私達のチャット一日目
―まだ決断には早いっ!! そう思って、私は画面の前で笑った。
私の名前は秋名 皐月。高校一年の女子。
趣味は読書、絵を描くこと、音楽聞いたり作ったりすること。
好きなものはいっぱいあるけど、嫌いなものもいっぱいある。
今の目標は、声優になること。
友達はそんなに居ない。親友が一人居たけど、四月にケンカして絶縁。それから一度も音沙汰ナシ。
「あれはキツかった…」
「あれって何?」
横から話しかけられ、そちらを向くと、友人の真奈が不思議そうに見ていた。
「んー、私は四月に友達と絶縁してねぇ。しかもそれが入学式の前日だったから大変だったのさー」
「えっ、マジで?それはキツい…ってか何でケンカしたの?」
「くだらない理由だから説明はパス。それより授業始まるよー」
「えっ、あっホントだ!」
パタパタと靴音を立て席に戻る真奈を見ながら、私は始業のチャイムを待った。
放課後になり、私はいつも通り一人で下校する。
部活をしていないと、一緒に帰る友達がいなくて少し寂しいが、それは仕方ない。
自転車を駐輪場から出し、サドルに跨りつつスカートを整え、ペダルを踏んで走り出す。
いけないとは知りつつも、ウォークマンを取り出し、イヤホンを片方だけして音楽を流す。
二度ほどイヤホンを壊し、更に無くしたので、イヤホンの取り扱いにはそれなりに注意している。
人影もまばらな道を走り、スピードを上げながら家に帰った。
「ただいまー」
声を掛けても返ってくることはない。両親は共働き、兄は学校。
部活をしていない自分が一番早く帰ってくるのだから、当然といえば当然だ。
鞄を降ろし、私服に素早く着替えてからパソコンの前に座り、電源を付ける。
もう随分と前から、『帰ってきたらパソコン』という習慣が付いている。
立ち上がったらすぐに、通話・チャットなどが出来る、最近始めたインターネットソフトを開く。
彼女はもう来ていた。
〈ただいまー、遅れてごめんねー;〉
文字を打ち込むと、すぐに発信し、返信を待つ。すぐに返信は来た。
〈良いよーˆˆ おかえりー〉
彼女は神凪。私のブログ&ツイッター友達だ。
今では此処でも友達だけど。
皐月〈疲れたー、テストだるいー〉
神凪〈こっちもだよー〉
皐月〈テストなんて燃えてしまえ!〉
神凪〈よし、ガスバーナーいくか!〉
皐月〈いやいや、火炎放射器はどうよ?w〉
神凪〈もう学校ごといく?w〉
皐月〈良いかもねw〉
他愛ない日常会話が楽しい。
神凪というペンネームしか知らないけれど、それでも彼女は私の友達だと思っている。
皐月〈では、本題に入りますか。〉
神凪〈おう〉
皐月〈ブログで話してた曲作り、どうする?〉
神凪〈んー〉
〈とりあえず、ロックは無理かな〉
〈ギターとドラムが下手くそでして;〉
皐月〈大丈夫です、分かりませんので〉
色々と会話をしながら色々なことを教え合い、お互いの作品を見せ合ったりして、時間は過ぎていった。夕方になり、親が帰宅。
手伝いをしたりするため、一旦落ち、ご飯や風呂など済ませて、またチャットに戻った。
そこからまた会話が始まり、気付けば、夜の九時半を過ぎていた。
皐月〈確認ですが、作詞はどちらが?〉
神凪〈どちらでもかまいませんよ〉
皐月〈神凪と作る以上、私も何かしらしたいのですが、神凪の方が作詞は上手ですからねー…〉
神凪〈下手くそですよー〉
皐月〈私よりは上手いです、格段に。〉
神凪〈そんな事無いです〉
〈ひねくってるだけです〉
皐月〈あ、じゃあ見ます?私がどれだけ下手か。〉
神凪〈どれだけ上手か拝見いたします〉
皐月〈胸を張って言うことでもありませんが、下手ですよ。〉
神凪〈では証拠を〉
皐月〈分かりました。びっくりしますよ。〉
〈下手すぎて、腰が抜けるかもしれません。〉
そう打ってから、作品を載せているサイトのURLを載せる。
先程見せてもらった彼女の作品は凄くて、何だか自分のものが惨めに思えた。
神凪〈素敵ですよ〉
皐月〈気のせいです〉
神凪〈掛詞大好きです〉
皐月〈それは嬉しいですが、私のは下手すぎですから〉
神凪〈そんなことない〉
皐月〈ありますから〉
褒められた事はもちろん嬉しいが、彼女のものと自分のものの差は大きく、何だか素直に喜べない。
それから少し会話をしたあと、もう一度質問をしてみた。
皐月〈ところで、結局作詞はどちらが?〉
〈神凪の判断に任せます。〉
〈気を使う必要は全くないですからね〉
ここまで打って、返信を待つ。すると、返ってきたのは意外な返信だった。
