまでも膝つけて座ってるのは舐めてるよ。死んだと同時に立ち上がって剣構えないと。
「どうする?」
「……ゆ、勇者様。し、仕方がなかったんです。ああしないと、私、お母さんとお父さんが、人質にって、だから」
賢者が恐怖に歪んだ青白い顔で震えている。手も足も震えて、涙まで浮かべて。
……なるほど。そういう事情があったのか。国には、勝てないからな。一言でも相談してくれれば、とも思うが。した所で無駄だったんだろう。
「可哀想な賢者だ。うんうん、でも頭の中で詠唱してる時点でどうなっても文句言えねぇって。黒剣『ジルド』ちゃん、喰らっていいよ」
もう片方の剣から黒い影が伸びて、神速の動きで賢者に喰らい付く。三百六十度からの攻撃。更に、裏で超魔法とも言うべき封印術を使ってるんだ。大魔法を使っても、これは避けられない。
影に喰らわれた賢者は痛みを覚悟した顔で、そして影が消えた時点で拍子抜けをして。
再度、今度は本物の恐怖に身を凍らせた。いい顔だ。そそる。
「魔力を全て喰ったぜ賢者。そのせいでこいつの腹一杯になったけど、まぁ問題ないだろ」
「ゆ、勇者様! 私たちは貴方に従います!」
賢者の魔力が食われたのを知ったからか魔法使い共がいきなり賢者を捕らえる。ついでに騎士にも束縛呪文を打ち込んだ。
死ぬのが怖い奴は使いやすいね。素直な子は大好きだ。
「ああ。そう。とりあえずどうしよう」
賢者への復讐の一段階目は終了。俺がここに居るのを賢者が察したのは随分前のはずだけど、聖女と賢者のどっちに来るのか不確定だったからかね、戦力が少ないの。
俺一人なら少数精鋭でいけると踏んだんだろうけど、甘いよなぁ。
「……そこの魔法使い君。団長と賢者はできてるの?」
「い、いいえ。そういう噂はありません」
「ゆ、勇者様! あれは、でも、本当に、違うんです! いえ、封印したのは事実です。けれど、国王の命令で! わ、私は貴方を元の世界へ還す方法を探っていました、研究はあと三年、いえ一年で終わります!」
焦った顔で俺に訴える賢者の姿は思うところがないわけじゃない。それに魅力的な話だ。
こうなる前だったら。
「そうだね。面白い話だね。それじゃあ、まずは爪からいってみようか。ああ、魔法使いたちはそこの騎士たち殺していいよ。使えないし」
あとは……そうだな。
「おい、こいつに猿轡かませろ。あと部屋使うぞ。逆らったらお前らも殺す。この都市の奴らを全員殺すからな」
無言で頷いた姿を見て、笑う。恐怖は便利だ。こんな目に合いたくないって感情は強制的に従うことを考える。
とは言っても鞭の後には飴ちゃんを与えてやろう。
「それが終わったら、可憐で可愛い賢者ちゃんをお前らに与えてやる。好きにしろ」
魔法使いたちの顔に一瞬だけ暗い喜びが浮かんだ。そりゃそうだ。
史上最年少の天才少女。僅か十ニ歳で賢者になった大天才。魔王相手に魔力で対抗できる人類の至宝。
こんな小さなガキに追い抜かれて何も思わない奴は居ない。それを自分たちの手でめちゃくちゃに出来るならさぞかし愉快だろうよ。
顔を本気で青くした賢者が身じろぎをして抵抗する。耳年増だね、まぁこれから色々教えてもらえるんだから感謝すればいいのに。
階段を登って適当な部屋に入る。指を鳴らすと、魔族の少女が俺の後ろへ現れた。二人の人間を持って。
「さぁて。とりあえず、両手足の指から行くから。頑張ってね、ああ、死んだら両親を殺すから。んじゃいっちょいってみよー」
何も喋れない賢者の目に怒りの炎が宿った。もう遅いけど。
こっちはとっくの昔に怒りなんか通り過ぎてんだよ、クソガキ。
「アイツら面白いよなぁ。人間ってマジで汚いし気持ち悪いって。お前もそう思わない?」
「貴方を見ていると本当にそう思います」
あらかた遊び終えた肉体を魔法使い共に下げ渡して、今。
俺の前には肉袋となった賢者の両親が吊り下げられてる。それを見ているのは、賢者だ。
「お前は便利だよ。他人の心を全部他の物に移すってマジ凄い」
「望むなら貴方にもやりましょうか?」
「無意味そうだけど復讐し終わったらやってみるかな」
賢者の意識を封じ込めた、中に青い炎が揺らめく水晶玉。決して瞬きをすることも出来ず、また眠ることも許されない。
これが使えるのは物質にだけで、更に行なった本人だけが解除を可能とする。賢者ならいつかは出てこれるだろうけど、自分の肉体が壊されるのも見せたからどうだろう。
もう心は砕けてるんじゃないだろうか。それとも俺に復讐でも考えてるのか。
「中の様子わからないのかこれ」
「喋れるようにしてませんから。すると多分、五月蝿いと思いますよ」
同感だ。同じ立場に居たからわかるが、喋れると確実に五月蝿くなってこれを壊す。
後々別の肉体に入れて遊ぶんだからここで終わりにするわけにはいかない。ただ両親の方はもう殺したからなぁ。これ以上はどうしようもないってのもあるが。
肉体は考えられる限りの苦痛を与えたし。まぁ、また今度考えよう。
「次は王都だな。行くまでに騎士団と事を構えることになるだろうしだりぃなぁ」
嗤う。俺を裏切った奴らを殺せるんだ、それがおかしくなくてなんだ。
僧侶と賢者は特別だが、王国の兵たちも同罪だ。もっと言えば王国の民だって同罪だ。
ああ。そうだ。
「そうですか。なら死んではいかがですか?」
「僧侶を殺した後が心配だね、やる気が無くなったらと考えると怖いぜ」
嘘だけど。僧侶を殺したら王族。王族を殺したら……この国。この国が終わったら他の国。他の国も終わったら、最後には魔族と事を構えるのも面白いかもなぁ。
その前に死ねるのが一番嬉しいんだけどね。
「さて、んじゃ行くぞ」
「回復は?」
「いらねぇ」
剣を掴んで歩き出す。水晶はこいつに任せればいい。ああ、ついでに魔法使いたちは殺しておこう。邪魔になりそうだし。
賢者の研究資料は魔族にでもくれてやるか。確かに俺を無に帰す方法を考えていたようだし、いつか俺の役に立ってくれるだろ。
「んじゃ、次いってみよー」
「例えば自分のために他人を犠牲にするって選択は悪くないと思うんだよね」
燃える王宮。点々と存在する死体。恐怖に顔を引き攣らせた奴ら。
「昔だったらそりゃ、全員助けるとか馬鹿言ってたけどさ。切り捨てないって選択は難しくて貴重だし、それに異論はないよ。でも手軽な方法があるのはいいよね」
鼻歌混じりに魔族少女の手を取って踊る。すげぇ嫌そうな顔してんなぁ。いいねぇ、そういう表情は満点だ。
「でも犠牲ってのはよく考えるとそれとは別だよね。そいつを切り捨てることで最大効率を叩きだせるんだからさ、ゲームとかでも最高効率のために何かを捨てる方法もあるしねー。んで、いい加減誰を生贄にするか決めた?」
王族と僧侶に問いかける。答えがわかった問題を待ち続けるのは少し愉快だ。
でも、こんな状態で裏切られるのはわかってるんだから心構えがあるだけまだマシなのかもなぁ。
「貴方は、貴方は、魔族に協力して卑怯だとは!」
「え? ギャグ? あははははは! 面白いねそれ。先に裏切ったのは君だしね」
とりあえず僧侶の爪を剥がして苦悶の顔を見る。
さすが俺が惚れた女、この程度じゃ悲鳴も出さないか。魔王とかと戦ったときの方が痛いだろうしなぁ。
「私は、確かに貴方を裏切りました。認めます。けれど薄汚い魔族と協力などしていません!」
「そういうのちょっと白けるって。いいじゃん、どうでも。お前は王子様にヒィヒィ言わされることを夢見て裏切って、俺はお前らにヒィヒィ言わせるために裏切った。簡単だろ。それで決めた王様と女王様と王子様と王女様がた」
ついでに指を一本折った。僧侶の喉から漏れる苦痛が心地いい。
王族様さんらは最初は怒りで文句言ってたのにもう顔を真っ青にしてるよ。根性ないねぇ。賢者みたいに最後まで俺を殺そうとしてほしいよ。
「せ、聖女殿だ! 私たちは悪くはない、そ、そいつが勇者を殺す方策を示したのだ! 私はその悪魔にはめられたのだ!」
「そうだ。わ、私もそいつに悪い夢をみせられて、は、はめられたのだ!」
「ハメたの王子様じゃん、面白ぇ事言うなぁ」
まっ、これで決まったね。僧侶さん、流石に王族さんらに怒り心頭か。そういう目は人の底が見れたような気がしていいよ。