神凪〈ならざくっと言っちゃいますが〉
〈正直この未熟な状態で〉
〈まだ曲は作りたくないと思うんです〉
〈自分を表現するのに精一杯なのに〉
〈他の人の思いも載せて作るほどの力量はありません〉
これは、つまり。
皐月〈はい〉
神凪〈皐月の厚意はほんとうに嬉しいです〉
まだ、私と曲作りは出来ないということで。
少し、脳内がフリーズして白くなりかけたけど、何とか動かして返信する。
皐月〈…残念です。〉
〈ですが。〉
〈今は無理でも、〉
〈未来なら、いつかは出来ますか?〉
思ったことをそのまま、未練がましくも聞いてみた。
是か否かと待つと、返信が怖くなった。
神凪〈揺らがなければ〉
〈保証はしかねます〉
皐月〈揺らがないことを、祈りましょう。〉
すぐさま本心を打ち込む。チャットでは感情が伝わらないから、上手く届いてくれるかは分からないけど。それでも、届いてほしいと思った。
神凪〈もちろん。〉
皐月〈・・祈っては駄目ですね、信じましょう。〉
〈神凪には、ちょっぴりプレッシャーが必要かもしれないし?〉
神凪〈期待薄ってことで信じといてくださいな〉
〈約束はできない、とだけ〉
皐月〈神凪、今の年齢は?〉
神凪〈16〉
皐月〈いっしょ、かな?高一か高二だよね?〉
神凪〈1年かな〉
〈本当に音楽を選んだ時は〉
〈勉強と絵を捨てた時なんで。〉
皐月〈一緒か。うん、将来はあやふやだし、仕方ないね。〉
神凪〈約束された将来なんてないわけですよ(´д`)〉
皐月〈神凪の決断なら、どうなっても私は口を出さない。〉
〈私がどうこう言える立場じゃないし。〉
〈そもそも自分だってかなり夢みたいな職業望んでるわけだし。〉
本音と本心をそのまま打ち込んで、一息つく。
何だか、カッコつけたような文章になってきて嫌になるが、言いたいことをまとめるとこうなるので仕方ない。頑張れ、私。
皐月〈まぁ、とりあえず。〉
〈約束はしない。縛り付けるから。〉
神凪〈約束しない意味としては〉
〈その意思を無碍にしたくないから、かな。〉
皐月〈重いんだよね、約束って。〉
神凪〈です。〉
皐月〈だから、約束はしない。〉
神凪〈うん〉
皐月〈いつか思い出したときに。〉
〈やれるほどの力量を持ったときに。〉
神凪〈その時が来るのならばぜひ〉
皐月〈もう少し大人になったら。〉
〈二人で、作りたいねって話かな。〉
神凪〈かな。〉
いつか、が遠いけど。本当はすぐにでも一緒にしたいけど。
それは、正解じゃないから。それになにより、
皐月〈まだ私ら子供だしねw〉
まだ子供だから。
神凪〈うむw〉
皐月〈まだ、決めるのは早いっ!!〉
打ち込んだ通りのことを思って、私は画面の前で笑った。
皐月〈私達はまだ子供だからさ。〉
神凪〈うん〉
皐月〈決断は急がなくて良いよね(^_^)〉
神凪〈そうだねえ〉
急ぐ必要はない。まだ、時間はあるのだから。
皐月〈急ぐとするなら理系文系選ぶくらい?〉
神凪〈断固文系〉
皐月〈私も文系〉
〈・・神凪と私ってさ、結構似てるね?w〉
神凪〈かねえ?w〉
皐月〈ごめん、嬉しくないねw〉
神凪〈いえいえ〉
〈似てるからこそ〉
〈こうやって話が進むわけですよ〉
皐月〈確かにねw〉
神凪〈似てるのは一致と違うから〉
〈それでいい〉
皐月〈違う部分もあるしねw〉
神凪〈ですです〉
彼女が、私の友達で居てくれて良かったと改めて思った。
皐月〈うん、神流が友達で良かったよ。ホントに。〉
神凪〈ありがとう^^〉
皐月〈どういたしまして(^_^)〉
神凪〈かなりクリティカルシンキングな〉
〈嫌なやつですけどw〉
皐月〈まぁ私と友達だとあんま良いこと無いけど覚悟してねw〉
神凪〈同じ言葉を返そうか〉
皐月〈更にそれをバットで打ち返そうか〉
神凪〈あえて避ける〉
皐月〈あえてもう一発。〉
神凪〈マトリックス〉
皐月〈すごいなw〉
神凪〈だろう(〉
皐月〈感動したw〉
こんな会話でさえ、今は何だか最初とは違った嬉しさがあった。
ちょうどその時、母が「そろそろ寝ろ」と声を掛けてきた。時間も大分経っていたし、そろそろお開きだろう。
神凪〈おうw〉
〈じゃ〉
〈おやすみ^^〉
皐月〈おやすみ〉
〈ありがと!!〉
神凪〈こちらこそー〉
〈よい夢を。〉
皐月〈そっちも(*^_^*)〉
私は、「いつか」の言葉を忘れないように心に刻んで、ついでに携帯のメモ帳にも打ち込んでから、眠るために寝室に向かった。
―Thank you,my friend.
ありがとう、これからもよろしくね、神凪。