勿論俺は知っている。人は悪意だけじゃなくて善意もあるってね。ただ、世の中の実に九割が悪意なだけだ。
「裁判決定民主主義ばんざーい。それじゃ、いってみよう」
王族の首を全部、一気に刎ね飛ばすと首から血が噴き出た。七連鎖! 問題なのは連鎖しても消えないってことかねぇ。
「血の雨シャワー。どう君。こういうの好き?」
「少しは。貴方がこうなったほうが嬉しいですけれど」
「いい趣味してるねぇ」
血が降る中で僧侶の固まった顔が面白い。やっぱこいつ俺を笑わせる才能あるわ。
「ごめんね、僧侶。こんなことして。でもさ、君のためにやったんだよ」
「え……え?」
混乱してるなぁ。うーん、こういう姿は可愛いねぇ。
「いや、だからさ。君を裏切った奴らが死ぬのは当然だろ? 裏切りには粛清って赤旗的には決まってるし。それに、先に彼らを殺しちゃったのもあるよね。君がアイツらを殺したかっただろうしさ……」
やっぱ復讐者としては他人の復讐にも力を貸してあげたいって心情的にはあるよ。
裏切った瞬間に殺されたんだからある程度はマシかもしれないけど。
「まぁ、でも安心しなよ。君は殺さないから、ああ。そうだ。賢者の姿を見せてあげる」
指を鳴らして魔族を呼び出す。
持ってきたのは、賢者だった肉。囚人共にくれてやったから大分汚れちゃったし半分以上腐り始めてるけど、まだ原型はあるな。
「ほら。君もこんな、芸術じみた変な肉にしてやるからよぉおおお!!! あははははは! なんて顔してんだよ僧侶、てめぇが裏切ったのが悪ぃんだっつーの。ここまでされて当然だろうが馬鹿女が」
舌打ちしてから一気に腕を掴んで、九本の指を折った。いい音だ、ポキポキポキポキ一流の楽器だな。ああ、その趣向でいこう。
人間楽器、うん。この発想はいい。俺にしてはまともなんじゃないだろうか。
「あ、貴方は、人間じゃない!」
僧侶が必死で叫んで舌を噛み切ろうとしたので、指を突っ込む。やっぱり猿轡でも噛ませておかないとなぁ。
死ねるって羨ましいなぁ。
「人間だろ。お前らがやった事と俺のやってる事の何が違う。永遠に殺すのと長い拷問をかけることの何が違う?」
殺し続けるも生かし続けるも本質的には同じだろうに。
軽く嗤いながら告げた言葉に、僧侶は絶望する。ああ、そうだ。そういう顔が見たかった。
何十年が過ぎたかわからない。
わかった事といえば、俺の能力が不老不死だってのがわかったぐらいだ。
不老不死の王。十年、いや二十年が過ぎてから、怖くなった。俺はいつまで生きてるのかと。
枯れることがないと思った復讐心は他の国々を制圧するうちに枯れていた。精々、戦士との決闘が唯一心踊る瞬間だったぐらいだ。
復讐相手が居なくなっても復讐心を保ち続けられるほど俺の心は強くなかったらしい。
軍国主義。女には兵士を産ませて男は訓練を受けさせて敵国を攻めるだけの毎日。損害など気にしない、いっそ全部滅びろと思うだけの日々。
人間の多さに辟易する。
けれど、それ以上に怖い。かつて俺のやった事がいつか、俺に返るんじゃないかと。
誓った復讐なんかすでに色あせるほど。死を恐ろしく思うのは毎日。
一人玉座に座り、震える。心が安らぐのは二人が入っている水晶を見ている時だけ。
こいつらよりは、マシだ。解除できる方法があの少女しかなく、更にその少女も殺した後だ。
もう二度と戻れない。この中で永遠を生きる裏切り者を見る。それぐらいしか慰めがない。
「くそ。何で、こんなに、怖い」
復讐の後に待っていた戦いに身を投じるのは楽だったのに。
それも慣れた今は、ただ怖い。
自分がいつ死ぬのか。そして、俺がいつ殺されるのか。
誰に、どんな風に、あれほどの非道を行なった事実がある。だからいつ誰に復讐されるのも覚悟していた。
昔は。
今となっては玉座の上で震え続けるだけの毎日だ。復讐に、死に、全てに。
復讐に意味がなかったとは思わない。けど、復讐は、割りに合わない。
震え続ける。強大な力を持っていても、意味がない。
ただただ、殺されそうな妄想に怯え続ける。
読んでくださりありがとうございました。